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四季の思い出  作者: 川澄 成一
四季のプロローグ
4/82

四季の始まり3

 歩が見えなくなり、少し廊下を歩いたところで恐る恐る尋ねた。


 「あの……どこまで行くつもりなんですか?」

 「ここだよ」


 そう言って振り返りニコッと微笑んだ。そんなちょっとした笑顔も可愛く、危うく見とれそうになったが、顔を振り、辺りを改めて見回した。

 そこは日高高校でも見晴らしがいいと有名な食堂のテラス。実際に来たのは初めてだ。

 とても良い場所なのはわかるのだけど、いろいろと綺麗過ぎて落ち着かない。


 「それで、話しって……?」


 そう尋ねると、朝霧さんは俺を見越したように『まあ焦らないで座ってよ』となだめられ、なくなくテラスの椅子に腰を下ろした。

 しかし、心臓の鼓動は速くなるばかりで落ち着くことは出来い。まあ、こんな状況で落ち着ける奴なんてあまりいないと思うけど……。

 落ち着かない原因のひとつであった朝霧さんはというと、食堂に一度入り、コーヒーを買ってきてくれた。


 「はい、どうぞ」


 そう言って俺の前にコーヒーが置かれる。


 「ありがとう」


 早速、落ち着かない心を鎮めるために一口頂く。効果はイマイチだったがコーヒーの味はなかなかいける。この高校の食堂は案外いい豆を使ってるんだな……。


 「じゃあ大事な話しをしたいんだけど、でも、その前にもう一度、自己紹介、した方がいいよね?」


 こうして少し前かがみで聞いてくる朝霧さんは男として目に毒だ。それに大事な話って何だ? もしかして、告白か!? いや、それは恋人が欲しいと思っている俺の幻想だ。そんなことは現実では絶対に起こりえない。


 「いいかな……?」


 朝霧さんは黙っていた俺を不思議そうに見つめて尋ねていた。


 「──え? あっ、ああ……お願いします」

 「うん、じゃあ始めるね。私の名前は朝霧あさぎり リュアナ。私には人の心を見ることが出来る力があります」

 「……人の心を見る……力?」


 俺は聞き間違えではないかともう一度、気になる言葉を繰り返していた。


 「そう……心を見る力だよ……。でも、見えるっていっても心の大きさを示す広さとか善悪がわかる明るさとかぐらいだけどね」

 「……そうなのか……」


 さっきまでの動揺が今の話で別の物に変わってしまった。


 「あれ? 想真くんはそんなに驚かないんだね?」


 朝露さんは恐ろしいほど可愛く見える上目使いで不思議そうに見つめていた。しかし実際には朝露さんの可愛さよりも驚きの方が勝って呆然と朝霧さんを見つめていた。


 「いや、正直にすごく驚いてるよ。まさか、朝露さんに人の心を見る力があったなんて……」

 「私の話……信じてくれるんだ」


 朝霧さんは嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 その顔をみれば嘘をついているかついていないかがすぐにわかる。


 「ああ、信じるよ。だって力を持っている人に会ったのは始めてじゃないからね。それに……あー、いや、これはいいや」


 そう、力を持っている人は初めてじゃなかった。

 あの時、あの約束をした。 瀬良せら 未羽みうこそが俺にとって初めての力の持ち主だった。


 「嬉しいな信じてくれて……。それに、信じてくれるなら話しが速いかもしれないね」

 「……でも俺は、その『力』自体についてはまったくわからないよ」

 「それは、私もあまり知らないよ~。今、知っていることといえば力は遺伝して、その人の子供に受け継がれて行くということだけだよ」


 やっぱり、朝霧さんでもそこまでしかわからないのか。実のところ、俺もいろいろ文献を漁っていたものの手がかりとなるものは一切なかった。唯一あるのは、朝露さんが言っていた遺伝ぐらいだ。でも、それは母から教えてもらったことで、母もそれ以上のことはわからないようだった。


