桜1〝*
日常は日々の時間を加速させていく。
集中して授業を聞いていたはずなのに、いつの間にか授業が終わり、気づけば放課後になっている今日この頃。きっとこれが日常というものなのだろう。5月に入り、俺は日常というものを自覚し始めていた。
「あ~高校生活にも慣れたな~……」
何気なく教室の窓から顔を出して独り言を呟いた。空は青く澄み渡り、このままなにもせずボーッとしていたい……。
「……ちょっと想真! 聞いてるの!」
突然、ツンツンした高い声が黄昏ていた俺を叱咤した。外の景色から教室へと顔を向けると、頬を膨らました小宵が俺の背後に仁王立ちで立っていた。
「ああ……聞いてるよ。今から、近くにできたファーストフード店に行くんだろ?」
昨日の小宵と詩織の一件でみんなで食べに行こうと言うことになっている。
「そうそう、なんだわかってるじゃないの。じゃあ、早速行きましょ!」
小宵の目は星が輝くように煌めかせている。
きっとこの様子なら、小宵の食事代を払わされる詩織の財布は1円たりとも残らないだろう。それを危惧したようすを見せる詩織は小宵にすがりついて必死に頼み込んでいた。
「小宵ちゃん、お願いだからいっぱい食べないでよ~。私、今日そんなにお金持ってきてないから……」
「大丈夫よ、詩織。あなたの財布とぴったり同じ額になるように食べるから」
「それじゃ、私のお金なくなっちゃうじゃない!」
「あははっ、詩織冗談よ、冗談」
冗談を言って見せた小宵の笑顔は、俺が知る限りの最高の笑顔だった。
最近の小宵は、例の一件で心の枷が外れたみたいに表情が明るかった。そのお陰なのだろうか、友達として近づけた気もしている。
「小宵もあんな顔するんだな~」
「そらそうだろう。小宵だって女の子だし、むしろあっちの小宵の方が本当の小宵だと思うぞ?」
歩の言葉に耳を疑った。
てっきり、歩の中では小宵は女の子として見ていないと思ったんだけど、入っているんだな。
「なんだよ想真、じっと見てキモイぞ」
「お前にそれ言われたら終わりだな。俺はただ、お前が小宵のことを女の子として見ていたと言うことに驚いていたんだよ。お前のことだから胸がない人は女の子に入ってないんじゃないかと思ってな?」
「おい、想真。お前、今なんて言った?」
おっとまずい小宵に聞かれたか?
「あ~あ、小宵に見つかった。覚悟しといたほうがいいよ~」
「ああ、でも凌いで見せるよ」
「おい、想真?」
返事がないことに苛立ったのか低い声で脅すように語尾を強調して呼ばれる。加えて、鬼の形相で疑いの視線までを送りつけている。しかし、ここはあくまで平然として……。
「なんだ小宵?」
「なんだじゃない! 今、私のことを胸がないって言ったでしょ!」
「気のせいだ。気のせい。俺が小宵に胸がないなんて言うはずがないだろ?」
「そっか、気のせいなんだー」
小宵は疑うことなく詩織の方へ向きを変えた。
『よし、なんとかごまかせた』と安心したのが失敗だった。
「──って、そんなわけないでしょっ!!!」
小宵が急激に振り返り、遠心力を加えた強烈な回し蹴りが飛んでくる。
見事なまでに完璧な乗りツッコミ。
「出た! 小宵ちゃんのストライクキック!!!」
「うっ、はっ…………!?」
小宵が繰り出した詩織命名のストライクキックは俺の横腹に吸い込まれるようにクリーンヒットし、ボーリングのごとく机をなぎ倒しながら転がった。
「きゃっ!?」
「しまった、やり過ぎた」
小宵の焦ったような声が聞こえ、俺はやっと止まった。
「痛いな~、もう……。小宵はもう少し手加減というものを?」
うつ伏せになった起き上がろうと腕に体重をかけたときだった。眩む目を開けその先の光景に硬直した。
「え、リュアナ……」
「……うん……そうだよ……」
顔を赤くしながら困ったように見てくるリュアナ。それはそうだ、なんたって今は俺の下敷きにされて動けないのだから。
「わっ、悪いっ!」
「待って想真くん! ひゃっん!」
リュアナの静止を求める声も聞こえず、慌てて手を着き直して上体を起こした。そのとき、リュアナが甘い声を漏らしたことで俺はさらに慌てた。
