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金木犀2

 昼休み。鐘の音が鳴ったと同時に俺は後ろを振り返った。

 朝の一件で機嫌を損ねてしまったリュアナを歩たちに囲まれる前に連れ出したかった。積もる話も謝りたいこともあったが、今はなによりもリュアナと二人で食事をとりたいという気持ちに急かされていた。

 しかし、不機嫌そうに口を結ぶリュアナに何を言っても聞いてもらえないと思った俺はリュアナの瞳をじっと見つめ、想う。

 そして、見つめてから数秒後、リュアナはなぜかクスッと笑った。俺はやわらかい表情で笑うリュアナに呆気にとられていた。

 不意に立ち上がるリュアナ。俺は混乱しておどおどしながらリュアナを見上げる。そんな俺の様子にまた笑うリュアナ。もう訳が分からない。

 リュアナは何を思ったかおもむろに手を差し伸べた。

 今度はなんなんだ? と思っていると「ほらいこ」とリュアナに手を取られた。そこでやっと俺はリュアナの意図がわかる。

 俺はリュアナの手を握り返しながら学食のオープンカフェへと向かった。


 この時間のオープンカフェないし食堂は人が長蛇の列をつくり、店内は混んでいた。弁当持参の俺達には注文はあまり関係ないが席の確保が重要になる。

 俺とリュアナは二手に分かれて席を探した。

 いつもより早く来た分、席は空いていると思っていたが、今日に限って満席と言っていいほど席は埋まっている。


 「想真くん! ここ! ここの席が空いてるよ!」


 朝の不機嫌はどこへ行ったのだろうか。空いている席を見つけたリュアナが体で喜びを表すように手を大きく振って呼んでいた。

 学園の華とも称されるリュアナが満面の笑みで男の名前を呼ぶ。一体それがどういうことを引き起こすのか俺はこの二日間で知っていた。


 Step1

 長蛇に並ぶ生徒の視線が一気に俺を向く。


 大丈夫、この視線にはもう慣れた……。俺はリュアナへと歩みを進める。


 Step2

 リュアナのファンらしい男たちに行く手を阻まれる。


 しかし、これも大丈夫だ。以前、初めての邂逅で俺は解決の糸口を見つけている。


 「おい、てめぇ……。リュアナちゃんのなんなんだよ」


 一人のリーダーらしい男に胸元をつかまれ、小さく揺さぶられる。


 「俺は……俺はリュアナの恋人だ……っ!」


 見上げるように俺を見る男。俺は強い意志でその瞳を見つめた。


 「ふんっ──」


 どこか納得した様子の男は俺を解放して道を譲ってくれた。


 「もしも、リュアナちゃんを泣かすようなことをすればどうなるか、わかっているよな?」

 「ああ、もちろんだ」


 彼の横を通り抜けると数人のメンバーが泣いていることに気が付いた。彼らとて悪い人間ではないのだ。むしろ、リュアナを大切にするという点については同志に近い。リーダーのあの行動は俺を試す行為であってリュアナの為を思ってやっているのだ。そのことに気づければ怖いという感情は湧かなかった。


 Step3

 俺とリュアナが同じ席に座ると記者会見が始まる。


 リュアナが見つけた席は、この時間に空いているには不自然な二人用のテラス席だった。明らかに仕組まれた怪しげな席。他の席はないかと店内へ踵を返すが、店内では人がごった返し、ここ以外に席はないと認め、あきらめた。

