金木犀~Last autumn Ⅰ~
「想真くん、君に話したい真実があるんだ。わたしは覚悟したよ。やっぱり、大切な友達に隠し事はできないからね。だから、君も覚悟して聞いてほしい」
屋上の扉を開けて入ってきた落葉はそう俺達に言った。
俺もリュアナも驚きはなかった。
いつか、こうなるんじゃないかと思っていた。
いったいどんな真実を聞かされるのか俺達にはわからない。
けれど、その覚悟は持っている。
「落葉、教えてくれ。俺の真実を」
落葉は無言で頷くと、俺たちに近づこうとした。
「あー、ちょっと待って。その話をするなら、私達も加えてもらわないと変な誤解を生んじゃうわ」
横やりを投げた声に落葉が足を止める。
「そうかもしれませんね。校長先生、それに瀬良さん、香さん」
セリアさんと同じ金色の髪を風で遊ばせるアウラさんの後ろに星真さんと母の姿があった。
「どうして、お母さんがここにいるんだ?」
「ごめんなさい……」
文化祭を見に来た、というわけではなさそうだ。それに何に対して母が謝っているのか全く見当がつかない。
ただ、俺に謝った母は、俺が知るいつもの明るい姿の母ではなかった。
「さて、何処から話したものか……」
ポリポリと頭をかくアウラさんに対し、落葉は強く言う。
「なら、私から話させてください。その上で、補足が必要なら補足してくれて構いません」
きっぱりとした物言いに「わかったわ」とアウラさんは言う。
「想真くん、君は香さんのことをお母さんって呼んだよね?」
「ああ、確かに呼んだけど、それがどうしたんだ?」
「それ、間違っているよ」
「……間違ってる?」
突拍子もない落葉は発言に疑問を浮かべざるえない。
「間違ってるってなにが間違っているんだ?」
「言う相手を、だよ。彼女は君のお母さんじゃない。彼女の名前は大塚香。君のお母さんとお父さんの後輩に当たる人物なんだ」
すぐには言葉がでなかった。落葉の言っていることをまともには理解できていなかったんだと思う。
数秒して、ぎゅっと手を握られた。忘れていた、リュアナに手を握ってもらっていたんだ。
リュアナは心配そうな表情で俺を見ていたが、俺は言葉を返すことはできなかった。
「まぁ~、はい、そうですかといって簡単にのみ込める問題じゃないわよね~」
「……お母さんは、知ってたの?」
「そりゃね、先輩だからね。彼女がどうしてそんなことをしていたのか、そうせざるえなかったのか。一通りわかっているつもりよ」
「なら、どうして教えてくれなかったの?」
「これは私が言うことじゃないからよ。それで、想真くん、頭の整理は出来た?」
「落葉の言っていることは、まあ、はい……」
わからないことは多くある。もちろん、納得なんてしていない。けれど、落葉の言っていることは理解した。
「なぁ、お母さん。落葉が言っていることは本当なのか?」
アウラさんの影に隠れるようにしていた母が前へ出る。
そして、まっすぐと俺の目を見て言う。
「ええ、そうよ。私は大塚香、あなたの本当の母じゃないわ」
その時、俺の中でなにかの繋がりが絶ちきられたように、なにかがなくなった。
「そう……なんだ………」
「ええ」
その頷きが真実を肯定し、胸を抉るような痛みに襲われる。
そんな俺を見て、落葉は苦しそうな表情を浮かべながら言った。
「すぐには受け入れられないとは思うけど、これで少しは納得できると思うから……」
落葉は母に向かってこう言う。
「香さん、想真くんの記憶を戻してあげて」
「ええ、わかったわ」
母は頷くと、俺に向かって手を伸ばした。
「それって……!」
「ちょっと待ってくれ!」
慌てた俺達は止めようとしたが遅かった。
「香さんはね、記憶を操作する力の保持者なんだよ」
~*****~
長い、長い夢を見た気がする。
まるで、一番最初から今までその記憶を思い返してきたかのようだ。
ただ、終わってみるといつもより晴れやかな気分で空が澄み渡っていた。
心地いい風に身を任せていると、黒い雲がやって来て、ポツポツと雨を降らした。
俺は傘も屋根もなく、濡れていた。
