桜~Last spring Ⅲ ~
駅についた俺達は人だかりについていくようにして水族館へとたどり着いた。
最近出来たばかりのこの白海水族館はアミューズメントパークと複合しいて、デートや友達同士で遊びに行く最適の場所として人気を博していた。
「……やっぱり。人が多いな……」
休日となるとどうしても人が増えてしまうのだろう。少し、歩きづらい。
「そうだね……。これだと、想真くんの要望3を聞き入れないといけないかな?」
俺の要望3ってなんだ?
なんのこと指しているのか記憶をたどって思い出していると、リュアナがはいと手を差し伸べてきた。
ああ、電車の時の……。
「ありがとう」
差し出されたリュアナの手を取る。
しっかり握ると壊れてしまうぐらい儚く感じるその手は、小さくひんやりとしていた。
「そういえば思い出したんだけど、前にもこうして手を握って歩いたことがあるよな」
「うん、そうだね。あれは確か、私の部屋に初めて想真くんが来た時だね」
「そうそう、あの時は一方的であんまりわからなかったけど、リュアナの手って小さいよな」
「そうかな? 普通ぐらいだと思うけど?」
「俺からしたら小さいかな。舞ほどってわけじゃないけど……」
「あはは、それはそうだよ……」
リュアナは楽しそうに笑う。
「それに柔らかい。壊れそうなぐらいだ」
「それを言ったら、想真くんはおっきいし、ゴツゴツしてて硬いよ」
「そうかな?」
「そうだよ〜」
リュアナにはそう言われるけど、そういった感覚は自分にはない。
「あ、ほら想真くん。入場ゲート、見えてきたよ」
リュアナに言われて見ると、行列がところ狭しに整列させられていた。
「結構、並んでるな……」
「大丈夫だよ、想真くん。あれはチケット売り場に並んでる人達だから、チケットの持ってる私達はすぐに入れるはずだよ」
「そうなのか?」
「ちゃんと調べてきたから大丈夫!」
自身有りげに言うリュアナ。きっと、だいぶ調べてきたんだろう。
楽しみにしてくれていたんだな……。
そんな想いを踏みにじらなくてほんと良かった。来てよかった。そう心の底から思った。
入場ゲートに着くとリュアナの言う通り、俺達はすんなりと水族館に入場することが出来た。水族館の中は以外と人は少なく、お陰で水槽をゆったりと見ることができる。
「……綺麗だねー」
「ああ、そうだな……」
小さな小魚からサメのような大きな魚までいろいろと展示されている魚達に俺達は魅了されて歓声を上げていた。
「ねぇ見て想真くん! イルカだよ!」
「あ、本当だ!」
水槽にはイルカが凄まじい速さで泳いでいた。必死に見ようとするリュアナは水槽に両手を押し当てながら食いつくようにみている。しかし、リュアナの思いとは裏腹にイルカはなかなか止まってはくれず、すごい速さで泳いでいく。
「ほら、今だよ。シャッターチャンス! あ〜逃しちゃった……。どう? 撮れた?」
「いや、ダメだな〜これは……」
撮ってくれとせがまれた写真だが、どれもはっきりと撮れたいい写真はない。どれどれとリュアナが近づいて見てくるが、ピンぼけした写真を見て、う~んと迷った表情を見せた。
「……よし……」
リュアナの中で、今なにかが決まった。
なにがよしなんだろうか? その顔を見るに何かしでかしそうなそんな気がしてならない。不安にかられながらリュアナをじっと見ているとリュアナは目を閉じてもう一度両手を水槽に当てた。
まさか……。
リュアナが目を開ける。
「想真くん、こっち!」
「おっ、おい!」
リュアナは急いで俺の手を取ると人をかき分けてイルカの水槽の端の場所に着く。リュアナは写真を撮るように俺に指示すると水槽の前に立った。
いやいやこんな所には絶対来ないだろう。そう思っていたがイルカはやってきた。しかも、疲れたのか、ガラスと垂直に立ったまま止まってくれてるのだ。
「ほら、早く!」
「わかってるわかってる」
カシャカシャとスマホのカメラで二、三枚取る。
よし、いい出来だ。
「それじゃあ、想真くんも」
そう言われて、俺はイルカと並ばされる。
男一人でイルカと撮ってもな……。せっかくリュアナがいるのに寂しいような虚しいような感じだ。
「良かったらお嬢さん、写真お撮りしましょうか?」
「えっ?」
リュアナに話しかけてきたのは、きっちりと礼装を纏い、帽子をかぶった白髪頭のご老人だった。
「えーと、でも……」
