プロローグ:解放
勇者いません
夜空に、美しい星が瞬いていた。
黒のインクの上に、硬質な輝きの宝石ばかりをばらまいたような、冬の美しすぎる空。
きんと、冷えきった空。
少女の手足は冷えきっていた。裸足で、死んだ兵士から剥ぎ取ったシャツを、ワンピースのように着ているだけだから、尚更。
新月なのだろう。月の光はなく、そのぶんに星ぼしが輝いていた。
少女は星をじっくりと見るために、雪の上に仰向けに倒れていた。冷たさなどまるで感じないように、深く雪に体重をかけ、身動ぎひとつしない様子は異様だった。
短い髪が、雪にしっとりと濡れていた。
戦争に巻き込まれた頃に切った髪は、それなりに伸びていたが、やはり短く、短剣で切りつけた髪は不揃いで、不格好だった。
細い躰は、今にも折れてしまいそうで、立ち上がるのは不可能に思われた。
それもその筈だ。もう長いこと満足に食事をとらず、戦場という場所に身を置いていたのだから。戦争が終わって数ヵ月たった今でも、弱者は食事を得られない。
手足はとても冷えていて、真っ赤だ。凍傷になりかけているのかもしれない。
仕方がないだろう。防寒具どころか靴すら履いていないのだから。
――― つまり、
今にも少女は死にそうだった。
否。死にそうなのではなく、彼女は死にたかったのか。
敢えて、生きようともがかなかったのか。
その瞳は闇に満ちていた。森の緑の瞳のはずなのに、まるで絶望が巣食っているかのようだった。
荒んだ少女は、絶望ゆえに死を求める。そんな風だった。
まばたきせずに、少女はただ、夜空の星ぼしを見つめ続けた。
嗚呼、綺麗だ。
ゆっくりと。凍えてうまく動かない真っ青な唇を動かし、使わなくて錆び付いたような声帯を震わせて、ゆっくりと、少女は口を動かした。
それは懺悔のように、夜の空気を震わせる。
氷った睫毛を震わせて、少女は目蓋を閉じた。
すべてを閉ざした視界には、何があるのだろうか。
涙が一筋、流れて雪に吸い込まれていった。