金木犀5
静華さんとばったり会ったその後、俺は静華さんに肩をつかまれ、半強制的に生徒会を手伝うことになっていた。
ちなみにここで半強制的という言葉を使ったのは俺が同情してしまったのが理由だった。
学園思い出作成クラブという大きな問題に加え、三つの役職を担っている静華さんを素通りして見捨てるわけにはいかなかったのだ。
そういう経緯もあり、俺はいつも通りの仕方ないな~という意気持ちで生徒会室へと入ったのだが……。
「静華さん、ここ学園思い出作成クラブのアジトじゃないですよね?」
「何を言ってるんだ? ここは生徒会室だぞ。扉の上に書いてあっただろ?」
「ですよね……」
この部屋に入る前、俺もこの目でそれは確認していたが、白で統一された部屋、その家具、その配置どれもこれもが学園思い出作成クラブの部室と同じだった。
もしかしてここ、学園思い出作成クラブに盗撮されているんじゃ……と思い至ったところで、いつもより覇気がないセリアさんに声をかけられた。
「……あれ~、もしかして想真くん? ってそんなわけないか。変だな私、いないはずの想真くんの声が聞こえるなんて……あはは……」
調子が狂ったような笑い声。明らかに普通ではない。
「変じゃないです! 俺はここにいますから! というかセリアさんこそ、どこにいるんですか?」
今、見えているのはお茶を沸かしている静華さんとただひたすらに書類をかたずけている吉野先輩ぐらいだ。
「私はここですよ~」
がさっと奥のテーブルで山になった書類が雪崩のように崩れ、ボロボロになったセリアさんが現れた。いつもは気丈で凛とした振る舞いを見せてくれるセリアさんだが、そのイメージが崩れるほど髪や服が乱れていた。
でも、その弱っている姿にギャップや保護欲をかきたてられて……。ほんと、男心をくすぐられる。
ポケットの中でスマホがブルブルと震えた。
──想真くん、その場が一体どうなっているのか私にはわからないけど、もしもセリア姉に手を出したら──
その続きは白紙だった。悟りなさいということかと思っていると画面の端にスクロールバーがあることを発見した。
固唾を飲み込み、画面をスライドさせると最後の行に
──殺す。
「ひぃっ──!」
突如として悪寒が走り、体が震えた。スマホを落とさずにいられたのが奇跡のようだ。
「どうかしたか?」
「い、いえ……」
温かいお茶を静華さんから受け取り、ほっと一息つく。今はあのメッセージを忘れよう。手を出さなければなにも問題はないのだから。
「でも、どうして想真くんがここにいるの?」
「ああ、ちょうどそこであってな。手伝って……」
「ほんとに!?」
静華さんが言い切る前に感激したようすでセリアさんが立ち上がった。その勢いで背中に乗っていた資料が見事に空を舞って、ぱらぱらと重力によって地面に落ちた。
「おーい、セリア。これ以上仕事を増やさないでくれ」
そんな声を無視するかのようにセリフさんは鼻唄を奏でながら、床に落ちた資料を楽しそうに数枚拾うと、俺の前に立った。
「はい想真くん、これお願いね」
そう言って数十枚プリントを手渡された。プリントには所狭しと数字が並んでいた。
「あの、これって何をすれば……」
「簡単な集計のプリントだから、ちょちょいと計算して下の合計に書き込んでね~」
「別に手伝わんでええよ。そのぐらい」
セリアさんに対して反抗的な物言いをする吉野先輩。走るペンは止らない。
「ほーう、そのぐらいねぇ~」
「ふーん、吉野くんのはそういうこといっちゃうんだ~」
二人はあからさまに不機嫌そうな笑顔で吉野先輩を睨んだ。
「それじゃあ、やってもらいましょうか。そのぐらいを」
ドサッと吉野先輩の机に千を越えそうな紙束が置かれる。
「──うっ」
「これぜーんぶ、想真くんにやってもらおうと思っていた資料なの。そのぐらい手伝わなくても出来るんでしょ? ああ、そうだ、忘れていたけど吉野くんにやってもらう書類はまだまだあるわよ~」
あと、どれもこれも今日中までだから終わるまで家には帰れないわよ。と、セリアさんの脅し文句でついに吉野先輩は観念したように手を止めた。
「もう、わかった! わかりましたよ! 君は想真くんやったな。ごめんけど手伝ってもらえると助かる」
「はい」
吉野先輩もやっぱりあの二人にはどうやら逆らえないようだ。
「くそぅ~」
「ふっ」
悔しがる吉野先輩を静華さんが勝ち誇った様子で笑った。
「あ、想真くん。この電卓使っていいから」
「あ、はい。ありがとうございます」
「さて、仕事も教えたわけだし。会議を始めましょうか」
「え? セリアさん。今からこの仕事をするんじゃ」
「そうよ。手を動かしながら会議をする。それが時間の無いときの私たちのやり方よ」
「………」
生徒会に入る者はそれなりに実力があるはずと考えていたけど、この人たちはハイスペック人間だ……!
