1_01_同志との出会い
1話は町から出てもいなかったですね……盛り過ぎました。
「やべえやべえ……」
妹と戯れて時間に余裕の無くなった俺は、魔法学校まで向かうために乗り合い馬車の停留所まで走っていた。
道中で顔見知りの町人達が挨拶してくれるので、手を振って応えながら先を急ぐ。
何人かは困ったように笑ってんな。
どうしたんだろうか?
まあ、気にする余裕も無い。
よりペースを上げて急ごう。
・・
・・・
なんとか出発間際の乗合馬車に飛び込めて、何度か乗り換えを繰り返した。
すると3日後には魔法学校のある都が見えてくる。
「すげぇ……」
そんな言葉しか出てこないほど、俺は目の前に広がる景色に感動していた。
特筆すべきは都の立地にあるんだ。
周囲は爽快な風が吹き渡る大草原。
東に多種多様な恵みを授かる大森林。
西へ切り裂くように延び続ける大街道。
南は季節で表情を変化させる絶海。
北を支配するのは大精霊が住まうとされる霊峰。
都の中央には、それらの威容を見渡すように鎮座する賢魔城。
有名な冒険者マッケンは、短いながらも万感の想いを込めて表現している。
”語るも語られるも無粋だ。自身の目で見てこそ、真に胸へ刻み込まれる”
この言葉に偽りはなく、誰もが期待を胸に訪れ、遥かに凌ぐ感動が胸を打つ。
それが、”羨望の都 グランバス”だ。
「うおおおぉぉぉ!! 燃えてきたあ!!!」
もうグランバスに来たってだけで胸一杯になりそうな感動がある。
それに加えて広大な大草原。
どこまでも広がるような青空とセットだから開放感が凄まじく、用事がなければ寝転がって昼寝でもしたい気分だ。
まあ大森林と絶海は見えないけど、霊峰は見える。ひたすらに高い。
雲の上まで突き抜けているから全容が計り知れないのだ。
けど、この霊峰の何処かに大精霊が存在するらしい。そう考えただけで好奇心を刺激される。
賢魔城の天辺から見渡せば、四方の雄大な景色を存分に堪能できることだろう。
一度でも……いや三度くらいは、そういう感動を味わいたい。
そうして堪能した後は、すぐにでも……
「冒険してぇ〜!!」
もう学校とか行ってる場合じゃなくないか?
「おい坊主、そんな騒ぐんじゃねえよ」
「あ、すんません」
狂乱する俺に注意してきたのは、同じ馬車に乗っていた冒険者だった。
格好を見れば分かる。熟達した雰囲気を持った男であり、やれやれと言いたげな表情をしている。
「じきに都へ着くからよ、ギルドに登録すりゃあ冒険し放題だろうが」
「ん? ……ああ、俺は魔法学校に入学するんで」
「は? んじゃ何でそんな格好してんだ?」
「憧れなんで、冒険者!」
ぐっ! と拳を握る俺に、冒険者は愉快そうに笑った。
「っははは……だが、それじゃあ少なくとも4年先だな」
「そうなんすよ。おっちゃんが羨ましいな」
「俺の名前はドルアーザだ。坊主は?」
「ルイス! いつか超一流の冒険者になる!」
「壮大な目標だが、本当になれると思うか?」
俺の宣言に、ドルアーザさんは問いかけてくる。
試すような視線であり、それに俺は胸を張って答えた。
「上ばかり見てると足元を掬われる」
「! ……下ばかり見てると全てを見逃す」
驚いたような顔をしたが、合わせるように言葉を繋いできた。
やっぱりドルアーザさんも知ってんだな。
「だからこそ見渡せ」
「心に焼き付けろ、求め続けろ」
「尽きぬ渇きを誇りに思え」
「得るもの全てを糧として」
「今を生き抜く先駆者であれ」
「それが……」
「「冒険者だ!!」」
最後まで繋げたら、二人して腕を組んで笑い合う。
他に乗り合わせた者達からすれば、いきなり何を始めたんだと疑問に思うだろう。
それもそのはず、さっきのやり取りは冒険者の祖と言われた人物が残した心得だからだ。
冒険者じゃない人が知らないのも無理はない。
語り継がれる事は少なくなっているが、今でも冒険者同士が意識を高め合うために使われていたりする。
冒険を繰り返して、この心得を自分のものに出来れば超一流の冒険者なんだ。
