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桜~Last spring final~

 白雲公園。

 そこは四季の木が植えられており、一年中、四季折々の花を咲かせ、この町のランドマークとしてとても重要な場所であった。しかし、裏を返せば白雲公園とは四季の木以外何の変哲もない公園のはずなのだ。だから、俺達は不思議に思った。


 「ねっ、ねぇ……? これって……」

 「…………」


 桜が光っていた。正確には花びらだ。

 舞い散る桜の花びらは輝き、地面に落ちた花弁は光の道を作り出している。まるで夢のような現象だ。桜はここに来るまで植えられていたが、こうして輝いているのはこの公園だけだった。

 その光景を見て立ち止まってしまった俺たちは、足を踏み出すことを躊躇われた。

 しかしこの先に舞が待っている。


 「行こうリュアナ、舞が待ってる……」


 手を差し出すと、うんと頷き握ってくれた。

 光の道に足を踏み入れる。

 その一歩を公園に踏み込ませただけで、胸が高鳴った。まるで、何かに呼ばれているような、そんな不思議な気持ちになった。

 舞なのか……?

 不思議な気持ちに引かれるまま、光の道を進む。

 気づけば四季の木が見える広場にたどり着いていて、四季の木の根元に小さな少女を見つけた。


 「──舞っ!」


 俺はリュアナと手を握っていたことを忘れて、急いで四季の木へと駆け寄った。


 「……はぁはぁ……想真、くん、早い、早いよぉ……」

 「ごめん……」


 体をよろめかせ、息を整えているリュアナ。


 「ほんとにだよ、想真にぃ。心配して急いで来てくれるのはうれしいけど、そんなに女の子を乱暴しちゃダメだよ~」


 そうやっていつも通り注意してくる舞。俺がいったいどれだけの心配をかけているのか、わかっていないようだ。

 一言なにかいってやろうかと思ったが、幻想的な四季の木を前に言う気が失せた。

 静かな時間。舞の背後にそびえ立つ四季の木は、風に乗せてその輝く桜の花弁を散らせていた。


 「……どうしてお別れなんだ?」


 俺の口から出たそれは俺が心底聞きたいと思っていたことだ。

 舞はどう答えようか俯いて、答えが決まったのか微笑みを向けてきた。


 「……役目が、終わったんだよ想真にぃ……。そして、この季節が変わるんだ」


 舞が四季の木を見上げる。それを追うように俺とリュアナも四季の木を見やった。

 輝く四季の木の桜の花弁は徐々にその数を減らして、幻想の光を散らしていた。


 「もうすぐ、この四季の桜の木は花をすべて散らせる。その時が私の消えるとき……」


 ささやきのようなその声が耳に届いたとき、俺はいつかのように舞に歩み寄って顔を近づけていた。


 「…………どうして! どうして舞が消えないといけないんだ? 役目が終わった? 存在意義を失って泣いてたお前の役目ってなんだよ!」


 こうやって怒鳴っても舞はけろりとしていて、いつの間にか流れ出ていた涙を舞は指でふき取り、微笑んだ。


 「私の役目は想真にぃの手助け、つまり、一歩を踏み出させることだよ」

 「どうして、そんなこと……?」

 「ある人がね、この木に願ったんだ……。想真にぃを助けてくださいって。だからね、私がこうして人の姿で現れた。最初は人の体になれなくて苦労もした、夢花ちゃんからもらった記憶でさえ曖昧だった、だけど……」

 「ちょっと待て! 人の姿で現れたって……お前は一体何なんだよ……?」


 あ、忘れてたという顔を浮かべて舞は笑った。


 「そうだよね。言ってなかったよね、わたし……」

 「ああ……言ってない。何も言ってないよ……。だから、俺は何も舞の事を知らないんだ……」

 「そんなこと絶対にないよ……」


 そう言って舞は俺を抱きしめてくれた。


 「それにね……たとえ想真にぃが知らなくても、大切なことを知っている。私が想真にぃを愛してるってことをね。……それだけで十分だよ……」


 愛される。それは具体的にどういったことか思いつかなかった。だけど、知っていて感じていた。今、この瞬間も感じているこのぬくもり。それが俺にとって愛されるということだった。


 「……それだけで……いいのか……」

 「うん、もう十分すぎるよ。それに言ったでしょ? 知らないことはないって。

 想真にぃからね、沢山の愛情をもらって、存在意義ももらって、名前をもらって、この髪飾りをもらって、いろいろなことを教えてもらって、それが今の私の私の大部分なの。想真にぃからもらったものでできているんだよ。だから、想真にぃが知らないはずがないんだよ……」

 「………………」


 舞からすればそうなのかもしれない。

 舞は何も覚えてない、何もわからない舞だった。だから、あの日から舞に教えてきたことは舞を形成する大部分にあたるだろう。

 でも、今は?

 口振りから察するにたぶん舞は記憶を取り戻している。

 今の舞にも残ってくれているのだろうか?


