紫陽花6
温泉でポカポカと温まった俺と歩は浴衣に身を包み、旅館気分を満喫しながら、女の子たちより先に部屋へと戻ってきていた。
「はぁ~……」
お風呂上がりのあとの畳は最高だ。いっそこのまま寝たいと思ってしまう。しかし、こうして落ち着ける時間があるからこそ、ゆっくりと考えなければならないこともあった。
たとえば、露天風呂で出会ったあの少女のことだ。
一応、その帰るまでの間、青い髪の少女を何気なく探してみたが脱衣所に廊下にもその面影はなかった。無事に逃げれたと考えていいだろう。しかし、こうして落ち着いて考えると、気になることだらけだった。男風呂にいたこともしかりだが、あの少女の顔は舞と似ていて、髪は間違いなく青だった。少し暗がりでも澄んで見えたほどなので間違いはないだろう。
なんにせよ、本人に聞くまでは闇の中だが、この旅館に止まっているのならば、また会う機会が訪れる。ならば、その時に聞けばいいか……。
「ふぅ~……」
「お、どうした?」
机を挟んだ向かい側に寝転がる歩が、力を抜いた息に気になったのか声をかけてきた。
「……いや、なんでもない。考え事していただけだ」
「そうか……」
歩もそういったきり、話しかけてこなくなった。きっと、歩は歩で思うことがあるのだろう。
「なあ、想真。おまえ、リュアナちゃんどう思っているんだ?」
「……………………はぁ?」
歩が急に放った言葉の意味が俺にはわからなかった。
「いや、だから。おまえ、リュアナちゃんどう思っているんだって?」
歩は体を起き上がらせると、もう一度聞いてきた。
──なるほど、そういうことか……。
しかし、言葉の意味を理解しただけで、俺はそれ以上のことは考えられなかった。
「いきなり、どうって聞かれてもな~……。っていうか、なんでお前とガールズトークみたいな話をしないとならんのだ?」
「俺は女の子のことならなんでもわかるが、おまえが考えてることはよくわからん。だから聞いたのだ」
「いや、ふつうはそこ逆だろ。なんで、女の子のことはわかって親友のことはわからないんだ?」
そうツッコミを入れると、いつもの反応とは違い、どこか歩は受け入れたような表情を浮かべて背を向けるように横になった。
「……変なことを聞いてわるかったな」
「なに拗ねてんだ?」
「誰も拗ねてなんかない。ただ、この質問は想真には野暮だと思っただけだ」
そう返す歩は本当によくわからなかった。
~*****~
俺達が畳の上で寝ていると、わいわいと盛り上がった女の子達が帰ってきた。
「あ、想真くん達もお風呂に入ってきたんだ~」
「まあ……な……」
リュアナの姿を一目見て、俺はリュアナから目をそらした。
「あれ? なんで想真くんは目をそらしちゃったの? もしかして、お腹いたいの?」
「……違うよ」
「じゃあどうして?」
胸を半分も露出させて否が応でも見てしまうから。なんて、本人の前では言えるわけがない。
「何もない……」
事実を証明するために起き上がり、リュアナを見ようとした。けれど……やっぱり──。
「ほら、やっぱり目を背ける~」
それ聞いて、呆れたように嘆息したのは俺ではなく、セリアさんだった。
「リュアナ、まだ気がついてなかったの? ……胸、開きすぎよ」
とんとん、自分の胸を指しながらリュアナに伝えるセリアさん。
「ひゃっ!? な、なんでこんなに開いてるの!?」
それはこっちが聞きたい。
リュアナは慌てた様子で胸の開きを正した。
「……見た?」
「ま、まあ~ちょっとだけ……」
赤く顔を染めるリュアナとは違う観点からセリアさんと静華さんが談笑していた。
「さすが、セリアの妹だな。なかなか大胆なことをするじゃないか!」
「そうね。アピールとしてはいいかもしれないけど、それならあなたはいったい誰にアピールしているのかしらね~静華?」
え? と笑い声を止めて、自分の胸元を見る静華さん。確かにリュアナと同等ぐらいにはだけている。
「これは違うぞセリア。誰かにアピールだとかそういうのではなく、私はこの方が楽だからしているんだ」
「全く、身だしなみぐらいは正してほしいものだわ……」
笑う静華さんに諦め様子のセリアさん。本当に、気を使うのでもう少し構ってほしいものです。
「歩、歩~」
小宵が寝ていた歩を揺すって起こす。
