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金木犀10

 日高高校の文化祭、体育祭が詰まった学園祭ウィークは来月の十月に行われる。しかし、来月と言えど最初の週なので、今週を入れて二週間、あまり悠長なことは言ってられない。


 「残り、二週間っ! 張り切って頑張るわよ!!」


 小宵の張りきった声に、おお!! とクラス全員が声を上げた。途端、教室に興奮した雰囲気が漂い始める。

 

 「こうしてみんなで声を上げるとクラスが一つになったようで、学園祭が近づいているって気がするな」

 「そうだね。ああ、私も待ちきれないほど楽しみだよ~」


 後ろの席のリュアナを見れば、文化祭を思い浮かべているのか、緩んだ顔をして──。


 「って、よだれ! おい、リュアナ! よだれが垂れてるぞ!!!」

 「え? あ、あわわ……」


 リュアナは慌てて、手で口元を隠すと、ポケットから取り出したハンカチで涎を拭き取る。


 「みた?」


 恥ずかしそうにハンカチで顔を隠しながら首を傾げるリュアナ。

 ああ、可愛い。なんて思いながら、俺はちょっとした不安に苛まれていた。


 「まあ、みたけど……。それよりも、リュアナ。リュアナは文化祭、俺とまわる予定だよな?」

 「え? そのつもりだったんだけど、違うの?」

 「いや、俺もそのつもりだ」


 ならどうして? とリュアナは不思議そうな顔をしていたが、これは俺にとって最終確認のようなものだった。


 「いや、まあ……」


 今月は出費が多くなるなぁー……と。


 「あーっ! そういう事だったんだ。私、そこまで食い意地這ってないよ!」

 「妄想して、よだれ垂らしてたくせにか?」

 「うっ」


 まるで逃げるように目線をそむける。


 「まあ……一緒にまわってくれるのなら、それぐらい構わないけど、あんまり食べ過ぎないでくれよ」

 「う~、わかったよ。でもそっか、想真くんがおごってくれるだ。ありがとう、大好きだよ」


 ぎゅーと、もはや流れ作業で俺はリュアナに抱き着かれ、


 「こらっ! そこイチャイチャしない! 指示をしているんだから、ちゃんと聞きなさいよね」


 と、小宵に叱られる。


 「悪い悪い」

 「あはは、ごめんね。小宵ちゃん」

 「もういいから。はい、みんな。各自、自分の持ち場について、作業して頂戴」


 小宵の一声で、ざわつきながらも人が散らばっていく。

 それじゃあ、後でね。と、リュアナは軽く手を振りながら席を立つ。

 そういえば、リュアナは料理藩だから、作業場は家庭科室か……。


 「想真、歩、詩織は教卓に集合!」


 教室から出ていったリュアナの面影を眺めていると、小宵に呼ばれた。


 「それで俺たちは何をすればいいんだ?」


 教卓にはすでに歩がいた。

 どうやらクラスの雰囲気に感化されたようで、待ちきれない様子で小宵を問い詰めていた。


 「もう、焦らさないでよ。まだ、集まってもいないのに」

 「でもー、早く仕事してぇよー」

 「気持ち悪いぞ、お前」

 「なんだとー」


 歩といつも通りの変な会話をしていると、「ごめん、待ったー?」と詩織がやってきた。


 「ようやく、そろったわね。歩の言う通り仕事の話よ」


 教卓に集まった俺たちはすでに仕事が終わっているため、全体に向けた仕事の説明のほかに個人に向けた仕事内容を聞く必要があるのだ。


 「それで俺はなにをすればいい? なにをすればいい?」

 「鬱陶しいっ! 気持ち悪いっ! 近づくなーっ!」


 小宵が教卓に乗り出してまで聞こうとする歩の顔を抑えて叫ぶ。