 「だから、言ったよ。私の大部分は想真にぃに教わったことで出来ているって、それは記憶が戻っても変わらないよ……」


 その言葉に俺は心から安心していた。俺の知る舞がそこにいることに。

 それからほんの少し口を閉じていたが、舞がぽつりと呟き始めた。


 「わたしはね、桜の木なんだよ……。この木から生まれた不思議な木。だから、記憶が戻ったって自分がなにものかぐらいしかわからない。今の私は想真にぃの優しさと人と接してできた温かい思い出で出来ているんだよ。

 私は、幸せだった……。こうして人として存在することができて、想真にぃに会えて、リュアナねぇに会えて、他のみんなにも会えて……」

 「舞っ!」


 抱きしめていた舞の体が淡い光に包まれていた。


 「大丈夫だよ、まだ残っているから……」


 舞はそう言うが、見上げてみれば四季の木はただの木のように光を失っていた。


 「ああ……そうだな……」


 まだ、大丈夫、大丈夫だ。


 「でも、時間が無いのも知っているよ。だから、今はこれからのことを話さないとね……」

 「これから……?」

 「そう、これからだよ……」


 舞は俺を押し返して、離れるとリュアナを見た。


 「リュアナねぇ……! この誰かの願いはね、まだ続くの……。そして、その先につらいことが起こるかもしれない……」


 美羽ちゃんの時のように舞は話す。未来のこと、そして悲しいことが起きると。


 「それがいったいどんなもので、どんなことになるのかわからない。だけど、想真にぃならなんとかできるはずなの。だからねリュアナねぇ、想真にぃを支えてあげて、想真にぃはリュアナねぇを選んだから!」

 「うん……」

 「俺ならできるって、またずいぶんと期待されたもんだな……」

 「想真にぃ、だからね……」


 舞は俺だけに見えるようにほそく笑んだ。

 四季の木の光が消えていく、散っていく花弁も減って……。


 「想真にぃ。想真にぃにはもう頼ることのできる人ができたんだよ。もう、一人じゃないんだよ……」

 「ああ……」


 舞は微笑みながら泣いていた。もう別れが近いのだと零れ落ちた涙が光となって消えていく……。


 「想真にぃ、笑って。私は帰るだけだから……」

 「ああ……」


 輝きを放ち出す舞。できるだけ舞のいうことを聞いてやろうと必死に笑顔を作る。


 「送り出す言葉言ってほしいな……」

 「あぁ……ああ……」


 もういつ消えるかわからないほど輝いた体を抱く。


 「いって、らっしゃい……」

 「うん、行ってきます」


 元気よくそう言って頬にキスを残すと、パンっとはじけるように舞の体が勢いよく花弁となって散った。

 輝く桜の花びらは俺の体を通り過ぎていく。


 ──春になったら、また会おうね。


 そう言って。

 舞の声が聞こえて、俺は必死に桜の花びらを手で追おうとした。しかし、俺の手は空を切り、その花弁に触れることなく、輝く桜の花びら達は光が満ちた日高町の暗い空を舞っていった。


 「ああ……あああああああああああああああああ……っ」


 そのこぼれた涙は止まることを知らなかった。

 ただただ、涙を地面に落とした。その悲しみを少しでも薄めるために──。

 そんな俺をぬくもりが包み込んだ。


 「……リュ……アナ……?」


 俺は抱きしめられ、頭を撫でられていた。


 「大丈夫だよ、想真くんは……一人じゃない……よぉ……」

 「……リュアナ……」


 リュアナも泣いていた。だけど、もう前を向いて歩こうとしているんだ。


 「…………ありがとう…………」

 「……うん……」


 それが今年の長い春の終わりだった。

 最後にはいっぱい涙を流して、次の季節へと進む……。それに必要な勇気とそれを助けてくれる人がいることを俺は舞から教わり、そしてこの春、知った。

 もう一生忘れることはないだろう。この春で学んだ心の学びを。


~*****~


 「残念ながら、ハズレみたいよ~。歩くん」

 「そう……かもしれませんね……。ただ、来るのが遅かった気がしてます」


 四季の木。そこに咲いていたのは桜では無かった。しかし、何もついていないという訳でもなく、もうすでに、多くの蕾をつけていた。


 「そりゃね~。歩くん、小宵ちゃんにもうベッタリだから……」

 「なっ! そんなんじゃないですよ! あれはあいつが送ってほしいなんて、柄にもなく行ってくるもんだから……」

 「歩くんはどんなに嫌でも、女の子の言うことはちゃんと言うことを聞いてあげる。そんな紳士的かつ、変態さんですものね~」

 「ちょっ、変態って……」

 「あら、間違ってるかしら?」


 驚いた顔を見せるアウラ。

 確信をもっているアウラにそう言われると歩は、


 「いえ、どこも間違ってませんよ」


 と堂々とそう答えた。


 「そうよね~」


 アウラもそれをわかっていたように返すと、踵を返した。


 「さて……と、帰りますか? なにもなかったわけですし……」

 「そう、ですね……。あっ、そういえば修学旅行の下見の件はどうなってますか?」

 「ああ、あれね……」


 アウラは思い出すと楽しそうに歩に話し始めた。

 しかし、このお話はまた次回の季節でお話ししましょう。

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