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紫陽花~last summer Ⅴ ~

 「柔らかい……けど、重い……」


胸にのし掛かる重さに、俺は夢見心地で呟いた。とは言っても、何を言ったかまでは意識が混濁して覚えてはいないのだが……。


 「ふんっ……!」

 「痛っ!? いったいなんだ……?」


 不可解なうめき声と共に左右から頬を殴られた。おかげで俺は完全に目覚めた。ぼやけた視野でよく見ると、布団の中から手が伸びている。これだけを見ればまるでホラーだ。

 ぺらりと布団を少し捲ると、まるで雪女のような真っ白な髪が輝くリュアナがいた。

 なるほど、リュアナが俺の上に乗っていたわけか……。でも、殴られた理由はよくわからない。


 「うぅ……んぅ……」


 もぞもぞ、もぞもぞとリュアナが動く。そのせいで、着崩れたパジャマから大きな胸が覗かせる。こ、これは……。


 「お、大きい……」


 しばらくリュアナを眺めて、眼福、眼福。

 十分満足したところで、リュアナのはだけた服を直そうして気づいた。


 「……お前もいたのか」


 リュアナとは反対側に、小さく丸まった梅雨が眠っていた。

 こいつも寂しがり屋だから、まあ、仕方がないか……。

 呆れながらも布団や服を正し、この心地いい気温に促され目をつぶるが、


 「うーん」


 今朝、見た夢が瞼の裏で再生され、なかなか寝付けない。

 インパクトあったからなぁ……。

 体を横に倒し梅雨を見る。健やかな寝顔だった。

 まるでわが子を見ているような、母性のようなものに駆られてそっと髪を撫でてしまう。


 「うむぅ……」


 ぐずつくその様子もまた愛らしい。だけど、そっとその小さな手に触れると、絶対に離さないとでもいうように手をぎゅっと握られた。その手は雨に濡れたように冷たい。起きている梅雨はあんなにも明るく楽しそうなのに、心はどれだけ温められてもあたたかくはならなかった。

 やっぱりどうにかしないとな……。

 天井に体を向け、あれこれ解決策を考える。眠気はもうなかった。ただ今は、この手を温める方法を考えた。


~*****~


 「ふぁ~……」

 「どうしたの?」

 「いや、昨日、目が覚めたらリュアナが俺の布団に入っててうまく眠れなかったんだよ……」

 「あぅ……ごめんなさい。嫌だった?」

 「嫌じゃないけど、隣で人が寝てるんだから、節度は守ってください。ついでにお前もな」


 ぽんっと、青い見慣れた髪に手をあてると、二人は、はーいと返事をした。まったく、本当にわかっているのだろうか? 常習犯であるリュアナに関しては返事をしてもまたしてくるに違いない。


 「ほら、リュアナ。前つめて」

 「あ、うん」


 リュアナは列を詰める。後、二、三人といったところだろうか? ご飯を装うだけなのに結構時間食っちまったな……。

 今日の朝食はいつもとは違い、他の旅行客と混ざりバイキング形式の朝食に参加させてもらっていた。というのも、いつも定食だと飽きちゃうでしょ? との女将さんからお誘いにありがたく乗らせていただいたのだ。その上、梅雨まで一緒でいいよって言ってくれるんだから本当に頭が上がらないよな……。


