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ことわざ探偵シグの返報性  作者: 穴開き靴下
恭平の世界
3/4

1-2 料理

 父さんがいる。

 大きな体を曲げて椅子に座って、こちらを見ていた。少し驚いたような様子で、一瞬目が見開く。

「恭平」

「……」

 なんて返事していいのかわからない。前に父さんと話したのはいつのころだろう。

 半年以上話していない気がする。

 僕はなんて父さんと話していたんだろう。

 どういう風に口をきいていたのだろう。

「父さん」

 どうしていいかわからず、とりあえず名前を呼んだ。

「突っ立ってないで座れば?」

 ぶっきらぼうな言葉を浴びせたのは妹の未央、だと思う。気付けば彼女は中学三年生で、今年受験を控えている。そのせいか、最近ピリピリしていた。言葉遣いが少々乱暴だが、仕方のないことだと受け入れている。

「う、うん」

 大きな木製のテーブルには席が四つ。

 不思議に思った。この家には五人が住んでいる。それなのに、椅子は四つ。

 家族は何も言ってくれなかったが、僕にはなんとなく言いたいことがわかった。

 僕はもう家族ではないのだ。

 学校にも行かない、バイトもしない、親のすねかじりの人間はこの家にいらない。そう、父さんのまっすぐな双眸が言っていた。

 それでも未央に促されるまま、席に座る。姉の皐月の席だろう。すんなりと未央が横に座ってスマホをいじる。

 目の前がよりもよって父さん。

 その隣は母さんの席だが、今はキッチンにいた。

 ダイニングキッチンとなっていて、キッチンからでもリビングが見渡せるようにできている。

 母さんは手を洗いながらこちらの様子を伺っていた。

「恭平も降りてきたのね。待っててね恭平の分も作るから」

「いや、僕はいいよ。今から作ってたら母さんのごはんが覚めちゃうよ」

 今日のおかずはハンバーグ、ポテトサラダ、コンソメスープ。一人一つプレートに盛られている。

「でも、作らないと恭平のおかずがないわよ」

「母さん、恭平はいらないと言っているんだ。いいだろう」

 父さんが間に入る。

「ええ、でも」

 母さんは頬に手をあて、困った様子を見せる。

「うん、僕は大丈夫だから」

「う~ん、わかったわ。ちょっと待ってて」

 母さんは冷蔵庫に向かい、野菜やらなにやらを取り出し、即席でサラダと焼き肉を用意をする。優しすぎるのが母さんの取柄だった。でも、そのせいで得をしない性格とも言われる。

 皿にサラダと焼き肉を盛り付け、僕の前に置いた。湯気が上り、うまそうだ。続いてコンソメスープとごはんが配置される。

「さあ、夕飯にしましょ」

 母さんのその笑顔に父さんも困惑気味だ。

 一年と三ヶ月前、つまり去年の四月にはちゃんと用意されていた。その頃から学校に行かなくなり、リビングで家族そろってご飯を食べることもなくなった。そうなると、母さんが部屋の前までやってきてお盆に乗せたご飯を置いてくれる。だが、しばらくしてそれもなくなった。母さんが自分からそれをやめるような人とは思えない。きっと、父さんが止めさせたのだ。それでも母さんは冷蔵庫の中におかずとメッセージを添えて残してくれる。

 母さんが運んでくれなかったときは、もう二度と母さんの料理が食べれずこのまま家族からも追放されて、いつか家を追い出されるのだろうと思うと悲しかった。そして、母さんが冷蔵庫に残した料理とメッセージを見て、涙が出た。父さんには見捨てられてしまったが、母さんだけは未だに僕のことを心配に思ってくれている。

 それがどうにもうれしくて、やり直そうと思った。

 でも、それは失敗に終わる。

 学校に向かった僕は学校の空気に耐え切れず、早退した。それから学校は行っていないし、もう二度と行くことはないだろう。

「いただきます」 

 未央が食事を始める。続けて、父さんや母さんも料理に箸をつける。

 遅れて僕もご飯を食べる。

 昔から母さんの味付けは変わらない。ずっとそれが好きだ。

「未央、勉強のほうはどうなんだ? この前の模試は良くなかったようだが」

 父さんが藪から棒に尋ねる。

「う~ん、まあまあ」

「まあまあってそれで大丈夫なのか?」

「大丈夫なんじゃない?」

 未央は軽い調子で返事をする。食事のときでもスマホをいじる手は止まらない。

 スマホってそんないじることあるのか。

「ちゃんと勉強しないと私立に入れないぞ」

「わかってるよ」

「ほんとにわかっているのか。ずっとスマホばっかりで。勉強の邪魔になるなら取り上げるぞ」

「なんでそうなるの? 意味わかんない」

「まあまあ二人とも落ち着いて」

 母さんが間を取り持つ。

 家族はまるっきり変わってしまったようだ。僕の知っている家族はこんな些細なことで喧嘩をする人たちではない。僕が家族と関わらない間に変わってしまっている。壊れてしまっている。

「ごちそうさま」

 未央は料理を七割も残して立ち上がる。

「こら、未央。待ちなさい。まだ残っているだろうが」

「いらない。アタシ、もうおなかいっぱいだし」

 僕は視線を上げることもできず、黙々とご飯を食べるふりをして、二人の会話を聞いていた。後ろのほうで扉が閉まる音がした。ということは、未央はもう自分の部屋に戻っていったのだろう。

「未央はいったいどうなってしまったんだ」

「そういう年頃なのよ。皐月が稀だったのよ」

 姉は未央のように反抗期というものがなかった。皐月という前例があるだけに、父さんは未央の態度を受け入れられないでいるのだろう。

「お前がダメだから未央がグレてしまったんじゃないのか」

 父さんの怒りの矛先は、やっぱり僕のほうへ向いた。

「わかんないよ」

 未央とはほとんど接点などないのだ。彼女に何か変化が生まれるとしたら、きっとそれは僕ではない。

「お前がしっかりしないからだぞ。学校はどうした? 行く気がないなら学費はもう出さんぞ」

「もう、お父さんやめて」

 また、母さんが間に入った。母さんは大変だな、毎日こんなことなら心が折れてしまう。

「お前も言ってやったらどうなんだ」

 次は母さんだ。

「文句なんてないわよ。恭平だって頑張っているのよね?」

 頷くだけ頷いた。

 そうこうしている間に夕飯を食べ終えた。

「ごちそうさま」

 こんなところにいては息が詰まる。母さんに任せて早々に立ち去ろう。

 食器を片付け、扉に手をかける。

「恭平、18になったら家を出ていけ」

 体がビクンっと跳ね上がって一秒くらい止まった。

 何も言わず、リビングを出た。

 いつか言われるだろうと思っていた言葉。覚悟はしていたが、辛いものは辛い。

 この家族は変わってしまった。

 変わっていないのは母さんの料理だけだった。

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