 腰を下ろすと、案の定、めんどくさいことが起こり始めた。


 「こちら、ご注文のカップル限定ラブベリーパフェになります」

 「「え?」」


 驚く俺たちを余所目に大きなストロベリーパフェをテーブルに置く定員さん。


 「リュアナ、頼んだのか……?」

 「う、うんん。頼んでないよ。その……恥ずかしいし……」


 リュアナが頼んでないとなると、これは一体……。


 「それは僕たちからのささやかなプレゼントと思ってください」


 横やりを投げてきたのは、突如現れたイケメン眼鏡。後ろにはカメラやボイスレコーダーを持った生徒が控えている。


 「私のこと覚えてますよね?」


 嫌味に感じる笑顔を浮かべるこの男は、確か大沢おおさわ基樹もときと言っていた覚えがある。礼儀正しく渡された名刺にも確かそう書いてあったはずだ。


 「まあな、たしか大沢……基樹だったよな……」

 「ええ、そうです。覚えていてくださりありがとうございます」


 そのわかりやすい上っ面の態度。嫌いだ。


 「朝霧さん、お初にお目にかかります。私は学園新聞部総部長の大沢基樹と申します」

 「う、うん……」


 これから起こることを知らないリュアナはキョトンとしながら紹介を聞いていた。


 「それでは……」


 これは立ち去る言葉ではない。むしろ、その逆である。ついにあいつらの本題か。


 「これから記者会見を行いたいと思います」


 大沢の宣言で後ろに控えていた数人のカメラ担当が一斉にフラッシュを焚いた。


 「うわっ、まぶしい……」


 リュアナが手で目を覆い。フラッシュは止んだ。

 まったく、学園思い出成作クラブといい、ここの部活動はどうなってるんだ。

 歩曰く、学園の新聞部は数人のグループに分けられ日々スクープを追って争っているとのこと。それ故に、取材が過激化してしまい学園思い出作成クラブの次に問題視されているクラブらしい。


 「リュアナさん、想真くんと関係を詳しくお願いします!」

 「え、えっと……こ、恋人です」


 顔を赤らめて恥ずかしそうにしながらもどこか嬉しそうなリュアナに「おぉー」と記者たちが歓声をあげた。

 そんなこと真面目に答えなくてもいいんじゃないか? そうリュアナに助言しようと思っていると、気になる質問が舞い込んできた。


 「今朝、転校生である白崎落葉と想真くんが仲良く話を目撃して機嫌を損ねてしまったそうですが、その件は許したのですか?」


 そんなのリュアナが許してくれるわけ──。


 「許しましたよ♪」


 「え!?」


 笑顔でそう答えるリュアナをここぞとばかりにフラッシュが焚かれる。


 「どうして許したんですか!?」

 「理由を教えてください!」

 「浮気じゃないんですか?」


 色んな質問が飛び交う中、リュアナは落ち着き払った様子で質問に答えた。


 「想真くんが怯えていたんですよ。私が離れていくことに」

 「というと、それはどういう事ですか?」

 「普通、離れていくことを不安に思うのは私ですよね? それなのに想真くんは私が離れていくことに怖がっちゃって、こうして二人だけで食事に誘ってくれたんですよ。それも物凄く不安そうな顔で」


 なるほど、リュアナがあの時笑ったのはそういう事か……。


 「そんな表情を見ていたら、私のことをちゃんと好きでいてくれてるんだって、そう思ったんです。そしたら、朝の事なんてどうでもよくなってきちゃって、つい許しちゃいました」

 「しかし、四季想真はリュアナさんと落葉さんどちらとも離したくないからリュアナさんを食事に誘ったのではないですか?」


 おい、こいつ本人を目の前で何言ってんだ。


 「ありえないですね。想真くんにそこまでの甲斐性はないですし、あの顔を見れば誰だってそう思いますよ」


 リュアナ~。


 「でも、そうですね~。想真くんには、ちゃんと言ってほしいですよね~。想真くん、私を愛してるよね?」


 狙っていたかのような言葉。ねだるその妖艶な表情。ああ、やっぱり血がつながってなくてもアウラさんの娘なんだな。

 リュアナはその愛が本物なのか、それを試すためにこの公の場を利用したのだろう。

 卑怯だな、と思いながらもリュアナにこうまで心配させてしまう自分を恨んだ。


 「もちろん、愛してるよ」


 心のそこから思いながらリュアナを見つめた。ちゃんと伝わったのだろうか? しかしそれはリュアナに聞かずとも知ることができた。

 だってそこに頬を赤らめて呆然とするリュアナがいたのだから。

 一斉にシャッターが切られた。しかし、あまり気にはならない。それほどまでにリュアナに心を奪われていたのかもしれないが、俺としてはしてやったと勝ち誇った気持ちだった。