「なっ、何がどうなって……リュアナ?」
「ん~がまん……がまん……。とりあえず、お、落ち着いて想真、くん」
顔を色っぽく染めて悶えるような言い方で言われ、落ち着くためにも少し目線をずらそうとしたのだが、その時、俺は気づいてしまった。リュアナの白い制服の上、その丸みを帯びた場所をまるで鷲掴みするかのように、指を広げて押し掴んでいたことを。
「想真くん、あなたはさっきから一体何をやっているのかしら? それは私への当て付けとして受け取っていいかしら?」
いつの間にか、何かしらのオーラを纏った小宵が仁王立ちで目の前に立っていた。
「いやいや、滅相もありません」
リュアナの胸から手を離し、横に振る。
「想真くん……」
苦しそうに言うリュアナ。急いで立ち上がる。
「……ごめん、リュアナ。立るか?」
「うん……」
差しのべた手にリュアナの手が乗せられ引っ張り上げた。
リュアナはまだ赤く火照っていて、ゆっくりと立ち上がるとふらふらしながら椅子に座ると俺を見据えた。
「想真くんのエッチ……」
小声でそう言うと、自分の胸を隠すように手を当て顔を俺から反らした。
「ごめん、悪かった……」
そう謝るものの返事はない。もしかして拗ねているのだろうか?
「あの……さ、もし怒っているなら、今日のご飯おごるから許してくれないか?」
そう言うとなにが面白かったのかりュアナはクスクスと笑い出した。
「本当に?」
確認を取ろうとするときも笑ったまま、これは、怒ってないんじゃ……。
「リュアナ、もしかして怒ってないのか?」
「うんん、怒ってるよ。だから、想真くん奢ってくれるんだよね?」
そう言いながらも笑うリュアナは間違いなく怒っていない。それなら奢る必要はないのだが……。
「怒っているに決まっているでしょ? 押し倒されて、おっぱいも……揉まれたし……。奢ってくれなかったら、みんなに言っちゃおうかな……」
そんなことを言いふらされたら、明日には命が無くなってるいる!
「わかった! 奢る! 奢るから、誰にも言わないでくれ!」
「じゃあ仕方ないね。許してあげる♪」
ピョンとリュアナは椅子から降りると、小宵達の方へ走っていく。
はぁ~、と息をついた俺を後ろから肩から前に手を回し、顔を近づけてきた人間がいた。見ずともわかる歩だ。きっと話が一段落ついたところを見計らって来たんだろう。
「いろいろと大変だったな……。それで、どうだったリュアナちゃんのお胸の感触は」
やっぱりか。こいつがひそひそ話をするときはいつもこの手の話だ。
「それは……」
手の平に染みつくように覚えてしまったあの柔らかさはたぶん一生忘れることはできないだろう。しかし、その被害者の方を見ると、リュアナもまた歩の接近に気づいた様子で俺を睨むように見ていた。
さすがにあんなにも睨まれると言えない。弱みも握られていることだし尚更だ。
「言わねぇよ」
「優しいね~、想真は……」
歩は背中をバシバシと叩き、笑っていた。どうやら、それ以上は詮索してこないようだ。
「俺だったら、包み隠さず情報を売って、大儲けしてるよ。うんうん」
「お前、いつから情報屋なったんだ?」
教室のドアの方から小宵が『行くよー』と俺達を呼んでいた。
「それはまたいつか教えるよ。それより、小宵のところに行かないとまた蹴られそうだ」
「ああ、そうだな。って、え? マジで情報屋やってんのお前!?」
驚きを隠せないが、この話はまたいつか話し合おう。でなければ、小宵によって被害者が多数出てしまう。ということで、急ぎ小宵の元へと向かったのだった。
~*****~
校門の方へと続く廊下を歩いていると職員室のある方向から聞いたことのある声がかかった。
「あれ? リュアナと想真くんじゃない?」
「あっ、セリア姉だ」
リュアナがおーい、とセリアさんに大きく手を振った。
「二人ともお友達とどこかに行くの?」
「はい、友人と食べに行こうかとしてまして……?」
「はじめまして! 私は大空 歩と言います」
