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桜~Last spring Ⅱ~

 テストが終わってからの数日間、俺とリュアナは気まずい雰囲気の中で毎日を過ごした。

 理由は簡単で単純だった。

 一言で言うとキスだ。

 あの打ち上げの時のキス。それが翌日の朝になってリュアナと顔を合わせた瞬間、羞恥という忘れものを遅れて届けてきたのだ。それからと言うもの、リュアナとは顔を合わせることすら恥ずかしくなって出来なくなってしまった。

 クラスはそんな空気を読み取ってか、リュアナにちょっかい出してくる輩が増えてきたり、「振られたのか? 振られたのか?」と何度も聞いてくる少しイラッとしてしまう奴もいた。しかし、俺の友人たちは面白がるというより心配が大きかったみたいでちょくちょくそういう話になった。しかし、その原因を言うわけにもいかず結局、解決には至らぬまま数日が過ぎて、最大のピンチを迎えていた。


 「想真にぃー! 今日はなんか朝からどっか行くって楽しみにしてなかった?」


 部屋の外から舞の声が投げかけられる。

 義妹よ、それはもう楽しみから不安や恐怖に変化してしまったんだ。


 「想真にぃ? ねぇ想真にぃ? 起きてるの? 部屋に入るよー……」


 かぢゃ、という音が聞こえて舞が部屋に入ってくる。


 「おはよう想真にぃ……布団に包まって何してるの?」

 「……迷ってるんだよ……」

 「なにを?」

 「…………」


 布団に包まっているから舞の姿は見えないが、多分首をかしげていることだろう。


 「……私には想真にぃが何に迷っているかわからないから、一緒に考えてあげれない。でも……」


 えいっ、と可愛い声を上げて布団の中に入ってくる。


 「──うおっ!?」

 「これで、想真にぃと一緒の気持ちになれるはずだよね?」


 顔と顔とがぶつかりそうなくらい近い距離に舞は笑顔で擦り寄ってきた。


 「おまえな〜……」


 舞の笑顔に呆れつつ、その温かさに少し落ち着いていた。


 「それで想真にぃは何で悩んでいるの?」

 「うーん……」


 言うか言わないかを頭の中で迷って、結果俺は舞に打ち明けることにした。


 「……実は今日、リュアナとデートの約束してて……」

 「デート!? リュアナねぇとデート!? やったね想真にぃ!」


 驚いた顔をして舞は声を大にして言う。これ、母にでも聞かれたら相当イジられそうだ。


 「まあ、よかったと言えばよかったけど……」

 「けど?」


 不思議そうに語尾を繰り返す舞。


 「…………」

 「……ねえ想真にぃ……リュアナねぇに何したの?」


 押し黙る俺に舞は訝しげに見てくる。


 「何をしたというでは……」


 ないとは言い切れない。

 曖昧に濁す俺を見て舞ははぁ〜と溜め息をついた。


 「あのね、想真にぃが何をしたか知らないけど、リュアナねぇはきっと待ってるよ。だってリュアナねぇとデートが決まった時、きっと喜んでたでしょう?」

 「ああ……」

 「だったら、きっと待ってる。だってリュアナねぇにとって今日は特別な日のはずだから」

 「えーと、それってどういうことだ?」


 んも〜と呆れたような目で見られ、布団から押し出されるように追い出されベッドから落ちた。


 「いっ、た〜……おい、舞!」

 「想真にぃは早く行ってあげないと、リュアナねぇが帰っちゃうよー! さあ行った行った!」


 舞が布団から顔を出して促してくる。


 「ああ、わかったよ!」


 仕方なく着替えを適当に見繕って部屋を出る。


 「行ってらしゃい」

 「ああ、行ってきます」 


〜*****〜


 「はぁはぁ……」


 荒く息をつく。日は登り始め、暑さが日とともに強くなり始めていた。

 俺が集合場所の日高駅にたどり着いた頃には、もう集合の時間から1時間が過ぎている。

 頼む居てくれ……。

 そう願うような思いで俺はその辺りを見回した。

 人は多くはない。バスやタクシーと言った遮るものも少なかった。

 どこだ……。慌てて走り出そうとすると聞き覚えのある声が俺の足を止めた。


 「想真くんは誰をそんなに慌てて探しているの?」


 笑って面白がる声はリュアナのものだ。


 「リュアナ?」


 声が聞こえた方向を向くと、そこには、キャップのような帽子を深くかぶった女の子がベンチに座っていてこっちを見ていた。


 「リュアナ……?」


 近づきながらもう一度、今度は不安げに呼んでみる。


 「なにかな想真くん?」


 ベンチに座っていた女の子は立ち上がり白く短いスカートをポンポンと払うと、帽子のつばを少し上げた。見上げてくる女の子は間違いなくリュアナのはず、だ……。

 顔を見てなおもリュアナだと断定できないのは雰囲気が違っていたからだ。いつもの清楚さといった感じがなくて、そのカジュアルな服装から活発な女の子といった雰囲気がその女の子からは漂っていた。