 「それにしても、色々あるな~」


 肉料理からスープ系の料理まで、朝から幅広いジャンルの種類があり、その品数も多かった。これだけあると、さすがに目移りしてしまってなかなか決めれない。


 「そうだね~。あ、これもいいなぁ~」


 そう言ってさっきから次々に料理を乗せていく。お皿はすでに山盛りだ。


 「大丈夫なのか? そんなに沢山だと食べきれないんじゃ……」

 「ふふん~、女の子の食欲舐めてもらちゃ困ります。ねー梅雨ちゃん?」

 「……う、うん、そうだよ!」

 「梅雨、もう取らなくていいからな」


 意地を張る梅雨にストップの札を出してやる。これ以上、くだらない意地でとっていくと残ったものを俺が消費する羽目になる。


 「さて、戻って食べるか」

 「うん!」

 「えー、デザートは?」

 「それ全部食べてからだ」

 「デザート~」


 甘味を求めて今にも走り出そうとするリュアナを引きずり、みんなが座る席へと戻る。


 「遅いぞー想真」

 「悪い悪い。先に食べててくれてもよかったのに」

 「なにいってんだ。提案があるから、食べる前に聞いてくれって言ったの、想真だろ?」

 「あれ? そうだったかな」


 あはは……と笑って誤魔化すが、みんなの目は至って真面目な目だった。


 「それで、なにか解決方法を見つけたのかしら?」

 「えーとだな~……。梅雨とその男の子がもう一度会うことで、呪いが解けるんじゃないか? そう思った次第です」

 「どうしてそう思ったの? 想真くん?」

 「呪う力は男の子と梅雨を会わしたくないたから、雨を降らす、しかし、雨が降ってもその男の子と会えるのなら、呪いの意味がなくなり、自然にとけるのではないか、と」

 「なるほど、なら今日はその事を中心に動いていこうか。セリアもそれでいいだろ?」

 「ええ、もちろん。でも、その前に聞いておかないといけないことが」

 「男の子のことだね、よいしょっと」


 突然、テーブルの和に入ってきたのは騒次だった。


 「なぜ、あなたが……」


 昨日帰ったはずなのに……。そう思っているのは俺だけではない。ここにいる全員が思っていることだろう。


 「あれ、言ってなかった? 僕はここに泊まってるんだけど?」

 「「はぁー」」


 つまり、こいつは最後まで着いてくるわけか……。


 「そんなことより、梅雨ちゃんの男の子の話を聞かしてほしいかな」


 微笑む騒次。梅雨は隠れるように俺の腕を掴んだ。

 まあ、泣かしたやつに教える義理はないな。


 「残念だが、梅雨はこうだ」

 「む~、なら想真くんが聞いてよー」


 無論そのつもりだ。


 「梅雨、俺だったらいいか?」


 そう聞くとコクりと梅雨が頷く。ふっ、勝った。俺の勝ち誇った顔に騒次がまた唸った。


 「それじゃあ、教えてくれ梅雨」

 「うん……それじゃあ、ちょっと」


 こっちこっちと手招きする梅雨。顔を近づけると耳そっと手を当てて、こう耳打ちした。


 「あのね……私、その子のことなんにもわかんないの」


 ……………ん?