 いい雰囲気だな……そう思ったのもつかぬ間だった。


 「あ……あの!」


 シャッター音がなるテラスに弱弱しいか細い声が上がる。しかし、その声から放たれた次の質問でいまのこの雰囲気が一瞬のうちに消し飛んだ。


 「落葉ちゃんと想真くんが放課後、二人だけで会うという事を耳にしたのですが……」


~*****~


 「生徒会が来たぞー!」


 店内にいた学園新聞部らしい生徒が叫んだ。


 「くそっ! ビックニュースになるかもしれないっていうのに!」

 「ねえっ、どうして! どうしてなの、想真くんっ!」

 「ま、待ってください! わたしの聞き間違えだったのかも知りません。だから、どうか落ち着いてください」


 慌てふためきながら逃げ惑う学園新聞部。

 ご乱心のリュアナを落ち着かせようとするか弱き少女。

 テーブルに乗り出し、俺の襟首を一心不乱に揺さぶるリュアナ。

 ああ、これは混沌カオスだ……。


 「ちょっと待てや、お前ら!」

 「うわーーん、どうして! どうして裏切ったの! ねぇ想真くん!」

 「話を……聞いてくれ、リュアナ! 俺は裏切ってなんかいない! この食事でちゃんと全部、話すつもりだったんだ!」


 「「えっ?」」


 やっと止まった。


 「え?」


 襟首を掴んだリュアナが唖然とした表情で泣いていたからだ。嫌な予感がした。


 「つまりそれって別れ話……?」


 このままだとリュアナが離れていく。そんな不安に駆られ、気が付けば俺はリュアナの頬に手を当てて顔を近寄せていた。

 あふれ出てくる涙でリュアナの瞳が揺れて見えた。


 「ちかうっ! 聞いてくれ、リュアナ。これは別れ話じゃないんだ」

 「じゃあ……なに?」

 「恋人であるリュアナにちゃんと知ってほしかったんだ。落葉が会おうと言ってきたことを。それにちょっと思うところがあって相談したかった」

 「それじゃあ……本当に別れ話じゃないの?」

 「もちろん、違うよ。さっき言っただろ、俺はリュアナを愛してるって」


 それを聞いたリュアナは安心をしたように瞳を閉じた。これでひとまず安心……。


 「……嘘、言ってないもん」


 ふぅ、一難去ってまた一難、どうやらリュアナは拗ねてしまったようだ。


 「もう、言ったよ。リュアナも、もうちょっと信じてくれても……」

 「言ってないもん!」


 強くそう言い切るリュアナ。その拗ねた様子もまた可愛いと思ってしまうから、だめだなぁ~俺。


 「もうわかったよ、愛している。愛しているよ、リュアナ」

 「なんか、ぶっきらぼう」


 まったく、注文が多いやつだ。


 「……リュアナ、愛してる」

 「うん、わたしも」

 「……」


 なんだよ……その満足げな笑顔。反則だろ。

 ときめく胸を落ち着かせながら、顔を近づけて……。


 「……あの」

 「「……………………」」


 あのか細い声に俺たちはふと我に返った。


 「あははっ……ごめん、わすれたわけじゃないんだ」

 「そ、そうだよ~。朝宮さんごめんね~」

 「あれ? リュアナ、知り合いだったのか」

 「え?」

 「え?」


 いま、俺はなにかまずいことを……。

 ──想真くんは、なにいってるの!

 ち、力!?

 ──朝宮さんは、クラスメイトだよ! しかも、想真くんの隣!

 え~、マジスッか……。

 (リュアナ、どうすればいい! 俺はどうすればいいんだ!)

 ──わ、私に聞かないでよ~。


 「別に、気にしないでいいよ。わたし、影薄いから……」


 慌てる俺達に朝宮さんはそう言った。


 「そそそんなことないって、な?」

 「そそそうだよ~って、それよりも、ありがとう朝宮さん」

 「え?」

 「おかげでこうして想真くんと仲直りが出来ました」

 「そ、それはちがうよ。むしろ、私のせいで問題が大きくなっちゃって……」

 「いや、もしあの時言ってくれなかったら、もっとひどくなってたと思う」

 「ちょっと想真くんどういう意味?」

 「逃げ出していただろ?」

 「うっ」


 恨めしそうで横目に見るリュアナ。でも、事実、俺から話していたらきっと逃げ出していたと思う。今回も逃げていたかもしれないが、そこに朝宮という知人がいたから逃げなかったのだ。


 「ということで、俺達は感謝してるんだ。素直に受け取っといてくれ」

 「えっ、でも……」

 「それにしても、弁当食べられなかったなぁー」


 俺は朝宮の弱気発言をかきけすように言った。事実、休み時間も色々あってあと五分だ。


 「仕方ないよ~」

 「だな~」


 弁当箱を持ち、席を立つ。そのまま、リュアナと教室に戻ろうとして朝宮がぼーっと立っていることに気づいた。


 「ほら、朝宮も戻ろうぜ」

 「はい!」


~*****~


 放課後、リュアナと一緒に問題のアットホームへとやって来た。もちろん、バイトという目的があるがそれだけではない。


 「いらしゃいませ」


 扉を開けて、一番最初に言われる挨拶。しかし、それを言ったのはマスターではなかった。


 「どういうことか説明してもらえるよな?」

 「もちろん、そのつもりだよ。四季 想真くん♪」


 愉快に微笑むその少女は、うちの転校生であり、少し変わったオレンジの髪をした白崎 落葉だった。


 「さて、すべての真実をお話ししましょうか」


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