 「リュア……ナ?」

 「ん……?」


 不思議そうに小首をかしげる女の子。そのちょっと動作にサラッと動く髪は白かった。さすがに、こんな場所にリュアナ以外の白髪の女の子が待っているとは考えにくい。


 「えーと……リュアナ……だよね?」


 それでもなお疑問形なのは自分に自信がないからだ。


 「ふふっ、そうだけど、どうしたの想真くん?」

 「えーと……」


 キスの件もさておきながら、こんなにもリュアナが可愛いいとどうも言葉がうまく出てこない。


 「さっきから本当にどうしたの想真くん? あ、もしかして、私の可愛さに言葉が出なかったりして……」


 リュアナは冗談まかしにそんなことを言っているのかもしれないが、見事にその通りだ。


 「……うん」


 俺は小さく頷きながら小さくそう答えた。


 「っ〜〜」


 恥ずかしそうに顔を赤くして両手を使って帽子を深くかぶり直した。


 「えーと、えーと……」


 駄目だ。会話どころか、言葉が出てこない。このままだと、いつもの雰囲気で見ることすら出来なくなるぞ。何か話題を──。


 「えーと、えーと、え~と、え~と……」

 「ふふっ……」


 クスリといまリュアナが笑った気がした。


 「リュアナ?」


 顔を覗き込もうとすると、リュアナは顔を背けて後ろを向いてしまう。しかし、肩を震わせながら必死に笑いを堪えているがわかる。


 「あの~リュアナさん?」


 俺の一声で堪えきれなくなったのか、隠しながら堪えていた笑みが一気に弾け笑い声が響く。


 「あはははっ、想真くん、おどおどしすぎだよ〜はははっ」

 「べ、別にそんなに笑わなくてもいいだろっ! そんなに面白いのか?」

 「うん、とっても面白いよ~」


 そう答えてまた笑い出す。どうやらリュアナのドツボに入ったらしい。それにしても──。


 「笑いすぎだって……」


 まだ止まないリュアナの笑い声。その調子は始めとあまり変わってない。


 「だって想真くんっ、あははっ、面白いんだもん、ははっ」


 そうだろうか、自分ではわからない。しかし、この笑い声が俺達をいつものに戻してくれる。


 「リュアナごめん。最近のことも、今日遅れたことも、どっちも俺が悪かった」

 「うんん、それは私も悪かった分もあるし。それに面白いものも見えたことだし、ここはおあいこということで」


 満足そうに微笑んでくれるリュアナ。そう接してくれるのはとてもありがたい。


 「ありがとうリュアナ」

 「こちらこそ、ありがとう想真くん。今日、来てくれて私すごく嬉しいよ」


 ああ、その嬉しさは伝わっている。わかってる。だって俺の手にはもうリュアナの手がつながれているから。


 「よし、それじゃあ行こっか?」

 「うん」


 手を繋ぎながら、俺達は改札口を通過した。


~*****~


 さて、これからどこに行くのか? それはもう前から決まっていた。


 「水族館、楽しみだな〜……」


 電車の中。並ぶように座った俺達は今週の話を一通り話し終えるとリュアナが遠くを見ながらそう呟いた。


 「そうみたいだな……」


 リュアナの表情を見ればどれぐらい想いを馳せているのか大体わかる。


 「想真くんは楽しみじゃないの?」

 「リュアナほどってわけじゃないけど、けっこう楽しみだぞ」

 「それじゃあ、想真くんはどこが一番楽しみなの?」


 一応、俺は俺で水族館なんて何年も行っていないので内装がどうなっているのか気になる。


 「でも、一番となるとやっぱりリュアナの表情かな~」

 「……っ!?」


 向かいの窓の空を見ながら言うとリュアナは声にならない声を上げて、帽子を深くかぶってしまった。

 言った俺もそうだけど、後になってちょっとこれは恥ずかしく思って頬を掻いてしまう。


 「ね、ねぇ想真くん。想真くんはいつもそういう事簡単に言うよね。もしかして、他の人にもそうやって手米にしてるの?」

 「いっ、いやいやしてないよ! 普段は言わないし、そういう事もしてないしてない。だからこういうことを言うのは素直になった時というか、本当に思った時というか……」


 自分で言ってて本当、どんどん恥ずかしくなってくる。

 それを聞いているリュアナも恥ずかしそうに帽子をさらに深々とかぶって表情を隠していた。


 「二番目は……?」

 「えっ……?」

 「二番目に楽しみなこと!」


 恥ずかしさからなのか少し声が高くなっている。少し驚きながらも必死に頭を回転させて答える。


 「えーと、リュアナの……笑顔かな? って、あ、ちがっ──」


 びっくと震える肩。自分で言ってて、それさっき言ったことと同じじゃないかと後悔して言葉の訂正をしようとしたが猶予もなく、『三番目は!』とやけになったリュアナが聞いてきた。


 「へっ? あ、えーと、リュアナと手をつなぐことかな!?」

 「四番目は!」

 「リュアナと昼ごはんを食べること!?」

 「五番目は!」

 「リュアナと一緒に笑顔で帰ること!」

 「あー、もう! じゃあ最下位は!」

 「さ、魚……?」


 これが一番まともな答えだ。今まで焦って出てきたのはすべてリュアナの事ばかり、こんなにも恥ずかしいことはない。リュアナも帽子の下がこれでもかというぐらい真っ赤になっている。しかも辺りを見ると他の乗客までふふふと笑われる始末。


 「……なんか、ごめん……」

 「もう……いいよ……」


 そう言うとリュアナは拗ねたようにプイッとして椅子から立ち上がる。


 「本当ごめん!」

 「もういいよって言ったでしょ? ほら、もうすぐ到着だよ」

 「えっ?」


 慌てて、ドアの上にある電光掲示板を見る。

 本当だ。次の駅が降りるところだ。


 「はぁ〜……」


 リュアナが立ち上がった理由がわかり安堵した。ホント嫌われたのかと思った。


 「どうしたの?」


 車窓から景色を眺めていたリュアナは少し首を傾げて俺を見ていた。


 「いや、なんでもないよ」

 「そっか……」


 リュアナは微笑むと再び視線を外へと向ける。

 さて、何から見ようかな。そんなことを思いつつ、俺も視線を外へと向けた……。

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