1_04_説教
筆は進めど展開が進まない・・・
「奢るのがルールですけど……これはちょっと……」
少し顔を引きつらせながら苦言を呈すのはソマリだ。
今、俺達は魔法学校の食堂に居る。
入学初日なわけで、幾分か緊張した面持ちで晩飯を口にする生徒が多い。初対面ばかりだから距離感とか掴めないのだろうか。
俺は仲間と一緒に食べてるし、そもそも人見知りとか緊張なんかとは無縁だから、ガシガシ話しかければいいのにな~としか思えない。
「仕方ないだろ? 基本無料って忘れてたんだからよ」
そう言って俺の隣に腰掛けたのはラグだ。
受け取った食事は豪勢で、どこの貴族だと言わんばかりの内容である。
それを横目に見る俺も同じようなものであり、きっともうすぐ戻ってくるハイクもだろう。
「そもそも何回だったか数えられなかったじゃないですか。少しは温情というものをですね……」
「いやいや、あれ200回は超えたって」
「だな。数えるのがアホらしいくらいだった」
なんて言いながら思い出すと苦笑が出てしまう。
1時間ほど前の話なんだが……
ーーーーー
「お、始まるぜ」
学校長の話を聞くのが面倒だと宣うハイクのために暇つぶしを提供した結果、話の最中に何回繫ぎのワードが出るかという賭けを行う事になった。
繫ぎのワードとは”え~”とか”あの~”とかだ。
4人で数を予想し、実際の数から一番遠い者が最下位となり晩飯を奢る。
しかしハイクが早々と必勝法を見つけてしまい、俺とラグは負けない勝負となってしまった。
なのに物好きなハイクは自分の数を多く設定して、ソマリとの一騎打ちに持っていった。
てことで、今まさに学校長の話が始まろうとしている。壇上に上がったのは40代後半ぐらいの男性だった。
学校長というくらいだから、もっと年寄りかと思っていたんだけどな。
「新入生の諸君、初めまして。私が……うん、この魔法学校で学校長を務めているジースンだ」
ちらりと目配せすると、皆が頷く。
今回のワードは”うん”に決まった。
「さて、ご存知の方も多いと思うが……あ~、この魔法学校の名前は都の名前を取って、うん、グランバス魔法学校となっている」
入学する生徒なら誰でも知ってるよな。
実際、都に惹かれて来る生徒も多いらしい。俺もその内の一人だし。
「うん、そこでだ……この都にあるというのに、うん、入学に必要な条件は……うん、意外な内容だった。そう感じた生徒も、うん、多いと思う」
……うん?
「なあ、”うん”多くね?」
「うん、多いな、うん」
「ぶふっ!」
笑わすなよラグ!
いかん、意識してしまうと……つい顔がにやけてしまう。
「うん、皆も疑問に思っているようだね、うん。人伝に聞いて知っている人も居るだろうが、うん、ここでハッキリ宣言しておこう」
「ふ……ふっ……」
「ルイス、耐えろ」
「ちょ、待って…… 一旦休憩を……」
笑いそうになるのを我慢すると余計に……!
く、口に手をやって誤摩化そう。
「おい、それは駄目だぜ。っふ、しっかり聞け」
「だ、だってよ、これ無理っ」
横目にラグを見ると、思いっきりニヤニヤしている。
隠す気ねえのかよ!
「この学校は、うん、実力至上主義と言っても、うん、過言じゃない」
多いって学校長!
ラグとは反対側のハイクを見ると、下を向いて震えている。
結局真面目に聞いてねえ。俺のせいか。
「おい、ルイス」
「なんだよ、今集中してんだ」
「ソマリ見てみろ」
そう言われてラグの隣に居るソマリを見ると……
「12……13……」
「ぼふぉ!」
めっちゃ数えてる!
なに真剣に数えてんだよ! やめろ! 笑わすな!
