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紫陽花9

 時は落ち着き……。泣きながら抱きつくリュアナを抱き締め、あやすように頭を撫でる。横目で小宵の方を見ると歩が鬼気迫る表情をしながら小宵の手を掴み引き止めていた。

 よかった……。本当によかった。

 今はそれしか考えられなかった。

 この胸に感じるこの温もりを失わずにすんだ。その事実に、俺は安堵した。


 ──あの時……。

 リュアナと小宵が叫びをあげ、階段へ走り出そうとした瞬間。俺の頭のなかに歩の言葉がよみがえった。


 ──高台にその場所があったので、死亡原因は転落になっているそうですけど──


 どうして、ここの大まかな死亡原因が転落になっているのか?

 その疑問にぶつかったとき、突如、胸に沸き上がった焦燥感に駆り立てられ、俺は慌てて逃げようとするリュアナの手を取り、離すものかと抱きしめた。

 後になって考えれば、今のリュアナ達同様この少女に驚いて、この階段を転がり落ちていったからだろうと推測がいく。

 あの時、手が届いていなかったらと思うとぞっとする。本当に、誰も失わずに済んでよかった……。


 「ご、ごめんなさい!」


 大きな声で頭を下げて謝る少女。そこにいた全員が少女を見た。

 心なしか雨が強まった気がする。


 「私は……ただ……」


 掠れる声。雨とは別にポツポツと少女の雨粒が落ちる。


 「…………」


 どうしたものかな……。

 気持ちを切り返した俺はこの状況の対処に迷っていた。

 今回の一件は少女がすべて悪い訳ではない。しかし、少女にも少し非はあるのは事実だ。そのことを別に咎めようとは思ってはいないが、人が死にかけているんだ。楽しい雰囲気で遊ぼうとは思えない。

 だけど、相手はまだ舞と変わらないぐらいの少女なのだ。それも不可抗力でこうなってしまっているとなれば、無かったこととしてお咎めなしということができるだろう。ただ、それでも少女との関係は複雑なものになるだろう。

 どうすれば、と考えている間も少女は自身を咎めて泣いていた。


 (出来ることなら、今すぐ慰めて、こうなった原因を取り除きたいのだが……)


 そんな意味の視線を被害者にあたるリュアナに向けると、涙目を浮かべていたリュアナだが『仕方ないなー』と呆れた笑顔を見せると頷いてくれた。


 「ありがとう、リュアナ……」


 頭を撫でて、抱き締めていた体を離す。そして、少女に近寄って俺は言った。


 「遊びたかっただけなんだろ?」

 「…………ぇ?」


 驚いたように小さな声を出した少女に「違うのか?」と問いかけると、小さく頭を横に降って「……違わない」と言った。


 「悪かったな……驚いちゃって、それに大人げなかったよな。ごめんな……」

 「なにも、お兄さんたちは悪くない! 私が、急に飛び出して行ったから! 私が、こんな姿だから……」


 悲しみを押し留め掠れる声は、聞いているこちらが胸を痛めてしまう。


 「それこそ、なにも悪くないだろ? 急に飛び出したのだって向日葵が伸びすぎているのが原因で驚いたわけだし、お前の容姿にしたって、髪を切ったり、服を変えたりするにはお金が必要だろう? 保護者がちゃんとお金を渡さないのが原因だ」