「まさか知ってるとはな。後は冒険するだけってか」
「今から待ち遠しいですよ」
「おいおい、もう敬語は必要ねえぜ?」
「はい?」
「同じ冒険者で、しかも超一流の仲だ。他人行儀は失礼ってもんだ」
「いやでも……」
俺はまだ超一流なんて……
「ルイス、お前は初めて都に来たんだろ?」
「え、まあ……そうですね」
「だったら、もう冒険してんじゃねえか」
「……あ」
ドルアーザさんの言葉が、俺の心に響いた。
「誰よりも楽しそうにして、始めて見る景色に感動を覚えた。立派な冒険だ」
「けど……まだギルドカード持ってないし……」
「視野を広げろよ若者。お前はもう、ヒヨっ子で超一流の冒険者だ」
少し呆れたように、けど頼もしい声で言い切ってくれた。
「カードなんかで証明できるわけねえだろ?」
「おぉ……」
そこまで言われて、俺は否定できない。
確かにその通りだと思えたんだ。
「冒険者ギルドなんざ、ただの拠点だ。冒険者になる場所じゃなくて、冒険者が集まる場所なんだよ」
「……そうですね。俺、勘違いしてました!」
「だから敬語は止めろって」
「う、うす!」
良い先輩に出会ったものだ。
この出会いだって冒険の醍醐味だと言えるだろうな。
「とはいえ、調子に乗ってちゃ三流だ。しっかり学校で勉強してから冒険に行けよ?」
「……まあ、そうだろうけどさ」
気分が高まっていただけに、ちょっと出鼻を挫かれた感がある。
「冒険者は自己責任で行動するが、それにしても若すぎるし、知らなすぎる」
「ん〜……」
「まずは学べ、備えろ、自分の力を高めろ。それから冒険に出れば全力で楽しめるだろうよ」
確かに何も知らないヒヨっ子が冒険に赴いても、右往左往して魔物に殺されるのがオチだ。
そうならないように準備が必要だし、耐える心も必要って事だな。
分かっていたつもりでも、実際に言われると自分が昂ぶり過ぎていたのに気付いた。
ひょっとすると都の外に一人で出てたかもしれない。危ねえ……
「ありがとう、気を付ける」
「それでいい。そうだ、これをやろう」
「ん? 何これ?」
そう言ってドルアーザさんが渡してきたのは、硬い素材で出来たような珠だった。
「流石に知らねえか」
「知らない。で、何これ? 冒険者必携の道具?」
「教えない」
「なっ、なんだって~!!」
……あれ?
「教えてくれねえの!?」
「ああ」
んだよ。
折角のリアクションが無駄になった。
「お前が冒険者としての活動を本格的に始める時、これをギルドに持っていけ」
「紹介状みたいなもの?」
「いや、そんな代物じゃねえ。ま、その時分かるさ」
お楽しみは取っておけって話だろうか。
「それでも最短4年は待つんだろ? 長くね?」
「その間は必死に鍛えとけ。戦闘、知識、装備、道具……全て実力の内だ」
「まあ、分かったよ」
「あと運も鍛えとけ」
いやそれは無理だろ!
「どうやんだよ!」
「何でも聞くのは良くねえな。自分でも考えろよ」
そこまで甘くはないらしい。
ん~……
「わかった。とりあえず運を呼び込む魔石とか集めて……」
「おいおい冗談だろ。人生踏み外す気か?」
「だってさあ……」
「しゃあねえな、ヒントをやろう」
待ってました。
「ちょろいぜ」
「お前な……」
「まあまあ。で? ヒントは?」
「……運と密接な繋がりを持つものがある。今この瞬間にもな」
「繋がり?」
今、か……
「冒険者なら大事にすべきだ」
「ん~……」
「ほら、目の前にあるだろうが」
…………あ、分かった!
「冒険だ!」
「は?」
「冒険を繰り返せば経験とか積めるし、なんかこう……良い方向に向いてくんじゃね?」
「アホか! 冒険の前に鍛えろと言ってんだろうが!!」
「あいてっ!」
拳骨を落とされた。
なんだよ、間違ってないだろ?
「ドルアーザさんも言ったじゃんか。俺はもう冒険してるって」
「ああ、言ったな」
「だったら間違ってなくねえか? こうやってドルアーザさんに出会えたのも運が良くて」
「それだよ、それ」
「へ?」
「出会いだ」
はん?
出会い?
