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桜~Last spring Ⅰ~

 初夏を予期させる風に、遠く遠くへと舞っていく桜の花びらを感じ、四季の木である私は思い出した。

 そういえば、春にはもう1つ意味があったんだよね。

 始まりが春の季節の意味にあるのなら、終わりもまた春の季節にある。そう、誰もが経験する別れの季節……。

 たとえ進む道が分かれて離ればなれになったとしても、けして会えないことは無い。だけど、悲しい気持ちはみんなおんなじ。別れの瞬間は誰もが切なくて、悲しくて。人の心はそんな悲しい負の感情で満ち溢れる……。

 けど、それだけじゃないよね。

 別れの瞬間、泣いている人も、抱き合っている人もいた。でもみんな、最後には笑ってたもん。泣きながら笑顔だったよ。送る人も、送られる人もね。

 それは新しい世界に希望があるから、だよね。

 だから、その一歩を踏み出すために、別れの寂しさを、未来へと歩む不安を、笑い合って励まし合って、そうして乗り越えていく。

 大丈夫だよ。

 たとえ桜達がすべて散ってしまっても、けして木がなくなったわけじゃない。桜達もまた新たな季節の一歩を踏み出したんだ。

 だから、君は笑って励ましの言葉を掛けてあげないといけない。

 そしたら、きっと桜達はこう言うよ。

 春になったら、また会おうねって……。


 さて、長かったようで短かった最初季節、この物語はどんな結末で次の季節に行くのでしょうか?


〜*****〜


 キーンコーンカーンコーン。

 どこの学校でも聞くようなチャイム。そこまで、という指示が響き、解くことをやめた。

 ああ、終わった……。この場合は二重の意味でだ。

 星真さんを訪ねた日から二日が経過し、そして今日、最終のテストが終わった。

 テストからの開放感に騒ぐクラスメイト達。ちゃんと勉強をしていればそっち側にいたのかもしれない。


 「はぁ〜……」


 椅子にすべてを預けるように全身の力を抜いて手足をぶらつかせる。すると、とんとんと肩を誰かに叩かれた。

 一体誰だろうか、顔を見上げると、仕方がないよと同情するような目で歩が俺を見下ろしていた。

 それはそうなんだけど、な……。

 諦めがついていたはずなのに、結果こうして後ろ髪を引かれて何度も溜め息をついてしまっている。


 「あと少し……ほんの少しでも勉強しておけば、こんな問題ぐらい解けていたのになぁ~」

 「まあまあ次があることだし、そう言うなって。ほら遊びモードに切り替え切り替え、アットホームでなんか奢ってやるからさ」

 「ああ……ありがとな」


 さりげない歩の優しさを受け取り、かばんを持って立ち上がる。

 昨日の放課後、テストが終わった記念にいつものメンバーでアットホームで打ち上げをしょう、という話が誰からともなく浮上した。結果が見えていた俺は当然断ろうとしたが、当然のようにひどい脅迫により、参加すること余儀なくされた。

