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金木犀11

 日が暮れた白雲公園の入り口は、葉が残った高い木に電光を阻害され、まるで洞窟のように暗かった。ここに女の子が一人で来るというのはいささか不用心というものだろう。

 しかし、落葉がここに来た理由は元を正せば俺が作ったようなものなので、何かあれば俺の責任でもあるだが、こうして、尾行──いや、見守っているのだから見逃してほしいところだ。


 「それで想真くんはどうして落葉ちゃんを追いかけているの? もしかして浮気とか?」


 ドキッ──とした。

 掛けられた内容にではなく、突然、声を掛けられたからだ。

 声がした方へ顔を向けると額に汗をにじませたリュアナが隣に立っていた。

 歩たちと別れた後、落葉を見失わないようにリュアナより先に落葉をつけていたのだが、白雲公園の入り口で待っているうちにいつの間にか隣まで来ていたようだ。


 「浮気なんてしてないから、そんな顔するなよ」

 「ほんとかな?」


 疑うような目で足の先から頭のてっぺんまで、まるでなめまわすかのように詮索を始めるリュアナ。


 「本当だから、信じてくれ」

 

 俺が呆れながらいうと不満が残るような顔をしてしぶしぶ引き下がる。

 まったく、どうしてここまで心配してしまうのだろうか?

 いつも思うその疑問に、今回ばかりは一つ気がかりが生じた。

 そういえば、俺はリュアナに落葉の話をしただろうか……?

 その自ら出した問いに記憶を巻き戻して考える。

 うん、言ってないな。


 「リュアナ、ごめん。俺が悪かった」


 いきなり謝られて、リュアナはどうしたの? と驚いたが、俺は補うように言葉を続けた。


 「俺さ、リュアナが何も言ってこなかったから落葉の話を知っていると思っていたけど、本当は言ってなかったよな。だから、その……ごめん。これからはちゃんと話すから……その……」


 口ごもる俺にリュアナは微笑み、頷く。


 「うんうん、わかってるよ。季節限定四季オリジナルパフェで許してあげる」

 「うっ、うん……」


 嬉しそうな笑顔に俺はなんとも言えず、ぎこちなく頷くしかなかった。

 ちなみに季節限定四季オリジナルパフェというのは、俺が季節の果物を使って考案したパフェの事で、アットホームのメニューの中では一番値を張る商品である。

 

 「あ、もちろん。想真くんが作ってね」

 「…………」


 自分で考えたレシピでパフェを作り、自分のお金で支払い、リュアナに食べられる。罪としては軽いのだが、こうもいい所だけを持っていかれると少し悲しい気持ちになる。

 まあ、俺が言い忘れていたことが原因だから、これで許してもらえるだけマシと考えるべきだろう。


 「それはさておき、リュアナには落葉のことを話しておきたいんだけど、時間があんまりないから歩きながらでもいいか?」

 「うん、大丈夫だよ」


 柔らかく微笑んだリュアナは頷く。


 「ありがとう。それじゃあ、行こうか」

 「うん」

 「それで、落葉の話しなんだけど……」


 白雲公園の暗い道の中、俺はリュアナに落葉の力のことと落葉が迷っていることについて話した。


 「ねぇ、一つ疑問に思ったんだけど、想真くんは何でそんなことを知っているの? わたしみたいに心を読むことはできないよね?」

 「うっ──」


 さすがは勉学でも学年の上位を飾るリュアナだ。察しがいい。


 「そっ、その経緯はまた今度教えるから、今は置いといてくれ。あ、ストップだ。リュアナ」

 「えっ?」


 少し前を歩いていたリュアナの手を取り、俺達は足を止める。

 木々に包まれていた暗い道が開け、光が差し込んできていた。

 あの先にきっと二人はいる。

 俺は足音に気をつけながら、四季の木がある広場に顔を覗かせた。

 煌びやかに輝く展望とは反対側、影になった四季の木の前に二つの人影を発見した。しかし、残念ながらここからでは何を話しているのかは聞くことはできなかった。

 あの場所なら草むらを縫っていけば話が聞こえるところまで行けるかもしれない。

 リュアナのところに戻り、すぐさまそのことを伝えた。


 「うん……わかった」

 「ん?」


 さっきよりも元気が無いような……。気のせいだろうか?


