1_00_出発の朝
ちゃんと投稿出来てるのかな……不安だな……
「ルイス〜〜! 起きなさ〜〜い!」
「……んあ?」
母さんの大声が自分の部屋まで届き、俺は眠気に支配される頭をもたげた。
もう見慣れたはずの部屋には、大きいヌイグルミや可愛らしい小物が各所に置かれている。
一瞬ではあったが、自分の部屋なのだろうかと疑い……すぐに思い出す。
そうだ、今日から都に行くんだった。
・・
・・・
「母さん! もっと早く起こしてくれって言ったじゃん!」
「起こしたわよ、しかも2回。モッチ? パン?」
えぇ〜……2回も?
「……モッチで。アーシェも起こしてくれよ!」
「あたしも2回起こした。ジャムは? 卵は?」
マジかよ……
「ジャムは要らない。卵は2個」
ドタバタと2階の部屋から降りてきて開口一番に文句を言うと、素っ気無い返事と美味そうな朝食が出てくる。
それにしても、起こしてくれてたんだな。
全然覚えてねえんだけども。
「アーシェまで目覚まし代わりにしてたのね。サラダは?」
いやだってさ、いつも俺が起こしてるじゃん。
たまには逆に起こしてくれてもよくない?
「てかさ、俺が4回も起きないなら異常だと思わない!? サラダ大盛りで!」
「思わない。ベーコンは?」
「心配にならない!? 5枚くらいで!」
「ならない。冷める前に食べなさい」
家族の態度が冷めてんだけど!
「静かにしたら優しくしてあげる」
「…………どう?」
「我慢が足りない。明日まで黙ってて」
「明日!?」
俺もうすぐ出発するのに!?
明日になったら居ねえよ!?
「落ち着いて食べなさい。アーシェも優しくしてあげてね」
「えぇ〜……」
母さん……
「ありが」
「もう会えないかもしれないから」
「他に言い方なかった!?」
などと騒いでいたが、腹も減っていたから朝食に集中し始めた。
俺の名前はルイス。
今が成長期である13歳の男子だ。
今日は大事な日だから早く起きたかったんだ。
まあ本来の俺は朝に強くて寝覚めも良い方なのだが、昨晩は興奮して寝付くのが遅かったわけで。
分かってる。翌朝の起床に影響があるって事ぐらいは。
けどさ、そうやって意識すると余計に目が覚めるというか……ウズウズして寝るどころじゃなかった。
「魔法学校は逃げないわよ。焦ると損するんだから落ち着きなさい」
「けどさ、他にも色々あるから見て回りたいじゃん?」
そう、俺は魔法学校に入学するのだ。
誰もが扱える魔法。
その才能は人によって違うものの、およそ10歳頃から自分の魔力を認識し始める。
かくいう俺も11歳から魔法を使うことが出来た。
発現した系統は火。
珍しくは無いが、使い勝手は良くて冒険者から好まれている系統でもある。
冒険者に憧れている俺は嬉しくて何度も火種を出しては、母さんに怒られたものだ。
「いくらでも見て回れるわよ。そこで暮らすんだから」
「お兄ちゃん、部屋の鍵忘れずに置いていってね」
そうだ、妹に部屋を譲るんだったな。
しかし俺は文句を言っておかねばならない。
「お前な、毎晩俺の部屋に転送してくんじゃねえよ」
「いいじゃん。今日からあたしの部屋なんだから」
「だったら今日まで我慢しろよ!」
魔法学校には寮があるため、在学中は基本的にそこで寝泊りする。
冒険者になる者も多いから早い内に他者と過ごす事に慣れるためだ。
馬が合う者同士なら一緒に大部屋へ移ってしまう事も可能であり、魔法学校の頃から冒険者パーティを組む約束をしている……なんて話もある。
つまり、家にある俺の部屋は使わなくなる。
だから妹のアーシェへ譲る事になったのだ。
