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紫陽花3

 小宵の水着披露が終わり、水着大会の休憩時間。俺は消えた歩の影を追うように舞台裏へと足を走らせていた。

 歩は任せろと言っていたが、今回はいつものようにわかったの一言で歩に一任することは出来ない。これが普段のじゃれあいや喧嘩ならまだ任せられただろうけど、


 「誰だってあんな小宵の姿を見たら心配になるだろ……普通うわっ!?」


 舞台全体の半分ぐらい走ったところで、俺は突然腕を何者かに捕まれ、足を止めた。

 急いでるのに、一体誰が……。

 落ち着いて掴んだその手の先を見るが、薄暗くて誰だか見えない。

 冷ややかなその白い手に悪寒が走る。

 まさか、な……。

 夏は始まったが、まだ始まったばかりだ。しかも、誰が好き好んでデパートの舞台裏に取り付くだろうか?

 そんなこと、あるわけ──。


 「うああっ、ん────────!!!」


 白い手が急に力を入れて引っ張られ、俺は絶叫をしようとしたのだが、もう一本、白い手が表れ口を押さえられた。当然、声を遮られ、籠った声が鳴るだけである。

 こんなことができるのかよ、幽霊は!?

 幽霊は実態がないんだからそんなことできるわけないじゃんとか言うかもしれないが、今起こっていることが証明だ。それに金縛りとかは幽霊が上に乗って動けなくなったとか聞いたことがある。

 そんなことを考えている間にも俺は白い手に促され、ずるずると引きずられるようにどこかに連れて行かれる。

 何かの道具に使うのだろう何枚も重なった板が通りすぎていく。

 もしかして、このまま俺を霊界にでも連れていく気なのか? 早くも死ぬのだろうか、俺は……? 幽霊に連れていかれて死ぬなんて、なんて、儚い命だったんだろうか。もう少し、毎日を充実させるべきだった。ああ、出来ることならリュアナの水着まで見たかったぁっ!?


 「──きゃっ!?」


 幽霊の声ってこんな声なのか、そう思った瞬間、引っ張られる力が一気に何倍にも強くなり引きずり込まれる。

 ああ、終わった……。そう悟った。

 視界はぐらりと上に回り、体は後ろに倒れる。

 倒れた先は固い床か奈落の底か、出来れば固い床の方がいいが。しかし、横になった体は固い床にも奈落の底にも着地していなかった。


 「ふやぁあ!」


 背中と頭を守ってくれたポョンとした弾力のある柔らかいクッション。背中に手を這わすとさらさらとした肌に触れ、声が出た。

 つい出来心で背中にある肌をまさぐる。幽霊はこんな感触をするのか?


 「も、もぅやめて想真くん……! こ、こしょばいよぉ~」

 「はぁ?」


 今の声には聞き覚えがある。


 「もしかして、詩織なのか?」

 「もしかしなくてもそうだけど? 誰と間違えていたの?」


 今の段階では声でしか判断は出来ないが、詩織と断定して間違いないだろう。


 「はぁ~あ」


 そうとわかって力が抜けると柔らかい詩織の肌が受け止めてくれる。んんっ……とくぐもった声は聞こえなかったことにする。


 「それでどうして、詩織は俺の腕なんかを掴んだんだよ?」


 背中でごそごそと詩織が少し動くと答えてくれる。


 「この先に歩と小宵ちゃんが話しているから止めたんだよ」

 「そうか、それならちょうどいい……」


 とんだ茶番になってしまったが探す手間は省けたようだ。上半身を起こそうとすると詩織が白く長い足と手を使い、俺の上半身を抱きつくように体を拘束した。


 「想真くん、邪魔しちゃ駄目だよ。この体勢はちょっと恥ずかしいけど、想真くんが行くって言うのなら離さないし、もう少し強める」


 その詩織の宣言通り足や手を絞めるように強めた。おかげで、大きく膨らんだ胸や体温、肌の柔らかさや匂いを意識するはめになる。


 「詩織、離してくれ。今回はさすがに歩だけじゃ──」


 そっと詩織が俺の口に手を置いて言葉を遮った。


 「歩くんを信じてあげて……」


 詩織はポツリとそう言った。

 歩は親友だ。いつも信じている。だけど、今回は一人で解決できることではないだろう。だから。

 伝わるかわからないが俺はくぐもった声を出す。

 行かせてくれと。


 「想真くんは歩くんの親友でしょ? なら、歩くんを信じてあげるべきだよ、そのすべてを」


 詩織の声が、詩織の言っている意味が心に響く。

 すべてを……。

 どこまでがすべてなのかはわからない。だけど、今の言葉は根本的な、歩が出来るということを信じてくれとそう聞こえた。

 信用したつもりになっていたのか、俺は……。

 歩が出来ない、そう考えて……。

 歩のことを信用出来なかった自分に腹が立つ。


 「もちろん、小宵ちゃんの傷は歩くんだけで癒えないのかも知れない。だけど、それをフォローするのが私たちの歩くんの友達の役目。そうじゃなくても小宵ちゃんの友達なんだから助けるよ。でも、歩くんが任せてほしいって言ったんだから信じてあげないとね」


