金木犀8
玄じいさんの家の前で歩の作戦を聞いた俺達は早速行動へ移した。商店街の細い路地に入り、ボロくなった玄じいさんの家の裏へとまわる。
「せまい……っ。昔なら、もっとすんなりと入れたはずなのにぃ~」
「仕方ないだろ、それは……」
「確かに確かに」
歩が指で作った枠のなかには、大きな胸が家の壁に引っ掛かり立ち往生している詩織の姿があった。
あの時から時は流れ、俺達は日々、成長しているのだ。ここが狭く感じるのも当然。あの時よりもさらに胸が大きくなった詩織がそう感じるのも当然のことだろう。
詩織を置いていかないようにゆっくりと進んでいると見覚えのある一軒の家を見つけた。
「ここか」
「そうそう。そして、ここに……」
歩に導かれ、ざらざらしたモルタルの壁をたどっていくと、鉄板のようなもので修復された箇所があった。
歩は鉄板の脇に触れて何かを確かめると、どこからともなくバールを取り出した。
「どこからそんなものを出した?」
「この四次元ポケットで」
どう見ても、それは工具箱だ。
「まぁ、そんなことよりも、だっ! と……」
テコの原理を使い鉄板を壁から引き剥がす。薄い板のようなものが現れたが、歩はいとも簡単に取り外した。
そうして開通した穴はちょうど大人がギリギリ入れるぐらいの大きさだった。
「こんなところに穴があったのか……」
感心している穴を見ていると「その穴を作ったのはお前だけどな」と歩に突っ込まれる。はて? あの夢の時と同様、まったく身の覚えがない。
「あ、その穴。たしか、想真くんが投げ飛ばされてできた穴だよね」
「そうだったか?」
「詩織の言う通り、想真が玄じいさんに投げ飛ばされてできた穴だ」
「そうか」
まだほんの少ししか聞いていないが、あまりいい思い出ではないことはわかった。このまま、忘れていた方がいいのかもしれない。
「それで、これはどこに繋がってるんだ?」
「覗けばわかる」
そう言われて、穴に顔を入れた。
「なっ、ここって……」
響く声。
タイル張りで水捌けの良さそうな壁や床。
そして、檜で作られた浴槽。
「風呂場か」
「そういうことだ」
風呂場で投げ飛ばされたのか俺は? いったいここで何が行われていたというのだろうか? 想像するだけで体が震える。
やっぱりなにも思い出さないほうがいいな……うん。
「それにしてもこの穴、詩織は通れるのか?」
話題を変えようして、俺は詩織にきつく睨まれた。
「何を言ってるのかな? 想真くんは?」
「いや、太ってるとかそういうんじゃないんだ。ただ……」
さっきのように胸がつかえるとは思わないのだろうか?
「もちろん。大丈夫に決まってるでしょ」
どこにそんな自信があるんだよ? と、疑うように詩織を見ていると、知らぬ間に潜入していた歩が穴から手招きをしていた。
「ふっふーんだ、絶対大丈夫だもん。それじゃあ、お先に失礼するね」
そう言うと詩織は穴に顔をいれ、右手左手とここまでは順調だった。
「んしょっ、んしょっ……って、あれ?」
地面を蹴って入ろうとする詩織だが、先程から一寸も中に入っていない。
「あのー、詩織さん?」
「うん、詰まったみたい……」
ほらな、やっぱり……。
~*****~
「ねぇ、玄おじいちゃん?」
ズズズゥー……。もう何度になるだろう? 玄おじいちゃんはお茶をすすった。
想真くんたちと別れ居間に通されてからというもの、玄おじいちゃんとは一度も会話をしていなかった。
「テレビでもつけるかのぅ~?」
「うんん、違うの。お話しを……」
「それはまた後でじゃ。まだ、揃っとらんからの」
揃ってない? 何が?
──想真くん達が
どうして、想真くん達が必要なの?
