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紫陽花11

 「そ……まくん……」


 あれ? 俺は…………。

 ぼんやりとした意識の中で誰かに呼ばれた気がした。

 ああ、そうか。俺は寝てしまったかのか……。あんなにも心配してたのにな……。

 まったく俺ってやつは現金だなぁ。

 夕暮れの光を受け、目をうっすらと持ち上げた。ぼんやりとした視点、焦点を徐々に合わせていくと梅雨の顔が正面にあった。それも、ほんの数センチで触れそうなくらい近くに。


 「すぅ~すぅ~、すぅ~すぅ~……」


 ゆっくりと流れる梅雨の呼吸。その無垢な寝顔はとても幸せそな物だった。


 「……よかった。幸せそうに寝てくれてる…………」


 しかし、この顔をみているとやっぱり舞に……。


 「想真くんって、やっぱり小さな女の子が好みだったんだね」

 「りゅっ、リュア…………」


 通路から見下ろすリュアナの顔はいつものパターンではなかった。


 「なんでリュアナさんは笑ってな、ひぃっ──」


 無表情だったリュアナの眉間が寄り、俺を見る目が険しくなる。

 ヤバイヤバイヤバイ。まずいまずいまずい。どうしたらいい? どう反応したらいいんだ!?

 いつもの笑顔オコパターンならここで怒鳴られるのに、今回の無表情オコパターンはいつになっても怒鳴る気配はない。

 俺は、どうすれば……。


 「まぁ、想真くんにそういう趣味があっても、私には関係のないことだから別に好きにすればいいけど、もう私に近寄らないで……汚らわしいから」


 リュアナはそう言い残すと、すたすたとバスを降りていく。


 「……………………………………………………………………………」


 俺は今、始まったはずの夏が終わり、真っ白な、そう雪景色とも言える世界の中にいた。

 ああ、なにもかもが真っ白に見える。そう、この世界に色は無い。

 終わった……。

 俺のすべてが終わった……。


 「ぅぅ…………んぅ、寒い………? ってどうしたの想真お兄さん。なんか全身が真っ白だよ!? それになんだか寒い……くしゅんっ!」


 どうやら梅雨が起きたらしい。


 「えっ、想真お兄さん!? 何があったの!?」


 「…………………」


 「えーとえーと、こういうときどうしたらいいかな? どうしたらいいかなっ!?」


 キョロキョロ、キョロキョロと慌てる梅雨。そして、窓に目を止め、到着していることに気がつく。


 「ってあれ? もう着いちゃってるの? だったら、まずは部屋にいかなくちゃ。ほら、想真お兄さん、い、く、よっ」


 手を引かれながら、バスを降りる。


 「部屋は紫陽花の部屋だよ、梅雨ちゃん。あんちゃんも、ま、頑張れよ」

 「うん、わかった。ありがとうおじさん」


 一部始終を見られていたバスのおじさんに慰めをもらったが、今の俺には何の策も考えも思い浮かばなかった。


~*****~


 梅雨に連れられて、部屋に戻ってくるとセリアさんに迎えられた。


 「いらっしゃい、梅雨ちゃん。ちゃんとここまでこれてよかったわ~。梅雨ちゃんと想真くんが気持ちよく眠っていたからリュアナを置いてきたのはずなんだけど……。なるほど、やっぱりそういうことなのね……。ここで長話をする訳にもいかないし、さあ入って入って、ほら想真くんも」

 「…………はい」

 「お邪魔します」


 セリアさんに促されて部屋の中に入る。


 「リュアナちゃんがあれだったから、相当ヤバイだろうと思ったけど、ここまでとは……」


 入って早々、床に座っていた歩が俺を見て哀れむような顔をした。


 「まぁ、座れよ……」

 「ああ………」


 言われて、歩とは向かいになって座る。


 「梅雨ちゃんはこっちに来て」

 「うん……」


 セリアさんに連れられて梅雨は隣の部屋に移動する。ぱたんと襖が閉じられ、歩と俺の二人だけがこの部屋に残った。


 「このままじゃ梅雨ちゃんの会議ができそうにないから聞くけど、バスの中で何があったんだよ?」

 「リュアナに嫌われた……」

 「うん、それは見たらわかる」


 歩に聞かれ、あの時の記憶を思い返す。

 ”まぁ、想真くんにそういう趣味があっても、私には関係のないことだから別に好きにすればいいけど、もう私に近寄らないで……汚らわしいから”