いつの間にか、俺達とセリアさんの間に割り込んでいた歩は方膝をつき、まるでどこかの童話の王子様のようにセリアさんの手を取っていた。
「僕と結婚してください」
そのようすに全員が歩の行動に呆気に取られてしまった。
あ、そういえば歩ってセリアさんのファンだったな。って、だからって、いきなり結婚とかあり得ないだろ。
「……えっ、えーと……」
セリアさんはキョロキョロと俺達を見回した。
ここは助けにはいらないと、と思ったが俺より早く正常に復帰していた小宵は叫んでいた。
「いきなり、なに言ってんのよ!!!」
そして、小さな体がふわぁと空に浮かび殺人になりかねない足蹴りを放つ。
「───」
歩の叫び声が出るよりも速く、歩はガラスを割って外へと放り出された。
「出た! ジャンピングストライクキック」
嬉しそうに詩織が顔を煌めかせて叫んだ。
俺もあんな感じに飛ばされたのか……。
「あらら、これは書類物かも知れないわね……」
困ったようにセリアさんは手を頬にあてていた。
「本当ですか!?」
小宵は不安そうにセリアさんに尋ねる。
「大丈夫よ、うちの副会長に任せておきなさい」
どーんとセリアさんが大きな胸を張って堂々とした態度をとっていた。けど、自分じゃないんだ……。それもあの副会長にやらすのか、また怒ってそうだなー。
「よかったー。私は夜来 小宵といいます」
「あ、あの私は宮本 詩織と言います」
「えーと、小宵ちゃんと詩織ちゃんね」
「「はい」」
「セリア姉は今帰り?」
「そうよ、ちょうど帰るところだったの」
それだったらちょうどいい、みんなも喜ぶだろし、来てもはらえないだろうか。俺はリュアナを見ると、うん、と頷いた。
「もし、よければ一緒に食べませんか?」
「いいの?」
「はい、多い方が楽しいですし」
「じゃあ、お言葉に甘えて、行かしてもらおうかな」
「ほっ、本当ですか!?」
割れたガラスの先にゆらゆらと立ち上がる歩が嬉しそうににっこりと笑っていた。嬉しそうなのはわかるけど……頭から流れている見える赤い血を見るとこだけを見ると体が震えるほどに怖い。
歩は血を流しながらもとぼとぼと歩いてくると、周りの反応も引いた感じになる。
「わたしがやっておいてなんだけど……大丈夫なの? それ……」
「いや、大丈夫だよ。いつものことだろ」
そう言っている合間でも血液は止まらず、廊下に血溜まりを作っていた。
「これはちょっと、保健室に行った方が……」
セリアさんが心配そうに歩を見つめてそう言った。
「セリアさんに、心配されってる!!! もしかしてこのまま保健室に連れてってくれて……」
ぐへへへ、と猟奇的りょうきてきな笑い声を出しながら血を流す歩はもう人を殺した犯罪者と変わりない。そんなとき、近くの部屋のドアが開き、優雅にすらっとした天井さんが現れた。
「セリア~、外が騒がしいがどうかしたのか?」
その声を聞こえたと同時に歩の様子が一変した。体がガタガタと、震えていて顔色が悪くなっている。いや、顔色が悪いのは大量出血のせいかもしれないが……。
「歩、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「あ……ああ、だ、大丈夫だ。しかし、背中は貸してくれ」
「いいけど……」
歩は俺の背後にまわると、背中に隠れるように体を隠し、肩から様子を見るために少し顔を見え隠れしだした。これ、小宵達から見ればホラーゲームのゾンビのようなじゃないだろうか。
「ちょっと、どうしたちゃったのよ? 歩?」
小宵も歩の異変を感じたようで心配していた。
「何でも、ない。ないんだよー」
歩の返答は変なテンションになっている。
「大丈夫なわけないじゃない、歩くん」
リュアナも、歩の変になったことを心配している。
「どうかしたのか?」
天井さんが心配したように聞いてきた。
「実は、俺の友達が怪我をしたもんで……」
「おや、歩じゃないか? あいつが怪我をしたのか?」
「天井さん、歩と知り合いだったんですか?」
「なに、幼馴染みというやつだ」