「あ、やべ」
ふと声を漏らしたラグの視線を辿ると、生徒会長のクリストフ先輩が怪訝な目でこっちを見ていた。
「おいハイク、顔上げろって」
「……むり……ふふ、むり」
「いいから早く。先輩がこっち見てんだよ」
力なく首を振るハイクは俯いたまま。
俺は笑うのを隠す為に口を覆い、ラグはニヤニヤしている。
そりゃあ目立つよな。
「諸君は常に見られていると、うん、思ってほしい。それには実力を見定めるという、うん、そういう意味の他にも……うん、安全を守る為でもある」
今まさに見られています、先輩に。
そして、とうとうクリストフ先輩が動いた。
こっちに近寄ってきたため、俺は手をどかして顔を引き締める。
「君達、どうしたんだ?」
「いえ、なんでもないです」
「そこの……ハイク君だったか。気分が悪いのか?」
「……大丈夫です」
「なら顔を上げなさい。学校長のお話を聞くにあたって、褒められた態度ではないよ」
「………………」
少しの間を置き、ハイクは顔を上げた。
なんとか我慢しているらしく見た目は真面目そのものだが、爪を食い込ませるように拳を握っている。
「それでいい。で、ラグニーロ君はどうして笑っているんだい?」
「いやあ、良いお話だなあと思いまして、うん」
「っふ……」
「く……」
笑わそうとすんなって! 今はヤバいだろ!
「そういった笑い方ではないように見えるが?」
「すいません。俺って笑い方が変らしくて」
「……まあ、いいだろう。だが集中していないように思えるから気を引き締めるように」
「引き締めるほど緩むっていうか……」
「何を言っている? ソマリ君を見たまえ」
言われてソマリの方を見ると、まだ真剣に数えている。
クリストフ先輩は真相に気付いていないようだ。
「だから、うん、将来を意識して成長してほしい……皆、目つきが少し頼もしくなったね。うんうん、良い事だ」
「ちょ、え? 今のって2回ですか?」
「「「ぶっ!」」」
思いっきり噴き出してしまった。
不意打ちすぎんだろ! 真面目か!
「……そういう事か」
「あ……」
クリストフ先輩が気付いてしまった。
やばい……
「場の空気が乱れる。こっちに来なさい」
「……はい」
先輩に連れられて退出する事になってしまった。
ソマリが顔を青くさせているのを感じながら、俺も不安を覚えつつ訓練場を後にしたのだった。
・・
・・・
「まったく、ここまで緊張感の無い新入生は見た事がない」
「すいません……」
「これでは先が思いやられる。学校長のお話にこそ、この学校での理想的な過ごし方を見出せる指針が現れているんだよ?」
「はい……」
他の新入生より一足早く校舎内に入った俺達は、生徒会室の中で説教を受けていた。
平時であれば室内を見渡して興味を露にする場面だが、あいにく今は緊急事態だ。
入学式前から騒ぎ立て、いざ始まると学校長の話を賭けの対象にして笑っている。
……うん、最悪だな。そりゃ怒られるっての。
「気持ちが浮き立つのは理解できる。だが、それも時と場合を考えての事だ」
「仰る通りです……」
「他の生徒達は皆、真剣に話を聞いていたよ?既に意識は高くなっているだろう。この時点で君達は大きく差を開かれてしまったわけだ。理解できるかい?」
正論すぎて何も言い返せねえ。
いやまあ説教中に反論するのは避けたいけどさ。
「肝に銘じます……」
「そしてルイス君、冒険者のような格好だが、憧れているんじゃないかい?」
クリストフ先輩の視線が俺に固定された。
「あ、はい」
「だというのに人の話を真面目に聞かないなんて、自殺願望でもあるのだろうか? 魔物との戦いが付きまとう職業なのは理解しているだろう?」
「理解してます……」
「今の君を見ている限り、とても理解できているとは思えない。もし依頼を受けた際に注意事項を聞かないでいたら、危険な目に遭うよ?」
「その通りです……」
頷くしか出来ずにいると、先輩の視線が今度はハイクへと移った。
「……ハイク君。君は今も心ここに在らずといった様子だが、いつもそうなのかい?」
「……いえ」
「名簿を見たが、どうやら貴族の家系のようだね。それが今の態度に関係あるのかい?」
「ありません」
家系まで名簿に書かれてんのか。
まあ知っとくべき情報なんかな。
「だったら、今の君は一個人として入学式に臨み、私と対峙している。そこに貴賎が関わらないのであれば、話を聞く態度というものに注意を払いたまえ」
「……もちろん人の話を聞くにあたって、貴賎は関係ありません」
「ならば行動に移すのみだ。それが出来ないとでも?」
「違います」
「では、行動したまえ」
「分かりました」
ハイクへの説教が一段落。次はラグの番であるようだ。
「そしてラグニーロ君。君は状況を一番理解できていただろう?」
「……はい」
「真っ先に私が見ているのに気付いた。なのにニヤけた顔を隠しもしない。これは一見すると挑発行為にも取れるのだが?」
「そんなつもりはありません」
ラグは敬語まで使って大人しくしている。
ここで更に挑発しなくて安心した。