 「……リュアナに、もう近づくなって言われた」

 「そうか……でもな……」

 「……あのリュアナに、汚らわしいって言われた」

 「大丈夫だ、それもきっと……」

 「あのリュアナだぞ! あの嘘がつけないリュアナが言ったんだ。間違いなく本心なんだぁああー……」


 感情が抑えきれず、テーブルに突っ伏し涙を流す。ついでにゴンゴンゴンと三回テーブルをたたいた。

 

 「そりゃリュアナちゃんの言ったことが本心なのかもしれないけど、そういうことは誰だってちょっとした出来心で言っちまうもんなんだし、そんなに深く考える必要はねぇって」


 歩はそうは言うが、あの言葉を放った時の表情を知らないからそういうことを言えるのだ。

 俺はそう言い返したくって、崩れた顔を上げる。

 

 「でも、あれだぞ! あの顔は激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだったぞ!」


 自分が持てる最大を表現したが……。


 「ごめん、想真。お前が何を伝えたかったのかよくわからなかった……」

 「うぁあああああ~ん」


 そして俺はまたテーブルに突っ伏した。


 「こりゃ駄目だなぁ~。想真ちょっと気分を変えに行こうぜ」

 「どこに、どこに行くつもりだ……?」

 「うーんとそうだなぁ~。とりあえず、夕日が見える海岸でも行くか、たまにはいいだろ?」


 にゃりと笑う歩。気分転換ということなのだろう。男二人、たまにはいいかもしれない。

 

 「あまり気のりはしないが……いくよ……」

 「よっしそれじゃ行きますか」


 伸ばされた歩の手に捕まり立ち上がる。本当にこれでなにか変わればいいのだが……。

 そんな思いで俺は歩の手を取った。

 後にこれをきっかけに劇的な変化をするが、そんなこと今の俺には考える余地もなかった。


~*****~


 ぱたんとセリアによって襖が閉じられ、十二畳間の部屋には女の子全員が集まった。

 

 「さて……と……」


 セリアは一通り部屋を見回す。

 この部屋で注目すべきところと言えばテーブルに顔を突っ伏したリュアナだろう。その両脇にはフォローするように詩織と小宵が話を聞いていた。ちなみに静華はまるで自分の出番ではないと言うようにお茶を啜っていた。


