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金木犀12

 秋晴れの下、校舎の屋上からつりさげられたスローガンの垂れ幕を見ながら校長先生やお偉いさんたちの話しを聞くと、体育祭がようやく始まったような気がする。しかし、当然ながら話の内容など右から左に聞き流しているのでつまらない。その上、残暑が落ち着いてきたとはいえまだ暑く、早く戻りたいという気持ちが高まる。

 いったい、この話はいつまで続くのだろうか……。

 ため息をつきながら、延々と続く祝いの言葉に登校時にはあったはずの高揚感が徐々に鎮火されていくのが分かった。


 「暑い……はやく帰りたい」


 「えっ?」と、出席番号順で隣に並んでいた落葉が漏れ出た俺の本心に反応した。


 「えーっ!? まだ、始まったばかりだよっ!? どうしてそんなこと言うの?」

 「え? あ、落葉いたのか……」

 「いたよっ! ずっといたよ! ただ、緊張とかで静かにしてただけなんだから……って、それよりも!」


 ごにょごにょと何か言ったようだが、どうしてすぐに帰ろうとするの? と、落葉は不思議そうな顔で訴えた。


 「そんなこと言わなくてもわかるだろう。お前なら……」


 俺の言葉にピコーンと何かをひらめいた落葉は顔をにやつきながら言う。


 「つまり、恋人なら言わずとも通じるというやつかな?」

 「アホか……」


わかりやすいボケをする落葉にチョップをかます。


 「お前の力でわかるだろって言ってるんだ」

 「もちろん、わかるよ。でも、つまらない話が長いからって楽しいイベントを無視して早く帰りたいという気持ちが理解できない」

 「ふむ……」


 初めて経験することなら、後に待っているイベントに比重が置かれ、退屈はしないのかもしれない。けれど、


 「毎年行っていると、飽きてくるもんなんだ」

 「そういうものかな? でもさ、想真くんこの学校での体育祭って初めてだよね?」

 「高校の体育祭なんて中学校の運動会と変わらんだろう」

 「えー、私はそうでもないと思うなぁ~」


 何を知ったのか、にやにやとする落葉。中学校と高校の違いぐらいじゃ、大した驚きはないだろう。


 「ほら、想真くんが退屈にしてた話が終わったよ」

 「お、ほんとだ」


 中年のお偉いさんが下りるのと入れ替えに朝礼台に生徒会長であるセリアさんが上る。


 「えーと、では、みなさんは……」


 退場門から出で待機してください。そう、セリアさんは言いたかったのだろう。しかし、マイクは途中で音が途切れていて聞き取ることは出来なかった。

 それに気づいたセリアさんはポンポンとマイクを叩いて調子を窺った。けれど、マイクは音を拾ってくれず、代わりにスピーカーからは変声期を迎えていない少年の声が勢いよく飛び出してきた。


