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紫陽花13

 「ふぅ~……今日は本当にいろいろあったな~……」


 暗闇の中、光の波が立つお湯に足を漂わせながら、今日の出来事を振り返るように晴れた夜空を見上げる。

 誰もが寝静まった夜更け、俺はうまく寝つけず旅館を散策していた。そして、偶然通りかかった廊下で中庭に足湯を見つけ、眠気を期待し足をつけた……んだが、結局、物思いに更け余計と目が覚めてしまっていた。

 

 「眠れないな……」

 「私も……」


 ふとして呟いた俺の声に同感するように放たれた弱弱しくか細い声。その声には覚えがある。当たり前だ、大好きな人の声を忘れるはずがない。


 「……リュアナ?」

 「……ん?」


 中庭の入り口で銀の髪をまとめた少女は目をこすりながら小首をかしげた。まるでさっきまで寝ていたかのようにピンクのパジャマは少し着崩れて、危うく見えそうな胸元にはヒグマのようなぬいぐるみが抱きかかえられていた。


 「想真くん、隣い~い?」

 「……ああ」


 戸惑いながらも返事をすると、リュアナは足元をふらふらさせながら隣に腰を下ろし、お湯に足をつけた。


 「……ふぁ~あったか~い」


 ふにゃふにゃ~ととろけたような声がリュアナの口から漏れる。口は動いているのに、眼がほとんど開いていない。


 「眠たかったら、部屋で寝てても……」

 「眠れないよ。君がいないのに」


 口をとがらせたような言葉に俺は押し黙る。どうして起きて来てしまったのだろうか……。そう考えて、今朝のことを思い出した。


 「もしかして、今日も俺の布団に入ろうとしてたのか?」

 「もしかしなくても、そーです」

 「当然のように言うなよ……」


 当たり前というように肯定するリュアナを見て俺は落胆する。


 「今日、あれだけ節度の話したのに……」


 ダメだったか~とため息を落とし夜空を見上げ、俺はリュアナとの帰り道を思い返したのだった。


~*****~


 リュアナと恋仲になったあの海岸からの帰り道。俺とリュアナはこんな話をしていた。


 「やっぱり恋人同士とはいえ、節度は必要だよな……」


 さすがに情熱的になったあの姿を人前で晒すわけには、当然いかない。俺の命も心配だが、一人だった時が長かった分、それがいったいどれだけ迷惑なのかよく分かる…………本当はずっとしていたいけど! それでも、最低限の節度は守らなければならない。そう、これはモラルだ。

 願望をグッとこの胸の底に押し沈める。


 「そうだね~ずっとこうしてはいたいけど人前ではちゃんと節度は守らないとね~」

 「だよなぁ~……」


 少し寂しく感じるがこればっかりは致し方ないことだ。息を一つ吐くと、顔を少し赤らめたリュアナが腕にくっついた。


 「リュアナっ!?」

 「……なにかな? 想真くん」


 袖を引っ張りながら見上げてくるリュアナは、まるで子猫のようなかわいいさで……──って、ダメだダメだ。ここで線引きをしておかないと、いずれ俺は自分の身を滅ぼしかねない。


 「なにかな? じゃない。ちょうど、今そのことについて議論してただろ? 何で節度を決めようとしてるのにくっついてくるんだよ?」


 これじゃあ、いくら頑張って決めたとしても甘くなるに決まっている。


 「だってー……今はまだ人前じゃないんだし、べつにいいでしょ?」

 「ダメだダメだ。ここは人前じゃなくても、公共の場所であって人目はあるんだから」

 「想真くんのいけず。そんなにお堅くならなくてもいいのに」

 

 ツーンと顔を背けて拗ねるリュアナ。その姿に、俺はまたもや可愛いと思ってしまう。

 ヤバイな、俺……。

 今の俺にはリュアナのすべてが愛おしく感じるようだ。それに加えて、今まで以上に感情を表面に出して甘えてくるその駄々っ子のようなリュアナには、本当、いつまで俺の自制が効くかわからない。