 そうだな……。伝わったかわからなかったが詩織は絞めていた力を抜き、俺を解放した。


 「ありがとう。詩織。大事なことを気づかせてくれてえっ!?」


 柔らかい青いマット上に座った俺は体を捻って詩織を見ると、水着姿の詩織が……。なるほど、やけに肌が出ているわけだ。しかし、その体勢がまたエロい。

 詩織は俺を挟み込むように股を開き、転がっていた。襲えば襲えてしまえる体勢にごくりと唾を飲み込む。

 ダメだダメだ。これは詩織の罠だ。これは詩織の罠だ。

 そう言い聞かす。


 「みちゃ駄目だよ想真くん! 私だって恥ずかしいんだから、出来るだけ早く立って欲しいんだから。じゃないとそんなにじっと見られたら見えちゃうよ……」


 最後なにかボソッとなにか言ったが、弱気な詩織を見るとギャップに心がぐらりと揺れる。

 罠だ。あれは罠だ。あいつはこうして苦悩している俺をみて楽しんでいるんだ。

 俺は理性の限りを尽くして、立ち上がる。


 「想真くん、今何時?」


 えーと……とスマホを取り出して確認する。

 

 「5時29分かな……?」


 その言葉に詩織は強く反応した。


 「ヤバイよ想真くん! 早く戻らないと大会が始まっちゃう!」

 「あ、本当だ! 歩は……大丈夫か」

 「歩くんはほっといていいから、早く行ってあげて、じゃないとリュアナちゃんが泣いちゃう!」


 まさか、さすがにリュアナも子供じゃあるまいし、他人の多いあんな場所で泣くなんてことは……。

 その思いが顔に出ていたのか、詩織の不機嫌度が最大限に引き上げられる。


 「そ・う・ま・く~ん」

 「はい! すいませんっ!」

 「早く行ってあげて!」


 謝ったと同時、立ち上がった詩織は俺のお尻を蹴ってそう言った。俺は振り返る訳にもいかず走る。

 後ろで詩織が「女心を本当にわかってないんだから……」と呆れられたような気がしたが今は無視だ。

 詩織達が入退場した舞台正面の門を目指して走っていたのだが、


 『エントリーナンバー3番 朝霧 リュアナさんです。どうぞ!』


 舞台からミナオさんの入場を促す声と観客の拍手が聞こえてくる。


 「くそっ……」


 これだと正面の門から戻ることは出来ない。胸の奥の奥に押し止めていた心配が膨れ上がる。

 仕方なく俺は舞台裏から一度外に出て、舞台を回る。

 舞台にはもうリュアナが立っているはずだが集まった人垣が邪魔で見ることはできない。


 「すいません!」


 人垣を掻き分け、やっとの思いで舞台へ登る。そこで初めてリュアナの姿が見えた。

 指を絡ませて、まるで何かに祈るようなそんな姿。しかし、足は震え、瞑った目はギュット閉じて、今にも零れそうな涙を必死にこらえている。その姿はもう藁にもすがるような思いで祈っているにちがいない。

 こんなつらい思いをさせたのは、俺のせいだな。


 (悪かった、リュアナ。だいぶ待たせた……)


 力を使いリュアナへと想いを伝える。それがちゃんと届いたのか、涙を溜めた目をうっすらと開き俺を見た。そして、リュアナの口がわなわなと弱々しく「ほんとだよ~」と動いた。あまりにも泣きそうにするので力を使ってあやす。そんなことをしているとミナオさんが俺に気づいた。


 『おおっと、ここで想真様のご帰還だ。さっそくで悪いのですがズバリ聞いちゃいます。想真様、想真様、休憩時間にコーヒー飲みすぎでお腹を壊した挙げ句、トイレをたらい回しされて遅れたって聞いたのですが本当なのですか?』

 

 『誰が作ったそんな嘘!』


 あははっとなぜか観客に受ける。それにつられるようにリュアナも笑顔になる。


 『さてさて、それではリュアナさんの水着を見ていきましょう』


 ──うぅ、緊張するよぉ~。どうすればいいかな……?