 「リュアナ、ここからは慎重にいくぞ」


 リュアナがコクリと頷き、俺達は道なき草むらへ足を踏み入れた。


~*****~


 木の裏を何本か通り過ぎた頃、やっと二人の話し声が聞こえてきた。


 「それは誰から教えてもらったの? って、想真くんか」


 その声は間違いなく落葉の声だった。


 「ああ、その通りだ。けど、それは落葉のこと思ってしたこと、彼をあまり責めないでほしい」


 そしてもう一人は、やっぱりあの人だ。


 「それに私と君の仲なんだから、そんなことは島を出る前から気づいていたさ」


 落葉と対する相手の声は俺達がよく知っている人の声。


 「やっぱり、そうだよね……柚葉ちゃん」


 四季の木から差し込む月明かりに照らされてその人の髪は白銀のように輝いた。俺の知る限り、リュアナ以外に白髪の髪をしているのはこの人しかいない。


 ──白崎さんだったんだね。落葉ちゃんをここに呼んだのは。


 前の二人に悟られないようにするためなのか、リュアナは小声ではなく俺の力を使って直接心に話し掛けてきた。


 (それぐらい、今日のバイトが休みだった時点で、なんとなく気づいていただろう?)

 今日の不自然な落葉の行動や白崎さんの悩む姿を見ていれば、察しのいいリュアナならわかっていたのでは? と思って尋ねる。


 ──まあ、そうだね。最近の白崎さん、お酒を飲むたびに落葉ちゃんのことを話していたから何かあったんだと思っていたけど、今思えば、あの時、想真くんが発破をかけたからなんだね。

 (まあ、そういうことになるかな……)


 余計な一言を言って白崎さんには悩ませてしまったのかもしれない、けれどそれは落葉のためを思って。白崎さんの本当の意味での約束を落葉に伝えてほしい。この先、落葉が俺のように約束に縛られてはほしくないのだ。


 「落葉とあの約束をして、もう十三年も前にもなるのか……。あの頃は私も今の落葉と同じぐらいだった」

 「うん……そうだね。でも、あの時、柚子ちゃんが約束してくれたから、わたしはみんなと仲良くなることができたよ」

 「そっか……それはよかった。でも」


 言葉に思いが乗ってないような軽い言い方だった。けれど、次に発した白崎さんの言葉は重かった。


 「落葉。君はそのなかで友達と呼べる人はいないよ」

 「え?」

 「わかっていると思うが、私は落葉を友達とは思っていない。落葉と初めてあったあの日から、ずっとだ」

 「ええっ!?」

 「私は一度として落葉のことを友達だと思って接したことなんてないよ」


 俯き黙り込む落葉。そのシルエットからはすへてが抜け落ちたように霞んでいた。


 「そ、それじゃあ、どうしてあの時たすけてくれたの? それに今だって、学校に通わせてくれるし、部屋まで貸してくれる。そこまでしてくれて──」

 「むしろ、そこまでしてくれる人が友達程度なわけがないだろう?」


 クスッと、暗い影の中、白崎さんが笑った気がした。


 「落葉。君は私にとって妹のような存在なんだ。初めて会ったときから、ずっとそうだ。もちろん今だって変わらない。だから、私は落葉を支えてあげることはできても友達にはなってあげられない。けれど、落葉には友達になりそうな人がすぐそばにいるだろう?」

 「うん……」

 「だったら、私の約束なんて忘れて本物の友達を手に入れるんだ。それが落葉の一番望んだもののはずだ。こんな真実ばかり言う私を受け止めてくれる友達がほしいって言ってたじゃないか」

 「うん。でも……また嫌われちゃったら?」


 以前の恐怖を思い出したかのように心細い声だった。


 「そんなの一時的なものさ。ごめんねって謝れば、すぐ仲直りできる。それが友達というものだ」

 「でもでも!」

 「まったく、なぜこんなときだけ心配性になるんだ。落葉は」


 いいかな、と呆れたように白崎さんは言葉を続ける。


 「今まで守ってきた約束は、落葉がなりふり構わず真実を言って人を困らせていたから約束したんだ。それが落葉のためだとも思ってね。でも、約束した私がもういいと言った。それは自重することを学び、それがどういうものかを知ったからだ」


