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運命の出逢い

<1>


 校舎から校門へ通じる美しい並木道を、聡史はただ夢中に駆けていた。

 途中、右に左に周りを見渡すが、『星の王子さま』の持ち主は、この間の時のように聡史の前からまた消えてしまった。

 まるで打ち寄せては消えてゆく波のように、聡史がそっと手を触れようとすると消えてゆくのであった。


 しかし、聡史はその少女を追いかけながらも、何故そんなにも自分があの少女にこだわっているのかが不思議でならなく、思わず自分に問いかけをしてしまう。


 ――そんなにも必死になってあの少女を探すのは、早くこの本を彼女に返したいからか?

 イヤ違う、ただ本を返したいだけならこんなにも必死にはならないだろう。

 それでは何故そこまで必死になって、自分はあの幼き少女を探しているんだろうか?

 彼女にもう一度逢いたいから?

 イヤそれも違う、この本をきっかけに、自分と二十歳くらいも離れた少女に逢ったからっといって、自分にとってはどうしようもないし、ましてやそこまでして彼女に逢う必要はない。


 ではナゼ、こんなにも必死になって自分はあの少女を探しているのか!?


 聡史は、自分でも何故そんなにその少女を追いかけているか分からぬまま、ただ夢中に駆けていた。それはまるで、身体がかってに走っているような感覚だった。


 彼女を見失った後、聡史は表参道女子高の校門を出て、渋谷へ真っ直ぐと伸びる青山通りへ出た。途中、制服姿の生徒たちが集まっていたファーストフードのお店や、アクセサリーショップ、ファッションビルなどを隈なく覗くが、探し求める少女の姿はどこにもなかった。


<2>


 結局、少女を探し続けフラフラな足取りになってしまった聡史が、渋谷のスクランブル交差点にまで辿り着いた時には、静かに日が沈み辺りは薄暗くなっていた。そして、渋谷の街を彩る街路樹には華やかに灯りがともり、会社帰りのOLや、行き交うカップルで街が溢れる時間になっていた。


 聡史は、まるでどこまでも続く砂漠を彷徨うかのように、渋谷の街をふらついた。


 パルコの前を通った時、聡史の視界に、少し寂しそうに一人でしゃがみこむ少女が映った。

 その少女の制服を見ると、彼女は紛れもなく表参道女子高の生徒だった。


 聡史は、その少女に声をかけようと駆け寄った時、その少女の黒い髪が冬の夜風にさらわれ、聡史の前でそっとなびいた。


「……き、キミ!?」


「……?」


 しかし、その少女は聡史に怪訝そうな眼差し向け、すぐさま立ち去ってしまった。

 うしろ姿は少し似ていたが、聡史が探してい少女とは全く別人だった。


 その時聡史は思った。


 ――もし、彼女を見つけたとしても、一体自分は彼女になんて声をかければいいのだろうか? 「あなたが落としたこの本を返しに来ました」とも言うべきなのだろうか?

 しかし、たった1冊の本を返す為に、こんな時間まで渋谷の街中を探していたんだと分かったら、彼女は間違いなく不審がるだろう。


 ――やはり、明日学校で返すのが一番良い。

 自分は、一体何をやっていたんだろう。

 たった一人の幼き少女を探して……。


 聡史は手に持っていた『星の王子さま』に目をやり、そっとため息をもらした


 ……聡史の顔の前で揺れた真っ直ぐに伸びた黒髪


 ……吸い込まれそうな黒い瞳


 ……寂しげな表情


 気がつけば、聡史の脳裏には、病院で彼女とすれ違ったワンシーンが蘇る。


 ――ん、まてよ!? 黒い瞳と寂しげな表情!?


