1_05_入学試験
回想多めです。
あと、残酷描写があるので苦手な方は飛ばしてください。
「そういえば、やはり一般の新入生も多いですね」
「ん……もうはな」
「はのひけんだきうぉくはまはむひはほ」
「何言ってるか分かんない」
「マナー悪いですよ!飲み込んでから喋ってください」
「「ほぅい」」
やっと食事にありついた俺達だったが、ソマリが周囲の様子を見て呟いた。
それは貴族じゃない一般の新入生が多い事だ。
かくいう俺達もハイク以外は一般なのだが……ソマリがそう思うのも当然だな。
グランバス魔法学校は羨望の都であるグランバスの名を冠する魔法学校であり、武術や魔法を教える教師の一人一人が、一流の冒険者と遜色ない実力を有している。
立地も流石は都であり、物資や情報……人だって何でも揃う。
もちろん、安全性だって当然のように確保されている。
周囲に蔓延る魔物は強いが、その分屈強な兵士や冒険者が常に都を守っているから安心だ。
ドラゴンだったりが攻めてくれば話は別だが、そんなのは心配するだけ無駄だろう。
そういった人知の及びかねる魔物は滅多に姿を現さないし、万が一現れても撃退できる戦力はある。
そんなわけで、およそ学ぶ場所としては最高峰と名高い魔法学校だ。
では何故、入学できたのか。
ハイクはともかく、俺とラグとソマリはお世辞にも超優秀というわけではない。
だが実際は合格してしまった。
いや、俺も驚いたもんだ。
試験が魔物に関する内容だったのだから。
あれはたしか、試験場で初めて明かされたっけ。
などと四ヶ月前の試験を思い出すのであった。
ーーーーー
「受験生の皆さん、おはようございます。では早速ですが、試験の説明をしましょう。今回のお題はコレです」
魔物の知識、対峙、討伐後の証明部位回収が試験らしい。
都ではなく別の街が幾つか試験地となったんだが、そこでいきなり試験官が魔物を連れてきたのだ。
皆パニックになりかけていたけど、試験官は静かな声で告げる。
逃げた時点で失格だ、と。
そう言われては大人しくするしかない。
何人か煌びやかな服装をした奴が文句を言って失格になったのも拍車を掛ける。
けど俺は呆気に取られながらも、図鑑や話に聞いていた風体そっくりの魔物を知っていた。
ジャイアントフロッグ……成人男性ほどの巨体を持つ蛙だ。
ただの大きい蛙と侮るなかれ。
ジャイアントフロッグには厄介なモノがある。
「では、こちらの建物に一人ずつ案内します。中ではジャイアントフロッグに関する知識を披露していただき、実際に対峙してもらいます。見事討伐できれば部位の回収も実践してください」
そう言って、試験官が一人ずつ建物の中に案内していく。
だいたい1人20分かからないが、時々悲鳴や泣き声が聞こえてきた。
ちなみに、他の仲間は居ない。
同じ地元の出身者同士で協力しないように、別の試験地へ振り分けられているからだ。
そんなわけで俺は孤軍奮闘する他ないが、それは周りも同じである。
・・
・・・
「次、ルイス君」
「……」
「ルイス君……ルイス君!」
「!? ……っ、はい!!」
5時間ほど待機して結局最後の一人になってしまった俺は、想定外の退屈さで眠ってしまっていた。
苦笑している試験官に連れられて建物に入ると、どうにも酸っぱい匂いが充満している。
「あの……これって……」
「我慢してください」
「あ、はい」
まあ、苦になるほどじゃない。
気を引き締め直した俺は試験官と向かい合って座った。
「では、試験を開始します」
「はい」