「ん? なんだ? その帯を引っ張ったらいいのか?」
「そんなことしなくていいわよ!」
顔を染める小宵はそう言って、歩の頬をグゥ~でグリグリとこねていた。
暫く落ち着いた時間を過ごしていると、とんとんと扉が叩かれ、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「お料理をお持ちいたしました」
扉を両手で開かれると、ひざを折って座る着物を着た女性がそこにいた。
女将さんなのだろうか? と思っていると、セリアさんが応答した。
「お久しぶりです。中村さん」
「セリア様、ご無沙汰しております。大変、大きくなりましたね。まるで昔のアウラ様を見ているようです」
女将さんらしい女性は優しく微笑んだ。その笑顔からはとても母性を感じる。
日本の母のような……まるでそんな感じだ。
「そうですかね……」
照れたように微笑むセリアさんはまるで子供だ。その時、本当に子供に戻ったようにセリアさんのお腹がぐ~となった。
「ご、ごめんなさい。おなかがすいちゃって……」
「いいんですよ。ちょうど、持ってきてもらったところですから」
女将さんがそう言うと、次々と旅館のスタッフが料理を運んでくる。
前菜、先付け、お造り、椀物、焼き物、追肴、酢の物、ご飯。
普段では味わえないであろうその豪華な食事に口を開けっ放しだった。
女将さんがひとつひとつ丁寧に料理を説明すると、セリアさんとの昔話もほどほどに、どうぞごゆっくりと下がっていった。
「さて、それじゃあみんなでいただきます、しましょうか」
二つのテーブルを繋ぎ、一列となったテーブルをみんなで囲む。なんだか、不思議な感じだ。
セリアさんの子供に聞かせるような掛け声で、みんなが「そうですね」と納得した。セリアさんもだが、俺たちもおなかが減っているのだ。
「いただきます」
給食のように手を合わせて、箸をとった。
~*****~
「ふ~おなかいっぱいだ……」
敷いた布団の上に俺は倒れた。
こんなにも衝撃を受けた食事は初めてかもしれない。気が付くと、腹八分目を超えてしまっていたほどおいしかった。でも、それ以上にみんなと話をしながら食事をすることがとても楽しかった。
「これを、幸せって呼ぶんだろうな~」
「わたしもそう思うよ~」
同じくおなかいっぱいに食べたリュアナが隣に倒れてくる。ぽふっ、っと力の抜けた倒れ方をしたリュアナの表情はまさに幸せを感じている。
幸せに浸っていると、歩が見下ろしてきた。
「まだまだ、夜は始まったばかりだぜ。まずは腹ごなしにいっちょ旅行恒例行事、まくら投げだ!」
──それから数分後。
「おかしいだろ! このチーム分けは!!!」
「どこもおかしくはない! 始まる前から不平不満を言うなんて……君は男らしくないんじゃないのか?」
男らしい、らしくないの話ではない。だってそうだろう! 俺、リュアナ、セリアチームVS小宵、歩、詩織、静華さんってなんの冗談だ。チームバランスがおかしい!
「チームの組み直しを要求する!」
「は~、仕方ない。いいだろう、歩、箸を!」
静華さんに言われて、歩が箸を持ってくる。この箸の先端にはシールが付いているものとついていないものがあり、先ほどはこれでチームを決めた。
「それじゃあ、いくぞ」
静華さんの掛け声とともに一斉に箸をとる。その結果──。
「うそだろ……」
先ほどと変わらないチーム分けとなった。
「これで文句はないな、四季 想真」
「ああ……」
ここまで、運に見放されているのだから抗っても無駄だろう。しかし。
「勝ちに行くぞ……」
「それでいい」
猛獣と化した静華さんの目は、俺を捕えていた。いや、それだけじゃない。小宵も、歩も、そして、詩織も俺を狙っている。しかし、それでいい。ただ、後ろで恐怖に怯える姉妹を助けることができるのなら……。
「試合はっじめ~」
気の抜けた詩織の声で試合は始まった。
「さあ、こい!」
「想真くん!」
リュアナが不安そうな声を上げた。大丈夫、リュアナたちから譲り受けた枕が二つあるのだ。これで、一度は守り──。
五つの枕が俺をめがけ飛んでくる。その球威に守りきれないと寸前で判断。飛び込んででもかわすことを考えたが。
くそっ、枕が邪魔でよけれない!
