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紫陽花14

 ここ天音島に旅行で訪れて早三日目。その朝はしくしくと泣くリュアナの声によって起こされた。どういうわけか腕の中に収まる小さく丸まったリュアナは大粒の涙を流しながら、『梅雨ちゃん、梅雨ちゃん』とこの島で出会った青髪の少女の名前を呼び続けていたのだ。

 わけのわからなかった俺だが泣いている彼女を放って置くわけにはいかず、回した手で頭や背中を擦ってやっていたのだが……。


 「いい度胸よね想真。私達が隣で寝ているっていうのに、リュアナの寝込みを襲った上に泣かすなんて、本当──腕がなるわ」


 ポキポキと肩と拳を鳴らす小宵。その隣には、静華さんがとても気持ち良さそうな笑顔を浮かべていた。


 「ふふっ、久しぶりに溜まっていた物が晴らせそうだ。構わないよなセリア?」

 「ええ、もちろん。やってしまって構わないわよ」


 迷うことなく即決される俺の死刑宣告。さすがにこれ以上なにも言わずにいたら、間違いなく殺害されてしまうだろう。受け入れるべきではない。


 「ちょっと待ってください。リュアナが泣いているのは、たぶん、俺のせいじゃないんで」

 「じゃあ、誰のせいでリュアナは泣いているのよ」


 こう言うことは本人に聞くのが一番早い。


 「で、どうしてリュアナは泣いているんだよ?」


 リュアナの耳元で囁くように訊ねると、


 「想真くんが、昨夜…………梅雨ちゃんの……………!」

 「えっ、ちょっと待って…………」


 ……思いがけなかった。ちゃんと理由が聞こえたわけではない。なんならもう一度聞いてみたいぐらいだ。しかし、聞き取れた箇所だけではっきりとわかったことがあったのだ。えーと……これってつまり俺のせい…………?

 どんな顔をすればいいのだろうか? 迷ったあげくなんとも不思議な笑みを作り俺は顔を上げた。


 「はーい、想真くんには有罪を言い渡します♪」


 セリアさんの判決が下った。それが事実であるように小宵と静華さんは襲いかかってくる。しかし、今日は梅雨の庭を清掃することになっていたこともあり、人手が減るのは避けたいということでほどほどで許してもらえた。が、それでも骨が何本か折れたのではないかと思われる痛さが常に響いていた。


~*****~


 「それで? どうしてリュアナは泣いてたんだよ?」


 移動中のバスの中、リュアナの隣に座ることを許され、俺はやっと落ち着いた中で今朝のことを聞くことができた。


 「昨日の夜、流れ込んできたの、梅雨ちゃんの記憶が、想真くんの力を伝って……」

 「えっ?」


 梅雨の記憶。それって俺がリュアナとの喧嘩の原因となったあの記憶か……? 確かにあの記憶は壮絶で誰が見ても胸を苦しめる記憶だが、リュアナにどうして伝わったのだろうか?


 「なぁ、リュアナ。もしかして、俺達のパスって……」

 「以前よりも太く繋がっているよ……?」


 だから、だからなのか? 恋人という関係が俺とリュアナの力を強め、梅雨の記憶がリュアナに伝わった?


 「……ごめん、本当は伝えるつもりは無かった。でも、悲しましたのは事実だし謝るよ」

 「べ、別にいいの。想真くんはなにも悪くない。私がきっと知りたいって思ったから……想真くんが無意識の中で、私に教えてくれたんだと思うよ。想真くんは優しいから……」


 そう言われると素が優しいと言われているようで、少し気恥ずかしいが、リュアナに筒抜けされていると思うと少し怖い。


 「でも出来れば次からは知りたいことがあったら俺に直接聞いてほしい。じゃないと、ちょっと……」


 俺のプライバシーがすべて伝わってしまうことになる。あんなことやこんなことはリュアナに知られてほしくない。


 「うん、わかった。その代わり、正直に話してね」

 「う、うん……」


 リュアナの笑みに真実を語るのというのはとても怖いことなのだと俺は初めて知った。


~*****~


 到着後、俺はリュアナを心配する集団に囲まれ、今朝の説明を求めれた。もちろん、真実を語るわけにもいかないので、『梅雨がいなくなって消えちゃう夢を見た』ということで納得させた。これはバスのなかでリュアナと打ち合わせした上で行っていることなので、たとえリュアナに聞かれたとしても、なんとか対処できるだろう。

 さて……と、長く天に伸びる階段を見上げた。

 紫陽花の木があるこの高台は、常に雨が降り地盤が安定しない。よって、重機が入ることはできない。つまりは、今回やる作業はすべて手作業ということだ。

 あーめんどくさ。とは俺も思うが、これで何人も死人が出ていると考えるといくらか真剣さが出る。それに同情したようにこの島に住む島民達も、セリアさんが応援要請を受け、立ち上がってくれた。その数総勢60人強。これだけ人数がいればと思ったが、作業は以外と難航した。

 最初のヒマワリの伐採はまだましだった。それでも、少し抜かるんだ地面に足をとられ泥だらけになるなど、少し汚れる作業だったがやり方さえ教えてもらえば簡単に終わることができた。しかし、問題だったのは次の作業だった。

 土の上に乗せる砕石、下地となる砂、そして石畳、これらをすべてをここまで持ってこなくてはならない。たった十メートルの細道でも相当な量だ。それを背負って、この百段近くの階段を上る。気が折れるような力仕事だ。