 「あんなこと言ってるけど、歩くんに迫られて嬉しいんだよ」

 「嬉しくないわよ!」


 なかなか、話が進まないな……。

 はあ……、と息をつきながら歩のシャツを引っ張り教卓から引き下ろす。


 「あ、ありがとう、想真……」

 「いいから、仕事内容教えてくれ」

 「想真、あんたもなの?」


 歩と同類にされたことに少し腹が立った。なので、歩のシャツを少しの間、離す。


 「ひっ!」


 反動で近づいてきた歩に小宵がひきつった顔を見せる。


 「さあ、言え。さもなければ、このまま興奮状態の歩を離して襲わせるぞ」

 「すごい! 興奮状態の歩くんに押し倒されるなんて、小宵ちゃんがいつも妄想していたシュチュエーションじゃない」

 「そっ、そんなわけないでしょ! 大体、そんなことしなくても言うわよ! そのために呼んだんだから」

 「なら、はやく言ってくれよ。俺はずっと待っているんだからさー」


 落着きを取り戻したのか、歩が言った。


 「全部、あんたのせいでしょうがっ!!!」


 小宵は怒鳴ると、何か吹っ切れた様子で淡々と俺たちに指示した。


 「歩は私のそばにいて」

 「やっと、素直になったのかあいつ」

 「ほんと今更って気もするけど、よかったね~小宵ちゃん」

 「違うから! そういうのじゃないから!」


 顔を真っ赤にして首を振る小宵。


 「じゃあどういう事なんだ?」


 歩が至って真面目そうな顔をしながら、小宵に尋ねた。


 「歩には私の補佐として手伝ってほしいの。あんたは何でもできるから、私が言葉で伝わらない時、行動で示して欲しいの」

 「ん、わかった」


 少しはこの二人の仲も縮まってきたかなと思う一方で、


 「もう少し、素直に慣れねぇものかなぁ~」

 「仕方ないよ。天邪鬼、ツンデレ体質の小宵ちゃんにはとても難しことなんだから。ほんと、このまま、卒業なんてことになったら、一生独身のまま……」

 「余計なお世話よ! 二人はさっさと仕事に行く!」

 「わかったよ」

 「仕方ないねぇ~」


 小宵に怒られ、俺たちはそれぞれの持ち場へと散らばった。


~*****~


 さて、俺に割り当てられた仕事は、料理係が作った料理の味見だった。

 場所は家庭科室だから、たしか、四階の奥の部屋だったはず……。

 四階に上がると、俺の記憶よりも匂いが道を教えてくれた。

 そういえば、家庭科室では違うクラスと場所を分け合っているとリュアナに聞いた覚えがある。


 「そうなると、違うクラスがなにを作っているのか気になるな……」


 美味しそうな匂いに誘われて歩いていると、家庭科室と書かれた札のついた教室を見つけた。


 「よし、見つけた」


 家庭科室の扉を開けると、そこにはエプロンを付けた女の子たちが沢山いた。よく見れば男子もいるが、比率はざっと一割ぐらい。

 気まずいな……。

 違うクラスの出し物も目に入らず、そわそわしながら、人をかき分け奥へ行くと、エプロン姿のリュアナを見つけた。


 「よっ、リュアナ。来たよ」

 「あれっ? なんで想真くんがここにいるの?」

 「味見だそうだ」


 味見と聞いて、辺りにいたクラスメイト達の表情がこわばる。


 「あれ? あんまりうまくいってない感じか?」

 「あ、違う違う。緊張してるだけだよね?」


 そうそうとクラスメイトの女の子たちが頭を縦に振る。


 「想真くんは料理が上手ってリュアナちゃんからよく聞かされているから、味見されるのが怖くて」


 その中でも少し小柄な(小宵よりは大きい)豊田智子――通称、さっちゃんが教えてくれる。


 「そんなこと話してたのか」

 「えへへ……」