 しゃがみこみ、ポロポロと涙を流す少女と目を合わせて微笑む。


 「なにも悪くないんだよ、お前は」

 「うっ、うう、うー……」


 うあぁぁぁーーん! と堰を切ったように大泣きする少女が飛び付いてくる。

 これじゃ、もうなにもかもがびしゃびしゃだな。とは言っても少女の涙か雨の滴か、傘のない俺には分からないけど。


~*****~


 少女を抱き締めていたからだろうか? 少女から孤独や悲しみ、そして恐怖といった負の感情が伝わってくる。

 力のせいか……。

 しかし、なぜ、感情が伝わってきた? お互いの心が近づいたから? しかし、名前も知らない子だ。そんな人とすぐに繋がれるはずはない。

 しかし、これは……。


 「想真くん、いつまでそうして抱き合ってるのかな?」


 リュアナに貸した傘が俺たちに向けられ、雨は止んだ。しかし、その傘を持つリュアナは怒りを含むにこやかな笑顔を浮かべている。


 「いやっ、でも……」


 この子をいま離しちゃ駄目だろう。本当に心が繋がっているように安堵している気持ちが流れ込んできている。

 『やっと手にした安らぎを離してしまいたくない!』という気持ちが少女から溢れ出て、俺の薄い上着をシワができてしまうほと握りしめていた。


 「言い訳は後で聞くから、まずは服を着替えないと、風邪引いちゃうでしょ?」


 違いますか? という暗示を目で聞いてくるリュアナ。


 「まったくもって違いません……」

 「よろしい」


 幽霊騒ぎも俺の暴挙のせいで落ち着いていた一行は、少女を連れて滑らないようにゆっくりと階段を下り、駐車場へ。乗せてきてもらったマイクロバスに戻る。


 「……おや、梅雨ちゃんじゃないのか?」

 「おじさん……?」


 マイクロバスの運転手だった旅館のおじさんが腕にへばりつく青い少女を見て、少し驚いた様子をしていた。


 「この子を知っているんですか?」


 当然とでも言うようにおじさんは大きな笑顔を見せた。


 「この島で梅雨ちゃんのことを知らない人なんてきっといないな」

 「そうなんですか?」

 「そりゃ、この島のアイドルってやつだからな」


 驚いた。ちゃんと島の人たちに認知されていたのか……。


 「はい、想真くん」

 「おっと……」


 先にバスのなかに入り込んでいたリュアナが、タオルを投げて寄越した。


 「ありがとう」


 わしゃわしゃと髪を拭きながら、おじさんの話を聞く。


 「でも、どういうわけか、あそこから動きたがらなくってな……。それでも、まぁたまに好奇心からか隠れて出てくることがあって、そんときはご飯をあげたり、おやつをあげたりして~。もう、あの食ってる姿なんて、たまらなく可愛くてよ~」


 孫の自慢話のように語るおじさん。

 なんだちゃんと愛されてるじゃないか。餌付けされている野良猫みたいな気がするけど。

 

 「……ただな。強すぎる好奇心のせいで、外のもんとやたらと関わりたがるんだが、その容姿のせいだろうな~、そこの嬢ちゃんのように驚いちまって、ひょっこり足を滑らせて事故なんてケースが多いんだよ。こんなにも可愛いのにな~」


 可哀想にとタオルを頭に乗っける少女を見た。

 俺はそんな少女の髪を乾かそうとするが、ん? 髪が濡れてないのか?

 理由は気になったが、取りあえず少女否梅雨の頭を拭くふりをした。


 「大まかな経緯はわかりました。では改善できるよう、少し梅雨ちゃんを貸していただけますか?」


 まとめ役、生徒会長のセリアさんが堂々とした態度で言った。


 「ん?」

 「えっ?」


 これにはさすがに驚いた。梅雨を見て静華さんの上で失神していたとは思えないほど、堂々としているのだ。

 幽霊じゃないとわかったとたんにこんなに堂々とできるなんて、まるで逃げようとしていたことが嘘のようだ。

 セリアさんが怖がってた最初の姿を見ているおじさんも、これには呆気にとられた様子だった。


 「あ……ああ。その子のために頑張ってくれるなら、ここの島の住民はみんな味方だ。よくしてやってくれや」


 そう言ってにっこりと笑うおじさん。この島の易しい部分を感じた気がした。


 「協力ありがとうございます。まずはそれで、服を買いたいのですが……」

 「ああ、この近くにショッピングモールがあるから、そこでいいだろう。さっ乗りな」

 「ありがとうございます」


 おじさんに促され、バスに乗り込む。


 「梅雨ちゃんのことよろしく頼むぜ。あんちゃん」


 運転席を横切るときに小声でおじさん言われ、俺も小さく返事をした。


~******~


 バスは町の中心部に戻り、大きなショッピングモール『天野』へと到着した。


 「以外と大きいわね。島のお店だからあまり期待してなかったのだけど、この大きさは本島の大手ショッピングモールと変わらないのね」


 偏見を正したように小宵がショッピングモールを見回した。


 「その大手ショッピングモールにも取り込めないうちら自慢のショッピングモール『天野』さ」

 「でも、こんなにも大きいと品物とか運んでこれないじゃないの~」

 

