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紫陽花7

 「なので明日、調査しにみんなでいきましょ? 幽霊かもしれないその青い髪少女に会いに、ね?」


 にこやかな、それでいて不気味な笑顔。カーテンから漏れ出た差し込む月明かりが歩の表情をさらに際立たせる。

 その表情を見るや否や怯えたように布団に潜る三人。しかし、奇妙なことはそれだけでは終わらなかった。


 「「お~」」


 詩織と静華さんの感心する声が上がったのだ。今の発言に『お~』とまで言える要素があったのか? 俺にはさっぱり共感できるところがない。


 「いいアイディアだ、歩。これで、幽霊と一戦交えることができる」


 嬉しそうにシャドウボクシングを始める静華さん。その素振りからは、風を切るほど凄まじく、研ぎ澄まされていた。

 これでもし、あの時の少女が本物の幽霊だったのなら……と考えると可愛そうでならない。


 「なるほど、それで成仏させてあげるんですね」


 納得したようにうなずく詩織。殴れる時点で幽霊はもう幽霊じゃない……のだが風を切ってしまう静華さんのパンチを見てしまうと、幽霊の常識すらも凌駕してしまいそうな気迫があった。


 「……え~と、これで3対3。想真で決まるけど、想真はどっちにはいる? あ、ちなみに俺としては出来ればこっち側についてもらった方が嬉しいんだけどな~」

 「……うーんと、どうしょうかなぁっ!?」


 手が、急に手が左右から引っ張られ、布団にT字になるように貼り付けられた。そして、ごそごそと俺の布団がの中に誰かが入ってくると細々い声が聞こえてくる。


 「いかないよねぇ~? 想真く~ん。いかないよねぇ~?」

 「いかないですよね~? 想真く~ん。いかないですよねぇ~?」

 「いくわけないよね~? そうまぁ~。いくわけないよねぇ~?」


 お経のようにも聞こえるその声は、もう、お前たちが幽霊だ!


 「はぁ~……俺は興味があるのでいき……」

 「たくないんだよ」


 俺の言葉を引き継ぐようにリュアナの声が重なった。


 「俺、明日はゆっくりと町を見回りたいと思っているんだ」

 「あの、リュアナさん。勝手に代弁しないで……」

 「そう。だから、行かないに賛成だ」

 「小宵も、やめろって」

 「そうか、想真。悲しいが、わかった……」

 「おい! 歩まで乗る必要はないだろ!」

 「じゃあどうするんだ?」


 明らかに『早く決めろー』と言うような呆れたような目で歩が見てくる。

 リュアナ達には悪いが、歩の話には気になることが多かった。調べることが出来るなら調べたい。


 「歩、俺は行くよ」


 そう伝えると、歩は嬉しそうにうなずいた。


 「よーし! これで決まりだ。明日は幽霊のいる紫陽花の木に行くぞー!」


 「「おー!」」

 「おー……」


 張り切っていた静華さんと詩織は腕をあげ、俺も流れ的に腕をあげた。


 「そうまくん」

 「そうま~」

 「そうまさん」


 三者三様の呼び方。これから何を言われるのか……ああ、考えただけでも恐ろしい。


 「まずはそこに正座してもらいましょうか?」

 「はい……」


 セリアさんに言われるがまま、布団から出て正座した。

 それからというもの、免れていたはずの説教が始まり、なぜか幽霊が怖い理由だとか連れていかれるとか主観的なものまで教えられ、結局、30分の拘束を余儀なくされた。


~*****~


 正座と説教からやっと解放された俺は先送りにしていた大きな問題があることを思い出した。

 寝る場所はどうしようか……。

 いくら友達と言えど異性である以上分ける必要がある。一瞬、バスのなかで笑うアウラさんの声が幻聴として聞こえたが、頭を降って忘れる。


 「あの寝る場所はどうやって決めますか?」


 その言葉に思い出したように散らばっていた全員が俺を見た。そして、同じように頭を降った。きっとあの笑い声が聞こえているのだろう。


 「そこはちゃんと区別しとかないとね。女子はあっちの部屋で寝るから、想真くん達はここで」

 「わかりました」


 歩と詩織は、『えー』と言いながらも渋々といった様子で布団を移動していく。

 そして、一通り移動が済むと六畳の畳に布団が二つ。空しい空間にセリアさんが忠告した。


 「くれぐれも、ここを開けないように。明日は7時ぐらいちゃんと起きてね。それじゃあ二人ともお休みなさい」


 ばたんと襖が閉められ、隣の部屋からきゃっきゃきゃっきゃと楽しそうな声が聞こえてくる。

 それに比べ取り残された俺たちは、


 「とりあえず寝るか……」

 「そうだな……」

 「…………」

 「…………」

 「……」

 「……」

 「」


 それ以上、交わす言葉が見つからなかった。


~*****~


 「……そう……くん……想真……くん」


 どこかで声が聞こえた。

 ──夢だろうか?