天井さんはそう言うと、頭から血を流し、顔を悪くしている歩に近づいていく。
「歩、久しぶりだな」
「久しぶり静華姉さん」
弱々しく手を挙げて、挨拶を返した。
「全く情けない。と、いつもは殴り飛ばしているところだけど、そこまで私は鬼ではない」
「鬼以上だもんな」
歩はボソッと呟いた。
天井さんはその言葉を逃さず、睨みをきかせ殺気を纏った。
「なにかいったか?」
「「ひっ」」
天井さんのあまりの恐さについ、俺まで怯えてしまった。おしとやかに見える外見からは想像の出来ないような恐さだ。
「なにも言ってないなら、黙ってこれを塗っておけ。家に伝わる傷薬だ」
そう言って、歩の手に置かれたのは小さな円盤の塗り薬だった。歩は蓋を開けてペタペタと頭に塗ると天井さんに返した。
「ありがとう静華姉さん」
「はいはい」
やさしいお姉さんでよかったな、と言いたいところだがあの殺気を感じてしまうと言う気にはならない。
「それで、セリアはどうしたんだ?」
「うんん、なんでもないんだけど。あ、そうだ、この窓ガラスの件を耕太くんに言っておいてくれる」
「ああ、わかった」
天井さんはそう言うと部屋に戻ろうとした。
「あ、ちょっと待って。静華、今日やる仕事は終わってる?」
「まあ、終わらしてあるが何かあるのか?」
天井さんは不思議そうにセリアさんを見つめていた。
「それなら。ねぇ、リュアナ、静華も一緒に行ってもいいかしら?」
尋ねられたリュアナはみんなの反応を求めるように見回している。しかし、それに答えたのは小宵だった。
「いいですよ」
「ありがとう、小宵ちゃん。と言うわけで静華も一緒に行きましょ」
「どこにだ?」
「ほら、帰り道によく話してた新しく出来たファーストフード店だってー」
「ああ、あそこか。わかった、ちょっと待ってて」
天井さんは部屋に入って行くとすぐに出てきた。
「よし、行こう」
「あれ、もういいの?」
「ああ、耕太にも言っておいたし大丈夫だ」
「それなら行きましょうか」
天井さんとセリアさんが俺達の先頭に立ち、歩き始めた。天井さんとセリアさんに続き歩き出そうとすると、後ろの部屋から『んな、バカなぁー』と狂気にも満ちた叫び声が上がっていたが、これに関して俺達は何も関わっていないので気にしないでおこう。
~*****~
夕暮れの桜並木の坂を下りながら、俺達は目的の店へ向かって歩いていた。桜は以前と変わらず満開、しかし、沈む夕日を眺めていると無性に夏に近づいているという感覚に襲われた。
夏休みはまだなのかな〜。
まだ遠い夏に思いを馳せていて歩いていると、ぽんと俺と誰かの手が置かれた。
「そういえば思い出したんだが、君も久しぶりだな」
後ろから出来たのは天井さんだった。
「えっ……?」
「まあ、忘れていても仕方ないかな……。直接的にあまり話したことはなかったから」
そういえば、歩の近くに元気のいい女の子がいたような……気もする。
「よくしゃべっていた詩織ちゃんは覚えてくれているだろう?」
「はい、覚えてますよ」
詩織は嬉しそうに笑っていた。
どうやら詩織ははっきりと覚えているらしい。なんで、俺はボンヤリとしか覚えてないんだろう。
「あら、想真くんと詩織さんまで知り合いだったの?」
「まあな……。おや、そこにいるのはセリアの妹じゃないか?」
「はい、リュアナと申します」
リュアナが頭を下げると、静華さんは急にリュアナに飛びつき、まるでぬいぐるみのように頭を撫でた。
「ウ~ン可愛いな~、私の物にしたいくらいだ」
「えっ!?」
一瞬、ギャップに驚いたが、そこにセリアさんが入って来てリュアナを取り返えした。
「ちょっとダメよ静華、この子は私の妹なんだから」
解放されたと思っていたリュアナは、今度、セリアさんに捕まり、髪をぬいぐるみのように撫でられていた。セリアさん、本当にリュアナが好きなんだな。
「もうセリア姉、私は誰のものでもないし、ぬいぐるみのようにしないで!」
リュアナがそう言ってセリアさんの手を払う。
「ごめんね、こうしないと静華に取られちゃうと思ったから」