「私の問いかけに返す時も、明らかに嘘と分かる誤摩化し方だった。苦手な訳でもないだろうに、敢えてミスをしているように見える」
「……」
「どういった理由があるかは分からないが、君の為にならない。もし誰かを思っての行動であるならば今すぐ改めなさい。それは誰の為にもならず、君の不利益になるばかりだ」
「……はい」
どういう意味か理解出来なかったけど、ラグは分かったようだ。
もしくは分からないままで返事してるだけかもな。
「最後にソマリ君……君は何と言えば良いのか……」
「申し訳ございません」
さすがの先輩も言葉に詰まるらしい。
「一番真剣だったのは微笑ましいが、方向を間違えているのは理解できるだろう?」
「お恥ずかしい限りです……」
まあ一番真剣だったのは事実だけど、だからこそ余計に恥ずかしそうだな。
「君だけに抑止を求めるつもりはない。だが、一番先に注意喚起できるのは君だと思っている」
「はい……」
先輩、心配しなくてもソマリは俺達を止める役割な事が多いっすよ。
「意識していけばいい。仲間と楽しい時間を過ごすのも大事だが、こんな結果になっては面白くないだろう。そこの分岐点に君が立てているんだ」
「っ……はい」
どことなく決意を改めたような表情で頷いていた。
「さて、私からの話は以上だ。いずれは仲間全員で、良い結果に結びつくような関係になる事を願っている」
お、終わったようだ。
「「「「ありがとうございました」」」」
真剣に聞いてみれば俺達のために説教しているのが分かる。
本当に申し訳ないと思えた。
「入学式も終わっている頃だろう。他の新入生は各自の部屋に戻っているが、君達はどうする?」
「今日はこれで終わりですか?」
「そうだね。もうすぐ食堂が解放されるから、そこで夕食を取るといい。まだ少し時間があるから、もう一度学校長のお話を聞きに行くのでも構わないが」
「え~と……」
さすがにもう笑わないとは思うけど、ああいうのって意識すると駄目なんだよな……
するとクリストフ先輩が突然笑った。
「さすがに今日は難しいかな?」
「そうですね。万全の準備をしたいです」
「良い心掛けだ。かくいう私も今日は学校長と顔を合わせられそうにない」
「?」
「今だからこそ言うが、私も少し笑いそうになっていたからね」
「「「えっ!?」」」
そうだったのか……全然分からなかった。
ただ怒っているとばかり……
「実は私も2年生の頃に同じような経験をしたんだよ」
「そうだったんですか……」
「あれから1週間ぐらいは集中して話を聞けなかったな。少し懐かしい」
「ちょっと意外です」
かなり生真面目な性格だと思ってたし。
「やっぱり、そうかな……どうにも後輩達からは怖がられているみたいでね」
「あ、でも実際に話すと違うっていうか……」
「ふむ……それだけは収穫と言えるのかな?」
少し嬉しげに笑いかけてくる先輩であったが、そもそも俺達はアホな事して連れてこられたんだよな。
「まあ、はい。すいません」
「あまり気にしすぎないようにね。もう終わった話だから」
「はい……ん?」
と、雑談しているところへノックの音が聞こえた。
誰だろ? 他の生徒会員か?
「どうぞ」
「失礼するよ、うん」
「げっ」
入ってきたのは……学校長だ。
ラグが声を漏らし、隣のソマリが肘で突いて注意する。
「学校長……入学式は終わったんですね?」
「順調にね、うん。ただ君達が気になって、うん、足を運んだんだよ」
まさか学校長本人が来るとは。まあでも、目立ってたよな……
「わざわざ申し訳ございません。少し浮ついてしまっていたので注意をしておきました」
「そうか、うん、なら大丈夫そうだね。少し心配したよ、うん」
「心配……ですか」
「うんうん。君が連れて行くほどってのが、うん、気になってね」
やはり気付かれていたらしい。
「大事なお話の最中に失礼しました」
「「「「失礼しました」」」」
「ああ、うん、いや、うん、気にしなくて良いよ、うん」
どっちですか、とは言えない空気だな。
「説教も受けたようだし、うん、これ以上は気にしない方が良い、うん」
「よければ私の方から伝えておきますので」
「そうかい? うん、それなら任せようかな……ところで」
「?」
「何に笑っていたのか、うん、教えてもらっても良いかな?」
マジか……
「いや、退屈で友達と談笑してたんなら、うん、来年は短めにしようかなと、うん、思ってね」
「あ、いえ、そういうわけではなく……」
「うん? 違うのかい?」
「え~っと……」
学校長に目を向けられて、俺は返答に詰まる。
なんと言えばいいのか……
「学校長、私が2年生の時に……」
「…………ああ、アレか」
「ええ」
先輩がバラしてしまった。
まあ仕方ないか。
「そうか、なら納得だ。まあ私も友人からはよく注意されるよ。最近は反応を楽しんでしまうから、余計な事をするなと怒られる事もあってね。いやはや、さすがに入学式で新入生から笑われるとは思わなかったよ」
「あれ?」
”うん”が無くなってる?