 「……想真くん」


 いや違う。さっきの声ははっきりと聞こえた。それに体を揺すられて感覚もある。


 「……うぅ……ん? ……あれ…………リュアナ?」


 ぼやけた目でも、顔にかかりそうなその白い髪を見れば見分けがつく。


 「想真くん、お願い! お手洗いに連れてって!」


 顔を赤くしながらもじもじした姿。必死に何かを訴えかけるリュアナ。

 ──ああ、トイレか……。


 「わかった。ちょっと待ってくれ……」


 体を起こしゆっくりと頭を起こそうとしたのだが、


 「ダメっ!」


 リュアナが強く叫んだ。どうやら、我慢の限界が近いらしい。


 「わかった」


 さっそくリュアナの手を引き、部屋のトイレに連れていく。トイレといっても、どうせ歩いて数歩の距離だ。だから、そう慌てなくても大丈……夫……。


 「……ど、どうしたの想真くん……」


 トイレのノブを握ったまま動かない俺を見て、リュアナは推測したのだろう。その声は震えていた。


 「扉が開かない」

 「──ひっ……!」

 「ダメだリュアナ! 気を緩めるな! これは幽霊のせいじゃない、今は誰かが入っているだけだ。そうだ、廊下にあるトイレに行こう」

 「うっ、うん……」


 扉が開かないことに体を硬直させていたリュアナだが、なんとか持ち堪えている。


 「いくよ……」


 ひとこと声をかけてリュアナの手を引いて廊下に出た。

 深夜だからだろうか、廊下は薄暗く月明かりが窓から差し込んでいた。


 「──ひぃっ!」


 薄暗い廊下に怯えたリュアナは咄嗟に手を繋いでいた腕に抱きついた。


 「リュアナ!?」


 いや、そんなことに驚いている余裕はないようだ。


 「うぅ~……」


 抱きついたリュアナは必死に耐える呻き声を出して、もう見るに耐えれない。


 「──ごめん、リュアナ」

 「ひゃっあ……ああっ……!!」


 ひょいっと、悶えるリュアナをお姫様だっこで抱えあげ、走り出す。

 強い刺激で漏らしてしまうかもしれないが、あのままゆっくり歩いていくよりはずっと間に合う可能性があった。


 「うぅ……うぅ~!!」

 「あと、少しの辛抱だ!」


 もう、トイレは見えている。


 「うう…………うぁ、あ……あああっ!!!」


 高らかに声を張り上げるリュアナ。


 「うあああああっ!」


 ──ばたん! と勢いよく扉が閉められた。


 ……ま……間に合った~!!!!

 落ち着いて廊下の壁にもたれかかると、ひどい倦怠感が襲いかかり、廊下に座り込んだ。

 どうやら緊張の糸が切れたようだ。


 「よかった……」


 ようやく戻った静寂に安堵を覚え、張りつめていた気を緩めた。

後は出て来たリュアナを部屋に戻すだけ、時間制限もなく、気楽にやればいい。そう思っていた。

 ゴーッと強い風がガラスをカタカタと鳴らし、ひんやりとした空気に心がざわついた。

 ああ、嫌な予感だ……。

 顔をあげるが廊下の先には何もない。ただ、足音は聞こえた。

 とんとんとんとんとん……。

 足音の間隔が速い。慌てているのか?

 推測が形を作り始めた頃、その姿は現れた。

 青い髪の幽霊。歩がそう言っていた少女だ。しかし、少女はお風呂場と会ったときより幼く見えた。

 寝ぼけているのだろうか? 目は開いるのかわからないほどに閉じていた。しかし、どこか必死そうな表情でお腹に手をあてがいながら走ってくる。

 こいつもトイレか……。

 ん? 待てよ……こっちに走ってきている。つまり、あの子はここのトイレを使う気なんだよな。

 まずい、リュアナと鉢合わせになる!

 思考をフル回転させ、俺は女子トイレを阻んだ。そして、突撃してくる少女のタックルを受け止めた。


 「悪いな、お前のトイレはそっちだ」


 くるりと少女の方向を変え、男子トイレの方に向かわせた。

 少女は寝ぼけているせいか、素直に言うことを聞いて、男子トイレの方に走ってくれた。

 これでひと安心と思いきや、バタンッと男子トイレから大きな扉の音が鳴った。


 「ねぇ、さっき大きな音が聞こえたんだけど……」


 不安そうな顔を浮かべながらリュアナが帰ってくる。


 「俺もトイレに行ってたから、その時の音じゃないか?」

 「そうかな?」と疑うような俺を見たが、それ以上奇怪なことに首を突っ込まない方がいいと判断したのだろう、「早く戻ろっ」と腕を引っ張り催促した。

 部屋に戻ってきた俺たちは何を話すでもなく就寝。とはいかず、リュアナの不安が爆発して聞き分けのない子供のように駄々をこねていた。


 「想真くんお願い、わたし眠れないのっ! だから、だから同じ布団で寝かして!」

 「ダ~メ~だ、リュアナの部屋は向こうなんだし、俺がいなくてもセリアさんがいるだろう?」

 「セリア姉は寝てるんだよ! こんな夜更けに起こすわけにはいかないでしょ?」

 「そんな夜更けに俺は起こされたんだけどな」

 「う、それは緊急事態だったわけで~」

 「あ~、もういいから」


 リュアナを女の子達が寝る隣の部屋へと押し入れて、襖を閉める。すすり泣くリュアナの声が聞こえるが、心を鬼にして、床に就いた。


 「うぅ、想真くんの冷血、鬼畜、鬼、悪魔……」


 言いたいように言わせておけば言い、人肌に似た温もりに包まれながら意識を離していった。

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