紫陽花~last summer final ~
雨はやがて嵐のように荒ぶる横殴りの豪雨となり、梅雨の捜索も中断せざる得ない状況になった。
バスで旅館へ戻る際、俺は雨で濡れた。その雨を通して感じる梅雨の想いが、一人うずくまった梅雨の気持ちが、一方的に流れ込む。
今すぐ行って慰めてやりたい。でも、それが出来ない事実に俺は胸を締め付けられ、奥歯を噛み締めた。
旅館の窓の外は雨が降っていた。この島では至って正常な天気。しかし、今日の雨はいつもとは理由が違った。呪いの雨でも、誰かが願った雨でもない。泣き腫らそうとする梅雨の気持ちそのものが起こした雨だった。なにもかもすべてを消し去ってしまいたい、そんな幼心が引き起こした願いの雨。
こんなにも悲しい梅雨を見ていることしかできないなんて……クソッ!
もう何度目になるか、俺は旅館の部屋の窓を打ち付ける。
「想真、気持ちはわかるがその辺にしとけ。梅雨は明日、朝一番に探しにいこう。だから、今は落ち着けよ」
「こんな状況でっ……! 悪い、そうだな……」
声を荒げそうになって押し留めた。振り返った時、歩の表情が語っていたからだ。お前だけじゃない、みんな探しに行きたいんだと。だから、素直にこのやるせない気持ちを胸に収めた。
夜、みんなが静まった頃を狙って起きる。
「むぅ~」
「……悪い、リュアナ。すぐ帰ってくるから」
隣でへばりつくように寝ているリュアナを引きはがし、布団から出る。
窓を覗けば雨は相変わらず降っていた。雨具、雨具……。かばんを漁り、以前作業で使った合羽を引き出す。
「あとは……」
ポケットにあるはずの鍵を確認する。この鍵は、女将さんに無理を言って貸してもらった旅館の鍵だった。旅館は夜11時には扉が閉まってしまう、そのためこの鍵が必要なのだ。
「よし、あるな……」
慎重に部屋を出て,出入り口のあるフロントへたどり着く。そして、扉の端にある鍵穴に鍵を差し込んだ。
かちゃり。鍵穴から鍵が外れる音が鳴った。俺は扉の合間に手をかける。ここの扉は自動ドアだが、電源が切れているため手動で開ける必要がある。
ちょうど人一人分出れるというぐらいにまで開くと──。
「待って! 想真くん!」
一番好きな声に引き止められた。振り返らずそのまま行こうとも考えた、けれどそれでは悲しませるだけだと覚悟を決めて振り返る。
「リュアナ、起きたのか……」
どういう顔したらいいのかわからず頭をかいてごまかす。
「あたりまえだよ! 想真くんがいなくなっているのに寝れるわけないでしょ!」
今にも泣き崩れそうなリュアナ。俺がいないと寝れないってどれだけ寂しがりやなんだ。呆れながらも、内心は結構うれしいかったりする。
「ありがとう、リュアナ。そんなに俺のことを想ってくれて。でも、梅雨が泣いてるんだ、俺がいかなくちゃだめだろ」
「……どうして? どうしてそんなに梅雨ちゃんのことを……」
リュアナの瞳は細く、その目で俺を捉えた。白い髪、白い肌、そして鋭く研ぎ澄まされた目。それはまるで真っすぐに伸びたなんでも切れる刀のよう。しかし、その真っすぐさ故に刀には脆さがあった。目を離すだけで割れてしまいそうな刀。その切れ味に怯えて、逃げ出せばそれまでだ。怯えずにやさしく抱きしめ、伝える。
「……俺はリュアナのことが一番好きだ。だから、リュアナのことを優先してあげたいって気持ちはある。けど、そこで悲しんで泣いている奴がいたら助けずにはいれないんだ。こんなわがままな俺で本当に悪いと思ってる。でも、これだけはわかってくれ」
抱き合ったリュアナは沈黙を続け、俺の体を強く押し返した。
「リュアナ?」
「ほら、梅雨ちゃんが待ってる。だから、早く行ってあげて」
呆れた笑みを浮かべたリュアナが俺を追い出すようにグイグイと背中を押してくる。
「お、おいっ! リュアナ」
「いいから早く、行ってあげっ──ん……」
押してくるリュアナのスキをついてキスをする。
「大好きだからなリュアナ……んじゃ行ってくる」
急に気恥ずかしくなって、俺は合羽を着ながら雨の中に飛び込んだ。後ろは振り返らない。ただひたすらに、梅雨の元へと走る。
「はぁはぁ、はぁはぁ……」
合羽を着ても豪雨をすべて防げるというわけでもなく、露出した箇所から雨に濡れていく。その雨から伝わってくる梅雨の悲しみ。待ってろよ、梅雨。
足が止まりそうになるが、足に鞭を打って走る。百段近くありそうな階段も登りきり、俺はたどり着いた。初めて、梅雨と出会ったこの場所に。
「……梅雨がいるとしたら、ここしかないよな」
紫陽花の木の丘。夏の間、雨が止まなくなる不思議な場所。その理由はこの場所から落とされた人々の呪い、梅雨の恋路を邪魔した呪いだった。
石畳を踏みしめ、紫陽花の木に近づく。
梅雨は舞と同じで四季の木から生まれ、そしてこの紫陽花の木と一心同体だった。だから、その姿が見えなくても──。
「繋がれ」
大樹に手を当て、力を行使する。舞から教えてもらった俺の力。心と心を繋ぐ力。
集中して意識した心のすべてを大樹に接続していく。接続した心は一筋の線になり、一つ、また一つと繋がって、線が無数に出来上がり、一つの大きな繋がりに変わる。