「まず、あちらに居るジャイアントフロッグについて知っている事を話してください」
そう言って手で示された方向には、窓から簡易的な柵で囲まれているジャイアントフロッグが見える。
外からは分からなかったが中庭のような場所みたいだ。
動く様子はなく、眠っているようにも見えるな……こいつも退屈したんだろうか。
「ジャイアントフロッグは鈍重で魔法も使いませんが、産卵期は気性が荒くなるので注意が必要です。その時期以外は大人しいので手を出さなければ襲ってきませんが、皮膚の内側に麻痺毒を含む体液を貯蔵し続けてしまいますので一定の期間が経つと勝手に破裂します。生息地は沼地や森で、人間の生活圏には滅多に出てきませんが、出没すれば討伐依頼が出ます」
「……終わりですか?」
「え~と……体液が限界まで貯蔵されると、少しの衝撃で破裂してしまいますので討伐の際には下準備なく攻撃してはいけません」
「遠距離からでは駄目なんですか?」
「体液には麻痺毒の他に、魔物を引き寄せる特性があるからです。貯蔵期間が長いほど熟成されて、引き寄せる範囲が広がります」
「では、どのような対処を?」
「ジャイアントフロッグが別に生成している体液で中和させます」
「ほう……よく知っていますね」
「まあ、冒険者から聞いた話ですから」
「ふむ。では知識については、これで終わりとしましょう。次は対峙してもらいます」
「はい」
中庭に案内されて、柵の内側へと入る。
相変わらずジャイアントフロッグは微動だにしない。
ん〜、破裂寸前ではないな。
多少殴っても体液が出たりはしないだろうけど……
「倒して良いんですか?」
「どう対処するかを見ますので、ご自由に。ただ、状況としては人里近くで発見されたジャイアントフロッグの討伐に、一人で向かったとして考えてください」
そう言われて、俺はジャイアントフロッグに近付いていった。
近くまで寄ると俺に気付き、感情を覗かせない瞳で見つめてくる。
一応、襲ってきてもいいように身構えてはいるが何もしてこないようだ。
じゃあ、倒そうか。
手近にあった拳大の石を拾ってジャイアントフロッグの顔面付近に放り投げる。
すると、餌と勘違いしたのか舌で巻き取って飲み込んでしまった。
捕食に使う舌だけは素早いんだよなあ……
もう2つほど放り投げると、なんの躊躇いもなく飲み込んでいく。
これぐらいが適量だろうと判断して待っていると、ほどなくして変化が訪れた。
「……! ……!!」
少し目を見開いて鳴き声を漏らすジャイアントフロッグ。
その後は何事も無かったかのように静かになったが、皮膚の色が変わり始めた。
元は薄い緑色のようだった皮膚が、紫色になってきたのだ。
じんわりと広がるように変色するのを待ち、やがて全身紫色に染まりきる。
「よっ、と」
俺は距離を置いてから投げやすそうな石を拾い上げ、今度は腹へ向かって力を込めて投げた。
的が大きいから外すこともなく、石は皮膚を突き破って腹に穴を空ける。
そこから流れ出てくるのは皮膚と同じ、紫色の体液だ。
「!? ……!!……」
ジャイアントフロッグは苦悶しているような声を上げるが、そうする間にも体液は流れ続ける。
どうやら投げた石が重要な器官をも傷付けたようで、痙攣し始め……やがて動かなくなった。
そうした後は空いた穴から内臓が漏れ出てくる。
念のために近付いて首を切り落とし、一息ついた。
これで討伐完了だ。
「うっわぁ……」
見渡すと……ぶち撒けられた体液と内臓に、首の無い巨大蛙の死体、近くに転がっている首は虚ろな目玉が何を見るでもなく存在感を放っている。
