1_06_お部屋探しは慎重に
入学日が終了です。
長かった・・・
「おぉ、でけえ」
「さすが都の学校だな」
食堂を出た俺達は、設置された案内板に従って寮へ移動した。
今後4年ほど過ごすだろう住居だが、想像以上に大きい。
部屋の数など50は下らないだろうし、そんなのが幾つも続けて並んでいる。
その横側、両サイドには背の高い木が群生していて、暗くなってきた今では少し怖じ気を誘ってしまう。
ともあれ一番近くの寮に近付いてみたところ、その入り口付近で佇んでいた男の人が歩み寄ってきた。
「よお、はじめまして。新入生だよな?」
「はい、ルイスです」
「ラグニーロっす」
「ソマリです、よろしくお願いします」
「以下略です」
略すな!
「すいません、普段はこんな調子ですけど、本当に切羽詰まったら真面目になりますから」
「ソマリ、それフォローになってねえぜ」
「はは……会長から聞いてる、仲が良いってな」
無自覚に無礼を働くハイクに対して、先輩と思しき男性は何でもないように受け流している。
「俺は3年生のケートスだ。生徒会に所属してるから、困った事があったら遠慮なく相談してくれ」
「ありがとうございます」
「さて、早速だが寮について説明しとこう」
後ろを振り返りながら立ち並ぶ寮を示し、ケートス先輩は寮の説明をしてくれた。
「まず、寮には種類がある。生徒会用、最上級生用、新入生用、上級生用の4種類だ」
ここから見えるだけでも6棟ぐらいはあるが、配置で言えば両端に生徒会用、その内側に最上級生用、あとは上級生用と新入生用が交互に並んでいるそうだ。
「なんでこんな配置なんすか?」
「有事の際に中央部を防衛対象とした布陣にするためだな」
「先輩方で外を固めるんですね」
「でも横はガラ空きじゃない?」
たしかに、木々に覆われているが横から攻められたら、どうしようもないだろうと思う。
「そこは大丈夫だ。両側にある樹林は"迷いの群樹"と呼ばれていてな。先生達が幻覚を仕込んでるから」
そう言われると、余計に恐ろしい印象が芽生えてくるな。
「僕達も入ったら駄目なのでは?」
「まあな。一度入り込んでしまえば二度と出られないから注意してくれ」
「うへえ……」
なんつう罠を用意してんだ……
「まあ、入ったら先生達が察知出来るから、そこまで心配しなくても良い」
「脅さないでくださいよ……」
「っはは、一度は怯えてくれないと面白くないだろ?」
ともかく入らなければ問題無いのは分かった。
最悪、迷い込んでも救助されるだろうし、気にしないでおこう。
「で、これから君達に生活してもらう部屋だけど、好きに選んでくれ」
「良いんですか?荷物とかは……」
都に来る前に送っといたはずだ。
まだ運び込まれてない?
「まあ、選んでみれば分かる」
「……面白そうじゃん」
「だね」
挑発的に笑うのはラグとハイクだ。
どうやら何か考え付いたらしい。
「さて、他の注意事項やらは明日にでも伝える。ひとまず部屋を決めてもらえるか?」
「「「う〜い」」」
「ちょっと!返事が雑ですよ!!」
注意してくるソマリの声を聞き流しながら、俺達は寮へと向けて歩き始めた。
「で、どこにする?」
「その前に作戦会議しとかない?」
「だな。ラグとハイクは何か思い付いたんだろ?」
「また悪戯ですか」
「決め付けんなよ!その通りだけど!」
先輩が言っていた”選んでみれば分かる”とは、一体どういう意味なのか……
「考えられるのは、僕達が選ぶ部屋を分かっている、ですね」
「そんな事って可能なのか?」
「不可能じゃねえな。時空系に未来予測する魔法があったはずだぜ」
「でも、あの様子だと新入生全員に同じ事してるみたいだけどね」
「消費魔力がエラい事になるな」
「てことは、別の方法でしょうか」
未来予測なんて反則臭い魔法を、新入生の数だけ使うのは負担が大きすぎるだろうしな。
となると……
「幻覚……か?」
「有り得るね」
「寮に近付いたら発動するような設置型、ってか」
「でもさ、どんな効果だ?」
幻覚とはいっても種類が多い。
どんな内容かも分からんしさ。
「一つの部屋以外は壁にしか見えなくなるとか、この部屋にしなくてはならないと強迫観念を引き起こすとかですね」
「もしくは今見てるモノ全部が幻で、決められた部屋に誘導されてるとか?」
「何それ怖えな」
「ひとまず、その3つに対策してみましょう」
そのまま立ち止まっていても仕方が無いので、近くにあった寮に入ってみる。
扉を開けた先には数人の生徒達が玄関付近のエントランスで寛いでいた。
こちらに気付いて話しかけてくる。
「新入生か? ようこそ、ここは上級生用の寮だ」
「あ、そうなんですか」
「入り口に紋章があっただろう。それで判断出来るのさ」
「なるほど。じゃあ、失礼しました」
新入生用じゃないなら、部屋を選んでも意味ないな。
そう思って出ようとすると、背中に声が掛かってくる。
「部屋選びか?考えても時間の無駄だと思うがな」
「……気を付けます」
どうやら上級生は真相を知っているようだ。
それもそうか、新入生だった頃に経験してるんだろう。
「……どうだった?」
「特に強迫観念は無かったですし、幾つか部屋の扉が見えました」
「となると……全部幻って線が残るか」
「そういった強力なものは疑うと効果が無くなりますよ」
「じゃあ、幻覚って自体が間違いか?」
「う~ん……」
他の方法で誘導してるのか?