 つまりだ、と締め括るように告げる。


 「落葉はいままで通りの落葉でいいんだよ。怖がる必要はないし、心配する必要もないんだ」

 「でも、でも!」


 落葉の瞳から一筋の光が落ちる。白崎さんはそっと微笑むと優しく落葉を抱き締め、あやすように髪を撫でた。


 「大丈夫……大丈夫だよ。ここに居ればわたしがそばにいるから」

 「……うん」


 しばらく二人は抱き合い。落ち着いた落葉は白崎さんから離れた。


 「あのね、柚葉ちゃんの話を聞いて、わたしはどうしたらいいのかもっとわからなくなったの。だから、聞いてくれる?」

 「もちろんだもとも。でも、さっきから落葉は何に悩んでいるんだい? さすがの私でもさっぱりなんだが……」


 それは……と少し迷ったように声が小さくなる。


 「たとえその人を傷つけても、その人のためを思って真実をいうべきなのかどうかって……いうこと……なんだけど……」

 「ぷっ、あははっ!」


 その言葉を聞いて白崎さんは盛大に笑いだしていた。


 「どうして笑うのさ!」

 「あははっ、だって落葉がいきなりそんなことを言うから」

 「どうしていっちゃダメなのさ!」

 「悪いわけではないけど、普通のことで落葉が悩んでいるから。つい」

 「え?」

 「誰だってそういうことは悩むんだよ。真実を言ったら嫌われてしまうかもしれない。でも、もしこのまま言わなかったら? それはそれで負い目を感じてしまって、しこりが残ったように苦しいんだ」


 「でもね」と白崎さんは温かい声で言う。


 「問題は難しいように見えて答えは以外と単純なんだよ。ただ、自分が思うそのとおりにするだけ。それでいいんだ。簡単だろう? 嫌われても、その人のためを思うなら言った方がいいし、そこまで踏み切れないのなら言う必要はないとわたしは思っている」

 「でも、わたしは……」

 「そうだね。落葉の場合、そう思える日が来るまで待ってもいいかもしれない」

 「え?」

 「答えが出ないんだろう?」

 「うん……」

 「なら、言いたくなった時に言えばいい。無理に言う必要なんてどこにもないんだ」

 「うん……うん。そうだね、ありがとう。柚葉ちゃん」

 「また困ったことがあれば遠慮なく聞いてくるといい、お姉さんが助けてあげるから」

 「うん!」


 明るく返事をする落葉。これで少しは気が晴れてくれただろうか。

 

