桜~Last spring Ⅴ ~
俺とリュアナを乗せた観覧車は四分の三に差し掛かっていた。
抱き合ったままの俺たちは何を話すでもなく、ただ互いのぬくもりを感じ合っていた。
永遠に閉ざされたような空間。
このまま永遠続いてもいいと思えてしまう空間に一人の声が届いた。
──頑張ったね。想真にぃ。
その声は、不安でたまらなかった朝を笑顔で送り出してくれた少女の声だった。
──想真にぃはね、乗り越えたんだよ。その過去の鎖を一つ断ち切った。だからね、想真にぃは次の季節に行けるんだよ。
いつも元気な声は、今はどことなく儚げに感じる。
──だからね、私とはお別れ……。
「ま……い……?」
抱き合っていたリュアナはえっ? と驚いた様子で俺を見ていた。
「ごめん。いま、舞が力を使ってきていて、すぐ繋ぐから」
すぐさま力を使って、リュアナを繋ぐ。
──んも~、想真にぃはせっかく二人きりでお話ができると思ったのにぃ~。
(そんなこと、帰ったらいつでも話せるだろ?)
──ごめんね想真にぃ。それは無理なんだよ。
その言葉を聞いたとき、一方的に語られていた言葉の中で一つの単語が頭をよぎった。
(っ……どうしてだよ舞。どうして俺と舞が別れないといけないんだよ!)
──えっ?
リュアナの驚いた声が頭に響く。しかし、いま聞きたいのは舞の声だ。
──もう、終わりだからだよ……。
(なにがだ? 何が終わりなんだよ、舞!)
──ごめんね想真にぃ、詳しい話は白雲公園でするから二人とも来て……。
必死に涙声をこらえて早口で言う舞。
(もちろんだ。だけどどうして……)
白雲公園なんだ?
そう聞こうとして、舞との繋がりが消えていることに気づいた。
どういう事だ? 舞がどこかにいくのか? でもどうして? 次の季節にいける? だから?
わからない。
そもそも、舞と初めて会ったあの日。記憶を失ったはずの彼女はどうして俺のことを知っていた?
わからない。
どうして存在意義を失って、あんなに泣いていたのだろう?
わからない。
どうして舞はいつも俺を助けてくれていたんだろうか?
わからないだらけだった。俺は舞のことを……。
──想真く……ん……想真くんっ! しっかりして! しっかりしてよっ!
この声は、誰だった?
「お願いっ、お願いだから……帰ってきて……」
感覚が戻ってくる。
柔らかい感触、熱い何かが入り込んで来ている。
暗かった視野は徐々に鮮明に明るみを帯びて……。
──リュアナ……?
焦点が定まったとき、最初に見たのはリュアナの顔だった。それも涙でぐしゃぐしゃになって、せっかくの化粧もくずれている。帽子も床に荒々しく脱ぎ捨てられていていた。
俺のせいだな……。
ぎゅっと抱きしめて意識が戻ったことを伝える。
リュアナはつながっていた唇を離すと、胸に飛びついた。
「想真くんのバカっ!……本当にもう……戻ってこないかと思ったんだから!」
涙で半分しか開けれていないリュアナの目が俺を刺すように鋭く光っていた。
「ごめん。本当にごめんな……」
俺はそんなリュアナにただただ謝ることしかできなくて、その目から逃れるようにリュアナを抱え込んだ。
「もぅ……そ、想真くんの、せい、だからね……」
「ああ、これは俺のせい……。間違いなく俺のせいだ……」
リュアナの姿がこんなにも乱れるほど、俺はリュアナに心配を掛けさせた。
「本当にごめん、こんなになるまで心配を掛けさせて……」
「……ほんとだよ」
リュアナがあんな目を向けてくるほどに、リュアナを悲しい気持ちにさせた。
「ごめんな、悲しことを想像させて……」
「……ほんとに」
でも、それ以上に言わないといけないことがある。
「ありがとうリュアナ。こんな俺を救ってくれて……」
「うん、どういたしましてだよ。想真くん……」
~*****~
「これは……」
「桜の花びらね。でも、どこから?」
ヒラヒラと舞う無数の花弁。その花弁は水族館の光で透過して鮮やかな桃色をしていた。
「うぁ~、まるで夜桜だね~」
「ほんと綺麗ね~」