自分がやったんだけど、ちょっと引くわ。
「呆けてる場合でもないか……え~と……あ、これだ」
地面に投げ出された内臓から、いくつもの粒が密集したような見た目のモノを拾い上げる。
これが討伐証明になる中和袋だ。
少し潰れてしまっていて、紫色に染まっているが元は黄色らしい。
というのも、この中和袋で生成されている体液こそが、麻痺毒および魔物寄せの効果を持つ体液の中和剤になるんだ。
冒険者の間では毒液と中和液で呼び分けられていて、これを知っていないと討伐してはいけないとまで言われている。
この中和袋の存在が発見されたのは、冒険者が産卵期のジャイアントフロッグに遭遇したからだ。
その時に全身が紫色だったらしい。
つまり、産卵期は自身で毒を中和する習性がある。
自身は毒を生成しているわけだから耐性があるものの、卵はそうじゃないらしい。
だから産卵期のみ中和して、無事に産卵してから毒の貯蓄を再開するのだ。
そのための器官があると判断して研究した結果、この中和袋が見つかったというわけである。
ちなみに、魔物を寄せる特性も中和される。
卵に別の魔物を近付かせるわけにはいかないからな。
万が一、体に傷が入って体液が漏れても大丈夫なようになっている。
そして冒険者達はなんとかして、この中和袋を利用しようと考えた。
結果、石などの重い何かを飲み込ませる事で胃から破り抜けて中和袋を破壊し、中和液を漏れ出させる手法を編み出したのだ。
「お見事です」
「あ、どうも。この中和袋って……」
「捨ててください」
「そうですか……」
「持って帰っても良いですよ?」
「捨てます」
ギルドに持っていかないようだ。なら捨てよう。
「この魔物は人間に育てられたので、ギルドの討伐対象とは違うのですよ」
「え、そうだったんすか」
魔物を育てるなんて、無茶をするものだ。
つまりはジャイアントフロッグから子どもを奪ったわけで……
「忌避感を持っていますか?」
「……少し。でも俺だって殺しちゃったし」
「必要な感情です。ただし、魔物は等しく殺さなければならない」
「……」
「殺す前に利用するのを良しとしない気持ちは理解できます。ただ、生態を究明するためには必要ですし、今回のように別の利用方法を持つ事もあるんです」
それに、と試験官は付け加える。
「試験のためだけではありません。別の実験も兼ねているんです」
「実験?」
「こんな町中で育てるのは無理があります。育てたのは学校と提携している研究所ですよ」
その研究所から運び込んだらしい。
途中で皮膚が破れたりしないような運搬技術、そして魔物を育てられるかの確認。
色々な実験を兼ねていて、最終的に殺すなら試験に使おうとなったようだ。
「結果は上々です。蓄積80%未満なら、安全にジャイアントフロッグを運ぶ事が出来るようです。これなら魔物の襲来に打てる一手となるでしょう」
「?」
「離れた場所に運んで、体液を撒くんですよ。そうすれば大半の魔物は集まってきます」
「あ……」
「流石にそのまま魔物が帰っていくとは思えませんが、一箇所に集まったなら殲滅魔法で一掃できるでしょう」
魔物を寄せる特性を利用するのか。
色々考えてるんだなあと少し感心した。
「でも、何で俺に教えたんですか?」
「君が最後ですし、撤収まで少し時間があります。あとは……」
試験官が手を差し出してくる。
訳が分からず固まっていると、笑顔で教えてくれた。
「どうせだから教えておきましょう。君は合格です」
「…………えっ!?」
なんですと!?