もちろんアーシェも自分の部屋を持っているが、俺の部屋の方が広いし日当たりも良い。
俺が魔法学校に入学すると決めた時から虎視眈々と狙っていたのである。
しかも1ヶ月前から侵略を開始しており、現在の俺の部屋は”無骨で可愛らしい”という混沌とした内装になっていた。
そして侵略に用いた手段は……魔法だ。
「アーシェ? また魔法を使ったのね?」
「あ……ごめんなさい」
「ルイスと違って火事にはならないけど、あんまり無闇に使っちゃダメでしょ?」
「は~い……お兄ちゃんのバカ」
俺が暴露して怒られたためか、アーシェは少し機嫌を損ねてしまったようだ。
そんな可愛らしく膨れている妹のアーシェは、魔法系統の中でも珍しい時空系を発現したのである。
離れた位置に物を転送したり、異次元に収納したりと便利な能力だ。
冒険者からも重宝されており、かなり羨ましい。
だが、そんな妹は折角発現した時空系魔法を部屋の侵略に使っていた。
俺の部屋に私物を転送してきては侵略してくるのだ。毎晩な。
朝目覚めると見覚えの無い人形と目が合ったりして、恐怖である。
「ご馳走様! じゃあ準備するから」
「はいはい。もう寝ちゃダメよ?」
「大丈夫だって」
二度寝するほどの眠気は無い。
それより準備しないと。
「お兄ちゃん、退学になって帰ってきても部屋返さないからね?」
「大丈夫……なわけねえよ! 俺どこで寝んの!?」
「庭先とか」
「番犬かよ! そもそも退学とかならねえし!」
兄を蔑ろにする妹に心を冷やされながら、俺は長い間過ごした部屋に戻る。
少し感傷に浸って……はムリか。
今からワクワクが止まらねえもんな。ササッと終わらせよう。
必要な家具や日用品は、あらかた寮に送ってある。あとは手荷物を準備するだけだ。
サバイバルナイフやショートソードなどを装備し、革が主体の手甲とプロテクター、あとは腰にポーチを下げて、冒険者御用達の収納袋……もどきを肩に掛ける。
「よし……ん?」
準備が終わり一息ついた時、またもや見覚えの無い人形が部屋に置いてあった。
「また転送したのか……あ!」
アーシェが魔法で転送してきたのかと呆れた直後、俺の目の前に今度は小物が転送されてくる。
「……良い度胸だ。最後に勝負しようってのか」
俺が寝てる夜中ならまだしも、今は起きている。
さっきも注意したのに転送してくるなら、その意図は二通り考えられるな。
俺が出て行くまで待てないか、それとも俺をなめてるか。
まあ、考えるまでもなく後者だろう。
「バカめ! 俺を甘く見たのが敗因だぜ!」
俺だって伊達に冒険者を目指してない。
魔法の知識も可能な限り集めているのだ。
珍しい系統ではあっても、先人達が知識を残している。
それを文献とか物知りな老人から引き出せば、対抗策ぐらい練られようというものだ。
第一、転送するモノには自身の魔力を馴染ませておかなければならない。
第二、何も無い空間にしか転送は出来ない。
第三、転送には自身から距離が長く、高度が高く、重量が大きいほど魔力を多く消費する。
俺が知っているのは、こんな内容だ。
この溢れんばかり……ではないが、知識と状況を照らし合わせて打開策を見つける!
まず、俺の部屋へ転送した実績があるから、何も無い空間はある程度なら把握済みだろう。
距離も少しだけしか離れてないし、せいぜい小物かヌイグルミとかだから消費魔力も多くない。
……あれ?
隙なくない?
「おいおい! どうすれば!?」
愕然とする間に、またしても小物が転送されてきた。
……そうだ、どうにもならなくて諦めるしかなかったんだ。
せめて悔し紛れに妹の部屋へ返品するぐらいが関の山だった。
情けねえ! そりゃなめられるわ!