 「はーい、みなさん。おはようございます。学園思い出作成クラブの若竹騒次ですっ! みなさん、楽しんでますかー?」


 盛り上げようとしているのか、張り切った勢いで生徒たちに投げかける騒次。しかし、お偉いさんたちの話でテンションの下がった学生たちはもちろん返事をしなかった。


 「おやおや、長いお話のせいで、みなさん意気消沈のようですね~……」


 がっかりというような落ち込んだような声。しかし、どことなく騒次の声には、それを見込んでいたかのようにニヤリとする騒次の姿が窺える。


 「では、そんな皆さんのために」


 トランシーバーを持って生徒会に指示していたセリアさんは台の上で校舎の屋上を固唾を飲んで見守る。


 「特大の」


 隣の落葉は目を輝かせながら手を組み屋上を見上げて、


 「花火で」


 ぎょっとする先生たちは、今すぐ止めろと大騒ぎになって、


 「盛り上げましょうっ!!!!」


 花火は打ち上げられた。


 「あはは……確かに違うな高校の体育祭は」


 青空に打ち上げられた大輪の花火を見ながら、中学校との差を痛感するのだった。


~*****~


 さて、開会式パレードは終わり盛り上がった生徒たちは、一度自分たちのクラスのテントへと戻り、最初の種目に向けて動き出す。

 最初のあれでプログラムが変更されなければ、前日の予行通り百メートル走が行われるばすだ。


 「百メートル走から予定通りにおこなわれるらしいわ」


 先生に聞きに行っていた小宵が広く行き渡る大きな声で全員に伝える。


 「百メートル走の人はもうすぐ始まるそうだから、入場門に集まって! 歩! 負けんじゃないわよ!」


 フゥー!フゥー!と周りは囃し立てるが、歩は「おうっ!」と、かっこよく去っていった。


 「みんな、興奮してるな」

 「だねぇ~。想真くんもちょっと興奮してるよね」

 「そういう詩織もだろう?」

 「まぁーねぇー。でも、あの二人はもっと興奮しているみたいだよ?」


 あの二人と言うのはリュアナと落葉のことだ。


 「素直が取り柄のような人達だからな」

 「そうだねぇ~」


 二人の後ろ姿はまるで興奮を押さえきれないといった様子で小刻みに震えている。

 楽になるように話しでもしにいってやるか……。


 「リュアナ、歩たちは入場してきたか?」


 リュアナの隣に座りながら尋ねると、今にも壊れそうなロボットのように首をガクガクと動かし俺を見た。


 「まぁ、まぁだだよ~」

 「リュアナ、怖いからやめてくれ……」


 変に裏声で、そしてそのどうしたらいいのかわからないような笑顔がまるでホラー映画のワンシーンのようだ。


 「そう緊張するなよ。ほら、力を抜いて」

 「う、うん……」


 肩を少し揉むと、要らない力が抜けたように不自然な笑みや声が元にもどる。


 「おい、隣のやつも大丈夫か?」


 自分にかけられたのだとわかった落葉はカタカタカタカタ……と首を動かした。


 「やっぱり、お前もか……」


~*****~


 「ほら、歩くんだよ!」


 徒競走の様子をずっと見入るように観察していたリュアナが俺の裾を引っ張った。

 確かにスタート位置には歩が体をほぐしている。


 「おーい、小宵……って、あの様子だとわかっているか」


 気合の入った学ラン姿に身を包み小宵は、フレー!フレー! と腕を上げる。

 その姿はさながら応援団長のようだ。


 「似合ってるでしょ、あれ」

 「なるほど、詩織仕込みか」

 「ちなみに、あの学ランは歩くんのものでした~」

 「おいおい、それって本人に──」

 「ほーらっ、見て! 歩くんがスタートしたよ!」


 まるで詩織から俺を引きはがすように腕を掴み、引き寄せるリュアナ。その健気な姿に俺と詩織は思わず微笑み合ってしまう。


 「わかったわかった」


 リュアナをなだめながら、今の状況を推し量る。

 白の鉢巻を付けた歩は現在のところ三位。団子のようにまとまっているため、一位との差はほとんどないが、


 「もう少しで抜けそうなのに~」

 「そう易々と前には出させてくれないか……」


 トップの二人は壁のように並び、インコースを守備している。これを抜くにはアウトコースからまわらなければいけないのだが、今の歩の速さでは難しい。


 「そうだね。確か、あの一番の子は陸上部だったと思うよ」


 なるほど、通りで抜きにくいわけだ。

 残り十メートル。少しずつ離されていく歩にここまでかと思われたその時、歩に変化が訪れる。

 歩はラストスパートをかけるように加速した。ラストスパートをかけるにはまだ早いと思われる距離だが、足を踏み込むたびに着実に一位と二位との差はなくなっていく。そして、横に並び立つとトドメとばかりに再加速し、ゴールテープを切ったのだ。

 あいつ、最後の最後で力を使ったのかと呆れる俺に周囲は歓声で埋め尽くされていた。


 「歩くん、すごいね! まさか、あの場面から逆転するなんて!」

 「そうだな」

 「すごい! すごいよ! ぴゅーって行って! ぴゅーって行って!」


 勢いよく立ち上がった落葉が腕を使い力説し始める。


 「わかった。わかったから落ち着け」

 「ぴゅーって行って! ぴゅーってっ!」

 「はいはい、わかったよ……」


 みんなが興奮している中で一番興奮しているはずの落葉が落ち着くはずもない。それを知った俺は説明を続ける落葉にうんうんと合図ちを打って合わせてやる。話はちなみに聞いてない。

 そういえば、小宵はどうだろうか? 学ランまで着て応援していたがやっぱり、ツンが発動して「勝って当たり前よ」とか言っているのだろうか。


 「あれ? 見当たらない?」

 「想真くん。誰、探してるの?」

 「小宵なんだが……」

 「あ、小宵ちゃんなら、あそこだよ」


 リュアナが指差したのはトラックの中心、走り終わった後の選手が並んでいるところだ。よく見ればぽつんと一人歩が立っていて、その胸には学ランを着た小宵が引っ付いていた。


 「あいつ、なにしてるんだ?」

 「勝利を分かち合ってるんだよぉ~」


 どこからか戻ってきた詩織が隣に腰を下ろした。


 「歩の顔を見ると、どうもそうには思えないんだが……」


 小宵はどうなのかわからないが、歩は間違いなくあきれ顔だ。


 「歩くんはそうかもしれないけど、小宵ちゃんはうれしかったんだよぉ~。なんたって小宵ちゃん、歩くんがゴールした瞬間一目散に歩くんのところに行っちゃうんだから」


 もう大変だったよぉ~苦笑いを浮かべる詩織。

 きっと、詩織は小宵を止めに行っていたのだろう。結局はダメだったようだが……。


 「そんなにうれしかったのか、小宵は……」

 「私の応援に答えてくれた……そんなうれしい気持ちがこの興奮した雰囲気で増幅されて、爆発しちゃったみたいだよ」


 あーなるほどな、と落葉の説明を聞いて納得する。つまり、小宵はこの雰囲気に感化されたわけだ。そして、気が大きくなったと。


 「でもまあ、これぐらい小宵は素直になったほうが……」


 ちらりと二人を見ると、二人は頭を下げて謝っていた。


 「いや、少し自嘲するべきだな」


 今回、一番苦労したであろう詩織はうんうんと大きくうなずいた。


~*****~


 次の競技はパン食い競争だった。出場選手である落葉が競技集合の寸前でトイレに行ったようだが、大丈夫だろうか? と、思ったら入場門から出てきたのでどうやら間に合ったようだ。