 力を伝ってリュアナの戸惑った声が届く。


 (堂々と立っているだけで十分。楽しみにしてるんだからちゃんと見せてくれよリュアナの水着姿)


 そう伝えるとリュアナはなぜか嬉しそうな顔をあげた。


 『リュアナさんが身につけている水着は、白い髪と同じ白い色のビキニと腰に巻いたスカイブルーの花柄パレオ、これはとても夏っぽいですね! さらにさらに、肩にかかる髪は大人っぽく流し、チャームポイントとして髪がお花に編まれています! なんとも、工夫されています! さて、想真さま。リュアナさんを見た感想をお願いします』


 と振ってくるのだが、あまりにもナオミさんが熱弁するものだから言うことがあまりまとまらない。


 『えーと、そうですね~。ミナオさんにほとんど言われてしまって私自身、あまり言うことが思いつかないですが、リュアナさんはとても似合っていると思います。見ていると、反射した光で目がやられそうです』


 『サングラスをかけている想真さまに言われるととても説得力がありますね~』


 歩に借りたサングラスが役に立つ。これで少しでも点数が上がってくれればいいんだが……。

 サングラスをかけながらリュアナを見ていると、色の抜け落ちたリュアナがむくれた顔をしているのがわかる。

 なんでむくれているんだ? そう思ったのもつかの間、リュアナは前屈みになり、左手で押さえながら胸の谷間を見せるようなポーズを取ってきた。


 『おーっと、これはリュアナさん大胆アピールだぁ!』


 ヤバイ、今すぐサングラスを外して色が付いた姿を見たい!

 おぉっ! と沸く観客たち。

 リュアナは俺から視線を外すことなく、さらにポーズはエスカレートしていく。

 相変わらず前屈みの体勢から、すぅっとパレオが開いている右足が前に伸ばし、白い生足が露になった。そのせいでさらに前傾に傾き、リュアナは姿勢を保つために右手をパレオの中の左太股に付ける。

 これは……。

 普通、体の負荷を楽にするなら右足に手をつき上半身の体重を分散させるだろう。しかし、リュアナ逆足に手をついて、こうしてポーズしているのには2つの理由があった。

 1つは、


 『なんということでしょうか! リュアナさん、パレオに手を入れてボトムをチラ見せ! か細い腕から見えるそのボトムはまるで下着のようです!』


 2つ目は、


 『そして、その華奢な右腕が大きな胸をさらに寄せて……ああ、なんとセクシーなポーズなんでしょうか!』


 ああ……、最初の羞恥心はどこへ行ったんだ……。

 これにはさすがに頭を悩ませる。


 『さて、そろそろ点数をつけていきたいと思います。リュアナさんには戻ってもらいましょう。ありがとうございました』


 ぱちぱち、と拍手のなか舞台の裏へと戻っていくリュアナ。どこか不満なのか、むぅ~と口を尖らせて、ここにも不満の声が漏れていた。


 『──さて、すべての審査の結果が終わりました。まずは参加した出場者の方々に出てきてもらいましょう!』


 そうミナオさんが言うと水着姿の三人が出てくる。さすがに小宵は上着を羽織っていたが、その表情は大分落ち着いていた。


 「ほんとなにしたんだか……」

 「歩マジックだよ……」


 そう言う歩は先ほど帰ってきたばかりだ。

 

 『では結果発表です。第一回COZZIE主催水着コンテストの栄光に輝いたのは──』


 ここで何処からともなくドラムロールがかかる。そして、シンバルの音が響き。発表される。


 『──朝霧 リュアナさんです!』


 発表と同時に盛大な拍手とトロフィーがリュアナに送られる。


 『ちなみに点数は2520点数、二位は小宵ちゃんで2480点数と惜しくも届きませんでした』


 2000点越えって……。俺達、審査員の点数が霞むぐらいの点数だ。


 『えーと、私もこんなに盛り上がって参加してくれると思っていなかったのですが、この結果はすごく嬉しいです。皆様、本当にありがとうございました! これにて、第一回COZZIE主催水着コンテストを終了とさせて頂きます。本当にありがとうございました!』


 わぁーと観客が最後に沸き上がり、水着コンテストは終了した。


~*****~


 静かな夜の電車。デパートを出た時刻はそれなりいい時間になっていたので電車の中は人が少なかった。そのおかげもあって、俺達は横並びに座り、こうして楽にうとうととしていられた。大会が終ったあと騒いだせいもあり、全員がそんな感じだ。

 俺の左右のリュアナと詩織、そしてそのさらに隣の小宵にはミナオさんから参加賞としてもらった水着の入った袋が一人づつ持たされていた。水着は、それぞれが大会で使用した水着という話だが、小宵にはそれに加えもう一枚水着が入れられていた。ちなみにミナオさん曰く、私たちの研究の集大成を大会で披露して頂けたのでということ。


 「楽しかったな~……」


 うとうとして肩にもたれ掛かるリュアナが寝言のように呟いた。

 楽しかった……か、それならよかった。

 小宵も歩のおかげで騒いだあとはほとんど前と変わらないぐらいにまで元気になっていた。傷はまだ残って、時に痛むときがくるのかもしれないが、それはまたその時、今度は俺達がフォローする番なんだろう。詩織はまあ、いつも通り楽しかったようだ。口角がつり上がって笑って寝ている。

 まあ、いろいろな出来事というかハプニングがあったが、最後がこれなら、きっとこれがハッピーエンドなんだろう。


 「……ああ、今日は本当に楽しかったな……」


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