紫陽花4
波乱に満ちた水着コンテストから2日。何もない夏休みの日々が続き、今年の夏の大イベントとも言える修学旅行下見旅行の当日がやって来た。雲ひとつない晴天。まさに旅行日和だ。
ミーンミンミンと鳴き出した蝉の声。太陽から降り注ぐ日差しは、夏という季節を示していた。
「暑いな~……」
パタパタと手で仰ぎながら、セリアさんとリュアナが談笑している木陰へそそくさと涼みにいく。
集合場所はセリアさんの庭で、という話だったので早めに到着した俺は歩たちを待つだけだった。
セリアさんとリュアナがいる木陰では優雅にお茶会を楽しんでいる。初めは大人しく座っていたが、どうにも落ち着かず、さっきまでぶらぶらと逃げるように歩いていた。しかし、時間が経つにつれて気温が上がり、ついにそうも言ってられなくなった。
「あ、想真くん、お帰り~。うわぁっ凄い汗、まあ来るの早かったもんね~。はいどうぞ」
「ああ、ありがとう」
リュアナから受け取った高級そうなカップを啜る。これまた高そうな紅茶の味が口に広がった。外が暑すぎるすぎるのか、はたまた喉が乾いていたのかカップの中のアイスティーは瞬く間になくなった。
俺の飲みっぷりにリュアナは笑いながらアイスティーを注いでくれる。
「想真くん。集合時間にはまだ少し時間があることだし、座ったらどう?」
「そうですね……」
あまり気乗りはしないが、遠慮がちに白い椅子に座ると、「お菓子もあるから、遠慮せずに食べてね~」とリュアナがクッキーのようなお菓子を口に頬張って言った。
テーブルの上にはティーセットが一式、色とりどりのクッキーまで用意されている。
庭でお茶会か、やっぱり一般人の俺には馴染めないな……。
リュアナは馴れているのか、リラックスしたようにだらけているが、それを見習うことは出来ず、自然と背筋が伸びてしまっていた。ただ、どうしてもこうしてじっと耐えることは出来そうにもないのでとりあえず何か話でもと今日の予定を聞くことにした。
「セリアさん、全員が集まった後のことなんですけど……」
ええ、と頷きセリアさんは笑顔で説明をしてくれた。
「母と高浜さんの車で40分、それで空港まで行って。そこから飛行機で4時間ぐらいだったかな?」
「そのぐらいだったと思うよ。あ、高浜さんはね、ここの使用人でとっても優しい人だなんだよ~。だからね……」
リュアナは微笑みながらそう補足してくれた。しかし、だからね、と何かを続けようしたリュアナは、セリアさんにその話はみんなが集まってからと口にクッキーを突っ込まれて黙ってしまう。
謎には思うがセリアがそう言うのだから、後になればわかるだろう。
徐々にこの雰囲気にも馴れてきてクッキーをひとつ頂いた。
「あ、美味しい……」
そう思わずそう呟いてしまった。
「やった♪」
嬉しそうに喜ぶリュアナ。なぜ? と首をかしげてしまう。
「ああ、そのクッキーね、リュアナの作ったクッキーなのよ」
本当に美味しいよね~、とセリアもクッキーを一口。
「確かに……」
と納得しながらもう一枚頂く。今度はいちごのジャムがついた赤色のクッキーだ。
「うん、美味し」
「これで、想真くんの胃袋を掴めたらいいのだけど、ね~?」
頬に手を宛て同意を求めている目を向けてくるセリアさん。ね~?