 「それじゃあ帰ろうか? 夜も遅いし、それに……いや、まだいいか」


 それに……? なんだろう、妙に嫌な予感がする。

 白崎さんの引っ掛かりのある言葉に不安感を抱きながら静かに帰ってれるのを待つ。


 「むむむ……」


 リュアナが変な言葉を言い出した。


 「リュアナ、どうした?」


 あらぬ方向を見ながら、なにかを言っているリュアナ。

 相変わらず何を言ってるのかわからないが、リュアナに絡め取られた腕が絞られるように挟まれ、痛い。


 「な、なあ? 本当にどうした、顔色悪いぞ? それとできたら腕を放してくれると助かる」

 「想真くん、む、し」

 「俺は無視してないぞ」


 やつれたようなおぞましい顔で俺は睨まれる。しかし、サッとリュアナは視線を元の場所に戻し、指をさした。


 「なるほど、虫か」


 体長三十ミリぐらいのコオロギが、一匹、二匹、三匹ぐらいいた。綺麗な音色を響かせながらリュアナを見ている。

 ほう、コオロギのくせになかなか見る目があるな。


 「なに感心してるのっ! とっとと追い払って!」

 「なるほど、そういうことか。リュアナは虫が苦手なんだな」

 「納得もしなくていいから早く! ひっ」


 いいネタを仕入れたと喜んでいると、じろりじろりとコオロギはその距離を着実に縮めていた。

 危機迫る状況にリュアナは早く行けと背中を叩いて急かす。


 「わかったわかった」


 そっと捕まえて逃がしてやろうと、さっと手で押さえたのだが……。


 「あれ、いない」


 どうやら、ひと跳ねして逃げられてしまったようだ。


 「ごめんリュアナ、逃げられた。捕まえようとしたんだが……あ」


 さっき捕まえようとしたコオロギがリュアナの制服のスカートにひっついていたのだ。

 ひどく青ざめるリュアナを見ながら、このまま落ち着かせるために囁くように言う。


 「落ち着け……リュアナ。大丈夫、大丈夫だから、いま、俺がすぐに払って──」

 「ひっ」


 強張った微笑を浮かべ……。


 「ひゃああああああ!」


 気が動転した。


 「大丈夫だ! 何とかしてやるから!」


 取り乱したリュアナはスカートも俺の腕もわからず乱雑に払うと逃げるように四季の木に向かって飛び出していった。


 「あははっ。その辺には虫が多いから、そろそろ出てくる頃だと思ったよ」

 「はぁはぁ……虫……むし~」


 本当に嫌いなようで草むらから出た後も服に虫がついていないか確かめるリュアナ。

 もう、これじゃあ隠れていても意味はない。


 「大丈夫か、リュアナ?」

 「うぇーん! 想真くーん」


 本当に涙目でリュアナがひしっと抱きついてきた。


 「想真くん、それはなにかな? もしかして、皮肉?」

 「まさか!」


 俺はブンブンと首をふる。あの感動的な場面とこの状況は全然意味が違う。虫にびびった彼女を抱きしめて、感動とか絶対ない。


 「でも、よくわかりましたね。白崎さん」

 「上手に落葉が逃げてくるとは思っていなかったからね。いてもおかしくないと思っていたんだ」

 「確かに下手でした」


 忘れ物をしたと下手な芝居をして逃げていく落葉を思い出し、納得する。


 「次はこちらからだ。想真くんは落葉のことをどう思ってる?」

 「どう、というのは?」

 「落葉の友達になってくれますか? ということだよ」

 「そんなの言わなくても友達と思ってますよ。俺もリュアナも、そしてみんなも」


 白崎さんは俺の答えに納得してくれたのか、うんうんと頷いた。


 「だそうだよ、落葉。わたしはどうやら間違っていたようだ」

 「うっ、うわぁーん!」

 「おっ、おい。待てって!」


 リュアナに加え、落葉まで抱きついてきた。舞や梅雨なら小さいからまだいいが、落葉はリュアナと身長も胸も同じぐらいなので、もうなんかいろいろとヤバイ。


 「想真くんのハーレムだ」

 「なに楽しそうに見てるんですか! 写真を撮らないでください!」


 白崎さんは一通り見世物を楽しむと帰ろうとする。


 「ちょっ、助けてくださいよ!」

 「なら、ひとつわたしの言うことを聞くかい?」


 悪魔のような取引だが、今の状況よりいいはずだ。


 「わかりました! 呑みます。呑みますよ!」

 「よろしい。落葉、店に戻って季節限定四季オリジナルパフェを食べよう。もちろん、みんなで」

 「なっ!?」

 「もちろん、想真くんの奢りで。想真くんが作ってくれるそうだ」

 「なななっ!?」

 「……え? それじゃあ、わかった! 店に戻るー!」


 嬉しそうに笑う落葉は簡単に離れて、白崎さんの隣に戻っていく。


 「わたしとの約束で、わたしの分もよろしく頼むよ。もちろん、リュアナちゃんの分も」

 「いえ、わたしはもう約束しているので」

 「そうか。なら、みんなで戻ろう。想真くんのパフェが待っている」

 「うん!」

 「はい!」


 リュアナまで離れていき、三人は楽しそうにハイペースで歩いていく。

 まじか……。

 まさか、一人分と思っていた物を三つも……。

 しかも、俺が作って、代金は俺持ちで……。


 「おーい! 早く来ないともうひとつ頼むぞー!」

 「想真くん! はやくはやく!」


 白崎さんと落葉に急かされて、俺はよちよちと歩き出す。

 空っぽだ。俺の心も財布の中も……。


 「大丈夫だよ」

 「え?」


 先に行ったと思っていたリュアナが隣に立っていた。


 「わたしも手伝ったり、少し食べさせてあげるから。だから、行こ?」

 「リュアナ……」


 ああ、神よ。わたしなんかのためにこんな天使を遣わせてくれたことを感謝します。アーメン。


 「ありがとう、リュアナ。行こうか」

 「うん」


 自然と繋いだその手は、木枯らしの冷たさを感じないほどに温もりに満ちていた。

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