「運なんてものはな、究極的に言えば存在しない。夢が無い言い方で悪いけどよ」
そう言いながらドルアーザさんは背負っていた大剣を外し、膝の上に置いた。
「この武器はドラゴンの素材で出来ている」
「おお!」
ちょっと気になってたけどさ、まさかドラゴンの素材とは予想してなかった。
「結果として作る事が出来た」
「苦労したのか?」
「ああ。一人じゃ無理だったな」
今度は腕の防具を外して肌を見せてくれた。
そこには大きな傷跡があり、痛々しい。
「この程度の傷で済んだのも、一人じゃなかったからだ」
「へえ……」
「本来一人なら死んでただろう結果を覆した。それが運ってもんだ」
仲間がドラゴンの弱点を把握していたし、準備も抜かりなく済ませられた。
討伐に加われなかった友人はドラゴンの居場所を特定して、安全に移動するルートを模索してくれた。
その一つ一つが必要不可欠な要素だったのだろう。
俺だって一人でドラゴンなんか倒せない。そもそも見つける事すら無理だろうな。
「そういった結果を導いたのが出会いだ。仲間だろうが友人だろうが、必ず出会いが最初にある」
「おぉ……」
これも心得みたいに聞こえてくるな。
冒険者の、というよりかは人生の心得っぽいが。
「出会いを良いものに出来れば、何かしら自分の力になるし選択の幅が広がるんだ。知り合いの知り合いから情報を得る事もあるんだぜ?」
だから出会いは大事にしろ、か。
「逆に出会い方が最悪で悪縁を結んじまったら、思わぬところで不利益になるかもしれん。少し気に食わなくても根気よく相手してみたら、結果は変わってくるだろうよ」
最後に、とドルアーザさんは付け加える。
「自分だけじゃなく、相手にとっても良い出会いになれば最高だ。そうやって繋いでいけ。そしたら何でも出来るようになる」
「ん〜……哲学的だなあ」
哲学とは何かも分からんけどさ。
「そうか? 歳食ってりゃ自然と身に付くもんだぜ? まあ若い内に知れたならラッキーと思っとけ」
「あいあい」
なんだか色々教えられたな。
「お、そろそろ都に到着するぞ」
「早っ。ドラゴン討伐の話とか聞きたかったのに」
「また会えたら聞かせてやるよ」
んなこと言ってもさ、また会えるか分からねえじゃん。
「しばらく都に居るのか?」
「まあな。だが、会えるかは”運”だな」
……あ〜、なるほど。
「よっしゃ! 絶対捕まえてやるからな!」
「指名手配犯みたいに言うんじゃねえよ!」
・・
・・・
それから間もなく馬車が都に到着し、荷物検査を受けてから門を潜る。
やってきました、グランバス!
「都だあぁ~~!!」
「あんまし騒ぐな。衛兵が飛んでくるぞ」
ドルアーザさんに注意され、慌てて門を振り返ると衛兵達が苦笑していた。
慣れているようだ。
「大丈夫じゃん」
「……癪だが、そうみたいだな。で、これから宿を探すのか?」
「おう! そっから探索だ!」
「はしゃぎ過ぎて入学式に遅れるなよ?」
「分かってるって。それじゃ……」
あんまり長引くと別れ辛くなる。
それぐらい良い人だったし、もっと話を聞きたかった。
「惜しい人だったな……」
「今度は死人扱いかよ! 縁起でもねえ」
「冗談だって。色々ありがと」
「気にすんな。俺にとって良い出会いだった……あ、そうだ」
「ん?」
「さっき渡した珠、持ってるよな?」
「おう。ポケットに入れてる」
小さいから落とすと見つからないかも。
しっかり捻じ込んどこう。
「失くさないのは当然だが、ギルドに持っていくまでは他の誰にも見せるなよ」
「え、なんで?」
「悪いが、それも言えない」
「……怪しい」
「頼む。約束できないなら没収するしかない」
そこまでか。
余計に怪しいが仕方あるまい。
「分かったよ。ドルアーザさんに免じて約束する」
「そうか、ありがとよ」
「ただし! 変なモノだったら本当に追っかけ回すからな!!」
「っはは、いいだろう。約束だ」
最後にドルアーザさんと握手して、俺は宿を探しに向かった。
珠の正体は気になるけど、あの人の事だから悪いモノではないだろうと信じられる。
それに明日は入学式で、魔法学校に通い始めるんだ。
忙しくて忘れないかの方が心配だな。
馬車って、ファンタジー感を手軽に楽しめるんでしょうかね。
私としてはドラ◯エ4の馬車がイメージとしてあり、補欠収容所という扱いでした。
そのため、空気が濁ってそうだな〜と思います。
つまり……乗りたいかで言えば、もちろん乗りたくないです。