「ねえ」
「ん?」
「発想を変えようよ」
「発想?」
「そ。なにも新入生用の寮を選ばなくても良いんじゃない?」
何言ってんだよ……あれ? そういえば……
「好きに選べ、って言ってたな」
「そうそう。新入生用の寮に限る、なんて言ってないよ」
「いやでも、わざわざ用途を決めてるんですし」
「まあ駄目だったら駄目で良いんじゃない? その時は別の部屋を選べば良し。ただ、先輩の目論見は外れる」
「なるほど……好きに選べなかったって結果になりますからね」
もし、どこを選んでも結果が同じだと言うならば、新入生用じゃない寮を選べばいい。
最初に説明された配置は嘘じゃないだろう。
てことは……
「一番端にするか?」
「そうだね。行こう」
方針が決まれば行動だ。
少し小走りになりながら立ち並ぶ寮を無視し、一番端まで移動する。
端にあるのは生徒会用の寮だ。早速扉を開けて中へ。
「ん?君達は……」
「「「「あ」」」」
そこに居たのはクリストフ先輩だった。
エントランスにある椅子へ座って本を読んでいる。
「どうしたんだい?ここは生徒会用の寮だが」
「あ~いや、部屋を選んでる最中でして」
「? ……だから、ここは生徒会用……」
何か言いかけた先輩は途中で黙ってしまう。
「なるほどね。そういう事か」
「分かりました? ちょっとした意趣返しを企んでまして」
「入学初日からか……君達には驚かされてばかりだよ」
「恐縮です」
「まあ好きに選ぶといい。幸い、幾らでも部屋は空いているからね」
「はい」
それから読書に戻ってしまった先輩と別れ、3階まで階段を上る。
「ここらへんにするか」
「そうだね」
「じゃあ、折角なので並んだ部屋にしましょうよ」
「お、いいね。その内、壁ぶち抜いちまうか」
「それは駄目ですよ!?」
ちょっとした冗談を交えつつ、俺達は並んだ部屋それぞれの前に立つ。
目配せして、同時に部屋の取っ手を握ってから……
「せ~……」
「「「「のっ!」」」」
一斉に部屋の扉を開ける。
そこには……
「俺の家具と荷物だ……」
いったい……どういうカラクリだ?
「俺の荷物が……なんで?」
選んだ部屋には俺の家具と荷物が運び込まれていた。
配置は不規則で生活感が無いけど……
「……他の皆は!?」
慌てて部屋を出て隣に向かう。ラグが選んだ部屋だ。
「ラグ!」
「おい! こりゃあ……どういうこった!」
この部屋にはラグの家具と荷物があった。
てことは、ソマリとハイクも?
「ラグ!」
「ソマリ! どうだった!?」
「僕の荷物がありました!」
「マジかよ……ハイクは!?」
皆でハイクの選んだ部屋へ向かうと、ハイクはベッドに寝転がっている。
「お〜、その様子だと皆同じだった?」
「……まあな」
やっぱり、ハイクの家具と荷物が運び込まれていたらしい。
ハイクの家に行った事がないけど、本人の口ぶりから判断出来る。
「してやられた、って事かな?」
「みたいだな。ただよ、生徒会用の寮だぜ?」
「良いんですかね?」
「分かんね」
いざ選んでみたが、実際家具が運び込まれていたから、俺達が選ぶ部屋を見通していたって事なんだろうか。
「全部分かってたなら生徒会用で構わないって意味なのか?」
「まさか……」
何でこうなったのか分からない。
俺達はただ、予想だにしないだろうと思って行動しただけだ。
「驚いているようだね」
「先輩!」
開けっ放しだった扉を控えめにノックして入ってきたのはクリストフ先輩だ。
すぐに皆で詰め寄る。
「どういう事ですか!」
「説明をお願いします!」
「俺達は新入生なんですけど!? この部屋選んで良いんですか!?」
「出来れば1階に変えたいです。階段上り下りするの面倒なんで」
「「「問題はそこじゃない!!」」」
若干1名は既に別の事へ興味が移っているが、まあ置いておく。
「落ち着いて。そもそも部屋を選んだのは君達だろう?」
「そうですけど! そうじゃなくて!」
「ん? 生徒会に入るんじゃないのかい?」
「「「「……はい?」」」」
なんで!?