 そう言ってバスから降りて背伸びをする詩織。


 「なんのなんの、運ぶ必要なんてどこにもねぇのさ。なんたって、ここにあるものはすべてこの島の自家製もんだからな」


 わはっはっと自慢げに笑うおじさん。


 「色々とすごいな……」

 「そうだね……」


 自給自足できるこの島の凄さに圧倒されながらもバスを降りる。


 「まあ、それもあの紫陽花の木のお陰なんだけど、この話は長くなるからまたあとでな」

 「ありがとうございます。また、あとでそのお話をゆっくりと聞かせてもらいますので」

 「ああ、いっておいで」


 バスのおじさんに見送られ、俺達はショッピングモールに入るとさらに驚いた。


 「これすべて、この島の人たちが作ったのか……」


 あまりの品数に静華さんの声が漏れた。


 「食品に、雑貨家具、洋服、あっちには専門的な工具もあるみたいよ……」


 セリアさんも好奇心に溢れた目で地図を見ている。

 先輩二人が唖然とするなか、俺達は人に囲まれていた。

 

 「あらー、久しぶりじゃない梅雨ちゃん。元気にしてた? 最近みてなかったから心配だったよ~」

 「うん、元気してた。大丈夫だよ」

 「あれ、梅雨ちゃんじゃない? こんなところにいるなんて珍しいー、写真とろ」

 「うん、いいよー」


 わいわい、わいわい。

 梅雨の人気は収まることがない。


 「人気者だね~梅雨ちゃん」

 「そうだな~……」

 「ねぇ、想真くん。厳しいことを言うかもしれないけど、梅雨ちゃんって、舞ちゃん似てないかな? その……雰囲気とか、ちょっと似ている気がするの」


 きっとリュアナのことだから心でもみたんだろう。まあ、あの容姿を見るとそっくりだから、知ってれば誰でもわかる気がするけど。


 「似てるな、舞と……」


 その言葉を聞き付けたように梅雨が駆け寄ってくる。


 「お兄さんは舞ちゃんを知ってるの?」

 「ん? 知ってるけど?」


 梅雨の衝撃的発言をこうして落ち着いているのはきっとそんな気がしていたからだろう。


 「そうなんだ。それじゃあ、お兄さんが、想真お兄さんで、お姉さんが、リュアナお姉さんなんだ」


 どこか納得したような表情を浮かべる梅雨。


 「どうしてその事を梅雨ちゃんが知ってるんだ?」

 「どうしてって、舞ちゃんが教えてくれたんだよ? 優しいお兄さんとお姉さんに出会えたって、思い出をいっぱい話してくれてね」


 楽しそうに話す梅雨。しかし、俺には気がかりがあった。


 「舞と会ったのか……?」

 「うんん、違うよ。桜の花びらが伝えてくれたの。あ、でも花びらは舞ちゃんの一部だから会っていると言ってもおかしくはないかな……」


 舞が桜の木だということまで知っているのか。どうしてって梅雨が知っているんだろう? 


 「ねぇ梅雨ちゃん、梅雨ちゃんと舞ちゃんってどういう関係なのかな?」


 リュアナも気になっていたのだろう。真剣な表情をしながら聞いていた。


 「私と舞ちゃんの関係? うーん、姉妹みたいな感じ? 私がお姉ちゃんのはず、といってもそんなに変わらないけど」


 それは、つまり……。


 「梅雨は紫陽花の木ということでいいのか?」

 「うん、そうだよ」


 舞いとは違って記憶もあり、こうして笑っている姿を見るとなんにも問題がないように思えるけど、あの時感じた負のイメージや感情は消して嘘じゃない。まあ、特に問題が起きているわけでもないし、今すぐどうこうしないといけないということはないが……。


 「おーい、そうまー! 服選ぶぞー!」


 手を振って俺を呼ぶ歩。


 「わかったわかった、いま行くよ。それで、リュアナたちはどうするんだ?」

 「あ、私たちはね……」

 「──ひやぁっ」


 ボーと立っていた梅雨の肩を詩織は後ろから抱き締めた。


 「梅雨ちゃんのお着替えだよ~。ね~?」


 それは梅雨の同意を求めるのてはなく、


 「ね~」


 ほぼ脅迫に近いなにかだ。

 オモチャにされる危険を察した梅雨はもがいて必死に手を伸ばすが、ここはいずれ通らなければならない道だ。諦めてもらおう。

 楽しそうに頬を綻びさせ、梅雨を連れていく詩織とリュアナ。全く仕方ないわねと小宵がついていく。

 俺は、あはは……と笑うしかない。

 悪い、梅雨。今はあの二人と遊んでやってくれ。

 そう思いながら、待っている歩の方へと足を向けた。

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