 正直、今のこんな気持ちで盛り上がれるとは思ってないが、せっかくの打ち上げだ。台無しにするわけにはいかない。


 「よし、今日は割り切って遊ぶことにする」

 「そうだそうだ、そんな暗い気持ちなんて遊んで騒いで忘れちまえ!」

 「ああ、そうだな!」


 じゃれるように肩を組んでくる歩を支えていると、見えない背後から聞きなれた声がかけられた。


 「やっと想真は立ち直ったかしら?」

 「うんうん、もう大丈夫そうだね~」


 歩を引きはがして振り返ると、かばんを持った小宵と詩織が俺の机の周りによって来ていた。


 「二人とも想真くんのこと心配してたんだよ」


 と、後ろの席にいたリュアナがひっそりと教えてくれた。なんだかんだで詩織と小宵には気を使わせてしまっていたようだ。


 「そっか、それじゃあ感謝のひとつぐらいはしないとな」

 「そうだね」


 ほんの数秒、俺達は微笑み合う。しかし、それがちょっとした誤解を招いてしまった。


 「ねぇ〜想真くん。なにをリュアナちゃんとひそひそ話しているのかな〜?」


 俺とリュアナの小話が気になったのか、詩織は目を光らせると口の両端を釣り上げた。

 いやはやど~もいやな予感だ。ここ最近、詩織のこの表情を見るたびにやけに警戒してしまう。


 「いや……さ……。詩織達が心配してくれてるっていう話で……」

 「んー?」


 やっぱりたった。そんなこと嘘だよね〜、正直に話してごらんなさいみたいな反応をする詩織。俺の説明は聞いてもらえない。


 「それで想真くんは、なにをリュアナちゃんと話していたのかな〜? ん〜?」


 詩織にじりじりと顔を詰め寄られ、俺は首を縮めた。


 「はぁ〜……何でもないよ……」


 聞いてくれないなら、こちらは黙秘するまでだ。あとは詩織が引いてくれるまで我慢しよう。


 「んー?」


 詩織がより一層距離を詰めてくる。我慢だ俺、我慢……。


 「ホント何でもないから……」

 「んー?」


 くっ、詩織のやつなかなか食い下がらないな。仕方ないこうなれば──。


 「いや、本当になんでもないから! なっ、なぁリュアナ?」

 「そうだね。さっき想真くんと話したのは二人が心配しているってことを伝えただけだから」


 リュアナはいきなり振られたのにもかかわらず、振られることがわかっていたかのように動じない様子で軽やかに答えた。


 「ホントかな〜?」

 「本当だから、ほら詩織、下がって下がって……」

 「うーん、リュアナちゃんが言うなら間違いはないと思うんだけど、まあ、仕方ないし今日のところはこの辺にしておいてあげるね」


 そう言って間近で詩織が大輪の笑顔を咲かせると冗談混じりに疑う様子を見せながらしぶしぶと詩織が下がっていく。

 やっと下がってくれた……。一息ついて、ここにいる歩、詩織、小宵、リュアナを見渡した。


 「えーと、さっきはみんな心配してくれてありがとう、という訳で俺はもう大丈夫だから、今日は思いっきり遊ぼう!」


 言うとみんなの表情は笑顔になり、歩が大きな掛け声をあげる。


 「よっしゃー! 今日はすべて想真の奢りだーっ! みんな飲めっ! 食えっーー!」

 「「おおおおーーっ!!!」」


 その歓声は明らかにここにいる人数ではありえない大きさで、


 「おいっ! 誰が奢るなんて言った? それとお前らに奢る金はねぇ!」

 「いいじゃねぇか! 別に、なあ?」


 そうだそうだとノリのいいクラスメイト達は乗っかてくる。


 「よくねーよ! 俺の財布ことも考えろ、全く。あとお前らには何も奢らねぇからさっさと帰れ」


 ちぇ~っと、散り散りになってクラスメイト達が帰宅する。

 それに続くように、俺たちもいっぱい笑い合って、いっぱいしゃべりながら、学校を後にアットホームへと足を向けた。


〜*****〜


 「想真にぃっ! おそいっ! おそいよ〜!」


 アットホームの店内に入って一番最初に迎えてくれたのはむくれ顔をした舞だった。舞には、事前に打ち上げをすることを伝えてあり、こうして来てもらったわけだが、どうやら本人はご機嫌斜めのご様子だ。