「せっかくのデート。こういう時ぐらい、いいんですよ」
ほほほっと笑うご老人。俺としてはものずごくありがたい。
「せっかくだし、撮ってもらわないか?」
「そ、それじゃあ!」
リュアナはご老人にスマホを渡してやり方を教えると万編の笑顔で走ってきた。
「お、おいっ!?」
そのまま、腕に飛びつき、グイッと引き寄せられる。
「せっかくなんだし、ねっ?」
「ほほほっ、これはこれは若者の特権ですな~。それでは、撮りますよ!」
カシャとシャッター音がなり、一枚目が撮れた。
「それでは、もう一枚」
再びシャッター音がなると二枚目が撮り終わった。
「ありがとうごさいました」
リュアナがご老人に近づき、スマホを受け取る。
「ほほほっ、いやなに今日はとても良い物を見せて貰ったお礼みたいなものですよ。それでは、私はこの辺で……」
「ありがとうごさいました」
お礼を言うと、ご老人は振り返り笑顔を見せて人混みの中へと去っていった。
「……よかった、一緒に撮れて……。あのままだと、一人でイルカと映るところだった。それで出来の具合は……?」
スマホを見てうつむくリュアナ。そのスマホを覗き込むとしっかり撮れたさっきの写真が写っている。
「バッチリみたいだな」
「うん……だけど、さっきの人、少ししか教えてないのにこんなに綺麗に撮れてるなんて……」
確かに明るさや、ズームまでされてデジカメで撮った写真と変わりない。
「きっと昔、カメラを触ってたんじゃないか」
「ん〜、でもどっかであの人を知ってるよな〜知ってないよな〜」
う~んと頭を悩ませているリュアナ。このまま、考えていると日が暮れそうだ。
「リュアナ、考えることはいつでも出来るけど、今はこの時間を楽しまないか?」
「うーん、確かにそうだね。それじゃあ、次のエリア行ってみょっか!」
「ああ!」
〜*****〜
「いや〜、お疲れ様お疲れ様〜」
水族館内のベンチ。そこに座る金髪の女性が、先刻、想真たちの写真を撮ったご夫人を労う。
「はぁ〜……アウラさん。俺的にはこういうことあまりしたくはないんですけど、もうやめませんか?」
ご夫人から出たその声は見た目の年にそぐわず青年の声。
「残念ながらそれは無理な話よ。娘があんなに楽しそうにしてるのにそれを見れないなんて母親として絶対に譲れないわ! ね、そうは思わない? 小宵ちゃん、詩織ちゃん」
髪をゆったり、眼鏡をかけたりして変装を醸し出している二人に目が向けられる。
「もちろん、そう思いますよ。あんなにイチャイチャキャッキャッウフフしてるのに、それを見れないなんて友達として悲しいです」
「それは一理ある!」
「いや、ないでしょ! というか本当にあんた歩なの?」
小宵が訝しげに見ると、ご老人は帽子と髭、そして白髪の桂を取る。桂の下から現れた茶色い髪の毛を立てて、はいおしまい、というように歩が決め顔を作って笑った。
「これで、納得がいったか?」
「うん……」
納得のいってないような返事を返す小宵に歩がワザとらしくなき真似をする。
「友達だと思ってた奴に顔も忘れられるなんて……俺は……俺は……」
「ち、違うのよ! ただ、驚いただけ、びっくりしただけなんだから!」
「本当か? でも驚いたってことは俺の事信用してないってことだから……友達と思っていたのにお前は……」
「それも違うっ! あ〜もうっ!」
プイッと拗ねたように小宵は水槽へと顔を向けた。
「あ〜あ〜、歩くん。小宵ちゃんを拗ねられちゃったよ〜」
詩織が笑顔で歩に微笑みかけると、やり過ぎちゃった♪ とでも言うよな顔をして笑い返していた。
「本当に、みんな仲がいいわね〜。おっと、ゆったりしているとターゲットが動き始めたわ。みんな行くわよ!」
「「はいっ!」」
そうして、アウラ一行はターゲットを逃さぬよう、他の客に紛れて二人を追っていく。
〜*****〜
「想真くん! 想真くん! ジンベイだよ! ジンベイ!」
「リュアナ……はしゃいでいるのはわかるけど、それだと服かどっかのキャラクターが泳いでることになるから、ちゃんとサメをつけてやろうな」
「はっ……それもそうだね。見て見て、想真くん、サメだよ! サメ!」
「ジンベイはっ!?」
一体どこまで興奮しているんだか……。
「想真くん、想真くん! ジンが向こうに行っちゃうよ! ついていかなくちゃ!」
ジンて……もうどこかの人の名前ですか?