「……その様子だと、食い違いがあったようだね」
「みたいですね」
「それじゃ、軽く説明しとこうか」
クリストフ先輩が咳払いする。
「まず、自分の家具が運び込まれていたと思う」
「はい」
「それは時空系魔法の"転送"によるものだ。まあ、魔具を使っているんだけどね」
「魔具……」
「部屋の取っ手は特別性でね、最初に握った人の魔力を記録するんだ」
そうすると、部屋の主として登録されて本人以外は開けられないらしい。
一応はそういう機能を制限させる事も出来るらしいが、基本的に泥棒とかは侵入出来なくなる。
「そして君達の荷物だ。部屋を選んだ瞬間に転送される仕組みだよ」
詳しく聞くと、合格通知と一緒に届いた計測器で予め個人の魔力を記録しておいたらしい。
そういえば家具とかと一緒に送ったな……系統を知る為だけだと思ってた。
部屋の取っ手を握った瞬間に、部屋の主を登録してから計測器で記録しておいた魔力と照合する。
一致したら設定しておいた荷物やら家具やらが部屋へ転送される、という仕組みらしい。
「転送可能距離が長くないし、必要な魔力もバカにならない。年に一度の機会として利用するのが関の山さ」
「そこまでする必要あるんですか?」
「ふむ。まあ人力で運び込めば済む話ではあるからね」
ですよね。
「ただ……」
「「「?」」」
「驚いただろう?」
「……まあ、驚きました」
してやられた感が強いけどさ。
すると、先輩は爽やかな笑顔で腕を広げた。
「魔法に関して様々な感動と興味を齎すのが、このグランバス魔法学校の特徴だからね」
結局、そういう反応が見たかっただけか……
「なんか1年も経てば慣れちまいそうっすね」
「そこなんだよ。鮮度の高い反応は新入生からしか得られない」
「魚みたいな言い方ですね」
「おっと、これは失礼した」
「……あ」
「どうしました?」
「転送ってさ、魔力馴染ませないと出来ないんじゃねえの?」
俺はそう聞いた、じいさんに。
ガセだったのかな……たしかに少しボケてたけど。
「ああ、それは間違いだね。正しくは認識する為に魔力を馴染ませるのが楽なんだ」
「へー」
「転送先を認識しなければならないのは知っているかい?」
「知ってます」
「なら、転送対象も同じだ。そもそも人が使う魔法は共通して、認識が必要なんだよ」
「でも、魔具が認識するんですか?」
「それは魔法回路で予め設定しておくんだよ。認識とは意味合いが違うかな」
魔法には種類、規模、速度、込める魔力などなど……細かな制御が必要なんだが、人間はそれらを認識によって補完して魔法を行使する。
これに対して魔具は魔法回路によって設定する事で魔法を行使するのだ。
「どちらも魔法の行使に違いは無いけど、その過程は異なる。現在進行形で魔法を構築するのか、設定しておいた固有の魔法を構築するのか、だね」
さすが生徒会長となると色々知っているようだ。
先生と呼んだ方がいいのだろうか。
ちなみに魔具の回路と同じように、安定して魔法を人間が行使する方法がある。
それが詠唱であり、魔力を伴って詠唱すれば魔法が構築されるのだ。
詠唱自体が魔法の構築に補正を掛けるし、声に出す事で認識も補助される。
一応は無詠唱なんていう神業も存在するのだが、人間が魔法を認識だけで構築するなんてのは不可能に近い。
俺だって練習してみたけど無理だった。
「ところで、部屋はどうするんだい?」
「あ……どうする?」
「選び直すって出来ますか?」
「出来るが、その時は荷物を人力で運ばないとね」
「うわぁ……」
ちょっと疲れてるから力仕事は勘弁したい。
けど、このままじゃ生徒会に入る事に……
「言っておくが、別に生徒会に入らなくても構わないよ?」
「「「へ?」」」
「近々、君達は部屋を移る事になりそうだからね」
「「「?」」」
「おや、仲が良いから大部屋を使うのかと思っていたんだが」
「あ!」
そうだ、大部屋もあったんだ!
「すっかり忘れてましたね」
「だな。どうする?」
「ん~……あ」
ふと視線を転じると、ハイク寝てるわ。
「さっきから静かだと思ったら……」
「どうやら今日は休んだ方が良さそうだね」
「そうします」
大部屋に移ろうにも4人で相談しないといけない。
ハイクが寝てしまったため、今日のところは保留にして休む事になった。
と思ったが……
「ハイク! 体の汚れを落としてから寝てください!」
「ん……なに? もう朝?」
「寝ぼけてないで、体を拭くなり風呂に入るなりしてください!」
「もうちょっと寝てからでもいい?」
「駄目です! そう言って朝まで寝るんですから!」
「「オカンかよ」」
ハイクが叩き起こされて風呂に向かい、残りの面子で明日の予定を打ち合わせてから各自の部屋に戻るのだった。
魔法って便利!
荷物運びとかも”魔法で解決”って出来ますからね。