本当に一瞬の出来事。俺は五つの枕に体を持って行かれた。どすっと鈍い音が聞こえて、
「想真くんーーー!!!」
リュアナが悲鳴のような声で俺の名前を叫んだ。
~*****~
意識を取り戻したのは、それから数分立った後だった。
「……うぅ……頭痛い……」
「想真くんっ!」
目を開き、最初に目に入ったのは、リュアナの泣き顔だった。
「……悪い、心配かけた。どれぐらい寝てた?」
「ほんの数分だよ……だけど、私、想真くんが死んじゃったのかと……思った……よ」
だろうな、その泣き顔を見ればどれだけリュアナが心配していたかよくわかる。ありがとうの意味を含めて、あやすようにリュアナの頭を撫でた。
「悪かった、悪かった……。それで、歩たちは?」
「説教中だよ」
なるほどセリアさんか……。
『まだ、動いちゃダメ』と言うリュアナを差しおいて俺は上体を持ち上げる。
まだ、頭は痛いが、視界ははっきりとしている。
「よし、大丈夫だ」
「大丈夫じゃないでしょ?」
頭に手を当てていたことがばれていたのか、頬を膨らますリュアナ。
「大丈夫だ。こんなのすぐに治って」
リュアナをなだめ、隣の部屋を見れば、セリアさんに正座させられた歩達の姿があった。全員、頭を伏せている姿から想像するに、俺が気絶している間、セリアさんは延々と説教をしていたのだろう。
仕方ない、これぐらいで許してやるか……。
「セリアさん、そろそろ許してあげたらどうですか?」
その声にセリアさんはすぐに反応し俺を見た。
「想真くん……よかった~……」
安堵と言う表情を浮かべるセリアさん。正座させられた歩達もよかった~と言う顔をして、近寄ろうと──。
「誰が、正座をやめていいなんて言いましたか?」
冷たく放たれるセリアさんの声に、誰もが時が止まったように固まった。
「で、でもセリア。想真くんは──」
「うるさいわよ、静華。私はいくら親友といっても手加減するつもりはないわ。いいえ、親友だからこそ、ここはしっかりと正さないといけないわ」
「あ、あの~セリアさん。俺はもう許しているので解放してあげても……」
「想真くんはとても優しいのね。だけどね、それは本当の優しさじゃないの。本物はね……」
セリアさんは歩達へと向きを変える。
「間違えたことをちゃんと理解させて、正しい方向へ導いてあげることなの!」
優しい声とは裏腹に、歩達の顔が萎んだように生気がなくなっていく。
これは俺が止められるようなことではないようだ。
「俺、またちょっと疲れてきたんで、少し横になりますね。説教は、セリアさんよろしくお願いします」
「ええ、わかったわ。ゆっくり休んでね。こっちは私が何とかするから」
歩の顔が助けを求めていたが、俺は背を向けてそそくさと横になる。それから30分、歩達はみっちりとセリアさんに指導されたのだった。
~*****~
「説教は終わった! しかし、まだ夜は終わってない! 旅行恒例行事セカンド、怪談だぁ!」
「え? 怪談するの? ふ~ん、そうね~」
にまにまする小宵。どうやら、期待できるネタがあるようだ。
「ど……どうしようセリア姉、私、怖くてトイレ行けなくなっちゃうよ」
「わ、私もよ、リュアナ。でも、大丈夫。その時は一緒にいきましょ。二人なら怖くないわ」
本当この二人は女の子をしている。それに比べて、あっちの二人は……。
「詩織ちゃんは幽霊を見たことはあるか?」
「私ですか……あ、おじいちゃんの幽霊は見ましたね。もう死んだんだよって言って成仏させてあげました」
「そうなのか……? 私はまだ一度も見たことはなくてだな……ぜひとも、相手をお願いしたいものだ」
静華さんは幽霊と戦うつもりなのか!?