「わわわっ。わ! わ! わー!」
恥ずかしそうにリュアナは頬を染めながらじたばたと暴れた。しかし、セリアさんは気にした様子もなくにこやかな笑顔で俺を見ながらティーカップに口づけていた。
「もうっ! セリア姉のバカッ!」
ふんっとリュアナは首を捻ったが、セリアさんがクッキーをリュアナの口に持っていくと耐えらないといったようにぱくりと食べてしまう。セリアさんも笑いながらもう一枚とリュアナに餌付けしていた。
その姿は本当の姉妹のように楽しそうで、血の繋がりなど関係なかった。
血の繋がっていない兄弟か……。
──舞……。
「想真くん?」
しょぼくれた顔をしてしまったかリュアナが心配そうに俺を呼んだ。また、変な心配かけたなと謝ろうとしたとき、にゅると肩の辺りから人の腕が出てきて首に回された。
「なーにしょぼくれた顔してんだ想真。今日は旅行だぞ! 海だ! 水着だ! 女の子だぁっ──!」
野望に満ちた叫びはべじっと小宵のチョップが入る。お陰で、首に回された腕も外れた。
「おっはよー、リュアナにセリアさん、それに想真もね」
ここ最近の小宵はこんな感じに無理をしているようなテンションの高さで生きていた。といっても、今日は旅行なので羽目を外している所もあるのだろう。
「なによ、想真……じっと見て……」
訝しそうに俺を見る小宵。こういうところはいつもと何も変わってない。
「いいや、なんにもないよ。おはよ小宵」
「……なんにもないって言われると、ちょっとムカつくわね」
なんで!?
「おはよー小宵ちゃん、歩くん」
と、まあそれぞれがそれぞれと挨拶を終えて、席につく。
そう言えば詩織は……? と思うと詩織と誰かが話している声が聞こえて来た。
「あ、みんな、おはよっ~♪」
そう挨拶する詩織の隣にはスーツを着たダンディーなおじさんが立っていた。おはよーと挨拶を交わしていくが、ついそちらの方に目が行ってしまう。
「えーと、詩織。そちらのかたは?」
「あ、迷子になった私を助けてくれた高浜さん」
名前を聞いて、ああと納得する。ドライバーの人だ。
その高浜さんはリュアナとセリアさんの方になにかを伝えていた。
「はい、皆さん注もーく」
セリアさんが声をあげ、以前、俺が説明してもらった今後の予定についてを全員に説明した。
「そして、ここからが重要なの。ここから空港までの車は高浜さんと私の母の車で行くのだけど。母の車は軽自動車、高浜さんは普通自動車だから、一人と五人で別れてもらいます」
「あのー、比率がおかしいと思うのですが……?」
これは俺だけの疑問ではないだろう、ここにいる誰もが不思議に思うはずだ。
「それは……想真くん、あなたは死者を出すなら少数の方がいいですよね?」
「「──っ!?」」
セリアさんから放たれたその言葉は、俺達に大きな動揺を与えた。
「ま、まさか……」
動揺した声を出したのは歩だ。
「まさか、静香姉は……っ!」
その通りですと言うようにセリアさんが頷いた。
歩に言われて、静香さんがいないことに気づいた。
「トラウマになっちゃったみたいで、さきに空港にいるって……」
あの静香さんがトラウマになるほどなのか……。
歩は裏切られたような表情を浮かべその場で膝を折った。
「それじゃあ、どうやって分けるのですか?」
詩織が手を挙げて、セリアさんに質問した。
「もちろん不公平なく決めるため、じゃんけんを行います」
じゃんけん。その言葉に皆息を飲んだ。
普段何気にやっているじゃんけんではない、これは命がかかったじゃんけん。こんな思いが強いじゃんけんは初めてだ……。
「それでは、じゃんけん、ホイで行きます。いいですか?」
全員が無言で頷く。
重々しい雰囲気の中、セリアさんが運命の言葉を口にする。
「じゃんけんで──」
「「ほいっ!」」
グーが五人、チョキが一人……。
勝敗は一瞬で決まった。一時、結果が出て沈黙が続いたが、グーで勝った五人がふぅ~と肩の荷をおろしたように安堵の息をついていた。
俺はじゃんけんで出した自分の手を睨むように見続けいた。そう、じゃんけんの結果は俺の一人負けだった……。
~*****~
「まあ、気を落とすなよ。まだ死んだ訳じゃないんだから」
「そうだよ想真くん。まだ死んでないんだから。大丈夫、私が祈っておいてあげるから」
「うぅ、ありがとうな……」
励ましてくれる仲間に感謝しつつ、アウラさんの車を待つ。ちなみに高浜さんの車はすでにお茶会の近くの道に用意されていて、小宵と詩織が乗り込んでいた。
愉快に笑う小宵と詩織をじっと睨む。すると、小宵が気づいたのか、窓を開けた。
「なに、想真?」
「いや楽しそうにしているな~、と思って……」
「ええ、そうね。とても楽しいわ。一人負けして、これから死ぬのかもしれない不安で一杯の想真にはわからないでしょうけど」
嫌味たっぷりのセリフを吐いて、窓を閉めていく。その時に見た小宵の見下したような顔と言ったら……あの野郎。後で絶対一発、ぶん殴ってやる!