とても冷たく、悲しい雨。
せっかく、気持ちがよかったのになぁとその空を見上げた。
目を開けると雨が降っていた。リュアナから流れ落ちる滝のような大粒の雨だ。
「リュアナ、泣くなよ。俺はまだ死んだわけじゃない」
顔に降り注がれたリュアナの涙を手で拭き取りながらそう言うと、リュアナは「想真ぁくん!」とベッドに身を投げて飛び付いてきた。
「ほら、だから大丈夫だっていったでしょ。私は真実しか言わないの」
少し怒った様子の落葉の声が聞こえ、首を少しあげると、そこには屋上にいた全員がいた。
「あの、すいません。ここどこですか?」
ベッドに寝かされていることはわかるが周りがカーテンに仕切られていて場所までは把握できなかった。
「保健室よ。私たち以外はいないから心配しないで、思う存分にヤりなさい」
「なにを、とは聞かない方がいいですね。あと、やりませんから」
「ちょっと、聞きました? あなたのところの息子さん。この状況で手を出さないそうですよ」
「あら、それはちょっと困りましたわね。男として腐ってしまったのではないかと心配ですわ」
「お母さん、いや、香さん。俺はあんたの性根こそ腐ってると思うぞ」
「想真くん、自信がなくてもこういうときはちゃんとしてあげるんだよ」
「星真さん、大丈夫です。あと、まともだと思っていた星真さんまでそっちにいかないでください」
「あははっ、冗談だよ」
「はぁ~」と呆れながら体の力を抜いた。見慣れない真っ白な天井を見上げながら、胸の上で泣き付くリュアナの髪を撫でた。
「それで、なんで俺は保健室にいるんですか?」
今度は香さんが「あはは……」と乾いた笑い声を響かせる。
「どうやら、久しぶりで力を出しすぎちゃったのよ」
「一度に大量の記憶を戻しすぎて、失神ですか。リュアナの心配が洒落になってないですね」
「ごめんなさい」
謝る香さんの声を聞きながら、初めて出会った時のことを思い出す。
といっても、家に勝手に上がり込んでいた香さんにいきなり記憶を改竄されたんだけど、その理由はいまだわからない。
「香さん、どうして俺の記憶を改竄したんですか?」
ほんの少し、迷うような間があって、香さんは話し始める。
「私があなたの家にいったのは四年前、初めて出会ったときのことよ。電話でね、あなたの両親から家に来るように言われたの」
父さんと母さんが家に呼んだ? なんのために?
「そして、いざ来てみれば、二人はいなかった。鍵が掛かっていなかったから入ってみたら、私宛の手紙と家の鍵、そして通帳が置かれてあったわ。そして、手紙にはこうかかれてあった。『お金や家は使っていいから、想真のことをお願いね』ってね」
「まったく訳がわからないわよね、でも……」と香さんが続ける。
「先輩が私にそれを頼んだってことは、記憶の操作ありきで頼んできたのだとわかっていた。だから、あなたの記憶を改竄して育てることにしたのよ」
そういうことだったのか……。
納得できたかと聞かれれば、できたが、父さんや母さんが香さんに俺を預けていった理由がわからない。大体、今どこに……。
「ああ、そうか。それで香さんも俺の両親を探しに星真さんの家に行ったんですね」
「ええ、そうよ」
誰かを探していたと思ったが、俺の両親だったのか。
「ねぇ、そろそろ、本当のことを話したらどうかな?」
そう言ったのは落葉だ。
誰にそう言ったのか、答えは俺の両親と同級生であった二人だった。
「仕方ないね。白状しましょうか瀬良くん」
「いいんですか?」
「だって、落葉ちゃんがいるのよ。私たちが言わなくても、後で言ってしまうわ」
「そうだね。すべて言うつもりでいるよ」と惜しげもなく落葉は言う。
「それじゃあ、誤解の無いように最初から話すわ。事の元凶は美羽ちゃんの未来予知よ」
曰く、その予知には、実際に起きたこととは違っていたそうだ。
「あの時、美羽ちゃんが予知したのは美羽ちゃんを含め、七人の子供が殺されることになっていた」
「なっ!」
驚きで飛び起き上がってしまう。リュアナは驚いたように見上げていた。
七人、最初は七人も殺される運命だったのか?