 「……それにしても、何で俺に力のことを教えてくれたの?」


 ふと、思った疑問を投げかけてみた。


 「それは、本題に入るために必要だからだよ」

 「本題……?」

 「うん、じゃあここからが本題ね」


 そう言うと、朝霧さんの目が真剣な眼差しに変わり、その場の雰囲気が張り詰める。


 「私は、ある日想真くんの心を覗いてしまった時があるの……」

 「──なっ!? ちょっ、ちょっと待って……」


 いつの間に覗かれていたんだ? というか、変なことを考えていた時じゃないだろうな。もし、そうだったら……。


 「大丈夫、私は心しか見れないから。考えていることまではわからないよ~」

 「そ、そうだよな。見えるだけで聞こえるわけじゃ…………じゃあなんで今のはわかったんだよっ!?」

 「それは、なんて言うか……ほら、表情を見れば、ね?」


 ははは、と誤魔化しの笑みを浮かべる朝霧さん。

 今のは……嘘だな。うん、絶対ごまかした。しかし、顔に出て無いなんていう自信もない。

 気が抜けてる証拠だ。しっかりしないと。


 「いろいろと脱線したけど話を戻すね。それで、心の隅っこに大きな黒い部分があったの。想真くんって、昔、ものすごく辛いことがあったでしょう」


 きっと、あの日のことだろう。


 「……ああ、大体の予想はつくよ」

 「それって、想真くんが負い目を感じていることだよね。じゃないとあそこまで黒くならなはずなんだけど……」

 「まあ、そうだな……」


 それは、たぶん俺は美羽を助けることが出来なかったことだ。あれが俺を縛る、もう解くことのできない心残りだ。


 「……やっぱり、そうなんだね……。あのね、私はそんなあなたを助けたいんだ……」

 「えっ?」


 まさか助けたいという言葉が出てくるとは予期せぬことだった。


 「……でも……なんで?」


 心の中に浮かんだ疑問を素直に言葉に出して尋ねると、朝霧さんは少し赤くなっていた顔を伏せて、人差し指を口に当てた。


 「……それは秘密。でも、あえて言うなら放って置けなかったからかな」


 朝霧さんは気持ちを切り替えたのか、パッと顔を上げてさっきとは違う、はきはきとした言葉で話し始めた。


 「助けたいという理由は置いといてもらって、想真くん。私の力は心を見るだけで過去までは見えないの。だから辛い記憶なのはわかってはいるけど、教えてもらえないかな?」


 たしかに助けたいと思うなら、以前なにがあったのかを教えて貰わないことにはなにも始まらないだろう。だけど、今はまだ、はやすぎる。今日、まともに話し合ったばかりの朝霧さんに話せるほど、この話は軽い話しはない。

 それに、『力』を持っているのなら、なおのことだった。


 「……ごめん、今はまだ教えられない……」


 俺の声の低さに、朝霧さんもわかってくれたのか落ち着いた声で言葉を紡ぎだした。


 「……そうなんだ……教えてはくれないんだね……」


 朝霧さんは夕日でオレンジがかったコーヒーカップを眺めて寂しそうに呟いた。


 「ごめん、今日からちゃんと話始めたばかりの君には、まだこの話をすることは出来ないんだ……」

 「そう……だよね……」


 静まり返っている食堂にその言葉が寂しく響く。そして、朝霧さんは頷いて笑った。


 「そ、そうだよね。初めて会った人にいきなり辛い思い出話なんかできないよねー、あははっ……」


 明るい声で笑っていたが、そのうち花が萎むように朝霧さんの顔はひどく辛そうな顔になっていった。でも、なせがその面影は、過去を教えて貰えなかったことに悲しんでいるのではないような、気がした。


 「……ごめんね、嫌な話だったよね。本当にごめん。……今日はそれだけだから、もう歩くんの所へ行ってあけて」


 朝露さんは今にも涙が溢れそうでそれでも流れないように必死に耐えていた。

 今は、朝霧さんの方が心配なんだけど、理由だけでも聞くことは出来ないだろうか?