「えーと、どうやら来たようね……」
沈んだセリアさんの声が届く。セリアさんの向く方向にはアウラさんが乗った車が走ってきていた。
「…………いや、あれは車なのか?」
そう思ってしまうほどに、アウラさんが乗っている軽自動車はありとあらゆるところに凹みがあり、その原型はどこにもない。
アウラさんの車は高浜さんの車と並び、停車する。
「それで、今日は誰が乗るのかな~♪」
ドライブが楽しみなのか機嫌がいいアウラさん。俺の不安がさらに高まった瞬間だった。
「はい……俺です」
手をあげる俺に驚いた様子のアウラさん。
「ありゃ、想真くんが乗るの? 私てっきり歩くんが乗るのかと思ってたんだけど、あっ、もしかしてリュアナも乗ってくれるのかしらね~?」
にやにやしながら言うアウラさんの質問にリュアナが頭をブンブン振って答えた。
「それは残念ね。まあいいわ、リュアナを乗せるのはまた今度にして、想真くん、後ろに荷物を置きなさい。高浜、こちらの準備が終わり次第出発ということで」
「はい……」
「わかりました」
高浜さんが一礼して、車へと戻っていく。その際、車に乗っていなかったリュアナ達もアウラさんに促され乗り込んでいた。
俺は急いで、トランクに荷物を詰め込む。開きそうにもなかったぼこぼこのトランクは以外にもすんなりと開き入れることが出来た。
「さあ、いくわよ!」
座席に座るとアウラさんがそういってエンジンをかける。
急いでシートベルトを絞めようと、座席の左右を見るがなかった。
「あの……」
「出発進行!」
俺の声はアウラさんの軽快な声にかきけされ、車は動き出す。やばい、本当に生死をさ迷うドライブが始まった。
~*****~
最初はまだ、ましでした。
十キロ。
二十キロ。
三十キロ。
四十キロ。
五十キロ。
六十キロ。
ここまでは一般道路の速さです。しかし、私はこの時点であることに気がつきました。
七十キロ。
八十キロ。
九十キロ。
百キロ。
この辺りが高速道路の速さです。この速さでは一般道路を走るのには無理があります。なのに、アウラさんはスピードを落とすことなくむしろ速度をあげていきました。まるで、この車にはブレーキがついていないという感じに。
アウラさんは赤信号ぐらいでは止まりません。なので、空港に着くまでに、5台車と接触し、十数名の方を引きそうになりました…………。
みなさん、自らの命を守るためにも交通安全には気を付けましょう。
~*****~
ゆったりと飛ぶプライベートジェット機の中。
「…………」
俺の心は今にも放心しかけていた。それでも、完全に放心していないのは隣に座るリュアナが手を握ってくれていたからだろう。
「こ、今回は想真くんが乗ったのか……」
聞こえてきた声の主は廊下を挟んだ隣にいた静香さんだ。
あまり聞いたことのようなか弱い声。やはり、あの車に乗ると誰もが恐怖を感じてしまうのだろう。
「ええ……今回も相当派手に暴れたそうよ。なんでもぶつかった相手が誤って歩道に乗り上げたって話を聞いたわ。あとは、いつものようにガードレールと車体を擦らせて曲がったり、正面をぶつけて到着したり……」
セリアさんの話を聞いて、実際に体験したことがフラッシュバックされる。
「そ、想真くん……!?」
体全身が震えだし、変な汗が出てくる。
「…………」
