金木犀3
「さて、すべての真実をお話ししましょうか」
意味深長に言う白崎 落葉の発言に俺達は落葉という人物に引き込まれていた。
だからだ、俺達は落葉の頭上におぼんが浮かんでいることに気づかなかった。
「こーらっ!」
「いたっ!」
急降下するおぼんはこつんと落葉の頭に落ちた。ふと、我に返りカウンターを見るとマスターがおぼんを持って落葉の頭を叩いていた。
「マスター?」
「あ、白崎さん」
「「あ」」
その名字に思わずリュアナと顔を合わせた。
「マスター、もしかしてその子、マスターの娘さんでですか?」
「そんなことあるはずがないでしょ~」
「痛い、痛いですマスター……」
「痛くしてるんだから、当然」
年増に見られて憤怒するマスターこと白崎さんは俺の頭を押し潰そうとおぼんを押しつけた。確かにマスターの見た目は二十歳そこそこの年齢、とても落葉のような大きな娘がいるとは思えない。
「し、親戚とか、そういうことですか?」
頭を押さえつけられている俺を憐れむような目で見ていたリュアナが自分もされないか心配するように慎重に訊ねていた。
「うーん……似てるようでちょっと違うかな。そうだね、この話は少しややこしい。二人ともそこに座って待っててくれるかな? 珈琲を入れてくるよ」
「わかりました」
「うん、それじゃあ待っててね」
奥に入っていくマスターを横目に、言われた通りのカウンター席に腰をおろした。隣には当たり前のようにリュアナが座ってくる。
「落葉は座らないのか?」
茫然と、まるで時が止まったようにその場所から一向に動こうとしない落葉。俺の声も届いていないのだろうか?
「落葉?」
もう一度呼び掛けると、肩をビクリと揺らし動き始めた。
「ご、ごめんね。ちょっと考え事をしてただけ、あまり気にしないで」
「あ、ああ……」
落葉は俺にそういうと、いまだ直らない思考を巡らすような険しい顔をしながら俺の席の隣に座った。
落葉にとって俺の隣に座ったのは無意識の行動だったと思う。しかし、そのことに対しリュアナは、むすっとした顔をして落葉をひとにらみすると、これは私の彼氏だと主張するように俺の腕を繰り寄せた。
相変わらず心配性だな、と思いながらリュアナをいとおしく眺めていると、もう片方の腕を落葉に取られた。
「あの……落葉さん?」
オレンジ似たその金髪から覗かせた口角は楽しそうにつり上がっていた。さっきまでの悩んでいた顔が嘘だったかのような、まるで小悪魔に似た笑みだ。
「むむむ……」
落葉を睨み、対抗心を燃やすリュアナはその強調をさらに強めるように俺の腕を自分の胸に押し当てた。無論、男である俺はその柔らかさを意識せざる得ない。
「リュ、リュアナ……ちょっ、当たってる……」
「しっ、これはわざと当ててるの。ちょっと想真くんは黙ってて」
そう言われても……と思うのだが、少しでもよそ見をしようものなら敵に討たれて当然とでも言うように、その間、リュアナは落葉からいっさい目を離そうとしない。
ぎゅっと。落葉の締め付けが強まり、胸が押し当てられた。
「もう! なにニヤニヤしてるの!」
「いや、してないって! たぶん……」
してないよな、俺……。
そうして意識するほど、俺の口角は引きつり、顔がニヤついていくのがわかる。
「もう、いい……もういいよ、想真くん。その代わり、私にキスして」
「な、急にどうしたん……」
その質問に答えないとわからないの? と呆れた目でリュアナに睨まれ、すぐさま俺は今日の昼休みにあったことを思い出した。
思い当たるのは、落葉に俺をとられるのではないかとリュアナが心配していたこと。つまり、そこから考えるに、リュアナは恋人であるということを証明して自分を安心させてほしいということなのだろう。
そしてもうひとつ、この場には落葉がいる。ここで熱いキスのひとつやふたつすれば、見せつける形になって牽制にもなるだろう。
リュアナにとって最大の切り札となるキス、しかし、それは俺が乗ることで初めて成立する物事だ。俺が乗らなければ成立はしない。
「どうしていまなんだ、リュアナ?」
「……っ!」
リュアナは目を見開くと恨めしそうな目で俺を見た。
意地悪! 最低! 想真くんなんて大っ嫌い! なんて声が今にも聞こえてきそうな勢いだが、人前でキスをするのは少しばかり覚悟のいること、これぐらいの意地悪は許してほしい。
うぅ~……とリュアナが渋々諦めたように声を漏らし始めた。
「だ、だって……落葉ちゃんに負けたくないもん! それに、想真くんは私の恋人だよね?」
恋人を強調して言うリュアナ。昼間、あれだけ話し合ったり、確かめ合ったりしたにもかかわらず、頬を朱に染め不安そうに見上げている。
相変わらず、リュアナは可愛いなぁ~……。
ここで焦らすことはできるが、あとが怖いので乗ることにする。
「わかったよ」
不安が一気に吹き飛んだように笑顔をになってリュアナは目をつむった。まるで純白の天使のようだ。なんて夢心地のような気持ちで顔を寄せて──。
「あたっ」
「あうっ」
頭上に重たいものが落ちて、俺は現実に引き戻された。
カウンターの正面を向くと、呆れたご様子のマスターが俺達の頭におぼんを置いていた。
「まったく。こういうことは人目につかないところでするべきじゃないのかな?」
「「す、すいません」」
マスターに怒られ、しょぼんとしながら俺達は素直に謝った。
「それで、落葉はいつまで想真くんにくっついてるつもり?」
「いつまででも」
毅然として言う落葉。どうして、そんな当たり前みたいに言えるんだ……?