 「ごめん、なんか聞き取れなかった。もういっかい聞かしてくれるか?」


 気まずそうな顔をしていた梅雨だが、うん……と言ってくれた。

 それじゃあもう一度。顔を近づけ、耳を向ける。そして、


 「あのね、もういっかい言うけど、私はね、あの子のことまったく知らないの」

 「マジですか」


 梅雨は頷いて肯定する。どうやら、大マジのようだ。


 「ねえーねえー教えてよー」


 一番知りたがっていた騒次が、ナンパをするチャラチャラの男のようにせがんでくる。鬱陶しい。


 「梅雨もその男の子のことはよく知らないようです」

 「じゃあ、名前はどんな名前なの~?」


 梅雨の恋愛話と結びつけたのか、やけに興奮気味な詩織。しかし、梅雨は答えるどころか首を横に振った。


 「むー、なかなか、教えてくれない~」


 いや、この感じ、名前も知らないみたいですよ。


 「それじゃあ、住所とか電話番号とかわかるかな? それがわかれば簡単なんだけど……」


 もちろんセリアさんの質問にも首を横に振った。


 「えーと、たぶん。梅雨はなにも知らないんだと思います……はい……」


 …………手詰まったー。

 名前も住所もわからない以上、捜しようも調べようがない……。この件は完全に行き詰まっている。

 みんなそれを知ったように黙り込んだ。

 このまま、終わってしまうのかと諦めかけた瞬間、救世主が現れた。


 「おや、アンちゃんたちも、ここで食事かい?」

 「おじさん……?」


 そこには、バスのおじさんが白い衣に身を包み、空の食器が乗った棚を押していた。


~*****~


 「なるほどな~。そういえば、いたなそんな子」


 棚を戻して帰ってきたおじさんに大体の説明をすると、なかなか、手応えのある答えが返ってきた。


 「その名前とか、わかったりしますか?」

 「いや、見かけただけで名前まではわからねぇな。悪いな。ただ、その当時のことをよく知る知人なら知ってるぜ」

 「本当ですか!?」


 その男の子のことを聞くことが出来れば、会うという目的にグッと近づく。


 「ああ、その人は原バァっていってな。あの、丘の下で駄菓子屋をやってるんだ。たぶん、梅雨も行ったことがあるはずなんだが覚えてねぇか?」

 「あ……覚えてるよ。原お婆ちゃんでしょ?」

 「そうそう」


 思い出した梅雨の顔はパッと明るくなった。きっと優しい人なのだろう。


 「原バァなら、近所の子供はみんな知ってるからきっと名前も覚えてるだろう」

 「あの、それなら連れてって貰えますか?」

 「おう! アンちゃんとお嬢達の頼みならいつでもバスを出すぜ……と言いたいところなんだが、この仕事が終わるまでちょっと待ってもらえるか? 今、ちょっと忙しいんだ」

 「もちろんです」


 その後、おじさんとは時間を約束をし、俺達はやっと朝食をとったのだった。


~*****~


「とうちゃーく」


 はしゃぐ梅雨は一番最初にバスから降りた。


 「楽しそうだな」

 「そうだね、私も原お婆ちゃんって人がどんな人なのか、興味あるな~」


 確かに、ここまで梅雨を楽しみにさせる原バァという人がどんな人なのか気になる。


 「こりゃ俺が行く必要はないかな。梅雨ちゃん、案内はできるな」

 「はーい!」


 今にも行きたそうにする梅雨を見ておじさんは笑った。


 「行ってこい、アンちゃん。俺はここにいるから」

 「ありがとうございました」

 「おう、またいつでも声かけてくれよ」


 そうして俺とおじさんの社交辞令を交わしていると、梅雨がみんなを引っ張って、連れていっていた。危ない危ない、一人だけ置いていかれるところだった。


 「何してたんだ?」

 「いや、ちょっとな」

 「ふぅーん」


 丘を囲むように歩いていくと、木造の古い家があった。今にも落ちそうな看板には『駄菓子屋 原』と書かれてあった。


 「本当に、開いてるのかしら……?」


 小宵がそう言いたい気持ちもよくわかる。その外見から閉まっているように思ってしまうのだ。その上、立地として丘の横に建ててあるため森に隠されたように作られていて、人もあまり見受けられない。そんな状況のなかでやっているとはあまり思えないのだ。