 「悪い悪い、しゃべりながら歩いてたら遅くなった」

 「そんな理由じゃ私は納得できないよ! って言うところだけど今日は美味しいものをいっぱい食べれるんだよね?」


 興奮しながら言う舞の目はとても期待に満ち溢れてキラキラと輝いている。ご機嫌斜めというのは俺の勘違いだったようだ。むしろ、とても喜んでいる。


 「ああ、もちろんだ」

 「だったら、今日だけは許してあげる♪」


 嬉しそうに綻ぶ笑顔。今日はこれが見れただけでも連れてきたかいがある。

 フラリと、カウンターの奥から箱のようなものを持った白い髪の白崎さんが姿を現した。


 「あ、想真くん達来てたんだ、いらっしゃい。料理の方はいつでも準備オッケーよ」

 「ありがとうございます。それと忙しいのに無理言ってすいません」

 「あら? 全然いいのにそんなこと。それに今日は想真くん達が貸し切ったってことにしておいたからお客は誰も来ないから、よい、しょっと」

 「貸し切りって、ちょっお金──」

 「さっ飲むわよー!」


 バンッとカウンターに強く置かれた箱を開けると中はビールの山だった。一体これ何本あるんだろうか? そう思ってしまうほどに多い。


 「えっ!? ちょっと待ってください! まさかそれ全部飲む気ですか?」

 「もちろん♪」


 白崎さんはそう答えると、さっそく一本とってカッコっと缶の栓を開けるとグビグビと軽快に喉に落としていく。


 「ぷっは〜ってあれ? 想真くん。どうしたの、みんなのところ行かないの? あ、それとも私に付き合ってくれるの? な~んてね、想真くんが私の相手をするなんてあと十年早いわ~よ~。ほら、行ってきなさい」

 「いや、そうじゃなくて……」

 「……ん? 料理なら厨房に置いてあるよ」

 「そういうわけではなくて……はあ〜そんなに飲むと体に悪いですよ……」

 「にゃはははっ、想真くんはやさしいね〜。大丈夫大丈夫、お姉さんは急にいなくなったりしないから。ほら、いったいった♪」


 一杯目からこのテンションの高さ。猫語で笑ってるし、顔も程よく赤くなっている。ああ、間違いない、あれは酔っている!

 しかし、それを指摘したところで白崎さんは飲んでしまう。そう勘付いていたから言うことはなかった。


 「わかりました。けど、本当に飲み過ぎないでくださいよ? じゃないと俺らが困るんで……」


 注意を促したが『にゃいにゃーい』と言って白崎さんはカウンターに顔を埋めながら受け流された。

 しぶしぶとみんなのいるテーブルに行くと──。


 「想真にぃ、お腹減ったぁ〜」


 テーブルにつく前に舞が飛びつき、ぐずるように制服を引っ張ってきた。

 相変わらず可愛らしい仕草にポンポンと頭を撫でてやる。


 「わかったわかった。今、料理持ってくるから席にちゃんと座っていろ」

 「うん! わかった!」


 元気よく返事をすると飛び跳ねるように席へと走っていく。


 「想真くん、私も手伝うよ。って白崎さん!?」

 「にゃ〜……」


 二本目を開けた時点でこの人は人ではなくなってしまったようだ。


 「も〜ダメですよ……白崎さん。想真くん、これ運ぶの手伝ってくれる?」

 「もちろん」

 「にゃっにゃ……にゃにゃにゃ〜」


 持っていくな〜、なんてことを言っているのはわかるが、残念ながらリュアナの判断で没収だ。


 「にゃ〜〜〜!」


 カウンターから聞こえてくる寂しいそうな声を聞きながらビールを運ぶ。


 「こんなもんでいいか?」

 「うん……大丈夫だよ」


 ビールの箱を隠すように隅に置いて、改めて真ん中に置かれた数々の料理を改めて見渡した。


 「やっぱりどれもすごい料理だな」


 どれもこれも一流レストランに負けず劣らずの料理ばかりで、カウンターで猫になっているあの人が一人で作ったと思えない。


 「そうだね。これだとお金相当な額になりそうだね〜……」


 そんなリュアナの呟きについ手が反応してポケットに手を這わせてしまう。


 「大丈夫大丈夫、これは流石に想真くんだけには払わせないよ。多分……」


 最後の多分ってなに? 人に流されてしまうかリュアナは。


 「まあ、そこは信じるとして、これを持っていこう。舞が腹減って暴れ出したら困るしな」

 「舞ちゃんは暴れないよ〜」


 リュアナはくすくすと笑って料理を運ぶ。


 「そうか? 歩たちと遊んで……」


 続くように俺も料理を持ってキッチンを出ると想像もできないような光景が広がっていた。


 「なにがあったんだ……?」


 荒れた店内。奥には歩と詩織が距離をとって立っていた。


 「いくぞー、舞ちゃん!」

 「おー!」


 歩に抱えられた舞がアンダースローで投げられる。


 「ちょっ……!」

 「歩くん!?」


 投げられた舞は綺麗に宙を舞って、


 「きゃーっち!」

 「きゃっははっ!」


 舞は詩織の胸に飛び込み、舞と詩織は机を押し倒しながら倒れた。


 「想真くん……詩織ちゃんてあんなにも大胆な人だったの?」


 間違いない。俺達がよく知る昔の詩織の姿だった。しかし、高校に入ってからというものそんな一面は一度も見たことはない。リュアナが驚くのも仕方がないことだった。でも、どうして急にこんなアグレッシブな詩織になったんだ? その理由がわからない。