そっと包み込もうとする華奢な腕。俺の頭を囲むとそっとリュアナの胸に抱き寄せられた。俺はなすがまま、体を倒しストンとリュアナの胸に顔を埋める。
「リュアナ……?」
「想真くん大丈夫だよ……。あなたはちゃんと生きてここにいる。死んでないよ。だから大丈夫、大丈夫……」
ゆっくり頭を撫でられ、心がいつもの落ち着きを取り戻していく。
「ありがとう……」
「いいよいいよ、そんなこと。これは私の母がやったことなんだから、アフターケアーは当たり前」
ぽんぽんと頭を優しく叩かれる。その顔は見えないが、きっと笑っているのだろう。
「想真はいいよな~、リュアナちゃんにあんなことしてもらって。まさに役得だな」
前から聞こえたその声にドキッとリュアナが弾み、俺も慌てて飛び起きた。
「あっ、ごめん想真くん……」
「ああ、大丈夫っ! もう大丈夫だから……」
よしここは深呼吸して、落ち着こう。
深呼吸を繰り返していると小宵が歩に言うように呟いた。
「死の境を漂う役得なんて、誰がほしいのよ……。歩はそれでも、リュアナの乳に埋もれたいの?」
小宵のその言葉にリュアナが顔を赤くした。
「うーん、そうだな~。小宵のような小さい胸にへばりつくのもいいが、リュアナちゃんの大きな胸に呑まれるのも一度は経験してみたい」
「あーゆーむー?」
小宵の声にも負けず、なおも歩は続ける。
「しかし、胸の大きさで言えば詩織が一番か? ならば、詩織に頼むという手もある。しかし、そこで交換条件として死の境を経験するというのなら、俺はやらないな」
「なにスッキリしたような顔をしてるのかしら? 最終的に否定したからって、さっき言った言葉は残るのよ。覚悟しなさい! この変態野郎!!!」
ぼこすかと歩に小宵の拳が振るわれる。幸い、この飛行機は俺たち以外には客はいないので迷惑にはあまりならない。
「災難だな、歩も……」
「もう歩くんはエッチなんだから……」
顔を赤したままのリュアナはボソッとそう呟いていた。
~*****~
「うーんと、そろそろのようね……」
コックピットの方からアウラさんが現れる。
「そろそろ、着陸するから、みんなベルト閉めてねー」
そう言われて、ベルトに手をかける。よかった、ベルトがある。ベルトの安心感はこの一日で急上昇していた。
「うわーすごい──」
ベルトを絞めたリュアナが窓を見て感激していた。
「緑色の海だー!」
「白い砂浜ー!」
「おお! 結構大きな島だな!」
と言う感じにテンションも高まり誰もが窓に釘ずけになった。
見えてきた島は天音島といい。本土は丸い円のような形をしているが、その回りにもいくつか似たような小さな島があり、それを含めて天音島というそうだ。
天気は快晴なので緑色の海はさらに鮮やかに煌めいて見えた。 この様子だと、今日でも海にはいれそうだな。
「よし、着陸よ!」
アウラさんが指を指すと機体が大きく下がっていき、やがて、飛行機は空港へ着陸した。
空港からはバスで10分ほどという話だ。
これから起こるであろう出来事に胸踊らせながら、全員が空港の外に出る。
しかし、そこで待っていたのは、青い空でも、ましてや降り注ぐ日差しでもなかった。
これからおこる出来事に胸踊らせる? そんなことを疑問にさせるほどの雨。
天から降り注ぐ雨。まるでそれは白いカーテンように風景を隠し、風でなびくその姿は俺たちを歓迎しているような雨だった。