「それを知った私たち四人はね。その運命から回避するために動いたの。私はリュアナやセリアを連れてロンドンの方に戻ったわ」
それで、高校生になって戻ってきたのか。
「そしたら、陽咲から手紙が送られてきたのよ。『四季の木の奇跡を使う』って言う趣旨の手紙がね」
「四季の木の奇跡ってなんですか?」
それに答えたのはアウラさんではなく、落葉だった。
「四季の木には四年に一度、願いを叶える力が備わっているんだよ。けれど、今回のはその願いが大きすぎた。だから……」
「……その穴埋めを、先輩たちがしたんですね」
申し訳なさそうに落葉はコクりと頷く。
それって……。
「アウラ先輩も知ってたんですよね」
「ええ、でも手紙が送られてきた時にはもう……」
「瀬良先輩もですか?」
「……ああ。けれど、予定では犠牲は必要なかったはずなんだ」
「星真さん、それはどういうことですか?」
鋭い目で俺は星真さんを睨む。
「大塚が君の記憶を改竄したことで、君の友達である三人は殺される運命から逃れることができたんだ。だからその分、奇跡を叶える力は少量でよかったはずなのに、あの二人は……」
声が嗄れるように消え、顔を抑えた星真さんは、その手から涙が溢れ落ちていた。
「でも、どうして……」
「もしかしたら、しつこい死の運命だったのかもしれないわね」
眉間に人差し指をあて、推測を建てるアウラさん。
「想真くんのお友だちは想真くんから忘れられることで回避できたかもしれないけど、想真くんは事件に大きく関わっていたせいで運命を回避する方法に力を多く必要とした。違うかしら?」
確認をとるように落葉に言うと、「大体は合っている」と言った。
「違うところといえば、想真くんの両親は想真くんだけじゃなく美羽ちゃんも助けようと考えていたということだね」
「ほんと、あの人達は……」
呆れたような声を出した香さんだったがその頬には涙が流れていた。
「まだ、私は落葉ちゃんに聞きたいことがあるんだけど、今日はこの辺でお開きにしよう」
「俺はまだ……」
聞き足りないと声をあげたが、アウラさんが首を振った。
「君はまだ、ご両親のことを受け止めきれていない。今は目の前のことからひとつずつ、気持ちを整理していきなさい。でなければ、いつか君の心が壊れてしまうよ」
それじゃあねと、アウラさんは香さんと星真さんを連れて保健室を出ていった。
「想真くん、私も行くね。みんなには保健室に行っているって言っておくから……」
「ああ、ありがとう」
「いいよ、これぐらいのこと。ごめんね、想真くん……」
今にも泣きそうな顔で落葉が出ていく。
彼女は優しすぎるのだ。真実が人を傷つけること知っているから、あんなにも辛そうなのだ。
「辛さで言ったら、想真くんも辛いでしょ?」
下から見上げる様に見ていたリュアナがそっと俺の泣袋を曲げた指で払う。
「そうみたいだな……」
気づかなかった。いや、強がるように気づかないふりをしていたのかもしれない。
「リュアナ、俺、辛いよ……」
「うん」
やっと思い出した本当の両親がもういない。あんなに好きだった家族はもういない。話すこと、触れることさえできない。
家族がいなくなったその意味、その悲しみが遅れてやって来たのだ。
「辛い、こんなの辛いよ……」
「うん」
ベッドから起き上がったリュアナがその胸を貸してくれる。
「想真くん、楽になってもいいんだよ。泣いてもいいんだよ。辛いときはいつでも私がこの胸を貸してあげるから」
その言葉に、その優しさに、その温もりに、
「あぁ、あああああああ……っ!」
俺は悲しみを爆発させた。
止めようもない涙が滝のように流れ、その涙には様々な感情が混ざっていた気がする。
リュアナはそんな俺を泣き止むまで抱き締めてくれていた。幼子をあやすように撫でてくれた。
そして、疲れ果てて眠りにつく頃、
──君は独りなんかじゃないよ。家族がいなくても私がずっとそばにいるから……。
そうリュアナの声が心に響いたのだった。




