金木犀~Last autumn final~
想真くんは私を抱き止め、泣いていた。
その温もりがとてもうれしかったし、もうすぐ別れないといけないと思うと悲しかった。
こうして泣きじゃくる想真くんはいつもと違って幼い子供ようで可愛いと思ってしまう。
けれど、そんなことを言ったら怒られそうだし、なにより痛みが麻痺して、ちょっとでも油断したら今にも死んでしまいそうだ。
でも、私はその前になんとしてでも想真くんに伝えなければならない。
私は乾いた口を開き、声を震わせた。
「仕方がないよ。やっぱりそうなる運命だったんだから………だからねお願い、私のことを引きずらないで……前を……向いて……生きて……想真、くん…………」
ああ、できた。ちゃんと言えた。伝えることができた。これで私は──。
──部屋に閉じ籠る想真くんの姿。
──クラスのなかで孤立した想真くんの姿。
そんな未来が頭を過った。
こんなときに未来予知。すんなりと天国に行かしてほしいけど、こんなの見せられたら行けないじゃない。ほんと、想真くんは世話が焼ける人なんだから……。
私はもう、この決断を下すことを迷わない。そっと、私の額に額に花びらが乗ったような気がした。
四季の木よ。もし、まだあなたに力が残っているというのなら、私の願いをひとつ叶えてくれませんか?
私の存在をなかったことにする、この私の願いを。
~*****~
置き土産に、と落葉から聞かされた真実はいままで起こった不可思議な出来事の根幹に当たる部分だった。
「つまり、美羽ちゃんが願ったから落葉や舞がこっちに来たってことか?」
「そういうこと。美羽ちゃんの願いを叶える必要があるのかを判断するためにね」
「もし、叶える必要があるとすればどうなるの?」
眉をひそめたリュアナは神妙な面持ちで落葉に訊ねる。
「もし、そうなったら、この世界は美羽ちゃんの居なかった世界に書き換えられる……と思う」
「書き換えられる? それってどういうことだ?」
「美羽ちゃんが亡くなる時間まで世界の時を巻き戻すということはとても力を使うでしょ。だから、局所的に世界の記録と人々の記憶を書き換えて世界を整えるの」
「なるほどな。つまりは、また記憶の改竄か……」
「そうなるね……」
落葉はまだ後ろめたいことがあるのか顔を少し背けた。どうやら、はじめて会ったときよりは、大分気遣いができるようになったようだ。
黙り込む落葉の代わりに落葉が口を閉ざした理由を俺は口にした。
「記憶の改竄となると、今度はリュアナとの関係を忘れる可能性があるということだよな?」
落葉は「うん……」と小さく返事をする。
「なるほどな……。けど、それって俺が『過去に囚われて前に進めなくなっている』状態になっていることが条件だろう? それなら、大丈夫だ。俺はもう──」
「私は、そう思えないよ」
表情を曇らせた落葉が俺の言葉を否定する。
「どうして、そう思う?」
「想真くんはあの事件があって今があると前向きに捉えてる。けど、それとは別にやっぱり後悔だったり、どうしてって疑問を抱いたりしてるでしょ?」
「それは、そうだけど……それって誰でもある普通の事だろう?」
「そうだね。だから、今は大丈夫。でもね、次の季節になるとそれがどうなるかわからないんだよ?」
「どういうこと?」
リュアナは訝しむように強い言い方で落葉に訊ねた。
「冬には、吹雪ちゃんが想真くんを試しにやって来る」
「吹雪?」
「そう、吹雪ちゃん」
真剣な表情で落葉が訴えかけてくるが、最後の『ちゃん』が邪魔して事を軽く考えてしまう。
「どうして、その……吹雪、ちゃんが試しにくるんだ?」
「吹雪ちゃんは願いを叶えること関して賛成しているんだよ」
「どうして、そんなことを……」
リュアナはそうとう憤りを覚えているようで、繋いだ手が強く握られる。
「でも、勘違いはしないであげてほしい。彼女は真面目なだけなの。叶える力があるなら、できるだけ助けになりたい。叶えたものが死者ならなおさら、叶えてあげたいと思っているだけなんだよ」