 「……なんて……重いんだ……」


 丁度、十周目に差し掛かった頃だろうか。トラックで運搬されてきた土や砂利は、底をつき終りも目前まで迫っていた。


 「ほら……頑張れ……上にいけば、かわいい彼女が美味しい料理を作ってくれてるぞー」


 先を登っていた歩に足が並ぶ。


 「うっせーぼけー……! そんな気力あるなら、もう一周してこい」

 「へっ……へーん、もうこれで最後だ……」


 登りながらもトラックの荷台を見ると、確かに底をついていた。


 「なら、俺のものも背負って……いけ……」

 「やなこった……」


 乗せられることを嫌ったように走り出す歩。


 「あっ、こら、待て……!」


 俺もつられて足を早める。そして、いつしか、それは全力になって……。


 「はぁはぁはぁ……ははっ俺の勝ち~」

 「はぁはぁはぁ……くそっ」


 頂上に着いた時、俺と歩の足はもう動くことすら出来なかった。


 「まったく男ってバカね……」


 雨の中、大の字で横たわる俺達を見て小宵が呟く。


 「……はぁはぁ、うっさい、ちっちゃいお前には一生わからねぇよ」

 「……全くだ」


 全力を尽くして熱された体を雨で冷やされる。こんな気持ちいい気持ちがその辺で料理しているだけのやつにわかるわけがない。

 大きくなった気持ちが小宵に思わず大口を叩いていたが、小宵は怒ることはなく、むしろ細く笑むと静かにそうねと呟いた。

 そんな物珍しい小宵の笑顔が小さく思えるほど、俺達の体は疲労困憊していたのかもしれない。


 「あんちゃん達お疲れさん。もう少しでこっちも終わるからあっちで休んで起きな。じゃないと風邪引くぞ」


 俺達の運んできた石袋を取りに来たバスのおっちゃん。どうやら石畳を作っているグループもあと人押しのようだ。

 おっちゃんはよいしょっと一気に二つ背負うと、もといた場所に戻っていく。


 「そろそろ、あっちで休むか……」

 「だな……」


 紫陽花の木の方を見ると、そこには立派な一本の石畳が作られていた。これで梅雨も怯えられなくなるな……。 ここから、紫陽花の木の根本までしっかりと見える。


 「さて、想真。仕事が終われば……」

 「後は祭りだな」


 伸ばされた手を取り俺は立ち上がる。


~*****~


 残っていた石畳の作業は最後のピースを梅雨が埋め、全作業のすべてが終了した。石畳を率先していたおじさん達は飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎ。おばさんやリュアナ達が作っていた炊き出しのテントには多くの人がならんでいた。

 そんな風景を横目で楽しみながら、紫陽花の木に腰かけていると、


 「はい、これ」


 傘をもったリュアナが炊き出しの入ったうつわを差し出してくれた。


 「……ありがとう。でも、俺だけ……いいのかな?」


 暗示させるようにおじさんの行列を見る。並ばずもらえるというのは少し気が引けてしまう。しかも、彼女が店番を外れて届けてくれるのだから、罪悪感を感じずにはいられない。


 「一番の功労者が何いってるのかなー?」


 むすぅっとなんだか呆れられたような表情を向けられ、気になる部分を模倣するように口にする。


 「……一番の功労者……? っていやいや、それを言うならおっちゃん達だろ?」

 「……………」


 あれ? なんだよその目は? その反応は?


 「もーう、みんな想真くんと歩くんが一番の功労者だっていってるよ。二人が下から砂や土や石を持ってきてくれたから俺達は組み立てるだけでとても楽だったって。私もそう思っている。何回もあの階段を行き来したんだもん。一番の功労者だよ」

 「そ、そうか……」

 「そうだよ!」


 必死に俺への賛辞を断定するリュアナに思わず笑ってしまう。


 「あ、でも、歩もいるし一番ってわけじゃ……」

 「また余計なことを~。想真くんは私にとっての一番の功労者なのっ!」


 そう言われてしまうと、もう俺からは何も言うことは無い。

 

 「それじゃあ、遠慮なく」


 リュアナから器を受け取る。ついでにリュアナの手を引き──キスをした。


~*****~


 「それで、昨日の夢──梅雨の記憶を見てしまったわけだけど落ち着いたか?」


 空になった器を視界の端に置いて、隣に座ったリュアナを見た。


 「うん、お陰様でね」


 えへへ、と笑うリュアナ。その笑顔に嘘は感じない。だけどやっぱり、会話の合間にどこか辛そうな表情が窺える。


 「……もう、そんなことは起こらないよね?」

 「梅雨がなにもしなければな」


 遠く先を眺めるリュアナにあくまで冷静に答える。

 こんなにも多くの人の思いを集めて作り上げたものなのだ。これで結果を出さなかったら、なんとためにとこの木の管理者に文句を言ってやりたい。


 「呼んだ?」

 「つ、梅雨ちゃん……」


 あっけらかんと木の幹の反対側から梅雨が顔を出した。相変わらず神出鬼没だ。


 「いや、呼んだってわけじゃないけど、まぁ、いいや。ちょっと言っとかないといけないことあったし」

 「ん? 何?」


 おいでおいでと手招きをして、梅雨を膝の上においた。なにかな?とこ首をかしげる梅雨。相変わらずかわいい。


 「俺達はお前のためにとここまでしたんだ。だからこれからは脅かさないように、わかったか?」

 「うん、それは重々承知だよ。本当にありがとう。私にはこれ以上の言葉には表せないけど、それ以上の感謝を抱いてるよ」

 「そうか……」


 舞よりも大人びたような表現をするもんだなと、梅雨の頭を優しく撫でる。その時にちらりと見えた光の粒は涙なのかつゆなのか俺にはわからなかった。


 「と、ところでなんだけど……」


 手で涙を拭う仕草を見せ、なにか話を切り替える言葉を使った梅雨は俺たち二人に向けてこう言った。


 「もうひとつ、もうひとつだけ、私のお願い聞いてもらってもいい?」

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