──すべて繋がった。
以前、初めてリュアナと繋がったときのように、いや、それ以上にはっきりと俺は精神世界にいた。そして、俺は花の咲いた木の根元に四肢を折って丸くなる梅雨を見つけた。
「そんなにメソメソと泣いて……それじゃあ、せっかくの洋服が台無しだな」
「想真……お兄ちゃん……」
顔をあげた梅雨の目は赤く腫れていて、それでもまだ泣き足りないと言うように涙が頬を伝って、服へと落ちていた。
「ああ、そうだよ。お前があまりにも泣くもんだから、寝れずに来ちまった」
さらさらとした梅雨の青い髪を慰めるようにポンポンと撫でて、俺は隣に座る。
「話、いいか?」
小さな頭が揺れる。
「俺も失ったから、わかるんだ。お前の気持ちが」
「知ってるよ。美羽ちゃんだよね」
今度は俺が頭を縦に振り、肯定する。
「……ああ、そうだ。俺は自分のせいで美羽ちゃんを死なせてしまった、そう思い込んで立ち止まっていたんだ。今の梅雨のようにな。もちろん、あの時の責任は俺にあると今も思ってる。でも、それとは別に前を向く力をもらった。その場で立ち止まっていた俺をリュアナが引っ張ってくれたんだ」
「でも、私にはそんな人──」
悲しいことを言う梅雨をひょいっとあぐらをかいた上に乗せて、ぬいぐるみのように後ろから抱き締める。そして、これでもかと揉みくちゃに梅雨をくすぐった。
「なーに言ってんだよ、お前は。俺が来たのはそれを伝えるためだと思ったか」
「ち、違うの?」
くすぐられて涙は止まったが、まだ不安そうな表情で俺を見上げている。
「まあな、俺はお前を引っ張ってやろうと思ってやってきたんだ。言っただろ、お前はもう一人じゃないんだって」
「でも……」
「言い訳無用、お前はさっさと立ち上がればいいんだよ。そりゃさ、大切な人を失うことはとてつもなく悲しいことだけど、ゆっくり受け入れていけばいいんだよ。ただ、一人で悲しく抱え込まなければいつか笑える日はくる。だから、俺はその手伝い、な?」
梅雨の脇腹に手を入れて、立ち上がらす。梅雨は振り返るとうぅ嗚咽を漏らし始めた。
おいおい、せっかく泣き止んだのにまた泣くのかよ。
うえぇえんと泣き出した梅雨をまた抱き締めた。
~*****~
「さて……と一杯泣いたところで、この雨やまそうか?」
「想真お兄さん?」
どうやって? とばかりに不思議そうな顔をしている。
「いやさ、考えたんだけど、この雨って梅雨の気持ちを代弁して降らせただろ?」
「……うん」
「なら、呪いの雨を解くように梅雨が紫陽花の木に願ったらどうだ?」
「え? あ、でも……」
梅雨はあまりに単純な作戦に目を丸くしていたが、何かを思い出したように顔を落とした。
「梅雨は解きたくないのか?」
そう尋ねると、梅雨はその迷っている理由を教えてくれた。
「……でも、この力はみんなのためにって」
真面目にそんなことを考えていたのか。でも、これは梅雨だけの願いじゃなかった。
「呪いの雨を解くことは安全にここに来れるようにだろ? それはみんなのため、違うか?」
それを聞いた梅雨はぱっと明るくなり顔をあげた。
「うんん、違わないよ。でも、そんなにも強い願い叶うかどうか……」
「きっと大丈夫だ。この島ではみんな願ってることだし、梅雨が願うことだ。きっと大丈夫」
「それじゃあちょっと自信ないなぁ……じゃあ、想真お兄さん一緒に願ってくれる?」
「もちろんだろ」
「あ、そっかありがとう」
何を今さら。そう思っていると、梅雨は名も知らない花が咲く木に手を当てた。
「って、それ紫陽花の木じゃないだろ」
「うんん、これは私たちの木だよ。私と繋がってる木。だから、ここから願っても叶うの。ほら、想真お兄さんも」
本当だろうかと、疑いたくなるが梅雨を信じるしかない。梅雨と同じように木に手を当てて願う。
──梅雨と紫陽花の木にかけられた呪いを解いてください。
「……あれ?」
願っていると力が抜けた。というか入らなくなった。意識がもとの肉体へと戻されるそんな感覚に身を任せ──目を開く。
「梅雨?」
紫陽花の木を見上げるように寝込んでいた俺はその姿を探し首を傾けた。
紫陽花の花は光を放っていた、それはいつか見た桜のような光。
梅雨が終わる。
一人、紫陽花の木に手を当てる梅雨を見て、そんな予感がした。
~*****~
ぴちょん、顔になにかが弾けた。違和感に目を覚ます。
「あさ……か……」
上体を起こすと胸にしがみつくように梅雨がすやすやと眠っていた。
「うわっ、まぶしっ──」
起きた場所が悪かったのか、空から射し込む眩しい光がちょうど目に当たる。あれ? ここに光が入る、つまりそれって……。
俺は思わず空を見上げた。
「やっと晴れたな……」
まるで背伸びをしたくなるような青空。
これなら、二度寝ができそうだ。思い立ったら吉日、俺は梅雨の乗せたまま寝転がる。
帰ったら、リュアナの説教間違いなしだろうけど、今ぐらいゆったりしてもいいよな。
青空に怒ったリュアナを思い浮かべ、笑いながら目を閉じた。