「だとしても、もう想真くんは前を向いて歩き出している。それなのにまだ想真くんを過去で痛め付けるの?」
「違う。吹雪ちゃんは知りたいんだよ。想真くんが本当に進んでいるのかを。だからっ」
言い合いになりつつあるこの状況を割って入り、納めさせる。
「ちょっと待てよ、二人とも。熱くなりすぎだ。落ち着け」
「想真くんはいいの? また、辛いことが起こるかもしれないんだよ」
少し怒るようにリュアナは俺に詰め寄った。
「確かに、そうかもしれない。でも、それは俺が乗り越えないといけない壁なんだと思うんだ。それに、これでやっとけじめがつきそうだしな」
「でも……」
「大丈夫だって、今回はきっと乗り越えられる。俺はもうひとりじゃない。そうだろう?」
リュアナはその言葉を聞いて渋々といった様子で「うん……」と言葉を紡ぎ出した。
「……わかった、想真くんを信じる。信じるよ。でも、もし危ないことや変なことがあったら絶対連絡すること、いい?」
「ああ、わかっ……」
「力でも、電話でもいいからね。それと、変な人についていかないこと、もし変な人に話しかけられたら逃げること、変な人に捕まったら誰でもいいから助けを求めること。もう、なりふり構わず力を使うんだよ。命を優先、絶対だからね。約束だよ」
「お、おおう……」
子供相手でもそこまで言わないだろうと思うくらいにリュアナは俺に釘を刺し、強引に約束を結ばさせた。
「ホントにホントだからね」
「ああ……。ホントにホントだ」
「なら、よろしい」
リュアナの表情が明るく笑っていることを確認して、俺は立ち去ろうと背を向けていた落葉に話しかける。
「ありがとな」
「お礼なんていいよ。それより頑張って」
「ああ、もちろんだ」
「私も信じてるからね……」
ぼそっと、そう言うと「それじゃあ、また明日」と手を大きく振って落葉が帰っていった。
落葉が見えなくなって俺達も帰ろうかとリュアナに手を差しのべる。「うん」と言って繋がれるその手は今度こそ守ると誓った温もりだった。
~*******~
カシャ、カシャ。
カシャカシャカシャカシャカシャ。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ──。
「うるせぇっ!」
「あ、起きた」
連写されるシャッター音に上体を起こした俺はまだ開ききらない目で辺りを見回した。
「あれ、リュアナ?」
「おはよう、想真くん」
面白いものを見るようにリュアナは微笑みながら俺を見て、再びシャッターを切った。
「ここ、俺の部屋、なんで……ああ、そうか……」
「そう、私たちは同棲しているんだよ」
同棲……同棲ねぇ……。
俺は特に否定するところもなく、リュアナに手を伸ばす。
「その手は、なにかな?」
「スマホ、ちょっと貸して」
「うん」と俺の手にリュアナのスマホが置かれ、俺はあくびをしながら寝顔の写真と寝起きの写真を消していった。
何をしているのかと覗き込んだリュアナが絶叫する。
「あ──っ、ちょっ、待って想真くん! なにしてるのっ! あ、待って私のお宝がぁ~っ!!」
スマホを取り替えそうとベッドに体を乗り出して手を伸ばすリュアナ。しかし、時すでに遅く、リュアナに返す頃には数十枚あった写真を数枚に削減して返却した。
「これで我慢してくれ」
「ムリ」
そうパシャリと眉をひそめたリュアナがシャッターを切ったのだった。
リュアナの作ってくれた朝食に舌鼓を打っているとスマホに連絡が入った。開けてみると、送信者は歩で、今日の晩に落葉のお別れ会をしようという趣旨の内容だった。
「リュアナ、今日の晩って空いてるか?」
「空いてるけど、もしかしてデート?」
少し嬉しそうにキッチンから出てくるリュアナ。
「悪い、そうじゃないんだ。歩達が落葉のお別れ会をしたいっていってるんだよ」