──何かに苦しんでいる私から話を聞き出して想真くん達に聞かせたいから
なら、私は、ここでは想真くん達に関わる真実を話してはダメだ。もしも、口を滑らしたら想真くん達に聞かれてしまう。言ってしまったら傷つけてしまう。
それだけは絶対ダメだ。人を傷つける真実は言わないって、あの日、私は柚葉ちゃんと誓ったんだ。
「うむ、深読みさせてしまったようじゃ……。今夜の寝室を教えるから、ちょっちこいこい」
「……うん」
~*****~
「よし、いまだ。階段下の押し入れに入るぞ……!」
「おう……!」
「了解……!」
穴に詰まった詩織を押し入れ、無事に全員が潜入して五分が経った頃、鏡を穴に塞ぎ直した歩が外の様子を見計らい、俺たちに指示をした。
浴室を出て、台所、居間を通り抜け、階段下の物置にたどり着く。
「急いげ……!」
いろいろな物が置かれてあったが、歩に促され飛び乗り足場を確立する。
「ほら、詩織」
「うん」
手を伸ばし、詩織を引き入れる。ぎいぃと物置が軋む。
「よっと……」
最後に軽やかな動きで歩が入り、戸を閉めた。
「……………」
「……………」
「……………」
真っ暗の闇の中、カチッと音がして小さな懐中電灯が二つ灯った。
「どっから──」
「四次元──」
「もういい、わかった。それで、これからどうする?」
「ここは俺と想真で見張って、詩織はここから……」
歩はコツンコツンと何度か天井を叩くと天井の板を外した。
「ここから、落葉ちゃんの寝室にある押し入れに向かってくれ。行き方はわかるよな? ここにみんなで泊まったとき、お前が、想真を襲いかかりに行った道だ」
「うん、わかってる」
「おい! それは初耳だぞ」
「黙れ想真! それとこれを持っていけ」
「オッケー、それじゃあ行ってきます」
歩から懐中電灯、その他もろもろを受けとると、早速、天井裏に登り始める詩織。
「後で話しは聞かせてもらうから、挟まるなよ~」
「むっ、絶対絶対、大丈夫だもん!」
怒るように詩織が言うと、今度はするりと天井裏に消えていった。
「それで俺達は?」
「待つのみだ」
「そうか……」
~*****~
5分ぐらい経っただろうか? 二階から二人の足音が聞こえ、階段をぎしぎしと軋んだ。
この上に二人がいると思うと、さすがにいつもの平常心ではいられない。
高鳴る胸を押さえ、ただ通り過ぎるの待った。
「ねぇ、玄おじいちゃん。まだ、お話はダメ?」
「まだじゃ」
「どうして?」
「まだ、その時じゃないんじゃ。そういえば、お主、昼飯は食べたのか?」
「うん、食べたよ。商店街の料理とっても美味しかった」
「そうかそうか」
嬉しそうな笑い声。玄じいさんはこの商店街が大好きなんだな……。みんなで商店街を散歩した日々を思い出す。
「それじゃあ、昼寝でもするかのう」
急に昼寝かよ……相変わらず、年を取ったしじいだ。いや、もしかして、眠りについた落葉を……。
「どうして、昼寝なの?」
「…………くぅー、すぅー」
「って、もう寝ちゃったよ」
さすがの早さだ。しかし、これは寝たふりで落葉が完全に寝たところを……。
「想真、なに焦ってるんだ?」
「焦ってはない……けど、心配は心配だ」
主に、落葉が一緒に寝てしまうのではないかという不安なのだが……。
「すぅ~、すぅ~……」
可愛らしい寝息。間違いなく、落葉のものだろう。
あはは………相変わらずの子供だ。
「これはしっかりと見張らないとだな……」
~*****~
「…………さて、それじゃあ、話をするかのぅ~。その前に、ひとつ質問じゃ、夢花は元気にやっておるか?」
夢…………花………?
あれ? 俺は……。
混濁した意識の中で玄じいさんの声が俺を起こした。
…………寝てしまってたのか、俺は?
首を捻ると隣には目をつむって眠る歩の姿があって…………。
「なっ」
ヤバい、二人とも寝てたのか!? それってつまり……。
──私は大丈夫だから、心配しないで落ち着いて。
落葉?
一瞬、落葉の声が聞こえた気がした。
どういうことかわからなかったが、落葉の声で心配しないでと言われた。安心していいのか? と疑問に思ったが、その不安を打ち消すように落葉のいつも通りの声が聞こえてきた。
「うん、夢花ちゃんは元気だよ。いつも、あの木からみんなを見守ってるの」
「そうかそうか、それはよかった。して、お主は夢花の子供かのう?」
「うーん、子供というよりはクローンかな?」
話の内容は頭に入ってこないが、急を要する事態ではないようだ。今は落ち着いて、体勢を整えるべきか……。
「クローンか……どうせ、あいつのせいじゃろ?」
あいつ……?