「どうかしたのかな?」
「あ、いや……」
「ふふ……私がよく”うん”と挟んでしまうのが気になったんだろう?」
「……はい」
「私だって自覚しているからね、可能な限り意識して言わないようにしているんだよ」
その割には多いんだけどな。
「今日のは勿論わざと多くしたがね」
「「えっ!」」
「真面目な場で人を笑わせるのが楽しくてね」
わざとかよ!
「少し調子に乗りすぎたから、これからは気を付けるよ」
「あ、はい」
「無意識に言う事もあるからね、酷い時は教えてくれると嬉しいかな」
「分かりました」
そんなに学校長と話す機会は無いと思うが、まあいっか。
気付いたら教えよう。
「それじゃ、ここらで失礼するよ。明日は休みだから、今後に向けて英気を養うと良い」
「お疲れ様っす」
「ラグ!」
「あ、悪い」
「いや、いいよ。それぐらい気軽に接してくれた方がね」
いつの間にか部屋の入り口に待機していたクリストフ先輩が扉を開き、学校長は出て行った。
なんだか気の抜けそうな人だったな……
「ああいった御方だから固くなり過ぎなくてもいい。ただ、礼儀は忘れないように」
「はい」
「では食堂へ行きなさい。食べ損ねないようにね」
俺達もお暇する事になり、軽く礼をしてから部屋を出た。
そのまま食堂へ向かった俺達は賭けの話を思い出し、あのままだと軽く200回は突破しただろうとなって、ソマリが晩飯を奢る事になったのだった。
ーーーーー
そして今に至るのだが、食堂は基本無料だ。味も量も申し分ないし、おかわり可能。
これじゃ罰ゲームにならないから、貴族向けのメニューを頼む案をラグが出した。
それなら料金が発生するし、なにより普段は食べられないような内容だから喜んで乗ったわけだが……ちょっと高いなこれ。
ともあれ、そのような流れで晩飯の時間だ。
「少し負担しようか?」
「ハイク……いえ、負けたのは僕ですし」
「でもさ、賭け自体が褒められた事じゃねえんだし、無効にしてもいいけど?」
また誰かに見咎められて説教、ってのは勘弁だしな。
「お前が言い出しっぺじゃねえか」
「う……ラグだって乗り気だったじゃんか」
「はいはい、そこまで。そんな気にしなくても良いんじゃないの?」
「そうですね。生徒会長も時と場合を考えろと仰っていましたし」
まあ確かに、気にしすぎか。
喧嘩になるわけじゃないが、こういう無駄な言い合いを止めてくれるのがハイクとソマリだ。
……たまにハイクは煽るけど。
「……そうだな。じゃあ、3人前ぐらい頼んどくか」
「え?」
「だな。俺も食いたいだけ食おう。そういや昼食ってねえから食欲全開だった」
「ちょっと! 遠慮というものを知らないんですか?」
それぐらい知ってるけど?
「気にしなくて良いって言ったべ?」
「んだんだ」
「そこじゃないですよ!!」
「あはは、じゃあ誰が一番多く食べるか競争しようか」
「ハイク!!」
慌てふためくソマリを放置して、他3人は再度メニューを注文しに行った。
ソマリが卓に突っ伏して何事か呪詛を吐いているが、追加は無料のメニューだから安心しろって。
「あれ? ハイク……それ有料じゃん」
「え? 駄目なの?」
「容赦ねえな!!」
「冗談だよ」
そうは見えねえよ! 目がマジだったし!
話の流れでソマリの財布がピンチになりました。ごめん、ソマリ。
あと2話ぐらいは投稿予定です。