「ああ、なるほど。私は大丈夫だよ」
「それじゃあ返信しておくよ」
「おねが~い」と軽く言い、リュアナは洗面所へと消えていく。
リュアナも俺もいけることを歩に伝えると、『なんでリュアナちゃんの予定までわかるんだよ』と数秒せずに返ってきた。
ここで同棲しているから、なんてばか正直に返すことはせず、一緒に登校しているからと適当にごまかし、見ることをやめた。
登校した俺達は歩に詮索されることなく、落葉のお別れ会の内容について話し合った。
落葉の転校は数日前から通知されていたことなので、クラスはもちろん、学園新聞部のネタとなって学校全体で知られている。
そのことから今回のお別れ会は俺たちだけでなく、日高高校なら誰でもOKということにしようという話になった。
当日でそんな大がかりなのはムリだと小宵は反対したが、歩が先に手回しをしていたことがわかり、広報活動や場所取りの必要がないということで俺達は納得した。
ちなみにこのイベントは落葉には内緒で企画されているらしく、サプライズで驚かす予定なのだそうだ。
「でも、落葉ちゃんは真実を知っているから驚かないんじゃ……」
リュアナは心配そうに俺だけに聞こえる声でそんなことを言った。
「いや、そうでもないぞ。落葉は知りたいと思った真実だけを知っているから、知りたいと思わなければ真実を知ることはない」
「なるほど」
「だから、リュアナ、少しでも変なことは言うなよ。普通でいてくれ」
「大丈夫。落葉ちゃんのお別れ会なんて絶対に言わないから。みんなとの秘密ぐらい……あ」
「リュアナ、これをつけておけ」
歩からもらった最終手段、マスクだ。
「いいな。これで風邪ということにして、あまりしゃべるなよ」
「わかりました……」
反省するようにマスクをつけるリュアナ。結果、やや危ないときもあったがリュアナが漏らすということはなかった。
そして、落葉にとって最後の授業が終わりを告げる。落葉はやりきったという顔で背伸びをしていた。
その姿を見て、お別れ会にいけないクラスメイト達は落葉を囲み込み、別れを惜しむ。
俺達は落葉よりも先に会場であるアットホームに行かなければいけないため、落葉に声を掛けることもなく、足を外へと向けた。
「よーし、それじゃあみんな準備はいいかー?」
「おー!!」と口笛や笑い声で盛り上がる落葉を送ろうとしてくれる人達、総勢百数十人。みんなクラッカーを持って落葉の帰りを待っていた。
こんなに人が来るなんて思ってなかったな……と白崎さんは驚いていたが、その目はいつもより潤んでいた。
「だだいまぁー」と気が抜けた落葉が戸を開けて入ってくる。
『落葉ちゃん、お疲れ様ーー!!!』
クラッカーが次々と大きな音を立てて色とりどりと色紙を吐き出す。そして、わっと歓声が店内に駆け巡った。
突然のことに目をパチパチと瞬きする落葉。
「え……みんな、これってどういうこと……?」
わかっていないが、徐々にわかっていく。そんな心情が声色と表情に表れていく。
「みんな、これって……」
声が掠れ、涙がこぼれ落ちていく。
そんな様子を見てカウンターから白崎さんが声をかける。
「みんな、落葉のためと集まってくれたんだ。感謝しないとね」
「うん…………。みんな、ありがとう。本当にありがとう」
落葉のお礼に、恥ずかしさの混じった笑顔を浮かべる男子、同感して泣いている女の子もいた。
「ほら、涙」
「うん」
白崎さんからハンカチを貰い涙を拭く。
「それじゃあ、今日は騒ぐぞぉっ!」
歩の言葉にみんなが声をあげた。別れの湿っぽさを忘れるような、明るい声だ。落葉も一緒に騒いでいる。
俺はその姿を見て厨房へと戻る。
さて、これから忙しくなりそうだ。
~*∗*∗*~
「あー、疲れた~」
並べた椅子に体を倒した俺は体のなかのすべてを吐き出すように言葉を溢す。
「疲れたね~」とテーブルにうつ伏せになるリュアナ。
どうやら、中も片付いたようだ。
俺はふぅ~と息を吐き出し、宙を仰ぐ。