 「それで、節度はどれぐらい?」


 改めて規制を引かなければと根本的な最初の話を戻す。


 「これぐらいかな♪」


 お茶目な笑顔で俺の腕を持ち上げるリュアナ。


 「却下」


 それに対し俺は真顔で即答し、なにもなかったようにもう一度訊ねた。


 「それで節度は……」

 「うぇー、それはちょっとひどくない? ひどいよー想真くん。もっと私とイチャイチャしたくないの? ねぇ、したくないの?」

 「──したいに決まってるだろっ!」


 と、思わず口から本音が飛び出てしまう。あまりの衝撃にリュアナはピョンと跳ねたが、とりあえず俺は首を降って高ぶった気持ちを切り替える。


 「……でも、ダメだ。こういうことは人目があるところではやっちゃいけない。っていうか、こういうことはリュアナの台詞じゃないのか?」

 「私はそんなお堅い人じゃないよー。人前じゃなければ私はそれでいいの」


 ムニュと、柔らかい胸を腕に押し当てられる。

 軽い、軽すぎる。このままだと、今日中のうちに恋人として行き着く先までいってしまいそうだ。

 『それでもいいかも……』なんて想像してしまうのは男の性なのかもしれない。だけど、それとは別に『こうしたい』という理想が俺にはあった。

 これを言えば、今のリュアナには受け入れてもらえないかも知れない。しかし、これを言わなければ理想に近づくことも、ましてや関係を壊すことになりかねない。

 言うか……。リュアナとはずっと一緒に居たいし。


 「あー、リュアナ。俺はさ」


 どう話しかけようかと迷ったがええい、ままよままよと自分を鼓舞し、少しくだけたようにリュアナに話しかける。ちょっといつもと違った声に何かを感じ取ったのか、腕にスリスリと擦り付けていたリュアナは自然と顔をあげて俺を見ていた。


 「リュアナがさ、別にいいよって言うのなら俺はどこまででも付いていくつもりでいる。だけどさ、このままずっとイチャイチャし続けて、それでいつか飽がきて、別れが早まってしまうのは……嫌だ」

 「………………」

 「嬉しい気持ちはもちろんわかる。俺だって一緒だ。スキンシップだってもっと取りたいと思う。だけど、だけどさ、もう少しゆっくりでもいいと思うんだ。俺はリュアナとはずっと一緒にいたいから。リュアナは……違うか?」


 リュアナは少し考えるように俯くと、一歩、俺の腕から離れた。


 「そうだね……私も想真くんと一緒。いつまでも想真くんと一緒にいたい。いたいよ。だから、想真くんがそう言うのなら私は少し我慢するよ」


 顔をあげたリュアナは晴れやかな笑顔で笑ってくれた。想いが伝わってくれてよかったと一安心だ。


 「……ありがとうリュアナ」

 「うんん、私の方こそありがとう想真くん。私、浮かれすぎてた。本当は私の方がちゃんとしないといけないのに……」

 「それは無理だろ。今でさえ、これなんだから」


 俺はそう言い切って苦笑した。これ、というのはリュアナの繋いだ手のことだ。リュアナは腕から完全に離れたが、この手だけは離さなかった。


 「仕方ないでしょー、離れたくなかったんだから……」

 「でもだからって、こうやってブランブラン揺らす必要はないだろ?」


 なんか子供っぽい。


 「う~……想真くんのいけず」


 振り子のように振られる手は、まるで犬の尻尾のようにリュアナの気持ちを直接示したようなものだった。まあ、さっきよりはましか……。


 「……わかったよ。じゃあ手を繋ぐまではセーフとしよう」

 「やったー!」

 「って、喜んでくっつくなよっ! アウトだぞ。アウト」

 「人目が無いんだからいいでしょー」


 我慢すると言ったあの宣言はどこへやら、呆れながらも笑い合い、俺達は旅館へと戻った。


~*****~


 まったくだ。あの時の宣言はどこへいった。


 「リュアナ、節度はちゃんと覚えているよな?」

 「当たり前だよ。想真くんとずっと一緒にいるためだよ。忘れるわけがないよ」

 「それじゃあ……」

 「でもね」


 そっとリュアナは体を寄せて体重を預けてくると、俺を見上げて手を重ね合わせた。見つめるリュアナの表情はとても甘えた表情で、どこか切なさを感じさせる。


 「口実をつけて構ってくれないのはそれこそ別れが早くなっちゃう。だから、人目がなかったり、寂しくなったりしたら、ちゃんと私を構ってほしい。甘えさせてほしい。ねぇお願い、想真くん……」

