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金木犀~Last autumn Ⅳ~


 「これはあくまでも私の仮説……それでも聞いてくれる?」


 自信なさげに言うリュアナは月夜に照らされ、いつもよりさらに儚げだった。


 「ああ、もちろん聞かせてくれ。でも、俺の両親に挨拶って、ただ四季の木に拝むだけじゃダメなのか?」

 「できるなら、ちゃんと会って紹介してほしいかな」

 「でも、俺の両親はもう……」


 すでに亡くなっている。それも四年も前のことだ。


 「そうだね。想真くんのご両親は四季の木が願いを叶えるために犠牲になったって聞いてる。でも、もしその心が四季の木に残っているとしたら?」

 「残っているのかっ!?」


 そうか、リュアナの力は……。

 『人の心を見る力』

 その力は名前の通り、人の心を形として見ることができ、その色や形でその人の考えや心の状態を読むことができるのだ。

 これは、もしもの話。もしも、心が体から離れていても、見ることができるなら……。


 「リュアナ、あの木には俺の母さんや父さんがいるのか?」


 リュアナはコクりと頷いた。

 そういうことなら、次は俺の番だった。俺の力は『人の心と心を繋げる力』そして、それは肉体がなくても心があれば可能なはずだ。


 「リュアナ、紹介するよ。俺の両親を」


 左手をリュアナに差し出し、リュアナに手を握らせる。そして、もう片方の右手を四季の木の幹に添えた。


 「想真くん……」

 「心配する必要はない。大丈夫だから目を閉じて」

 「うん……」


 心配そうなリュアナを抱き寄せるように誘導して、俺は目を閉じた。

 ──繋がれ、俺の両親の心へと……。

 徐々に意識は薄れていき、俺達は繋がった。


~*****~


 夜の星空が輝く見晴らしのいい丘に、一本、名も知らない不思議な花を咲かせた四季の木がそこに佇んでいた。

 四季の木と繋がった時に見るこの景色。木の下にはいつも四季の木に関わる重要な人物が立っている。今回もまた四季の木の下には重要な人影が二つあった。


 「行こう……」

 「う……うん」


 まるで寝起きのように目を擦るリュアナをそっと手を引き、丘へと登る。

 中腹まで上ると「よっ!」と眼鏡をかけた無精髭の男が片手をあげた。


 「なにが『よっ!』だよ! 勝手に死にやがって!」


 間の抜けた父さんの挨拶に思わずムカッとくる。


 「まあ、普通はそうよね~」と陽気な父さんを呆れる母さん。


 「そういう母さんもだよ」


 「あははっ」と誤魔化すように遠くのどこかへ視線を向けるその姿にほんとふざけるなよと言いたくなる。

 でも、こんな楽天的な二人とこうして言い合いをするのも久しぶりだった。やっと二人に会えた気がしたのだ。

 嬉しさと共に感じる悲しみ。

 これは夢で、もう交わすことのできないやり取りだと思えば、胸の奥がきゅっと締め付けられた。


 「泣いてるの想真?」

 「え?」


 母さんに言われて自分が泣いていることに気がついた。急いで誤魔化そうとしたが、それは意味がないことを勝手に流れていく涙が知らせた。

 ここが心が繋がった場所だからか……。思ったことはすぐに出てしまう非常に厄介な場所だ。

 ああ、でもそれだったらと俺は本音をさらけ出した。


 「泣いて悪いかよ。本当の両親にこうして出会えて、最後の別れの言葉をいえるんだから」


 嬉しくも悲しくもあるその言葉に二人はしみじみとした表情で顔を見合わせ、こっちにおいでと手を広げた。

 俺は「ごめん」とリュアナに断って、両親の腕の中に飛び込んだ。


 「……悪かったな、悲しい思いをさせてしまって。その上、お前の大切な友達を守ってあげられなくて。本当に悪かった」

 「まったくだ! 急にいなくなったと思ったら、知らない間に勝手に死んでて……身勝手が過ぎるんだよ!」

 「本当にごめんなさい。想真」

 「もういいよ!」


 二人の謝罪などどうでもよかった。ただ、その温もりを感じたくて俺は必死に泣きついた。

 頭を撫でる母の手は優しく、背中を擦る父の手は安心を与えた。

 これが本当の家族の温もり。俺はもう忘れないと心に刻み込んだ。

 やがて、涙も出しきり落ち着いた頃、今日ここに来た目的を思い出した。

 