お別れ会は無事に終わりを迎え、そのお片付けも今終わった。残っているのは俺とリュアナ、そして、落葉と白崎さんだけだ。
「ごめん。大変だったよね」
「まあな」と横になっていた体を起こした。
「でも、落葉が楽しそうでやってよかったって思ってる。な?」
「そうだね。あんなに喜んでもらえるなら、こんな片付けへっちゃらだよ」
「ありがとう。二人とも」
「どういたしましてだ」
少し沈黙が流れ。ああ、と思い出す。
「リュアナ、そういえばあれ持ってきてるか?」
体を起こし、リュアナに聞くと「あ、あれ?」と言ってうつ伏せていた体を起こした。
「持ってきてるよ」
これでしょう? と直方体の白いケースを取り出した。さすがはリュアナ、わかっていらっしゃる。
「それそれ。おーい、落葉。ちょっとこっちにこいこい」
「えー、なにー?」
よっぽど疲れているのか歩くスピードがとても遅い。
「お前にプレゼントがあるんだ」
「え! なになに?」
プレゼントという言葉に反応して飛び付くように落葉がテーブルにやってくる。
「はいこれ。思い出の証だったり、激励の印だったりするものだ」
ポンと直方体の箱を手に渡された落葉は「開けていい、開けていい」と目を輝かせて聞いてくる。
「もちろん、開けていいよ」
「これ、ペンダント?」
箱を開けて中身のペンダントを持ち上げる落葉。金木犀の花に囲まれた琥珀のペンダントは俺達が水族館に行った時に買ったものだ。
「想真くんと一緒に選んだんだよ」
「おきに召すかわからないけど、きっと似合うと思ってな」
「わぁー、そうなんだ。ありがとう!」
そう感嘆の声をあげながら、落葉は俺達のペンダントに釘付けになっていた。
「さて、そろそろか」
夜もいい時間になり、人気も少なくなった頃、俺はそう呟いた。
「そうだね。そろそろ、私は帰るとするよ」
この日はお別れ会であるとともに落葉が馥郁島に帰る日でもあった。
「落葉、私はここで見送らせてもらうよ」
白崎さんがカウンターでカップを拭きながらそう言った。
「うん、大丈夫」
「気をつけて帰るんだよ」
「わかってる。じゃあ、またあとでね。柚葉ちゃん」
「ああ、またあとで」
アットホームを出ると、俺達は人気のない桜坂を登った。通学の時とは違った情景に落葉は珍しく思ったのか、楽しそうに道の真ん中を踊っていた。
「あ、それ」
くるくると回る落葉を見てリュアナが声をあげる。
「持ってきたんだな」
落葉の胸元には俺達がプレゼントしたペンダントが下がっていた。
「似合ってる?」
「ああ、似合ってる。けど、持ってきてよかったのか? 馥郁島には持って帰られないんじゃ」
「身に付けているものなら大丈夫」
「そうなのか……」
いろいろアバウトなんだなと思いながら歩いていると、四季の木がある白雲公園にたどり着いた。
「いつ見ても、この光景は不思議だな……」
金木犀の花を付けた四季の木はやんわりとした輝きを放ち、この白雲公園を幻想的な世界へと変貌させている。
「そうかな? 普通だと思うけど」
「私達にとっては普通じゃないかな。でも、とってもきれいだよ」
「ありがとう。リュアナちゃん」
「それじゃあ」そう言って、四季の木に落葉が手を添えた、のだが。
「ああ、いい忘れていた」と言ってすぐに戻ってくる。
「なんだよ」
「君にはちゃんと言っておかないとね」
少し大人のような雰囲気を落葉は漂わせながらそう言った。
「君に伝えたのはすべて真実。けれど、それを受け止め前に進めるのなら、きっと過去も乗り越えられる。信じてるから──」
チュッと俺の頬に落葉はキスした。「なっ──」と目を見開くリュアナに俺は何が起きたのかと硬直していた。
「その時また、この意味の答え聞かせてよね」
とんとんとんと落葉は逃げるように四季の木に触れると、俺達にこう言った。
「バイバイ。また秋に会いましょう」
秋が終わり、次からはラストシーズンに突入!