 ふと、聡史はある事に気がついた。

 あの時、少女と目が合ってからずっと感じていた違和感。

 それは、考えれば考えるほど、どうしても『目が合った』という気がしない事だ。むしろ、それは『目が合った』のではなく、あの少女に意図的に『目を合わせられた』感覚。

 そう考えると、あの時彼女が浮かべた寂しげな表情も、まるで自分に何かを訴えかけるために作り出したのではないかと思えてくる。

 つまりは、あの時、彼女に感じた吸い込まれてゆきそうな感覚とは、あの少女が何かを訴えたかったがために、すべては彼女が意図的に作り出したものだったのではないのだろうか? だから、あの一瞬がミステリアスな記憶のように自分の脳裏に焼きついてしまい、身体が勝手にあの少女を探してしまうのだ。

 聡史は、あの『永遠の一秒』の出来事について、そのような結論に行きついた。


 ――だとしたら、あの少女は一体……!?


『ええか先生、今時の女子高生ってなぁ、あんたが思ってる以上残酷でしたたかで、化け物みたいなヤツばかりやから、注意せなあかんで』


 聡史は、今朝の体育教師の言葉をふと思い出した。


 ――いったい彼女は、ナゼ僕にわざとぶつかったんだ?


 聡史は、色んな事を考えながら歩き続けた。

 すると、ちょうどNHKホールの近くにさしかかった時、視界に楕円の形をした大きな黄色い光が見えた。気になった聡史は、夜空に大きく浮かんだ黄色く輝く光の方向へと走り出した。


 それは、まるで夜空に宇宙船でも浮かんでいるように形だった。


 ――渋谷公会堂!?


 聡史が辿り着いた先は渋谷公会堂改め、今では『CCレモンホール』と呼ばれるコンサート会場だった。二年ほど前に、渋谷公会堂が『CCレモンホール』と名前が変ったのは知っていたが、実際に聡史が足を運んだのは今夜が初めてだった。

 そして、夜空に浮かぶ宇宙船のような光の正体は、そこに大きく掲げられた『CCレモン』をイメージさせる、レモンをかたどったネオンの光だった。


 学生時代に良くコンサートに来ていた渋谷公会堂がこんな風に変ったんだと、聡史は感慨深くそのネオンを眺めていた。


 ふと、ホール前に広がる広場に目をやると、そこには四人の子供たちが手を取り合っているような銅像が黄色い光に照らされているのが見えた。今夜のコンサートはもう終わったのか、辺りには人がほとんどおらず、そこに見えるのは、その四人の子供たちの像だけだった。


 歩きつかれた聡史は、スーツのポケットから取り出した煙草に火を点け、大きく深呼吸をした。

 星の見えない渋谷の空の下、レモンをかたどる黄色い光だけが静かに辺りを照らしていた。


 しばらくして、少し眩しいほどの黄色い光にも慣れてくると、聡史は広場中央のその銅像に少し違和感を覚えた。

 目を凝らしてよおく見ると、そこにある象の子供たちは三人なのだ。

 もう一人いるように見えたのは像ではなく、人影だった。

 聡史は、恐る恐るそこに近づくと、まるで夜空に浮かぶ宇宙船から降りてきたかのように、黄色い光に照らされて、透き通るように輝く白い肌の少女が、その象の前に座っているのが見えた。


 その少女は、肩の少し先まで伸びた黒髪を、ぐるりと巻いた淡いピンクのマフラーですっぽりと覆い、少しうつむき両手をこすり合わせて、息を吹きかけていた。

 黄色い光のせいだろうか、その少女のはく息は美しく輝いて見えた。


 聡史は、その少女の切なげで愛らしい姿に、思わずその場に立ちつくしてしまう。


 辺りには誰もいない薄暗い闇の中、ぽつんと光る黄色い輝きは、二人の影を幻想的に長く映し出した。

 そして、冬の夜風がまるで二人を優しく包み込むように流れた時、その少女は自分の前に立ちつくす聡史に気づいたのか、ゆっくり顔をあげて微笑んだ。


「やっぱり来てくれたんだね……」



 ――医師は「運命」という言葉を

 たやすく口にはしたがらない。

 それは、全ての事象は

 「医学」という名の理論に基づいた

 逆らうことのない結果にしかすぎないと

 そう考えているからだ。

 たから、あの時の僕は……

 君との出逢いが

 「運命」だなんてこれっぽっちも

 思う事などなかった。

 そう、あの時はまだ……。




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