「うん、そう。馥郁島が原因不明の災厄に襲われたことをいち早く知ったあの人が四季の木の一部、つまり私を馥郁島に植えたの」
「なるほどのぅ~。誰彼構わず助けようとする性格はあいつらしいわい」
いや、全然わからねぇ! どういうことだ? 玄じいさんは、馥郁島に落葉を植えた奴と知り合いだったのか?
「私に掛けた願いは真実。何が原因でこうなっているのかを島民たちに知らせ、救えというものだった。私は願いの通りに島民に災厄の原因を知らせて、無事に救うことが出来た。でも……」
「その願いが重すぎた。故に今、お主は困っているんじゃろ?」
「うっ!」
痛いところを付かれた声をあげる落葉。あいつ、今、顔をそらしたな。様子は見えなかったが、落葉の姉妹と接してきたことで想像がついた。
「そそ、そんなことないよー」
「冗談は口だけにしておくんじゃな。どうせ、お前らのことじゃ、人の幸せを願うあまり、自分の気持ちと板挟みになって迷ってるんじゃろ?」
「ううっ!?」
ああ、なるほど。確かにそうだ。と、梅雨を思い出し納得する。
だとしたら、落葉にも力で悩んでいることがあるのか……? というか、なぜ玄じいさんはそこまでわかるんだろうか?
玄じいさんとは長い付き合いだが、俺達以外に子供と接している姿など見たことがない。初めてあった人の悩みをこうも容易く見抜けるだろうか?
「図星じゃな……。本当、似ておるな、夢花に……」
夢花。それは確か、さっきも言っていたはずだ。それが玄じいさんが落葉の悩みを見抜いた理由なのか? でも、夢花って一体……。
「それは、だって……」
「クローンじゃからか?」
クローン……?
もしも、落葉がクローンだとするなら、その元は母である四季の木だ。それってつまり、夢花とは四季の木のことを指しているのか……?
「ありえん。夢花は、お主と同じように自分の願いと他者の願いで迷うことがあるが最後は両方の願いをちょうどいいバランスを見つけて叶えるんじゃ。そんなこと、お主に出来るのか?」
「…………」
「そうじゃろう、お主にはお主の考えがあり、お主なりのやり方がある。そしてそれは、お主が様々なことを経験して見つけていくものなのじゃ。じゃから、夢花とお主は似ている……姉妹のようなものでいいんじゃ」
「うん……ありがとう、玄おじいちゃん」
「うむ……って話が逸れたわい」
グスっ……玄じいあんな話もできるんだな……。脳みその中はHしかないと思っていたけど、これは見直す必要があるな……。
「それで、悩み事はなんじゃ?」
玄じいさんが優しく質問をすると、黙りきった落葉がポツリポツリと話し始めた。
「私は……約束したから、傷つけたくないから……真実を言いたくないの。でもね、私はその人のために傷けても言わないといけないことがあるの。でも、私は約束を守りたいから…………困ってる……」
玄じいさんが言った通り、落葉は自分の思いとその責務に挟まれて悩んでいた。
「お主は、どうしたいんじゃ?」
「わ、私は…………」
落葉は今にも泣きそうな心細い声になり……。
「いや、すぐさま答えは出さんでえーわい」
涙をこぼし始めた落葉を見たのか、玄じいさんはやさしく、静かにそう言った。
「そのうち、自分の気持ちがわかるときが来るじゃろう……。ただし、その時は自分の気持ちを優先させるんじゃよ。人の気持ちをわかろうとするのはええことじゃが、人の気持ちなど十人十色でわかったもんじゃない。まずは、自分の気持ちを相手に伝えてちゃんと話し合うんじゃ」
「……うん。うん、わかったよ。玄おじいちゃん」
「大丈夫じゃ、お主はきっと正しい選択がてきるはずじゃ。自分を信じて進めばええ」
「……ありがとう」
しんみりした雰囲気を感じ、俺はもう見張る必要はないと感じた。