 「……ずっと一緒にいたいからか?」

 「そう、ずっと一緒にいたいから。だから、二人の時間だけは守って」


 してやられたな……。

 リュアナの想いにはいろいろと納得がいくものだった。時間や場所によって二人が二人でいれる時間は本当に限られている。だから、その限られた時間をちゃんと二人の時間として作らなければ、その関係はあって無かったものとしてきっと終わりを迎えてしまうことになるだろう。

 モラルや節度は大切だが、恋人としての時間は絶対に必要な時間なのだ。


 「リュアナ」

 

 とんとんと、俺は自分の太ももをたたきリュアナに合図する。


 「うん……」


 意図を読み取った様子のリュアナは体を倒し、俺の太ももに頭を乗せた。俺はそっとその小さな頭を撫でる。


 「わかったよ、リュアナ。俺もずっと一緒にいたい、ずっとこうしていたいから俺は約束する。俺はこの時間を守るよ」

 「……うん……ありがとう、想真くん」


 心地よさそうな声色に約束に縛られた俺の心も癒される。


 「そう言えば、帰ってきた時にみんなが知ってたのはビックリしたよね~」


 気分をよくしたリュアナは急にそんなことを話し始める。


 「まあ、ビックリしたな。まさか、リュアナの背中に超小型盗聴器がついていて全部聞かれていたなんて……恥ずかしすぎるだろ……」

 「そうかな~、かっこよかったと思うけど」

 「それならいいんだけどな……」

 「そのあとの質問は大変だったけど、ケーキはとっても美味しかったね~」

 「そうだな……。っておい、リュアナ、よだれ垂らしてないよな」

 「そ、そんなわけないよっ!?」


 慌ててなにかを拭き取る様子を見せるリュアナ。そんな様子に俺は笑う。


 「明日は梅雨ちゃんの庭のお手入れだね」

 「そうだな……」


 今日の会議で決まった、梅雨のひまわり畑の改装はほとんどセリアさんが仕切り、下準備などはもうすでに終えているらしい。

 

 「あとは明日、作業をするだけになると思うけど、セリアさんって本当手回しが早いよな~」

 「そうだね~。まぁ、本人はそれで色々と苦労しているんだけど……」

 「リュアナ?」

 「うんん、何でもないよ。怪我だけには気を付けてよね」

 「わかってるわかってる」

 「ほんとかな~?」

 「ほんとだって」

 「ほんとにほんと?」

 「ほんとにほんと」

 「超マジで?」

 「そりゃもう超大マジで」


 けらけらとそんな他愛ない話で俺たちは笑い合う。それからまた他愛無い話で盛り上がり、中庭からは月が見えなくなった頃、話し疲れた様子のリュアナは言った。


 「ねぇ、想真くん。私眠くなってきちゃった……」


 確かにもうここに来て何時間も浸かっていた。それにリュアナのおかげもあって俺にも少しは眠気も出てきていた。


 「それじゃあ寝るか……」

 「……うん」


 足を湯からあげて、置いてあったタオルで足をふく。はいこれとリュアナにもタオルを渡そうとしたのだが……。


 「……ダメだ。もう寝てる」


 横になって寝息を立てるリュアナ。その表情や姿は、まるで舞や梅雨と変わらない無邪気な子供のように思えて、つい微笑んでしまう。

 仕方なく、リュアナの足の水滴を拭き取り、背中に担ぐ。その時にあたる胸は役得と思っておこう。リュアナの友達であるヒグマのぬいぐるみを持って部屋へと戻る。

 今日くらいはいいか……。

 リュアナが今夜予定していたように俺の布団に寝かせ、隣に俺も入り一緒に寝る。シングルの布団だが、そんなに狭くはなかった。

 寝床に着くと、リュアナの温もりに一気に眠気に襲われ瞼が閉じていく。完全に眠ってしまう前にと最後にリュアナの頬にそっとキスをした。

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