嫌われ木枯らし
4つの国を四季は巡り旅をします。四季を統べる女王たちは皆、美しく聡明です。その中でも冬の女王は優しい性格をしていたので、みんなからとても愛されていました。
その冬の女王が季節の塔で祈りを捧げていると冷たい風が女王の頬をすり抜けていきました。どこか物悲しいその風は何度も何度も女王の元を訪れます。窓の外を見れば白く連なる山々はところどころ雪が解け、茶色い岩肌が見え始めていました。山の雪が解けはじめたら隣の国へ行く旅立ちの合図です。
「おい、木枯らし! まだ行っていなかったのか? 早く隣の国に冬が来ると伝えて来いよ! みんなが冬を待っているんだぞ」
木枯らしと呼ばれた少年は兄弟に言われて小さなため息をつきました。冬の女王にはたくさんの子どもがいます。初雪、霜柱、氷結、風花、湖氷……。他にもたくさんいますが、木枯らしはその兄弟たちの中のひとりでした。そしてたくさんいる兄弟の中でも木枯らしには特別な役目がありました。誰よりも先に隣の国へと行き、冷たい風で秋の終わりと冬の訪れを人々に告げるのです。
でも木枯らしはその役目が大嫌いでした。冷たい木枯らしが吹けば、人間も動物たちもみんな決まって嫌な顔をします。木枯らしはその名の通り、冷たい風で木を枯らし、実りの秋を終わらせるのでみんなから嫌われていました。
「早く旅の支度をしなくちゃ。だって隣の国では雪が降るのを楽しみにしているんだから」
「何を言っているんだよ。みんなが楽しみにしているのはスケートさ。きっと湖が早く凍らないかとうずうずして待っているよ」
初雪と湖氷が楽しそうに話しています。木枯らしはそれをうらやましく見ていました。
(僕が行っても誰も喜びなんかしないんだ)
それでも自分の役目はしっかりとやらなければいけません。しかし飛び立とうとする木枯らしを呼び留める声が聞こえました。
「木枯らし様、お待ちください!」
それは冬の女王のお世話係でした。お世話係は木枯らしが発つと聞いて急いでやってきたのです。
「そんなに急いでどうかしたの?」
「それが女王様が旅に出ないと言うのです」
木枯らしはとても驚きました。いくら木枯らしが吹いても女王がいなければ冬にはなりません。女王が旅に出ないと言うなんて初めてのことでした。木枯らしは急にに母のことが心配になり、急いで女王のいる季節の塔へと向かいました。
コンコンコン
「女王様、女王様」
お世話係が呼びかけますが中から返事はありません。扉は冷たく凍り、氷の粒がキラキラと輝いています。困り果てたお世話係の代わりに今度は木枯らしが扉を叩きます。
コンコンコン
「母上様、母上様」
すると扉の向こうから高く澄んだ声がしました。
「木枯らしですか?」
木枯らしはその名を呼ばれ心がときめきました。冬の女王は忙しく、子どももたくさんいるので、なかなか木枯らし一人だけを相手することができないのです。
「母上様、どこかお悪いのですか?」
女王は扉を閉ざしたまま答えます。
「いいえ。でも隣の国へはいきません」
「しかし、それでは季節がまわりません」
「いいのです。私は冬の女王をやめたのです」
それには傍にいた世話係も口をパクパクとさせていました。話を聞いた王様も説得にあたりますが女王は聞く耳を持ちません。女王の意思はとても固いものでした。
木枯らしが兄弟たちにそのことを告げると、彼らは自分たちが何をするべきか考えました。
「母上様はきっと人間たちにもっと冬を楽しんでもらいたいんだ」
「ああ! きっとそうだ! それならまた雪を降らせてあげよう」
「これで人間たちはずっとスキーやスケートを楽しめる。みんな喜んでくれるぞ」
そう言いながら、兄弟たちが思い思いに力を使うので、国は冬の終わりとは思えない寒さに包まれました。困った人びとはお城につめかけてきました。
「冬の女王は何をしているんだ? こんなに寒くては参ってしまうよ」
「春の女王はまだこないの? 春が待ち遠しいわ」
冬の女王が塔にいては春の女王が来ることはできません。今、世界は冬の女王のために季節が止まっていました。
「冬の女王は女王をやめて塔に閉じこもっているのだ」
王様が言うと人間たちは怒り出しました。
「冬の女王はなんて勝手でわがままなんだ!」
「冬なんてもうこりごりだ! 冬の女王は早く出ていけ!」