 「……一つだけ、聞かせて──」

 「だめだよ! 友達が待っていてくれているんだからさっさと行かないと嫌われちゃうよ……」


 強く。そう強く言われて、俺は押しだまった。これ以上いても、朝霧さんを悲しめるだけなのかもしれない。


 「……わかった。じゃあまた明日……」

 「うん、また明日……」


 そう言って、俺は悲しそうな朝霧さんを後にした。


~*****~


 想真くんが帰って、私は独りでぽつんと誰もいなくなった食堂のテラスで考え事をしていた。

 やっぱり想真くんは覚えてないんだね。私のことを……。


 『ごめん、今日からちゃんと話始めたばかりの君には、まだこの話をすることは出来ないんだ……』


 あの言葉はちょっと辛かったな……。

 この沈んだ気持ちを変えようと冷めたコーヒーに口をつける。だけど、やっぱり気持ちは変わることはなかった。

 その時、誰かに肩をトントンと優しく叩かれた。驚いて振り返るとそこには歩くんがいた。


 「どうしたの? 朝霧さん?」

 「──歩くん!? どうしてここにいるの?」


 てっきり、想真くんと帰ったのだと思っていたのに。


 「いや、なかなか想真が来ないから来てみたんだけど……どうやら朝霧さんしかいないみたいだね」


 想真くんとはすれ違いになった?


 「想真くんなら、さっき帰って行ったけど……?」

 「そっかー……。すれ違いになっちゃったかー、じゃあ仕方がない。よし、ところで朝霧さん。今、悲しい気持ちなんでしょう」


 そう言いながら歩くんは、私の前の席に座った。


 「……なんでわかるの?」

 「それはねー。女の子のことをよく知っているからだよ」


 歩はそう言って自慢そうな顔をした。


 「そうなんだ……」


 歩くんはごまかしているけど、きっと今の気持ちが顔に出てしまっているんだよね。早く気持ちを切り換えないといけない。

 顔に手を当てると濡れていることに気づいた。

 私、泣いているの?

 歩くんを見ると変わらず、そのままで私を見ていた。


 「……ごめんね……」


 急いで涙を拭き取る。恥ずかしいのもあったけど、このままだと泣き崩れてしまいそうで怖かったから。


 「全然、問題ないよ。それより、話してみない? 少しは楽になると思うけど?」 

 「……うん……そうだね……。それがいいのかもしれないね……。実は私ね、昔に想真くんに会っているの」

 「おや、それは初耳だな。でもなるほど、それで、想真が忘れてしまっていたんで悲しい気持ちなってしまった、ってことかな?」


 歩くんが言ったことは、ほとんど合っていて、本当になんでもわかってしまうみたいだった。それがもし、そうだったら歩くんだからちょっと怖いけど。


 「だいたい合ってるけど、少しだけ違うかな……」

 「アッチャー間違えちゃったかー、ごめんね」


 歩くんが頭を掻きながらすまなそうな表情を作る。


 「……ううんいいの。でね、私は想真くんとずっと一緒に居たかったんだけど、ある日、遠くに離れないといけない時があったの……。その時にね、ちょっとした約束をしたんだ。でも、その事もましてや私のことまで忘れてしまっていて……」


 そう話し終えると、さっきまでの悲しさが少し和らいだような気がした。


 「そうだったんだ……。ねぇ朝霧さん、今も想真のことが好き?」


 その質問に何の戸惑いもなく素直に頷いてしまった。言った後で恥ずかしさが込み上げてきたが歩はそのことを嘲笑することなく話しを進ませてくれた。


 「だったら、付き合って見たらどうかな? もしかしたら思い出すかも知れないよ」

 「──え?」


 いっ、いきなり歩くんは何を言ってるんだろう。か、顔が熱くなってきた。 


 「あ、でも早くしないと詩織ちゃんに取られちゃうかも知れないね~」

 「えっ!?」


 想真くんの側にはもうそんなに近い人がいるんだ。私には勝ち目がないな。あれ? どうしてだろう目から涙が……。


 「あはは……相変わらず朝霧さんて感情がすぐに表に出るよね」

 「え? あっ、ああ、ごめんね歩くん」

 「いや、別にいいだけどね。あっ、これハンカチどうぞ」


 歩くんが差し出してくれたハンカチを手に取る。


 「ありがとう」

 「変えられるのは今しかないからね。今をどうしたいか、未来をどうしたいか考えて頑張ってみてよ。それじゃあ俺はこの辺で……」


 そう言って歩は席を立って門の方へ帰って行った。

 今をどうしたいか、そんなことはずっと前から決まっていた。そう、別れたあの日からずっと。

 私は少しでも想真くんと一緒にいたい。隣に立ちたい。

 例え想真くんが私を忘れてしまっていても……。

 私はそこに居たい。


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