その後、手を止めて発言して怒られ、手を動かし発言することを忘れ怒られた。
~*****~
「はぁ~、やっと終わったよ……」
空はもう暗く、月や星が輝いていた。
いつもなら晩御飯を食べ終わっている頃だろうか。ギュルルと鳴ったお腹を擦って足を早めた。
「ん、あれって」
学校の校門前、見覚えのある人影を見つけた。
「リュアナ?」
驚かせないように静かに話しかけるとリュアナは笑顔を浮かべた。
「お疲れさま、想真くん。待ってたよ」
「待ってた……って学校が終わってからか?」
「うんん。一度、寮に戻ってから来たの。君が不純なことをおもっていたから、つい心配になってね」
「心配って……」
不純なことを考えたのは事実だが、あの場で実行なんて出きるわけがないだろう。
「手、出してないよね?」
「当たり前。そんなことをしたら、静華さんに殺されかねない。それに大切な彼女が悲しむからな」
安心とばかりにリュアナは微笑んだ。
どちらというわけでもなく足並みを揃えて、帰り道の桜坂を歩く。
「あ、忘れてた。今日、私の部屋に寄っていってよ」
「それはセリアさんを我慢したご褒美……とか?」
「ちーがーいーまーす~。大体、私、結婚するまでは純潔を守るって決めてるの。それが例え、大好きな想真くんでもね」
「どこの女神様だよ……」
気高い貞操観念に思わずツッコミを入れてしまう。しかし、冷静になって彼女を見ると女神様に匹敵する容姿だったこと思い出す。
「だって、男の人って逃げれるじゃない……」
「そんなに信用ないかな、俺」
首を落とす俺をリュアナはそんなことないと首を振る。
「違うの。もしもの時、責任を取って結婚しますっていうのが嫌なの。子供のせいで結婚しているみたいで……」
子供ができたから結婚する。確かにそれは相手を愛しているからという意味よりも子供ができたからという理由の方が強い気がする。
「なるほどな。それは確かに嫌かもしれない」
「……だからね。もしも想真くんがわたしに手を出したいのなら、早く結婚できるようにがんばってね」
恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも期待の目を向けるリュアナ。そんな目を向けられてしまえば、頑張らずにはいれない。
「わかった。早くリュアナに手を出せるように自分なりに頑張ってみる」
「それじゃあ意味ないよ~!」
なんて言うリュアナを笑いながら、俺達はリュアナの部屋へと足を向けていた。
~*****~
「お邪魔しま~すってなんで俺はリュアナの家にお邪魔してるんだっけ?」
見つかれば死刑、命懸けの女子寮を渡ったにも関わらず、俺は未だここに来た理由が分からずにいた。
「あっ、そうだった。想真くんが変なことを言うから忘れちゃってたよ」
違うな、ノリノリで会話してたからだろう。
「そんなことないよー。でも、まあ、ちゃんとわかってもらえてよかったと思うけど、ってそうじゃなくて。想真くん、お腹減ってるよね?」
「まぁ、晩御飯食べてないからな」
「そっか、じゃあよかった」
ということは……。
「うん、そういうこと。晩御飯作ったから、一緒に食べよ」
「まじか、超助かった!」
「そう喜んでくれると嬉しいな。ほら、座って座って」
リュアナに勧められてベッドとは反対に位置する俺の指定位置となった場所に座った。
「お母さんに教わって日本食も作れるようになったの、それで想真くんにも食べてもらいたくて」
リュアナが言った通り、とんかつ、味噌汁、ご飯と漬物といった和風の料理がテーブルに並んだ。
とても美味しそうだ……が、ここでひとつ確認しておかなければならないことがある。
「どうしたの? もしかして、口に合わないものでもあった……?」
「いや、そうじゃないんだ。さっきリュアナはお母さんに習ったって言ってたけど、この料理のなかに精力剤、媚薬だったりするものは入ってないよな?」
リュアナのお母さん、つまりこの料理を教えたのはアウラさんということになる。子作りを推進しているアウラさんのことだ。そう言った類いのものが入っていても不思議ではない。
「大丈夫だよ。そんな薬みたいなのは入れてないから」
「本当にか?」
結婚するまではというリュアナの意思を知った今、その思いを壊さぬよう、俺の警戒心が敏感に作用していた。
「──大切にしてくれてありがとう。でも本当に大丈夫だから。それにせっかく想真くんのために丹精込めて作ったのに食べてくれないなんて、私、ちょっとがっかりだな~」
そう言われてしまえば、食べないわけにはいかない。
「ああ、そうだな。わかったよ。それじゃあ、いただきます」
手を合わせて、恐る恐るとんかつを頬張った。
「どうかな……?」
「うん、大丈夫……」
「そうじゃなくて~」
「……ああ、ごめんごめん。とても美味しい。プロの味みたいだ」
「も~う……」
呆れた顔を浮かべたリュアナだが嬉しそうだ。
「リュアナは食べないのか?」
「うんん、食べるよ。いただきます」
リュアナは手を合わせると、ぱくぱくと口に運んでいく。
リュアナのやつ、よっぽどお腹がすいてたんだな……。その食べっぷりにそんなことを思ったが、ふと違うことに気づいた。校門で待ってくれていたリュアナの姿を思い出したのだ。
……お腹が減るまで待ってくれてたんだよな。
「ありがとうな、リュアナ。待っていてくれて」
突然どうしたの? と驚いた顔をしたが、心を読み取ったのか優しい笑顔を浮かべてくれた。
「ううん。私こそ、楽しい時間をありがとうね、想真くん」
そうやって二人で笑い合いながら、他愛ない話をして、俺達は家族のように幸せな時間を過ごした。