「合格……ですか?」
まだ状況が飲み込みきれないまま握手をすると、試験官が答えてくれる。
「ええ。後で発表しても良かったんですが、少し心配になりまして」
「??」
試験官は少しの間だけ目を閉じて何事か呟く。
すると、微かな風が俺の肌を撫でていった。
「さっきのって魔法ですか?」
「そうです。デリボイの魔法ですね」
「音声運搬魔法ですか」
「おや、知っていましたか」
少し古い記憶だが、ある冒険者が語っていたのを覚えている。
声を遠くに届ける魔法だ。
人ではなく場所に届けるから関係ない人にまで聞こえるらしい。
消費魔力は微量だが、運搬先の認識に苦労するそうだ。
「話を戻しましょう。さっきも言いましたが、君は合格です。それを今教えるのは、少しでも備えておいてほしいからです」
「入学に備えるんですか?」
「そうです。実力面は入学後に成長すればいいので気にしませんが、心構えですね」
「はあ……」
「君の意思が弱いだとか言うつもりではありません。別の方向です」
そう言って試験官は手に持っていた木製の板をトントンと叩く。
紙が挟まれていて、きっと受験者のリストか何かだろう。
「君の試験は最後でしたから、ある程度は周りを見る余裕もあったでしょう?」
「まあ、ありました」
「貴族の子弟が多く居たと思います。彼らが平均点を大きく下げてくれました。君のように知識、対峙、回収の三つを問題なく実践できた受験者は非常に少ないんですよ」
少し愚痴るように話された内容によると……
知識はあっても、いざ対峙したら足が震えて動けない人がいる。
対峙できても、知識が無いから派手に倒して毒液を撒き散らした人がいる。
知識を持って対峙できても、証明部位である内蔵の回収に躊躇した人がいる。
そもそも、試験が常軌を逸していると文句だけ言った人もいる。
「というわけで、評価点は君がトップでしたよ」
「おぉ……」
ちょっと嬉しくなるな。
明らかに良い教育を受けてますって感じのお坊ちゃんも多かったからさ。
そんな人達より評価点が上ってのは実力を発揮したっていうより、してやったぜ! って感じが強いけど、悪くはない気分だ。
「ちなみに、待機中に寝ているかどうかは評価の外だったので、運も良いみたいですね」
「あ……あは、あははは」
調子乗って、すいませんでした。
誤魔化し笑いしながら反省するのだった。
「そんなわけで、君は胸を張って合格を誇ると良いです。ただ、入学してからは周りに気を付けてもらいたい」
「はい」
「そもそもグランバス魔法学校のように有名な学校は新入生の募集が2段階あります」
「へ? そうなんですか?」
知らなかった。
「最初は、名門の貴族へ向けた募集です。ここが1次募集の規定人数ぴったりに収まるんですよ」
名門なのに不合格者が出た、ってのは外聞が悪いから数を揃えるそうだ。
1年前から募集を開始して、名門貴族達が水面下で応募者を決めるらしい。
有名な魔法学校は幾つかあるから、その内のどれに通わせるかって振り分けになるけどな。
もっとも、取り巻きの上級貴族だったり、勢力内で庇護下にある下級貴族だったりを従者として一緒に通わせるから、人数は多くなりがちだ。
そこの調整も必要だから長い時間を掛けて決めていくらしい。
「そうして全体で4割近くの人数が決まってから、2次募集を始めます。残り6割を決めるためですね」
そうなれば後は一般人に出番が回ってくる……とはならない。
この試験地でも多くの貴族が居た。
彼らは1次募集に関われなかった貴族と、名門貴族の勢力内にありながら従者に選ばれなかった貴族達だ。
前者は名門勢力に取り入るため、後者は2次募集で合流する事により実力を示すために試験を受ける。