詩織はもちろん、小宵まで急に降りそそぎ始めた桜吹雪にはしゃいでいた。
「こりゃ何かのイベント……なのか?」
「本当に歩くんはそう思う?」
歩は少し考える素振りを見せると、簡単にいいえと答えて自身の意見を変えた。
「それじゃあ、これはなんだと思う?」
「四季の木てすかね……」
「その根拠は?」
「ちょうど桜が散るころですし、なんとなく不思議だと思ったからですかね。不思議なことの原因は不思議なものでしょうしね」
「ふむふむ、なるほどなるほど。それじゃあ行ってみましょうか? 四季の木がある、白雲公園に……」
「わかりました。でもあの二人には帰って貰いますよ。出来るだけ巻き込みたくないんで……」
「もちろん、かまわないわよ。それが君の意思なら私はそれを尊重するわ。やっぱり優しいのね、君は……」
「当たり前です。女の子に傷をつけたりしたら一生自分を恨みますからね。それに……」
「それに?」
「基本的に関わってほしくないんですよ。こういった不思議なことに……。なんだか、大切な物を失っちゃいそうで……」
歩は二人に向ける目を細める。
「俺はあいつらに普通の生活、普通の世界で生きてほしいと思っているんですよ。といっても、四季の木が日高町にあって、もうそこに住んでしまっているので、残念ながら不思議なことと無関係っていうのはもう無理ですがね。それでも、わざわざ関わりにいく必要はない……」
歩は二人を見ていたはずだが、アウラはその様子を見てクスリと笑った。
「特に小宵ちゃん?」
「っ……!?」
歩はビクッと跳ねてなんでという顔を見せていた。
「それは、見てればわかるわよ。歩くん、ずっと小宵ちゃんばっかり見てたし……」
「ま、まじっすか?」
歩はこそこそとアウラに尋ねる。
「まじまじ、おおマジよ。私じゃなくても詩織ちゃんも気づいてるほどに、あなたは小宵ちゃんを見てたわ」
参ったとばかりに頭をかく歩。
「……たぶん、俺は不安なんだと思います」
「小宵ちゃんが?」
「はい」
小宵を遠目で眺め、話し始める。
「あいつ、前にいなくなった時ありましたよね。アウラさんに手伝ってもらった時の……」
「ええ、覚えてるわ」
「あの時、俺、すごく不安になったんです。特に屋上にいると聞いたときは本当に肝を冷やしましたよ。あいつ、ほんとは弱いくせに意地を張って強く見せたりするんで、不安にさせるんです。そのくせ、自分で強気で当たりにいくもんだから、強く返されたときはひやひやしますよ」
「つまり、歩くんは小宵ちゃんのことが不安でしょうがない。気になってしょうがないって感じかしら?」
「え、ええ、まあ、そんな感じですかね……」
歩が言い淀んだのは、にやにやとするアウラのせいである。それはあたかも違う意味で受け取った、というような笑みだった。
「まぁ、歩くんが巻き込みたくない理由はわかったとして……はい! みんな、集合~!」
アウラの呼び掛けに桜の花びらではしゃいでいた二人が戻ってくる。
「よし、みんな集まったわね~。今日はそろそろ想真くんたちのデートも終わりそうだから、私たちも終わりということで帰るわよ~♪」
「了解でーす」
妙にテンションの高い詩織は敬礼までしている。小宵はというと……。
「歩、ちょっと……」
小宵に呼び出された歩はいつも通りの反応を返していた。
「どうした小宵? お子様らしく怪我でもしたか?」
「してないわよ! また、子供扱いして……。ってそうじゃない。アウラさんとなんの話をしていたの? なんか真剣そうな顔をしてたし……」
「見てたのか……」
見ていたことを知られて歩は小宵から目線を反らす。
「ごめん、ちょっと気になったから……」
「別にいいけど、大したことじゃないから、あんまり気にするな」
「うん……」
(こうやって気にさせてしまうから、出来れば俺とも関係を離したほうがいいんだけどな……)
しかし、それが逆に気にさせてしまっている原因になっていることに頭を悩ませながら、歩は不思議な場所へと足を向けたのだった。




