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紫陽花~Last summer Ⅰ~

 澄み渡る青空が掻き曇り、四季の木である私は予報する。きっとね、もうすぐ夕立が降るよ。

 そう言った矢先、四季の木の予言通り、ぽつり……ポツリと雨が降り始める。やがて、雨足は強まり、さっと四季の木に降り注いだ。


 でもね、夕立は所詮夕立に過ぎないから……。


 大きな音を立てていた雨は上がる。雲に包まれる前の空が青々と広がっていた。雨滴がポトリ、紫陽花の葉を伝い落ちる。


 夕立は颯と降り、颯と止む。それは夕立だから……でも、あの島に降る雨は違う。あの雨は、まるで怒りや悲しみを具現化させた負の涙。人の恨みや憎しみ、悲しみや苦しみが籠った雨なんて、そんなの気持ちいいわけないんだよ。それでも、紫陽花はあそこであの人を待ち続けているんだ。『辛抱強い愛情』という花言葉同様に。

 だけど、それもいつかは耐えられなくなる。その時は…………君が助けてあげて。

 私にはこの先に続く未来を予期することは叶わない。だから、私は君たちを待つよ。この紫陽花の花を咲かせてね。君たちが笑顔で帰ってこれるようなハッピーエンドを私は祈っているよ。


~*****~


 雨が止まない。この天音島にあるこの高台では雨が止まなかった。梅雨から聞いたその理由。それはあまりにも現実味のない話で、心を追い詰めた幻覚の話とも受け取れる。しかし、四季の木を知る俺達にとって、梅雨の話はあり得ないと断言することはできなかった。


 「さっきの話、本当……なのか?」

 「うん…………間違いないよ。私がこの木で、この木が私がこの木だから」


 私のことは私が一番知っている。きっと梅雨はそう言いたいのだろう、なら俺達は信じるしかない。しかし、できることなら今のは嘘であって欲しかった。

 俺達はそれぞれ険しい面持で紫陽花の木に体を預ける。開けた場所ではおじさん達が楽しそうに騒いでいた。

 『これで安心だな』『観光客がまた増えそうね』

 どれも前向きな未来への言葉だった。これからはきっと明るい未来が待っている。きっとそうだ。

 だけど、どれだけ未来に光があるとしても過去を影として歩いていかなければならない。そして、今梅雨の影となっていたのはこの雨だった。梅雨の説明では、人の憎しみや怨みが紫陽花の木を呪い、その形として雨が止まなくなったと言っていた。

 まったく理不尽にもほどがある。どうしてそう簡単に梅雨が原因だと決めつけてしまうのだろうか? 完全に不可抗力とまではいかないがここまで梅雨が恨まれる理由はないはずだ。


 「……わかった。何とかしてやるから、あまり自分を責めるなよ」


 俺の上で肩を落とす梅雨を後ろから包むように抱き締める。見上げてくる梅雨はしょんぼりとした表情を浮かべていたが、その儚げな表情が妙に紫陽花の髪飾りと似合っていた。


 「私も……私もこの話を聞いた以上は手伝うよ。うんん、聞いてなくても梅雨が困っているなら私は助けるよ」

 「リュアナはお人好しだな」


 思ったままのことを言葉に出すと、『君がね』と笑われた。まったく、リュアナの言うことは意味がわからない。俺はただ好き勝手に生きているだけなのに、これのどこがお人好しなのか。


 「おやおや、悶々とした空気を感じてやって来てみれば、いちゃラブして楽しんでるではありませんか~」

 「まったく、心配して損したわ」

 「小宵ちゃんが心配してたのって、歩くんと一緒に歩けるかどうかだよね。炊き出し以外と時間かかちゃったから」

 「ち、ちがうやよ!」


 相変わらず分かりやすい性格なことで。


 「それで、想真。俺達になにか用があるだろ?」


 ニヤリと笑みを浮かべる歩。まったく、こいつらもお人好しだ。


~*****~


 風邪を引いては何も出来ないということで、話は旅館でということになった。といっても、戻ってすぐ話をするというわけではなく、お風呂に入ったり、ご飯を食べたりといろいろと済ませてからということだ。

 なんて、ボーとしているといつの間にかやることを終えて、机を囲んでいた。


 「それで、話の内容はなんだよ」


 机の向かいに座った歩が体を乗り出し顔を寄せてきた。歩までとは言わないものの机を囲った誰もが早く聞きたいという気持ちが表面に出てソワソワしている。


 「……わかった、わかったから、顔を離せ。近いんだよ」

 「勿体ぶらせる想真が悪いんだ。なんだよ、あの抱え込んだような顔は?」

 「……俺、そんな顔してたか?」


 事情を知る二人の顔を見るとコクりと頷く。つまりは、知らず知らずのうちに考えていたということか、その割にいいアイディアはなにもない。


 「ほらな。さあ、想真。白状してすべてを聞かせろ」

 「わかったわかった。最初からそのつもりだったけどな」

 