その回答に腕を離れていたリュアナがまた腕にしがみついた。
「落葉、わかってやってるでしょ?」
「うん、正解。さすが柚葉ちゃん。リュアナちゃんがものすっごく可愛いからつい、こう意地悪したくなっちゃうんだよぉ~」
目頭を押さえ、頭を悩ませるマスター。しかし、俺は落葉の気持ちに共感していた。
怒ったときの表情、悲しみ表情、その表情達はリュアナの純粋な心によって愛らしく表現され、俺達の感情をくすぐるのだ。ちなみに、この可愛いものをいたぶりたくなる感情のことをキュート・アグレションというらしい。
「むぅー」
そうやって、むくれる顔もまた可愛くて、こうしてまたいじめちゃいたい気持ちがくすぐられる。
「でも、今日のところは想真くんもリュアナちゃんもいっぱい感じられたから、よしとするよ」
落葉はきっぱりと俺の腕を離した。
「ごめんね、リュアナちゃん」
「むぅ~」
褒められたのか貶されたのかなんとも言えない様子でリュアナは唸っていた。
「まあ、それは置いといて。私達の関係よね?」
「……はい」
マスターの淹れたての珈琲にミルクをいれて混ぜる。
「名字が同じでも家族ではないんですよね? ということは名字が同じというのは単なる偶然?」
「えーと、偶然ってわけじゃないんだけど……そうだね、最初から説明するべきか。落葉、ちょっと手伝ってくれるかな?」
「うん、もちろん構わないよ」
「ありがとう。それじゃあ、想真くんたちに話してあげて、あなたの真実を」
「わかったよ」
落葉の真実って?
リュアナも話を聞く姿勢になっていた。
「私はね、舞ちゃんや梅雨ちゃんと同じ四季の木の子供なんだよ」
「えっ……?」
「この季節に咲く花は金木犀、それがわたし、落葉だよ」
たぶん、落葉はわかりやすくするために簡潔に説明をしてくれたのだろうが、俺達には最初に語られた真実から理解の要領を得なかった。
「とてもビックリしているようだ。まあ、私も最初はそんな感じだったけどね」
マスターは驚く俺たちを見て笑った。
「……どうして? どうして、マスターはそのことを知っているんですか?」
「どうして……か、私たちからすればあたりまえだけど、本島では違うみたいだからね。仕方がない」
マスターは落葉を見るとこう説明した。
「私たちの故郷は馥郁島っていう島なんだ。そこではこの時期になると、大きな金木犀の花が咲く。そして、落葉が現れる」
それは以前、天音島に行ったときに聞いた話と類似していた。
梅雨だけだと思っていたのだが、他の島でも似たようなことが起こっていたなんて。もしかして、舞も……。そう思いめぐらせて、話に頭を戻した。
「真実を伝える大樹と伝えられた金木犀の木、その木であるこの子はもちろん真実しか話さない。しかも、この子としては多くの人と仲良くなりたいと思っているから、あれこれといろんな真実を言ってしまうんだ。まあ、それで言わなくていい真実を言ってしまって嫌われることが多いんで口止めしてはいるんだけどね……目を放した隙に、これだから」
あははっ……と苦笑いを浮かべる落葉。マスターの苦悩に満ちた顔を見るといかに大変だったかを物語っていた。
だからか、さっき落葉が言おうとした真実を止めたのは。
「まぁ、そういうこともあって、島民のみんな、落葉がどういう存在なのか知っているのさ」
「そういうことだったんですね……」
俺たちが四季の木を当然と思うように、白崎さんの島では落葉の存在が当然のように知られているのか……。
「でも、どうして落葉ちゃんは白崎の名字を名乗ってるの?」
だいぶ内容が飲み込めてきたのか、リュアナは一番聞きたいことを聞いた。
「ああ、それか……。なんでも、学校に通いたかったかららしいよ。まったく、急に押しかけてきたと思ったら、学校に通いたいだなんて、本当、私やアウラさんに感謝しなさいよ」