「くそぉ!」
記念すべき門出の日を敗北で飾るなんて!
ダメだ、何か……他に糸口は……
「……ん?」
よく見ると、違和感がある。
窓際と、部屋の入り口。
この2ヶ所に転送されている時は、床に直接出現している。
だけど他の場所は空中だ。落ちても壊れないようなモノばかり選んでいる。
「あ〜……なるほどな」
失念していた……他にもルールがあるじゃないか。
第四、転送先は認識しなければならない。
つまり目視が最適だ。
そうじゃないと正確な位置に転送するのは難易度が跳ね上がる。
妹は才能があるとは思うが、たかが11歳だ。目視できない場所にホイホイ転送できるはずが無い。
イメージで大体ここらへん、なんてのは魔法の構築に支障が出てくるのだ。
となれば、認識できる手段を持っているはず。
「てことは……魔力を馴染ませたか」
きっと転送先に自身の魔力を馴染ませていたのだろう。つまりマーキングという技術か。
だとしても部屋全体ではないだろう。
そんな念入りにマーキングしているはずがない。犬じゃあるまいし。
で、普段の記憶を漁ると、アーシェは俺の部屋に入っても動き回るような事は少なかった。
用事がある時、大抵は部屋の入り口で用件を伝える。
けど、俺の部屋にある窓から見る景色を気に入っていた。
だから、その2箇所だけに馴染ませてんだろう。
正確に自身の魔力を認識して転送している。
となれば……
「こうすればあぁぁ!!ぬおおあああぁぁぁ!!」
引退した元冒険者のオッチャンから貰った全身タイプの重鎧を部屋の入り口に設置!
冒険者になるための勉強資料として集めていた魔物図鑑とか薬草図鑑とか他諸々を窓際に積み上げる!
よし、これでマーキングした場所には転送できまい。
「そして俺は動き回る!」
滅茶苦茶に動き回り、何も無い空間という条件を崩す。
たまに体へ違和感が発生するが、おそらくそれが転送無効の現象だろう。
俺が居る場所へ転送しようとしたからだ。
かくして、何度か転送を許してしまったが10分も経つと途切れた。
きっと諦めたんだろう。
「はぁ……はぁっ……さって、今の部屋は……」
ん〜……無骨7割、可愛らしさ3割、ぐらいの比率か。
ぶっ飛んだ内装となったが、まあ無骨寄りって事で俺の勝ちかな、うん。
「俺に勝とうなんざ2年早いわ! フハハハハ……はん?」
勝利の高笑いをしていると、視界の端に何かが出現した。
顔を向けると、ベッドにヌイグルミが置かれている。
でも直接置かれたように見えたな。
「空中じゃないって事は……マーキング済みかよ」
わざわざ兄のベッドにマーキングする妹とは、これ如何に。
……あ、そういえば朝に起こしてくれたんだっけ。
「だがしかし! 俺が寝転がれば完封……お?」
ベッドにダイビングすると、ひっくり返ったヌイグルミの腕から紙のようなモノが落ちた。
拾ってみると、これまた可愛らしい便箋である。
ーーーーー
お兄ちゃんへ。
いってらっしゃい。
部屋の床ぐらいは使わせてあげるから、怪我せずに帰ってきてね。
ーーーーー
「……」
なんという簡素かつ要点を押さえた手紙だろうか。
やっぱり寂しいんだろうな。そうに違いない。
「しゃあねえな、俺の負けにしてやらあ」
敗北を喫してしまうのは残念だが、素直じゃない妹だ。
兄として引き下がってやるとしよう。
「んじゃまあ、行くとすっか!」
ベッドから跳ね起きて、俺は少し暖まった心持で魔法学校へと向かうのだった。
「なんでここに置いたんだ俺はぁぁ!!」
……その前に、部屋の入り口へ置いた鎧に苦労して。
ひとまず3話分くらいを投稿する予定です。