 「昔の詩織はそんな感じだったけど、どうしてそうなったのかは……あっ」


 倒れた机と机の間、転がる筒状の物体を見つけた。


 「酒か……」


 ここへ酒を持ち込んだ犯人は一人しかいない。俺は白崎さんを見る。


 「白崎姉さん、聞いてくださいよ〜。歩のやつがいっつもいじめてくるですよ〜。もう、私、耐えられなくなっちゃいますよ〜。もう、いろんな意味で……」

 「にゃ〜」


 酔った猫とビールの缶を握りしめて悩みをこぼす猫。

 やっぱり、今回の騒動は酔った猫の仕業のようだ。


 「ちょっ白崎さん! まだ俺達、未成年ですよ!」

 「にゃ?」


 白崎さんは首をかしげると、どこからともなくビールの缶を取り出して俺の前に置いた。


 「違いますって! それにこのビールどっから持ってきたんだ?」


 置かれてあったビールは全部没収したはずなのに。


 「小宵もいい加減にしとけよ。身長止まるぞ!」

 「ちょっと、想真。身長がどうとか言った? 私が身長気にしてるのわかって言ってんでしょね。ちょっと一発喰らうかしら」


 小宵の握りこぶしからぎしっと軋む音が聞こえた。危険を予期し俺は即座に回避行動を決行する。


 「いえ、結構です。それじゃあごゆっくりどうぞ……」


 そそくさと退散して、リュアナと合流する。


 「ダメ、なかなかやめてくれないよ〜」


 泣きそうな声で訴えるリュアナ。

 店内はもう暴れて騒いでのドンチャン騒ぎ。


 「これもう収集つかないな……」

 どこからともなく転がってきたビール缶を手に取る。まだ、栓は開いていない。


 「あっ、ちょっとダメだよ想真くんっ!」


 どういう意味でダメだといったのかは定かではないが、俺は栓を開けてクビっと喉に落とした。

 苦かったが、今だけはそれが無性に美味しくてもう一口飲み込んだ。


〜*****〜


 「うぇ〜、ちょっと気持ち悪い。飲み過ぎたか……」


 俺はアットホーム前のちょっとした石段に座り込んで酔と闘っていた。

 ああ〜気持ち悪い。


 「きっとそうだよ。想真くんの周りビール缶が結構落ちてたし。はい、これお水」

 「あ、ありがとう……」


 水を飲み、少し楽になる。

 隣に座ったリュアナは俺と同じくらい飲んでいるはずなのに酔っている感じはしない。


 「みんなは……?」

 「バッテリーが切れたように急に静かになって、今はみんな寝てるよ」

 「そっか……」


 俺は静かに呟き、夜空を見上げた。

 その日の夜空は幻想的な空だった。けして快晴というわけではないが、雲から漏れる月の光はとても綺麗で、安堵ともいえる静けさを生み出していた。

 今夜が一番落ち着くな……。

 めいいっぱい騒いだ後だからかもしれない。いつもより清々しく感じている。

 静まった夜にリュアナのやさしい声が響く。


 「……ねぇ、想真くん。私ね、今日とっても楽しかったよ。想真くんは、どうだった?」

 「ああ、もちろん俺もだ……」


 文句の言いようのないほど今日は楽しかった。それはもう、テストに落ち込んだあの時の気持ちが微塵も感じないられないほどにだ。


 「そっか……それはよかった」


 ニッコリと微笑みを向けてくるリュアナは妙に大人っぽく見えて、つい顔をそらして空を見上げてしまう。

 リュアナを直視出来ない分、月の隠れた空はいい目の置き場になった。


 「ねぇ、想真くん。こっちを見て」


 俺がリュアナを直視出来ないことを知ってか知らずか、そんなことを言ってくる。


 「どうして?」

 「いいから」


 そう言い包めると、リュアナは俺の頬に手を当て無理やりにでも向かそうとしてくる。

 そこまでされたら、俺には反抗出来なかった。為すがままに振り向くと、リュアナの顔がそこにあって──。


 「んっ……」


 そっと柔らかい感触に襲われた。ほんの数秒ぐらい触れ合いだった。しかし、すぐにそれがキスだと理解する。


 「なんで……?」


 俺はリュアナと向かい合ったまま尋ねた。

 普段なら恥ずかしがって向かい合うことさえできなかっただろう。もし仮に出来たとしてもこんなにも落ち着いて聞くことは出来ない。しかし、この時の俺はいとも簡単に尋ねていた。