 「ほんと、いっもいっも想真くんの自慢話ばっかりなんだよ」


 さっちゃんは困っているようだが俺としては嬉しい。


 「それで作った料理は?」

 「え? あ、これなんだけど……」


 おずおずと出してきたのは、チキンを挟んだサンドイッチだった。

 見た感じ、とても美味しそうが……。


 「食べてもいいか?」


 どうぞどうぞと勧められて一口いただく。


 「うん、レタスとチキンがソースで甘酸っぱくまとまっていておいしいよ」

 「よしっ」とガッツポーズをしたのはリュアナだ。

 どうしてここまで喜んでいるのか疑問に思っているとその理由を教えてくれた。


 「実はこの料理、リュアナちゃんが作ったレシピなの」

 「なるほど、そういうことか」

 「上手にはできたとは思うんだけど……どうかな?」

 「え? ああ、味も見た目も良かったよ。でも、最初のクラスの提案ではなかっただろ? 誰が考えたんだ?」

 「あ、それは──」

 「私だよ。想真くん」


 突然、会話に入ってきたのはアットホームのエプロンを着た落葉だった。

 

 「ん?」


 少し、人目が気になった。

 この視線は落葉に向けられたのものか?

 確かに落葉は転校生だし、黄色の髪だし、美人だしで目立ちやすい。

 まあ、リュアナのおかげであまり気にならないし、気にする必要もないか。


 「そうか、よく閃いたな」


 よしよしと舞や梅雨の容量で落葉の頭をなでる。


 「さすがに喫茶店で焼き鳥は出さないでしょ? だから、鶏肉が使える料理を考えてみました」

 「確かに喫茶店が焼き鳥の匂いで充満する名は嫌だもんな」

 「そうそう。だから、よく喫茶店とかで見るハンバーガーを思い出して、サンドイッチにしてみたの」

 「なるほどな。しっかし、ほんとよく閃いたな」

 「ねえねえ、想真くん。いつまで落葉ちゃんの頭なでてるの? 大体、彼女である私を差し置いて他の女の子の頭をなでるとかおかしいと思うんだけど?」

 「え? あ、悪いリュアナ。どうやら、舞や梅雨達の容量でつい撫でちゃうんだよ」


 あははと、落葉の頭を撫でていた手で俺の頭をかく。


 「まあ、それで納得してくれるわけないよな」

 

 「もちろん」とリュアナはそっぽを向いてしまう。

 

 「あの……想真くん。一つ聞いてもいいかな?」


 「いいけど」と軽く促すと、クラスメイトの女の子が恐る恐るといった様子で口を開いた。


 「白崎さんって想真くんにとってどういう存在なの? その……転入直後にも一悶着あったみたいだし……」


 どういう存在なのか? それは落葉のことをどう思っているのかいう事なんだろう。


 「落葉は妹みたいな存在だよ。俺の従妹に落葉と顔が似た女の子がいるんだけど、つい、その子と同じように接してしまうんだ」

 「なるほどなるほど、四季想真には従妹に娘さんがおり、白崎さんに似ているため、甘やかすようなしぐさを行ってしまうと、そういう事ですね」

 「まあ、つまりはそういう事だ……って、お前は」


 男のトーンになったところで気づくべきだった。


 「はい、学園新聞部総部長大沢基樹です。今回も素晴らしいネタをありがとうございました。それでは──」

 「おいっ! 待てっ──!」


 逃がすまいと手を伸ばしたが、するりと避けて、窓に向かって逃げていく。


 「おいっ! ここは四階だぞ!」

 「ええ、存じておりますよ」


 大沢は不敵に笑うと、体を窓の外へと放り出した。

 死ぬ気かあいつは──。

 急いで窓に飛びつくと、大沢基樹はすでに地面を難なく歩いていた。おまけに手を振って笑顔を返してくる始末だ。


 「まったく、この学校はどうなってるんだ?」

 