 それを言った瞬間、俺を見る目が冷たくなった。うわっ、なんか今、全員に信用のない目で見られたー。

 気まずくなる前にゲフンゲフンと咳払いして話を始める。


 「それで話なんだけど……」


 俺は、大きく二つに話を分けて話した。

 ひとつ目は、梅雨からのお願いについて。『この雨を止ましてほしい』という梅雨の願いを聞いたまま伝えた。なぜ、このタイミングで? というセリアさんの質問に対して梅雨は、想真お兄ちゃん達ならできると思ったからと素直な笑顔を浮かべ返した。


 ふたつ目は、雨が止まない理由について話をしたのだが…………。


 「ねぇ、想真。それって根拠のある理由なの? 私は、形ないものを原因とするのは少し納得がいかないんだけど」

 「うむ、私も同意見だ。できれば根拠を教えてほしい」

 「……………」


 そう言われて初めて気づく。この話には根拠や裏付けと言ったものがどこにもないことを。

 俺たちは梅雨の根拠で納得できた。しかしそれは、力という目には見えないものを知って、起こり得ると思ったからだ。力の存在や形の見えない小宵や静華さんからしたら、納得などできないのも仕方がないことだろう。

 ならば、どう説得する? この根拠がなければ、きっとみんなは手伝ってはくれない。ここは、別の可能性を考えて……。


 「根拠ならあるよ」


 はっきりとした声で梅雨が言った。堂々とした梅雨の態度に俺は次の言葉を予想し、咄嗟とっさに梅雨の口を押えた。


 「──っ!?」


 目を丸くして俺を見る梅雨に俺は梅雨にだけ聞こえる声で呟く。


 「言わなくていい……」


 とは言っても結局、代案となるものは思いつかなかった。けれど、みんなには梅雨自身が紫陽花の木であるということを知ってほしくはない。この不可思議な現象に俺はできるだけ巻き込みたくはなかった。だから、俺はまた我儘になる。


 「……お願いだ、何も聞かずに手伝ってほしい。根拠はある。だけど、それは言えない……」

 「……俺らのためにか?」


 一瞬、歩に見透かされて思わず肩を反応させてしまったが、俺は頭を縦に振った。


 「ま、俺たちをダチと見たところだけでも、一歩前進かな」

 「…………歩?」

 「誰かを助けるのに根拠は必要か、想真? いらねぇだろそんなもん。いるのは助けたいと思う気持ちだろ?」

 「…………………」

 「ダチならなおさら必要ねぇよ。俺達はお前のことをちゃんと信用してんだから」

 「ありがとな……歩」


 不意に自分の目頭が熱くなるのを感じる。


 「俺だけじゃないぞ」


 顔をあげて恐る恐る見渡すと、あきれた様子で俺を見ていた。 溢れ出しそうなそうになる涙を目を擦って押さえる。


 「想真は私たちを友達じゃないって言い出すのかしら?」

 「ごめん、そんなつもりは全くない。みんなも本当にありがとうな……」


 そう言うとみんなの笑顔が戻ってきて微笑んでくれる。


 「それで? 想真は俺たちに何をしてほしんだ」

 「えーと、それじゃあ解呪を……」

 「「できるかっ!」」

 「……だよな」


 ここにいる誰かができるのなら、こんなに簡単な話はない。

 俺達の話し合いは進み、一通りの折がついた頃には深夜になって、気が付けば俺たちは眠っていた。  


~*****~


 9:45p.m. 天音空港。


「ついたー!」


 小柄な少年が両手をあげて伸びをする。子供っぽい仕草とその容姿からはお世辞にも高校生とは見えない。


 「遅かったじゃない、騒次」

 「あ、お久しぶりです。アウラさん。この度は呼んでいただいきありがとうごさいます」


 ペコリとご丁寧に頭を下げる騒次。やめてやめてとアウラがかぶりを降った。


 「あんたに頭下げられると、子供から頭下げられているようで、なんか嫌なのよ」

 「あのー僕、子供じゃないんですけど……」

 「知ってるわよ!」


 アウラの大声にうわっ! とビクリと体全体で驚く騒次。


 「ほんと、なんでこいつを呼んだのかしら……」

 「なにか、僕に用があったからじゃないですか?」

 「はぁーそうね、用件言ってさっさと帰るわ」

 「そんなー久しぶりに昔話しましょうよ」

 「あんたが居酒屋に入れるようになって、酒を飲めるようになったらね」

 「連れないな~」


 おっさん臭い決まり文句を言う騒次だが、見た目や声色は小学生。まるでどこかの名探偵だ。


 「それで、用件って言うのは?」

 「ええ、うちの娘のセリアが……いいえ、この件じゃないわ。最近、ちょっと気になる女の子がいて、その子について調査してほしいのよ。あなたの情報網と人脈ならなんとかなるでしょ?」

 「たぶん、なんとかなると思いますが……」

 「なら、はいこれ」


 アウラはごく普通の茶色の封筒を騒次に渡すと、踵を返した。


 「そこにその女の子の名前と写真が載ってるから、それでしらべて。ああ、それとこの情報は私にじゃなく、セリアに伝えなさい」

 「……え?」

 「私から娘へのささやかな贈り物よ」


 スレンダーな体格をしたアウラがコツコツと音を立て空港を後にした。

 騒次は持たされた封筒を見て、封を切る。取り出した紙と写真には、梅雨の二文字と青髪の少女の写真が入ってあった。 

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