「さてさて、盛り上がってきたところで、誰から話しましょうか?」
「それじゃあ最初は私が話すわ」
自信ありげに小宵が手をあげた。
「わかった。それじゃあ小宵からな。よっと」
歩は電気を豆電球に変えて部屋を暗して雰囲気を出した。
「さて、それじゃあ話すわよ……」
みんなが寝転がりながら集まり小宵に顔を向けた。
「これは、私が知り合いから聞いた話なんだけど、あるバイト仲間達で旅行したときに起こった出来事の話なのよ」
序盤はまあ、どこでも聞いたことのある始まり方だ。ふと、怖がっていたセリアさんとリュアナを見ると布団にくるまりながら聞いている。
「そのバイト仲間達は二台の車に分乗して、中部の方へ旅行に行こうとしていたの。でね、その途中途中に観光名所もあるからって寄り道しなから観光していたらしいの。それで、遊びすぎたみたいですっかり夜になっちゃって、最後にバイトの先輩が選んだ観光名所の橋に行ったの。だけど、前を走っていた先輩の車が急に止まっちゃって──」
ブルブルと震える姉妹。詩織は理解していない様子でにこやかに話を聞いている。静華さんはふむふむとまるで相手の癖を探るように真剣に聞いていた。
「ああ、それ、おかっぱ頭の女子達に導かれて、自殺するやつだろ。それ?」
「……………」
まるで幽霊でも見つけたかのように押し固まる小宵。
その様子にリュアナとセリアさんが、え?え? と小宵と歩を行き来していた。
小宵のあの様子を見るに、本当みたいだ……。
小宵はあからさまに不機嫌な表情に変わる。
「私の改心のネタをよくもネタばらししてくれたわね。もちろん、歩はそれ以上のものを用意しているってことよね?」
なんとか怒りを押さえながら挑発する小宵に歩は『ああ、もちろん』と答えた。
「なら、話してみなさいよ」
「ああ、いいだろう。これから話すことは、以前、俺がこの島に着た朱鷺に聞いた話だ」
みんなの視線が小宵から歩に代わった。
「俺は今のようにアウラさんの計らいで、この島に来たことがあった。そこで、ある人から聞いたんだ。この島には数年前から雨の止まない場所があるって」
雨の止まない場所? いや、それよりも歩はアウラさんと以前から関係を持っていたのか?
「その場所は今もまだ雨は降り続いているらしい。しかし、それよりも不思議なのは雨が止まなくなってから現れるようになった青い髪の少女」
青い髪の少女……? まさか、あいつのことなんじゃ……まさかな。
考え込んでいると、誰かに手をぎゅっと握られた。思わず、ビクッと体が反応してしまった。
「なっ、なんだ……リュアナか……」
布団を纏ったリュアナが手を握ってきた。
「ご、ごめんなさい。私、怖くて……」
青ざめた顔をしている。相当びびっているようだ。
「いいよ。こんな手でも役に立つなら」
「役に立つから、立つからッ!」
「そんなに必死にならなくても、俺は手を引かないって……。ほら、そろそろ来るぞ」
ぶるぶると小刻みに震え始めたリュアナは耳を押さえ、目を閉じる。まるで雷を怯える犬のようだ。
「その青い少女は大抵、雨の止まないその場所にいるらしい。そして、そこに行くと、こう言われるんだ。──遊ぼっ! ってな」
歩の大きな声に小宵がひぃっと悲鳴らしい声をだした。よく見れば、頭まで布団をかぶり震えているのがわかる。
「おいおい、まだ怖いところじゃないぞ~」
「怖いよー歩くん」
「ふん、私は全然平気なんだから」
強がりを言う小宵だが、さっきの声とその様子からでは説得力に欠けている。
「そうか、なら話を進めるぞ」
それを知ってか知らずか、歩はさらっと話を再開しようとしたが、
「歩くんひどい! もう私無理だから! 無理だから!」
「そうよ、ひどいわ! なんでクライマックスの後にさらにクライマックスを作るのよ! 本来はそこで終わってもいいはずよ」
セリアさんとリュアナが抗議した。
これが普通の反応なんだけど、そう思えないのは詩織と静華さんのせいか。
「なにもひどくなんてありませんよ~。怪談なんですから怖いのはあたりまえでしょ? まあ、それだけ怖がってくれるんで、もっと頑張りますね」
『頑張らなくていいよ!』と俺の腕まで引きずり持っていくリュアナ。ヤバイ、連れて行かれた腕の感触がすごい気になる。
「それじゃあ、話を戻しますよ。それで、青髪の少女に誘われて遊んだ人は全員死んだそうです。まあ、高台にその場所があったので、死亡原因は転落になっているそうですけど、もし青い少女が悪霊なら、死後の世界に連れて行ったという考え方ができますよね? なので──」
そのあとの言葉を予想したように、アウラさんとリュアナは布団のなかで丸くなった。
「明日、調査しにみんなでいきましょ? 幽霊かもしれない、その青い髪少女に会いにね」
にこやかな笑顔で歩はそういった。