 「二人に会わせたい人がいるんだ」


 二人は突然のことにどういうこと? と顔を見合わせた。

 俺は両親から離れ、こっちに来てとリュアナに合図を送る。蚊帳の外とでもいうように少し離れていたリュアナが近寄った。


 「名前は朝霧リュアナ、俺の彼女だよ」


 それを聞いた俺の両親は大きく口をあけて、驚いた。


 「まさか、あの想真に彼女ができるなんて……なぁ、母さん」

 「ええ、あの想真に恋人が……」

 「ちょっ、あのってなんだよ!?」

 「ううっ……」


 言及する俺に対して、二人は泣いたふりをして誤魔化した。そんな二人を俺は白い目で見ていると、リュアナが挨拶を始めた。


 「えーと、初めまして、想真くんとお付き合いさせていただいています。朝霧リュアナと申します」

 「お付き合いさせていただいているなんて滅相もない。こちらがさせてもらっているのだから、なあ、母さん」

 「ええ、こんな金魚の糞のような息子、こんな綺麗な彼女はもったいないわ」

 「誰が金魚の糞のような息子だ。酷すぎるだろうっ!」

 「なに言ってるの? ちょっとした冗談でしょ?」


 リュアナと比べたら、それは冗談にはならない。大体、俺が金魚の糞なら親であるこの二人はなんなんだよ。


 「あら? 私達は金魚よ」


 意図も容易く心を読む母さん。俺は「子供は排泄物かよ!」とツッコまずにはいられない。


 「こらこら、話がずれてる。私は想真の父の龍真です」

 「同じく母の陽咲です」

 「こんな私達の息子ですが、いや、こんな私たちの息子なので、真面目過ぎるところもありますが、どうぞ、今後ともよろしくしてやってください」


 ペコリと二人が頭を下げ。リュアナも慌てて頭を下げた。


 「さて、挨拶も終わり、二人の馴れ初めを根掘り葉掘り聞きたいところだが、どうも時間がないようだ」


 下を向く父さん。その足先は少しずつだが透明になって見えなくなっている。


 「そんな、せっかく会えたのにもうお別れなんて……」


 悲しすぎるよとリュアナが泣きそうな顔になる。そんな表情をみた母さんがリュアナの頭を撫でた。


 「あらあら、リュアナちゃんはお母さんと一緒で優しい人ね。でも、大丈夫よ。そうでしょ、想真」

 「ああ、もう覚悟は出来てる」

 「でも……」

 「大丈夫だから……」

 「うん」


 しんみりとするリュアナを母さんから譲り受け、抱き寄せた。後ろから見るリュアナの悲しそうな横顔を見ていると、俺はなぜか落ち着いた。

 だぶん、リュアナが俺より悲しそうにするから、俺は冷静でいられるんだと思うんだけど……。そんなことを言うと怒られるので口には出さない。


 「想真くんって、ひどいよね」


 ほんと、冷酷・冷徹・薄情・冷淡……などなど、冷たい言葉で罵られるが、冷静であるからこそ聞ける、いくつかの疑問を俺は口にした。


 「最後に質問してもいいよね」

 「ああ。私達にわかることならなんでも聞いていいぞ」

 「なら、この木のこと、そして、力について教えてほしい」

 「なるほどな……。いいだろう。これは消える前にちゃんと伝えるべきだしな」


 父さんが消え始めた足首辺りを見て言った。十分とは言えないものの、まだ猶予が残されているようだ。


 「まず、四季の木についてだ。それを話始めるにはまず私達について知らなければならない。なぁ想真、この白雲公園が元は神社だったって知ってるか?」

 「……いや、初めて聞いた」

 「そうか。昔、ここには白雲神社っていうのがあってな、その御神体がこの四季の木だったんだ。そして、それを植えてお仕えしてきたのが私達『四季』というわけだ」

 「じゃあ、この不思議な木は俺達のご先祖様が植えたのか?」

 「そういうことだ」


 記憶が戻った時よりはマシだが少々理解するのに頭が痛くなる。


 「さらにだ。想真が聞きたがっていたもうひとつ疑問、力についても『四季』という家に関係してくる」

 「あーごめん、そろそろ理解出来ないかもしれない。リュアナ、あとは頼む」

 「もーう、想真くんが聞きたかったことなんでしょ?」

 「さすがにこう色々混ざってくるとな。お手上げだ」


 両手を上げてジェスチャーすると「ほんと仕方ないなぁ」とリュアナがしぶしぶ了承してくれた。その様子を見ていた父さんと母さんは嬉しそうに微笑む。


 「それで俺達の家と力がどう関係してるんだよ?」

 「想真は母さんの力を引き継いでいるが、もうひとつ『四季』の人間として力を受け継いでいる」


 真剣な表情に思わず喉を鳴らし、俺はどんな力なのかを尋ねた。