「ちょっと待てリュアナ! 慌てて行くとこけ──」
それを言い終わる前に、リュアナは足を地面に引っ掛けていて……。
「あ〜もう!」
俺は抱き止めるために飛び込んだ。
「ううっ……あれ? いたく、ない? って想真くん!?」
「その様子だと間に合った見たいだな……」
堂々と抱き合う形で倒れているのは、まあ恥ずかしいが、リュアナにケガがなくてよかった……。
カシャ、カシャ。シャッター切る音が何度か聞こえた。最初、魚を撮っているのかと思ったがカメラを向けられて違うことに気づく。
「リュっ、リュアナ! そろそろ降りてくれるか!?」
そう言いながら上半身を起き上がらすとすぐさまリュアナが手や足を取って擦った。
「想真くんは!? 想真くんはどこかケガしてない!? ごめん、本当ごめんね! 私のせいで……」
すすり泣くリュアナ。気持ちはわかるが、この囲まれた中で泣かれるのは、ちょっと……。
「あの!? 大丈夫でしたか!?」
水族館の従業員がやってきて、人が少し離れていく。
「あ、はいっ……」
って言っても、今のリュアナを見ると大丈夫じゃなさそうに見えるよな〜。
「あの、もし動けないのでしたら救急車をお呼びしますが……」
救急車!?
「いや、大丈夫です! この子はびっくりして泣いているようなものですから」
俺はリュアナの母親かっ!
「そうですか。わかりました」
案外、素直に受け入れるんだな。
「でも、もしなにかありましたら。気軽に声をかけて下さい。あそこにボタンがあるので押してくれて構いません。すぐに行きますので」
「あ、はい」
なるほど、だから来たのか。
「それではごゆっくりどうぞ」
そう言うと従業員さんは人混みへと消えていった。
「もう、泣かなくてもいいんじゃないか?」
ポンポンとリュアナの頭に触れる。
「でも……」
「ほら、ここだと通路の邪魔になるから端に寄ろう」
「うん……」
そう言って離してくれたはいいが、
「痛たた……」
立ち上がろうとすると、擦った部分が痛く麻痺するようにヒリリと痛む。
「想真くんっ!」
立てたと思った瞬間にはもうリュアナが飛んで抱きついてくる。
「痛いところは! 血は出てない?」
「大丈夫だってリュアナ。このぐらいなんともないから、な?」
リュアナに肩を借りながら通路の端に移動し、ひとまずこれで人の邪魔にはならないだろう。
「ふぅ〜、それにしてもリュアナは大袈裟過ぎだよな〜。まあ、いつものことだけどさ」
「だって想真くんは、私のせいで怪我を……」
「だから、リュアナのせいじゃないだろ。それに怪我もしてないし……」
しょんぼりとした顔を見せるリュアナ。ここは気分を変えて次に行こう。
「リュアナ、次に行こう」
「うん……」
表情の変わらないリュアナの手を取り進んだ。