一度、払われてもセリアさんは止まらなかった。
「セリア、もうリュアナちゃんをとったりしないから、やめてあげたらどうだ?」
さすがに、撫で撫でされるリュアナかわいそうになったのか、静華さんが止めに入った。
「わかった、静華。今回だけは信じるわ」
「その今回だけってのが引っ掛かるけど……まあいいや、で君は初対面だね」
「はい、始めまして夜来 小宵と言います」
「小宵ちゃんかぁ、小さくて可愛いな~」
静華さんは小宵に抱き着き、頭を撫ではじめた。
「先輩、ちょっとやめてください」
「まあ、ちょっとぐらいならいいじゃないか~」
先輩方の暴走は止まらなかった。しかし、そこに止めに入ったのは以外にも歩だった。
「静華さん、やめてあげて下さい小宵か嫌がっているじゃないですか!」
「ほう、この私に命令するのか、後でどんなことをされるかわかって言ってるんだろな」
静華さんが歩を睨み、手をポキポキとならした。この行動だけを見るならば、綺麗なヤンキーだ。
「うぅ……」
また、歩の顔色が悪くなる。しかし、今日の歩は引き下がらなかった。
「……でも、小宵は本当に嫌がっているのでやめてあげて下さい」
その言葉を聞いてみんなが称賛の声を上げた。なぜだろう、今の歩はかっこよく見える。
「強くなったじゃないか歩、私にそこまで言えるようになったなんて驚きだぞ」
静華さんは歩の背中を叩きながら笑っていた。
「歩にそこまで言われてしまっては離さないわけにはいかないな」
静華さんが撫で撫でするのをやめて、小宵を解放した。
全員の足が止まったのは桜坂の中腹、並び立つ桜に馴染むようにできた一軒の木造の家だった。
「着いたー」
静華さんに褒められたことで上機嫌になっている歩が叫んだ。
「うるさいぞ歩。こんな公衆の面前で騒ぐんじゃない」
「はーい」
ぶっきらぼうに返事を返す歩の肩に静華さんの手が置かれた。
「おい、歩。もし、こんなところで何か起こしたらどうなるかわかっているよな」
静華さんの目が輝く、本当に逆らったらどうなるのだろう? まあ、歩の怯える姿を見たら、とてつもないことをされそうだけど……。
「小宵、俺はうるさくないよな」
「ん? 想真はうるさくはないわね。どっちかって言われると歩のほうがうるさいかな」
「そんなこと言ってしまったら、俺は静華さんから毎日殺されるじゃないですか!」
「でも、静華さんだって少しぐらいわかってくれるじゃないの?」
「小宵ちゃんの言うとおりだ。私は少しぐらいなら騒いでもかまわないと思っている。ただし、限度は越えてはならない。もしも、歩が私の限度を越えないでいれたなら、私はお仕置きはしないつもりだよ」
静華さんはそう言うと優しく微笑んだ。
なんだ、静華さんはそこまで怖い人じゃないのか、ただ歩が限度を越えすぎていたということか。まあ、小さい頃から歩は限度を知らず生きてきたもんなー。
「わっかりました〜。では限度を守れるようにがんばります」
「よろしい。それじゃあ入ろうか」
近づいてお店を見ると立派な木造の喫茶店だ。
「ちょっと待って、ファーストフードの店じゃなかったか? ここ喫茶店だよな」
「いや、ファーストフード店だぞ。ほら」
振り返った歩が指差した看板には、『アットホーム』と書かれており、小さな文字でファーストフード店と書かれてあった。ついでにバイト募集の張り紙まではってある。
「確かに書いてあるが、ここ高いんじゃ……」
それを聞いた隣の詩織が足を止めた。
「いや、大丈夫だって。1回行ったことがあるけど、そこまで高くなかったから」
『そうか』と、一安心。詩織も店の扉へと再び歩み始めた。
お腹が減って早く中に入ろうとした時だった。後ろにいたリュアナがなんだかそわそわして足を止めていた。
「リュアナどうかした?」
「えっ? あ……うん。あのね、実は私、こんな場所に来るの初めてで緊張してるの」
「そっか。でも気を張る必要はないよ。俺も一緒に入るし、みんなも待っている」
「うん、そうだね」
リュアナはそう返事を返すと、微笑みながら俺の手を取ると少し重い扉をあけた。