 「植物に力を与える力だ」

 「植物に力を与える力?」


 反復してみるがイマイチわからない。


 「リュアナ、どういうことだ?」

 「えーと、植物になんらかの力を付与させる、ということですか?」

 「リュアナちゃんは賢いね、その通りだよ。想真、例えばだ」


 父さんは膝を曲げて、地面に生えていたイネ科の雑草に語りかけた。


 「人間が頭上を通過した時、その人間を転ばせる力を付与する」


 語りかけられた植物はパッと少し輝くと元に戻る。


 「さ、想真、この草を跨いでみてくれ」

 「いや、心の準備が……って!」


 「よいしょ」という、母の掛け声と共に背中を押され、力が付与された植物を跨ぐ。と、その時だった。跨越そうと浮いた足が、力によって背丈を伸ばした植物に絡み取られ、俺は転んでしまった。


 「いてて……。これは一体どういう仕組みなんだ?」

 「リュアナちゃんが言った通りだよ。私はこの植物に『人間が頭上を通過した時、その人間を転ばせる力』というものを付与させたんだ」

 「だから、俺は転ばされたと……」

 「そういうことだ」


 「あの、いいですか?」と疑問を持ったリュアナが小さく手を上げた。父さんが「どうぞ」と質問を許した。

 

 「どうして、その……お父さんがその力を使えたのでしょうか? 想真くんにもう受け継がれているはずですよね?」

 「お父さんか……娘が増えて喜びたいが時間がないので割愛させてもらうよ。それで、なぜ力が使えるのか、それは願いを叶える四季の木の中だからだよ。この子はすこしくらいなら融通を聞かせてくれるからね」


 そう言って不思議な花を咲かせた四季の木を見上げた。


 「想真、これは私たちの見解だが、この力は原初の力に近い力だと考えている」

 「原初に近い力?」

 「そうだ。この力があるということは『人に力を与える力』というものが存在する可能性が高い。そして、その力をいまあるすべての力の原点とした場合、この力は原初の力に近い力だと思っている」

 「それがこの力の真実ですか?」

 「そういうことだよ」


 ここにはいない誰かの声に俺達は一斉に振り向いた。落葉だ。もうすぐ寝るのか、もふもふのパジャマを身につけている。


 「あら、かわいい」


 いまにも飛び付いていきそうなお母さんをお父さんが止める。


 「こんばんは叔父さん、叔母さん。二人とも想真くんたちともっとお話ししたいのはわかるけど、もうすぐ時間だよ。真実は私の方から伝えるから、二人は本当に伝えたいことを伝えたら」


 二人は自分の姿を見て頷いた。もう、二人の胴体の半分は消えている。


 「そうだな。落葉がここにいるなら真実よりも伝えたいことだな」


 「そういうこと」と落葉が真剣な表情で頷いた。


 「想真、お前が持つ力は、代を跨ぐ度に弱くなっていく。しかし、それでもその力は強大なんだ。もしかすると再び狙われることがあるかもしれない。けれど、今度は私達は助けられない、自分達の力で解決するんだ。お前なら必ずできる」

 「ああ、わかった……」

 「そうそう、リュアナちゃんもちゃんと守るのよ。男の子なんだから」

 「それはもう約束したよ」


 それを聞いた二人は、安心したように、嬉しそうに微笑んだ。


 「そうか、ならもう心配はない。じゃあな、想真。元気にやるんだぞ」

 「私達は遠くで見守っているからね。後、百年後にまた会いましょう」


 後、百年も生きてられるかと内心ツッコミながら消えていく二人を見送った。二人が光となって消えてなくなった後、俺はふわりと家族の温もりに抱き締められた気がした。


~*****~


 「それで、どうして落葉が来たんだ?」


 現実の世界へと戻った俺達。日はすでに暮れて、夜の冷たさが肌へと伝わるなか、四季の木にもたれるように座った俺とリュアナは見下ろす落葉にそう尋ねた。


 「私、もうすぐ帰っちゃうでしょ? 最後に伝えたい真実があって」

 「おいおい……まだあるのかよ」


 今ですら頭がパンパンなのにこれ以上新事実を告げられるとどうなってしまうのだろうか。そんな心配がありながら俺は「それで?」と落葉を促していた。


 「うん……これはね。次の季節に繋がる過去と未来についての真実なんだよ……」


 落葉は目を細め、俺たちではないどこか遠くを眺めた。いつも明るい落葉には珍しい、その表情には哀愁を漂わせていた。

秋は次でラスト!

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