学校をそういう場に使うのが正しいかは定かではないが、通例であるらしい。
で……一般人だって応募できるが、昨年までの試験は貴族が絶対的に有利だった。
学力、武芸、魔法、社交性などを結構高いレベルで求められるからだ。
一般人が努力と才能でなんとか追い付けても限界がある。
幼い頃から優秀な教師に指導してもらっている貴族に敵いっこない。
「ですが、今年から試験の方法を変える事になったんです」
「他の学校もですか?」
「いえ、グランバス魔法学校の独断ですよ。きっと一波乱あるでしょうね」
「ん~……」
そこまでする理由が何なのか、分からないでもない。
「貴族が嫌いなんですか?」
「いえ、違いますよ」
違ったみたいだ。恥ずかしい。
「この試験を見ると、一般人ですら理不尽に感じるでしょう。魔物なんて若者には近付かせないのが基本でしょうし、いきなりでは戸惑うのが普通です」
たしかに……
「私達が見たかったのは、学ぶ意志、挑む意志、そして逃げる勇気です」
「?」
「それについては魔法学校で聞く機会があります。そろそろ時間なので行きましょうか」
「あ、はい」
中庭から屋内に戻り、更に奥へ進む。
そして辿り着いた部屋に入ると、受験者が皆集められていた。
視線を浴びる中、試験官が部屋の中央に歩を進めて声を上げる。
「皆さん、お疲れ様でした。これにて試験は終了となります。ですが今回の合格者は少数となりそうですので、不合格者は後日に再募集を行いたいと思います」
2次募集の規定人数に達していないがための特別措置であるとの話だった。
次の試験内容は発表しないので、各自で備えてほしいとのこと。
「ここから出る馬車は2時間に1本なのでご注意ください。それでは解散です」
その言葉と同時に、ぞろぞろと部屋を出て行く。
俺も特に思い残すことは無いため、そのまま帰っていった。
ーーーーー
そんな感じだったな。
ふと皆を見渡せば、回想がてら語っている内に、結構食べ進めていたようだ。
「食事時に内蔵の話とか勘弁してほしかったですね」
「あ、悪かった。でさ、皆は?」
そういえばラグ達に試験の内容を聞いてなかった。
「同じだったぜ。ジャイアントフロッグを引っ張ってきてよ」
「そうそう。さあ、やれ! って言われました」
「なんじゃそら」
何をやるのか分からないだろ。
試験官も色々だな。俺のところはマシな部類なんだろう。
「で、どうだった?」
遅れている分を取り戻すべく、急いで食べながら聞いてみる。
この麺料理って何の素材なんだろ……ツルツルしてるが美味い。
「俺は戦わずに眺めてた」
「僕もです」
「海に落とした」
「ぶふっ!」
晩飯を噴き出してしまった。
汚いな〜、とか言われながらも、鼻から出た麺を引っ張って取り出す。
「おいハイク、海に落としたって言った?」
「うん」
「何してんの!?」
体液が散布されたら大変じゃねえか!
海の魔物がわらわら集まってくるぞ!?
「大丈夫。試験地の近くにある海は漁業指定区だったから」
「そっか、魔物が近辺に居ないのか」
「うん、しっかり狩り尽くされてる。まあ怒られたけどね」
「そりゃあな」
きっとハイクの事だから、試験官が止める間も無かったんだろう。
決めてから行動に移すのが早いからな。
「あ、でも魔物が寄ってこなくても麻痺毒あんだろ」
「それで怒られたんだよ。魚が沢山浮いてきちゃってさ」
魔物だけど蛙だからな。
海に落とした時、衝撃が強くて爆散したらしい。
餌と思って食べに来た魚が一網打尽になったとさ。
「すぐに魚を回収して皆で食べたよ」
「毒は?」
「解毒できる人いたし、焼けば何とかなるでしょ」
「ならねえよ」
実際なんとかなったようだが……てか試験官! 止めろよ!