 「はぁ~。座ろっか、梅雨ちゃん」

 「うん………」


 セリアは梅雨を座らせると、梅雨に近い静華の隣に座った。


 「それで、話はどうなってるの?」


 静華が湯飲みをゆっくりと置いた。


 「帰ってきたあと、テーブルに何度かぶつけて、現状の状態だ」


 はぁ~と、二度目のため息。やっぱり……と口には出さなかったが唇が動いた。


 「そういうことでいいのよね? リュアナ」


 伏せた縦に頭が動き、こつりとテーブルが音を立てた。

 はぁ~と三度目の溜め息。


 「みんな、そんなにリュアナを慰めなくていいわ。どっちかって言うと……」


 うぁああああーん! と隣の男二人の部屋から大声で泣く想真の声が聞こえた。


 「想真くんの方をフォローして欲しいわ……」


 ああ……と誰もが納得する。この状況で一番傷ついているのは、きっと本音をぶつけられた想真なのだろう。


 「でも、どうしてこうなったのかは想真くんが悪いことをしたんじゃ……」


 小宵がそうリュアナを擁護しようとしたが、セリアは首を横に降った。


 「想真くんは何も悪くないの、多分なのだけれどきっとリュアナは向かい合って寝ていた梅雨ちゃんに嫉妬したのだと思うの……」


 ビクッとリュアナの体が反応し、視線が注目した。


 「えっ……嫉妬?」


 案外、単純な理由に驚く梅雨。しかし、その他は『ああ、そういうことか』とまたもや納得したような表情を浮かべていた。


 「リュアナちゃんってこう純粋そうに見えて以外と嫉妬深いところがあるからね~」


 詩織にそう言われまたもやビクッと反応するリュアナ。


 「そうねー。私も、ちょっと想真くんの太ももに擦り泣いただけなのに、テーブルの下では握りこぶし作って必死に耐えていたもの、他にも……」

 「もうやめて! セリア姉!」


 セリアがすべてを暴露する前に、必死に止めようとリュアナが顔を上げた。


 「舞ちゃんと想真くんが二人きりで星真さんのお宅へお邪魔するって聞いたときには、即興で言い訳を作りあげて………」

 「ダメっ! 本当にダメだから! それ以上は言わないでぇ~」

 「もしかして、リュアナが訪問することになっているって話はウソだったの……?」

 「わーわー、そんなことないよー。本当のことだよー」

 

 必死に棒読みに叫ぶリュアナはなにか隠しているとしか思えない。


 「それはさておいて、リュアナはどうする気なの? ずっとこのままでもいいの?」

 「それは……嫌だけど……」


 すぐに謝れない理由があるような言い方にセリアはさらに詰め寄る。


 「だいたい想真くんになんて言ったの? あんなに真っ白になるぐらいだから、相当ひどいことを言ったのはわかるけど」


 俯くリュアナはポツポツと呟き始める。


 「想真くんに…………趣味があっても、私には……………ない、から……………いいけど、もう………………………から」

 「ごめんなさい、リュアナ。まったく聞こえないわ」


 うんうんと、そこにいた誰もが頷いた。


 「あーもー。想真くんにそういう趣味があっても、私には関係のないことだから別に好きにすればいいけど、もう私に近寄らないで……汚らわしいから、って言ったのっ!」

 「…………………」


 自暴自棄になったリュアナは大声でそう言うと、テーブルに顔を付けてうぁーんと泣き始めた。


 「これは、思っていた以上にひどいわ…………」

 「嫉妬だけでここまで言われると、さすがに酷いと思うわ……」

 「うんうん。それにあの表情で、しかもそれが本音って言うのも大ダメージだよねー。私も言われたら想真くんと同じになっちゃうかも」


 友達からの酷評でさらにわんわん泣くリュアナ。


 「ムカッとなって言っちゃったのは仕方がないかもしれないけど、これじゃあすぐに謝るのにも抵抗あるわね~」


 どうしようかと悩む姿を見せるセリア。その時、ポケットにあったスマホがブルブルと震えた。

 セリアは何気なくするりとスマホを取り出して確認すると、口角が少し上がった。


 「ねぇ、リュアナ。ちょっと気分でも変えに散歩しない?」

 「…………え?」

 「たまには、お姉ちゃんとお話しして気分を変えるのもいいと思うのよ。そしたら、案外、簡単に想真くんに謝れるかもしれないわよ? どうかしら?」

 「……………行く」


 顔の見えないリュアナは、なにも動かぬまま、ポツリと呟いた。


 「よし、決まりね。それじゃあ、少し準備しなくちゃね。そんな泣きっ面じゃ、外には行けないでしょ?」

 「…………うん」


 泣きっ面だったリュアナは顔を上げて、がさごそと支度を始める。

 セリアはそのようすを見ながら、ここにいるリュアナ以外の全員にその計画と内容をスマホで伝えた。スマホを持ってなかった梅雨にはその内容を見せてあげている。


 「そういうことだから、みんな楽しみに待っててね?」


 セリアの言葉に、支度に専念するリュアナに向けられる、にやにやとした視線が集まった。

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