「うぅ……本当に無茶を聞いてくれてありがとうございます~……」
こればっかりは何も言えないと、落葉は肩を縮め頭を下げていた。
「まあ、私も落葉には助けられたこともあったからちょっとの融通は利かせてあげたけど、お金はちゃんと働いて稼ぎなさい」
「はい……本当に何から何までありがとうございます……」
「もう、いいから……」
学校の入学や宿、さらに働く場所まで本当に何から何まで面倒見のいいお姉さんだ。
「でも、どうして学校に通いたいなんて思ったんだ?」
「うーんとね、私は真実を知ることはできてもその経験が得られるわけではないから、楽しそうに下校しているみんなを見ていたら学校に通いたい、経験したいって思ったの」
「なるほどな……」
舞といい梅雨といい好奇心旺盛な姉妹だと思っていたが、その血は落葉にも流れているようだ。
「真実……」
リュアナはなにかを心配するように呟いた。
「ねえ、落葉ちゃん」
「なにかな、リュアナちゃん」
「落葉ちゃんはすべての真実を知っているの?」
「うーん、私はすべてを知ることはできるけど、すべてを知っているわけではないかな? あ、でも気になったことは大体知ってるよ。例えば、現在リュアナちゃんの体重が右肩上がりで困っているとかね」
「うっ……」
一番ばれたくなかったのか、顔を青くするリュアナ。しかし、その華奢なウエストを見ると太ってきているとはとても思えない。
「誠に信じられない話だなぁ~……」
その言葉に顔色を戻すリュアナ。でも、もしそのことが事実なら──。
「想真くん、いま失礼なことを思った……」
「思ってない。ただ、それが真実なら」
「ほら、思った~っ!」
「あー! 俺、聞きたいことがあるんだ」
両手で掴みかっかてくるリュアナを両手で押さえながら、話題を変えようと落葉を見る。
「聞きたいこと?」
「ああそうだ。でも、あまり人には言えないことだから場所変えてもいいか?」
「私は構わないけど……」
「私は構う~!」
怒り心頭のリュアナは力の全部を使って俺を押し倒そうとしていた。もちろん、そのぐらいの力では押し倒されたりはしない。しかし、ここまで熱があるといくら説明を繰り返しても納得してくれないのはよくわかっていた。
「う~!」
ブレイクタイムが必要だ。
「すいません、白崎さん。ちょっと、リュアナをお願いします」
「仕方がないな、わかったよ」
「ちょっとごめんな」
リュアナの力を利用して、いなすようにリュアナを倒した。ただ、ケガはしてほしくはないので、手を繋ぎながらゆっくりとだ。
リュアナのお尻が地面についたことを確認して俺はリュアナの手を放した。
「いくぞ、落葉」
「え? いまから?」
俺は返事ではなく落葉の手を取って走り出す。
荒く鳴るベルの音が収まった頃、リュアナの怒りの声が上がった。
~*****~
「ほ、ほんとによかったの……?」
金木犀が香る四季の木下。息を切らした落葉が聞いた。
「なにが?」
「リュアナちゃんだよ! 想真くんの大切な人なんでしょ?」
よっぽど心配なのか、怒っているかのような声で言う。
「大切な人だからこそだよ」
近くあったベンチに腰を下ろす。日が沈み、空には星が見え始めていた。
冷え始めた空気が今は心地いい。
「今は落ち着けないとちゃんと話しができない。まあ、悪いことしたのは俺だから、あとで謝ったり、お詫びはするつもりだけどな」
「リュアナちゃんとの関係が壊れたりとか思わないの?」
隣に座ってくる落葉を感じながら、明白に出ている答えを伝える。
「思わない。このぐらいじゃ壊れないって、そう信じてるから」
「そっか……」
なぜか嬉しそうに笑う落葉。
「それで想真君は私に何を教えてほしいの?」
落葉に聞きたい真実、それは以前見た夢のことだった。
「俺が聞きたかったのは歩、大空 歩の力についてだ」