 「やってるよ。今はみんな旅行とかに行ってるからあまりいないけど、ほら」


 梅雨が指し示す方向には二、三人の子供たちが駄菓子屋を出入りしながら遊んでいた。


 「本当ね、なんだか楽しそう。ね、私たちも行ってみましょ!」

 「おいおい、慌てるなよセリア」


 浮かれたようなセリアさんは静華さんの手を取って走り出す。


 「ね、私たちも負けてられないよ」

 「これは競争じゃないだろ?」

 「競争だよ、ほら」


 リュアナに手を引かれ、つられて足を早めた。


 「くぅ~、想真くんが走らないから、負けちゃったじゃない」

 「悪い悪い」


 駄菓子屋にたどり着くと、昔ながらの匂いが漂ってきた。しかし、昔ながらは匂いだけではなく内装も昔ながらな雰囲気が漂い、なんというか懐かしい気持ちになった。


 「いらっしゃい」


 陳列棚に並べられた色とりどりのお菓子を見ていると、優しそうな声をかけられた。ふと、振り向くと奥のレジに朗らかな笑顔を浮かべるお婆ちゃんがいた。


 「あの……」

 「お婆ちゃん!」


 原お婆ちゃんですか? と訪ねる前に梅雨がお婆ちゃんに抱き付いてしまった。


 「おやおや、これは珍しい、梅雨ちゃんが来てくれたのかい?」

 「うん!」

 「ありがとうねぇ~。丘から降りてくるのは大変だっただろうに」

 「ううん、そんなことないよ」


 すりすり、すりすり、とお婆ちゃんに顔を擦り付ける梅雨はまるで猫のようで……さすがにお婆ちゃんには勝てないか……。

 そんな寂しさを感じ取ったように、リュアナが俺の手を取った。


 「私がいるよ」


 そう言って微笑んでくれる彼女。本当に天使だ……。


 「よし、なんでも好きなものを買ってやる。ただし、三つまでだ」

 「はーい」


 素直にリュアナが手を挙げて、俺達は棚に並ぶ宝石の数々見て、どれにしようかと品定めをする。


 「あの二人の関係って恋人同士なのよね? なんか、私が思っているのとはちょっと違う気がするんだけど」

 「いやいや、そういうものだよ。小宵くん。ほら、あっちを見て」

 「好きなものを買ってもいいけど二つまでよ。食べたときにお腹壊しちゃうかもしれないから」

 「お腹は壊さないと思うけど、はーい」

 「よろしい。それじゃ選びましょ」

 「──と、こういうわけだ。というわけで、選んできてもいいぞ。その代わり三つまでだ」

 「私を子供扱いするなぁあああっ!」


 急に小宵が大声をあげたかと思うと、歩が木にぶら下がっていた。なんだいつものことか。


~*****~


 無事に(一人は除く)全員の会計が終わり、買ったお菓子を食べながら原お婆ちゃんと話をした。とは言っても最初から本題ではなく、簡単な自己紹介や談笑して、みんなで笑った。暖かい時間を過ごし、俺達は本題に入る。原お婆ちゃんは依然として笑顔を浮かべていたが、話を終えると少し気を落としたような感じがした。


 「ふむ。それは一樹くんのことかねぇ……」

 「知ってるんですか?」

 「そりゃあ、よくこの店に来てくれてたからねぇ~。梅雨ちゃんと手を繋いでやって来たことも覚えてるよ」


 梅雨と手を繋ぐ男の子。そう聞けば、あの子ぐらいしか思い当たらない。梅雨が魔性の女とは言いがたいしな。


 「それじゃあ──」

 「んいゃ、その前に梅雨ちゃんに一つ聞いておかないといけないことがある」

 「私に?」

 「そうだよ梅雨ちゃん。梅雨ちゃんは、想真くん達とはどういう関係なのか、お婆ちゃんに教えてくれんかね」


 俺達と梅雨の関係。言われて、俺も考えた。

 一番、無難な答えとしてはやはり友達だろうか。かといって他の答えが見つからない。

 梅雨からすれば、俺達はどういう関係なのだろうか。


 「お友だちだよ! それも、心のそこから信用できる大切なお友だち」

 「うんうん、そうかいそうかい、それは親友みたいなもんかね? でも、それだけ信用できる人達がいるのなら、もう言っても大丈夫みたいだね……」


 まるで何かがあったような言い方に、俺は嫌な予感がした。梅雨も何か感じ取ったように首を傾げていた。


 「お婆ちゃん、言っても大丈夫ってどういうこと……?」


 不安で不安で、怯えるような声。お婆ちゃんは小さな梅雨の手をしわくちゃな自分の手で包み込み言った。


 「梅雨ちゃん、気を落とさんで聴いておくれ。一樹くんは、三年前に亡くなってしまったんじゃよ……。止まない雨が振りだした頃、丘からの階段で転落事故でな……」


 嘘、だろ……。雨の呪いは、一樹くんの命を奪って……。


 「……うそ」


 一粒の雨粒が落ちたような言葉が梅雨の口から漏れた。


 「梅雨ちゃんごめんねぇ……。いつかはちゃんとこうして言おうと思っていたのに、こんなに遅くなってしまって……」

 「……嘘っ!」


 梅雨はお婆ちゃんの手を振りほどき立ち上がる。


 「梅雨ちゃん」


 お婆ちゃんの声は聞きたくないと、耳に手を当てて聞きたくないと取り乱す。


 「そんなの嘘っ! 一樹くんは死んでない。死んでないっ! 今の話は全部嘘! 全部嘘なんだ!」

 「梅雨っ!」


 涙を流す梅雨は俺を見た。でも、


 「──っ」


 梅雨は逃げるように俺たちの合間を抜けて店を飛び出した。


 「梅雨ちゃんっ!」


 リュアナ達が店を出て飛び出したが、梅雨を見失ったのか店先で立ち尽くしていた。


 「リュアナ……」

 「ごめんね……想真くん……私、梅雨ちゃんを止められなかった」


 寄り掛かるリュアナを抱き締める。


 「リュアナが悪い訳じゃない……」


 ポツポツと何かが降ってる。雨だ。

 リュアナの涙と混じるように雨が振りだした。いつもとは何かが違うそんな強い雨。


 「やっぱり、まだ言わん方がよかったかもしれんなぁ……」


 奥のレジからよいしょよいしょと出てくる原お婆ちゃん。

 原お婆ちゃんが言わなくても、いつかはこうなっただろう。それなら──。


 「いえ、いつかは梅雨も知ることになるでしょうし、俺達がいるときに知ってよかったです」

 「そう言ってくれてありがとう想真くん。梅雨ちゃんのこと、お願いね」

 「……はい」


 雨は強まり、滝のように地面を打つ。まるで今日の雨は梅雨の気持ちをそのまま天気に顕したみたいだった。

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