 「あまりそこは考えない方がいいよ」と周りにいた上級生らしい女の子たちに肩を叩かれた。

 なんでも、大沢智樹の人間ばなれした動きは有名なようで、やましいことがあれば天井に大沢がへばりついているぞと噂があるほど。


 「俺はどうやら危ない奴に目を付けられたたしい」


 クラスのテーブルに戻ると、

「仕方ないよ」とよっちゃんに慰められ、

「学園のアイドルと新生美少女を手籠めにしてるんだよ。そりゃあ、新聞部の人は血が騒ぐってもんでしょ」と、このクラスの親方、中川明美──通称、親方に背中を叩かれる。


 「それにあんた。いずれこうなることはわかっていたんでしょ?」

 「ま、まあな……。でも、あんなに新聞部がすごいとは思ってなかったし」

 「じゃあ、別れる?」


 こういう時、親方ってきっぱりしてるよなぁ~。


 「そんなわけないだろ。大体、俺はリュアナが好きだから付き合ってんだ。それとこれとは関係ない」


 おお~と周りから感心した声が掛けられる。

 てか、いつの間に周りに? やだっ! 超恥かしいっ!

 おろおろしていると、親方が背中を叩かれ、背筋を伸ばした。


 「よく言ったよ。あんたは」


 親方ぁ~。あんたは本当に高一なのか? 言ってることが年相応に思えないよ。


 「あ、こっちにも真っ赤になってる人がいるよー!」


 落葉に言われて見てみれば、そこには真っ赤になって顔を隠すリュアナの姿があった。


 「まったくお似合いの二人だよ」


 わははは、と遠慮なく笑う親方。親方はやっぱり親方だった。


~*****~


 「はぁ~、疲れた~」


 放課後、本日のノルマをクリアした俺たちは下校するため階段を下っていた。

 少し残ったせいか、日がだいぶ傾いていた。


 「想真はいいじゃねぇか。女の子たちに囲まれながら、女の子たちの手料理を食えるんだから」

 「そうだよそうだよ。こっちなんて野郎ばっかだよ。ねぇ、小宵ちゃん変更してぇ~」

 「だめよ、詩織。これが効率的にも、技術的にも一番いいの」

 「え~!! ねぇ、想真くん。私、鷹田くんとか虎谷くんとかにエロい目で見られているんだよ~。危ないとは思わない?」

 「え? まあ、そうだな……」

 「だからさ、代わってくれないかな?」


 詩織が腕にしがみつき、胸を押し当て誘惑してくる。やわらかいな、もう。


 「あー! 詩織ちゃん、ずるいっ! 私の想真くんだよ!」


 リュアナが割って入ろうとするが、なかなか詩織が離れず、やっと引き離したと思ったら、詩織は空いていた俺の腕にへばりついた。


 「羨ましいなぁ~」

 「悪かったわね。胸がなくて」

 「そうだよなぁ~。小宵にはもう少し胸が──」


 小宵に蹴り落された歩が階段を一番に駆け下り、外へ出る。

 大の字に寝転がった歩は不思議そうに俺たちを見ていた。


 「そういえば、さっきから元気がないようだけど落葉ちゃんどうかしたの?」


 「え?」と後ろで小さな落葉の声が聞こえたので足を止めて振り返る。


 「もっ、もぉー大丈夫だよ~。みんな心配しなくても大丈夫だから帰ろう? ね?」


 焦って取り繕ったような笑顔はとても大丈夫とは言えない迷った顔をしていた。


 「そうか……」


 ただ、本人が大丈夫と言っている以上は、聞いたところで話してはくれないだろうと足先を元に戻した。

 学校から出て、桜坂に出た頃だった。


 「あ、忘れ物しちゃったから取りに戻るね」


 そう早口で言うと、落葉は俺たちが声をかける前に駆け出していった。

 そんなこと、すぐに嘘だと気づく。

 学校のある曲がり角を曲がらなかったのだから、まず忘れ物ではないだろう。


 「で、どうするんだ?」

 「そうだなぁ~。リュアナ、今日って確かバイトあったよな?」

 「うん、あったね」

 「というわけで、俺達もいくわ」

 「ん、りょーかい。それじゃ気をつけてな」

 「おうよ」


 ちぇーと詩織も腕から離れる。


 「またね。想真くん、リュアナちゃん」


 バイバイと手を振ると歩たちに追いつき帰路につく。


 「さてと、俺たちも行こうか」

 「そうだね」


 黄色に染まる桜坂を俺たちは上る。落葉が行こうとしているあの場所へ。

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