あんなに人々に愛されていた女王はたちまち嫌われ者になってしまいました。
そのことに心を痛めたのは子どもたちでした。
「僕たちのせいで母上さまが悪く言われるなんて。みんな冬が嫌いになっちゃったのかな」
「嫌われるのって悲しいね」
人々に喜んでもらえると思っていた冬の子どもたちは、人間たちが長引く冬を喜ぶどころか怒り出してしまったので悲しみに沈んでいました。しかし、木枯らしだけは気丈に兄弟たちをなぐさめます。
「元気を出して。また次の冬にはみんなを温かく迎えてくれるよ。だから母上様のところへ行こう」
兄弟たちはどうして木枯らしが自信をもってそう言えるのか不思議でした。
「本当に迎え入れてくれるかな。だってあんなに怒っているんだよ」
すると木枯らしは言います。
「いつもね、僕が木枯らしを吹かせると今みたいにみんな嫌な顔をするんだよ。『冬なんてくるな』ってみんな冬を嫌がるんだ。でもね、僕は知っている。初めて水が凍った日、霜柱を踏んだ日、雪が積もった日、みんなとてもワクワクとして嬉しそうな顔をするんだ。だから本当は冬が大好きなんだよ」
兄弟たちは木枯らしが人々に嫌な顔をされているなんて思いもしませんでした。木枯らしが人間たちに冬の準備をするよう知らせているから、冬は温かく迎え入れられるのです。
子どもたちはみんなで女王の元へと向かいました。
コンコンコン
「母上様、どうか開けてください」
すると女王様は氷に包まれたドアを静かに開けました。その顔は穏やかに微笑んでいます。子供たちは耐えきれずに大好きな母の胸へと飛び込みました。
女王様が出てきたとあって王様も急いで冬の女王の元へと向かいました。
「女王様!」
王様が喜びのあまり叫ぶと女王は首を振りました。
「私は女王ではなく、この子たちの母です」
王様は子どもたちに優しい眼差しを向ける女王に見とれてしまいました。それは愛にあふれ、この世の何よりも美しい光景でした。女王は抱きしめているたくさんの子どもたちの中の一人を優しくなでます。それは木枯らしでした。
「母上様、どうして女王をやめてしまったのですか?」
「それは何よりもあなたたちが愛しいからです。木枯らしのため息は毎日つむじ風となって私の元へと届いていました。嫌われ役に心を痛めている木枯らしを冬の女王である私は助けてあげることができません。でも母としてならばできることがあります。私は子どもたちの誰かひとりでも辛い思いをしているのならば、例え世界を敵に回しても守ってあげたいと思っていました。そして他の子どもたちにも兄弟の気持ちを分かち合ってほしかった。私たちは家族なのですから」
すると兄弟たちは折り重なるように木枯らしを抱きしめました。木枯らしは嬉しくてたまりません。この家族のためなら嫌われ者になったとしてもかまわない、そう思いました。
「なんという愛情の深さ。やはり女王はあなたさましかいない」
王様は冬の女王に頭を下げて敬意を示しました。すると女王は木枯らしに聞きました。
「私が再び女王になることを許してくれますか?」
すると木枯らしは大きくうなずきます。
「では旅立ちましょう。木枯らし、隣の国へ冬を知らせにいってくれますか」
いつの間にかドアの氷は解け始め女王の旅支度も整っていました。
「はい、母上様」
木枯らしはぴゅーと冷たい風を吹かせながら飛び上がりました。冬の女王と子どもたちは隣の国へと旅立ちます。王様は冬の女王と子どもたちのお話を国民にしました。するとみんな、冬の女王のことが前よりもっと好きになりました。そしてまた次の冬が恋しくなったのです。それ以来、その国では木枯らしが吹くとお祭りをして冬を歓迎しました。
そうして嫌われ者ではなくなった木枯らしですが、もしこの先、世界中の人に嫌われたとしても、もうため息なんてつくことはないでしょう。だって大好きな女王や兄弟たちがやってくることを誰よりも早くみんなに伝えられるのですから。
おしまい
お読み頂きありがとうございました。
『どんな境遇でも必ず自分の味方になってくれる人がいる』という希望が子どもたちに伝わればいいなと思って書きました。
2016年書き収めです。年始は不在のため反応遅めです。
来年もよろしくお願いいたします。2017年、皆様にとって良い年になりますように☆