「まあ、ハイクの行動に驚いてたらキリがないですね」
「だな」
「で、ラグもソマリも戦わなかったの?」
「ええ。下手に触って体液が漏れたら大変ですし」
「右に同じ」
「それで合格できるってのが分からん」
「ビビったわけじゃねえからな。ちゃんと理由を説明すりゃあ納得されたぜ」
そういうもんかと声を出すと、ハイクが頬を掻きながら今更な事を呟いた。
「俺もそうしたら良かったかな……」
「お前は理由聞いても”面倒だから”としか言わねえだろ」
ともあれ、皆は真っ当に試験を受けていたようだ。
「でもさ、結局体液ばら撒いても大丈夫だったんじゃないの?」
「は?」
ハイクが聞き捨てならない事を言った。
どれくらい恐ろしいか分かっていないようだな。
「あのなハイク、魔物を寄せるのはジャイアントフロッグだけじゃないんだ」
「うん、知ってる。ルイスが話してたからね」
「なら分かるだろ? ゴブリンリーダーとか、トラストウルフだとかが集まったら、そこから更に仲間を呼ぶんだよ」
いわゆる連鎖反応というやつだ。
魔物達は一致団結しない。
だからこそ魔物寄せで集まると、その中で優位に立とうとする本能が働く。
つまり、自分の群れを大きくして戦力を増強するのだ。
魔物の数と種類が増えれば増えるほど、この現象が起こりやすい。
加速しながら増え続けて、気付けば千を越してたって話もあるんだ。
未然に防ぐためには、魔物の各グループでボスとなっている固体を潰すか、仲間を呼べなくするか、魔物寄せの能力を持つ種類から先に駆逐するかだ。
「厄介極まりねえんだ」
「分かってるって」
「なら」
「あのさ、試験官が分かってないと思う?」
「……あ」
「そういうこと。対策してるはずだよ」
少し考えれば分かる事だった。
下手すると魔物を寄せるって分かってて、何も対策しないはずが無い。
「試験地は魔物の出没頻度が低い場所だし、事前に付近を掃討してるはずだよ」
「それにジャイアントフロッグが貯蓄した量も多くないので、効果範囲も狭いです」
「万が一寄ってきても何かしら準備は整えてるだろうしな」
皆から指摘を受けて、反論できなかった。
そりゃあそうだ、試験を受ける貴族が多いのだから。
何かあって死傷者が出たら困るのは学校側だ。
「むしろルイスは分かってて倒したんだと思ったぜ」
「……」
「その顔だと気付いてなかったんですね」
「……」
「まあ問題なく倒せたんだし、良いんじゃないの?」
なんか悔しい!
「 だったらさあ! お前らも戦えよ!」
「状況説明されただろ? 一人で討伐に向かった、って」
「”対峙”って言ったのも、状況次第では戦わないのが正解だからですよ」
なんだよ! 俺がアホみたいじゃねえか!
もっと熱くなれよ!! とは言わねえけどさぁ。
「まあまあ、戦わないよりは評価高かったはずだぜ?」
「そうですね。しっかり倒して部位回収した人は少ないらしいですから」
「誇って良いよ。俺は駄目だったからさ」
いやいや、ハイクは回収する気なかっただろ。
「気付いた時は着水寸前だったし、もういいかなって諦めた」
なんか気が抜けたな……
「で、そんなわけだから試験に合格した貴族が少なかったんだね」
「それで一般が多いんです」
「だな。再募集したけど結局は数が揃わなかった。最後は手当たり次第集めて面接だとよ」
そんなこんなで晩飯を食べ終わった俺達は、それなりに空いてきた食堂を出た。
もう新入生は各自の部屋に戻っているようで、俺達もそのつもりだ。
「一人暮らしなんて初めてだから楽しみだな」
「思ったより大変だぜ?」
「そうなん?」
「ああ。少しサボってると家事が溜まりまくって余計にやる気失くすってよ」
「それって誰情報?」
「ゲスから聞いた」
「一番信用出来ねえじゃん!!」
ゲスとは、地元の町で怪しい薬を売り捌こうとしてた小男の呼び名だ。
しかも子どもを狙って小金を稼ぐような奴で、外道オブ外道と聞けばゲスと答えるのが、地元の常識となっている。
「あんな奴に近付くなよな」
「そうですよ。僕も騙されかけたんですから」
「え? そうなん? いつ?」
「まだルイス達と出会う前ですよ。背が伸びる薬とか言われて……」
「ゲスってそんな前から居たの!?」
驚きの事実を知りながら、俺達は暗くなってきた道を歩いて寮へと向かうのだった。
結局、食堂から出ただけですね。