 「ほい、想真。これおまえの分」

 「ん?」


 そういって歩に渡されたのは双眼鏡だった。周りを見回すと男子は全員が持っている。


 「おいおい、これ何に使うつもりだ?」

 「まあ、いいからいいから。それよりも、ほら始まったぞ」

 「ああ」


 パン食い競争は百メートルのコースの真ん中に棒に釣り下がる袋に入ったパンがあり、これを口でとってゴールするという至って簡単な競技なのだが、


 「おお、揺れてる揺れてる」


 そう、一度でパンを取らなければ、パンが揺れて取りにくくなるのだ。

 そうこうしているうちに、うちのクラスの新聞部、朝宮さんの番が回ってきた。

 いつもは影が薄い彼女だが今日はクラスの全員から注目されている。そのせいか、どこかぎこちない朝宮さん。


 「大丈夫か……?」

 「たぶん、大丈夫。朝宮さんには必殺技があるから」


 パン食い競争で必殺技ってなんだ? と疑問に思ったが、ピストルの音が思考を断ち切った。

 朝宮さんは最初こそ遅かったものの、徐々にスピードを上げて二位でパンが釣り下がった場所にたどり着く。そして、まずは一回目、ぴょんと飛んであんぱんに食らいつこうとするが躱され、パンが動き出す。

 二回目、三回目と飛ぶがやはり取れない。


 「ん~っ!!!」


 ぴょん、ぴょんと必死に取ろうと飛び跳ねる姿はまるでウサギのようで……。


 「「「かわいい……」」」


 誰もがそう思わずつぶやいた。そこからは敵味方関係なく朝宮さんに声援が飛んだ。その勢いはすごいもので、同じレースにいた相手選手が足を止めるほどだった。

 なるほど、これが彼女の必殺技か。

 朝宮さんはそのチャンスを逃さずパンを口にくわえ、1位でゴールした。


 「ふふふっ、すごいでしょ」

 「ああ、すごいな。これで一躍有名人だ」


 影が薄いと自分でコンプレックスを作っていたが、これで少しはなくなるだろう。


 「あー、それはちょっと困るかも……。彼女、恥ずかしがり屋さんだから」 

 「なるほど、それもそうか」


 人気になれば、逆に影を薄めようとして、さらに影を薄くしてしまうのか。


 「なんとも難儀な性格だな」

 「そうだね」


 しかし、彼女のそういう素質が新聞部に取って必要だから勧誘されたと彼女は言っていたので、何が縁に結び付くのかわからないものだ。


 「おい、来たぞ。今回の目玉だ」


 そういって、双眼鏡を覗き込む歩に肩を小突かれる。

 目玉って誰だよとスタート位置を見ると、そこには落葉がいた。落葉にとって初めての競技。確かに見ものかもしれないが……。


 「なあ、歩? どうして落葉が目玉なんだ?」

 「は? わからねぇのか? あの大きく立派に実った果実が」

 「つまりは胸かよ……」


 じゃあ、さっきから揺れてる揺れてるってパンじゃなくて胸のことか……。相変わらずぶれない奴だ。


 「そうだよ。ほら始まった。まぁ、いいから見てみろよ。お前も男だろ?」

 「ああ、男だよ」


 走り出した落葉に焦点を合わせ、双眼鏡を覗き込む。ちょうど落葉がパンに向かって走っている最中だった。


 「確かに揺れてるな……」


 無邪気に走る落葉の胸はゆさゆさと動き、体操服の上からでもその大きさがいかに大きいのかを顕著に示していた。


 「いやいやこんなもんじゃないぞ」

 「それってどういう……」


 落葉が釣り下がったパンのところまでたどり着き、跳躍を開始する。すると、その大きな胸は大きく弾み、落葉の最大到達地点で体操服を押し上げ、白くてかわいいおへそがチラリと顔を見せた。

 と、同時に多数のシャッター着られる音が聞こえ、男たちの歓声が上がった。

 落葉にとっては幸いなことに一回でパンをくわえることができたので順位は一位だった。


 「いやー、いいのが撮れたよ。な、すごかっただろ?」

 「まあ、すごかったといえばすごかったけどさ……」


 これから起こることのほうがよっぽどすごいのではないか、と最後までは言えなかった。


 「男子全員、動くんじゃないわよ」


 静かに言い放たれた言葉はすべてのものを制止させた。背後から感じるのは、女子の冷たい視線。

 俺たちは蛇にらまれた蛙のごとく動けるはずもなく。


 「まずはそこに正座しなさい」


 ただ命令に従うのだった。

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