 「どうして?」


 見つめあったまま俺はもう一度問いかけた。


 「今が、とても幸せだったから……。大切な友達が出来て、大切な人に会えて、みんなと笑って遊んで過ごして、そして隣には大切な人がいてくれ、本当に幸せだと思った。だから、きっと私は我慢できなかったよ。その幸せにね」


 リュアナがはにかむように笑うとそっと顔を離していく。


 「そっか……」


 そう、リュアナという人はそういう人だった。感情や想いが強くなるほどに行動として出てしまう、それが俺の知るリュアナだった。その想いが強いほど行動に移したくなるのは……まあ、許容できなくもない。


 「それじゃあ……さ……」


 ふと、気づくと俺の口からそんなことを言っていた。

 今度は俺からキスを求めてリュアナに顔を近づける。どうしてだ? どうして俺はキスを求めにいったのだろう。自分でもわからない。ただ、その時は名残惜しい衝動に駆られて自然になったことだった。

 リュアナは少し驚いた様子を見せたが、目を閉じて俺を受け入れた。


 「んっ……ん……」


 ぎこちない、ただ触れ合うだけのキス。だけど、甘い想いに胸を焦がれていた。

 離れる。そう感じた時、切なさ胸をよぎる。離したくない。その想いが膨らんで。だけど、その願いは叶わなくて、触れ合った唇を離した。


 「んっ……っは〜……。ま、まさか、想真くんからキスしてくるなんて思わなかったな〜」


 リュアナが恥ずかしさを隠すかのように微笑んで見せる。


 「ごめん、つい気持ちが高ぶって……」

 「うんん、いいよ。されて嫌じゃなかったし、それに想真くんは幸せだったんだよね?」

 「ああ……」


 もちろんだ。そう言おうとしたはずなのにその言葉は口から出てなかった。

 幸せだったことには間違はないはずなのに、素直に受け入れられない自分がいた。


 「もしかして、後悔してるの……?」


 下から顔を覗き込むようにリュアナが顔を見上げながら聞いた。

 後悔……。そうかもしれない。

 胸に秘めた思いや背負った過去、俺はなにもリュアナに伝えることができていなかった。

 自分のことを相手はなにも知らないでその行為を行った。

 その行為をする、それだけなら別に相手のことを知らずともすることができる。しかし、それは一方的な想いでだ。

 俺はそうじゃない。幸せを共有したかった。だから、キスをした。だけど、リュアナは何も俺のことを知らなかった。なにも知らない相手にしてしまったのだ。

 つまり、それは一方的な想いでしかない。


 「俺は……後悔してる……」


 悲しみか、罪悪を感じているのか、わからない。ただ、後悔していることには違いなかった。


 「そっか……。それじゃあ、次は後悔のないキスを私にして欲しいな〜」


 リュアナはどこか後悔している部分を誤解して捉えている気がする。しかし、言っていることは間違ってはいなかった。

 後悔のないキス。それをするためには俺が一歩前に進む必要がある。


 「わかった……絶対だ」

 「約束できるの?」

 「もちろん」


 即答するとリュアナは笑った。


 「じゃあ想真くん。覚えているよね?」

 「ああ、覚えている」


 それは今週の日曜日。リュアナとデートする約束の日。


 「その時にね……。お願い」

 「わかった」


 ひそひそ話で笑うようにこそこそと微笑み合った。


 「それじゃあ、ひとまずお片付けしますか〜」

 「だな」


 カラッんと鈴が鳴り、リュアナがドアを開けた。俺は少し顔を上げて空を見上げた。

 もうそこに雲はひとつもない。

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