桜22〝**
「いや~、今日は実に楽しかった。本当にありがとう想真くん」
「いえ、喜んでもらえたなら良かったです」
静まった食堂。その雰囲気に飲まれるように紅茶の入ったカップを口につける。
今、こうして静かなのは舞のトイレにリュアナがついていき、俺と星真さんの二人だけだからだろう。
さて、聞いてみるか……。
今だから聞けることを星真さんに打ち明ける。
「ひとつだけ、質問してもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。答えれるかは質問次第だかね」
星真さんは気さくに言って笑った。
それじゃあ、そう続けてこの家に入ってきた当初の疑問を尋ねた。
「なぜ、星真さんやここの人たちは俺に優しくしてくれるんですか?」
心がぐらりと揺れて声が震えた。
突拍子もない質問に星真さんは驚いた表情を見せたがすぐに笑顔に変えて答えた。
「それは、想真くんが特別なお客様だからだよ。……でも、それだけでは不満かい?」
特別なお客様、それがどういう意味で付いているのかはわからないがそれでは満足な答えじゃない。
「不満ですね……。俺が聞きているのは、ここの家の人がどうして俺なんかに、ありがとうやよかったなんて言葉をかけてくるのかってことですから。だからっ!」
「想真くん……」
星真さんに諭されて、激高して早口になってしまっていることに気づき顔を落とした。
「……すいません……」
ダメだ、これじゃ伝えたいことも伝わらない。一度、冷静にならないと……。
そう思い息を抜くと、口は自然と思っていることを言葉として紡ぎ出していた。
「本来、俺がこの屋敷に来た時点でこの家の人からは恨まれる存在のはずです……。それなのにどうしてここの家の人達は優しくしてくれるのか、それを知りたくて……」
そんな様子を見て星真さんは落ち着くようにカップに口をつけ、一息つく。
「ふぅ〜、ここまで想真くんを追い詰めているとは……。まったく、子供のことをここまで気づいてやれないなんて私は大人として失格だな……」
視線を落とした星真さんは明るい時とは違って痩せた姿が板についた姿をしていた。
「想真くん、まずは君に謝らないといけない。本当にすまなかった。今までずっと君に辛い思いをさせてしまった。そればかりか、いらない責任まで背負わしまった。想真くん、本当に申し訳ない」
「いや、でもそれは……」
「あの時、美羽が死んだのは自分のせいとでも言いたいのかな?」
「…………」
あくまでその通りといった目を送る。
「それは違うよ、想真くん……。美羽が死んだのは君のせいなんかじゃない。あれは運命のせいだ」
「だとしても、俺があの時何かすることができたらっ!」
バンっとテーブルを叩き。その場が凍りついた。
「そうだね……運命は変えられたかもしれない。しかし、それは君にも私にもできなかったことだ。変えられなかったことに対しては私にも後悔や罪悪感はある。しかし、それは美羽を死なせた理由にはならないはずだ。
こうなる運命だったんだよ。それは人がいくら抗っても仕方がないことなんだ。だから、想真くん。君がそうまでして背負うことはない!」
だから、後ろを見ないふりをして前に進めと? そんなこと今の俺には無理だ。自分のできなかったという後悔を何かのせいにして前には進むことはできない。
「俺には無理です。そうやって運命のせいにして、前に進もうとするのは……」
「…………」
押し黙る星真さんに俺は立ち上がる。
「だけど、私もこのままここに立ち止まるつもりはありません。運命のせいにするという以外でけじめをつけて私は私なりの一歩を進むつもりです」
そう言って廊下に続く大きな扉に向かって歩く。
「今日はありがとうございました。お話できてとても楽しかったです。それでは……」
「想真くん、私達はいつでも歓迎するよ。また、いつでもおいで」
星真さんの優しい声を背中で受け取って、食堂を出た。
〜*****〜
「も〜、やっと見つけた。想真くん、なんで待ってくれなかったのっ!」
リュアナ達探しに数分が経とうとした頃、廊下でまだ彷徨っていた俺を拗ねたような口調の声が捉えた。
振り返るとそこには少し疲れた様子のリュアナがむ〜と言った感じに睨んできていた。
かわいいな……。
そんなこと、本人に言ったらそっぽ向かれてしまうから言いはしないけど。
「それで、どうして待ってくれなかったの想真くん」
「いや、リュアナ達を迎えに行こうと思って出たんだけど、見つからなくて、仕方がなくその辺を探し回っていたんだけど……」
この感じだと俺とリュアナはちょうどすれ違いになったみたいだ。
「それはそうとリュアナはどうして俺を探してくれたんだ?」
それを聞くの? と明らかに呆れた顔をして、はあ〜と息を吐いた。
「お手洗いから戻ってくると、想真くんならもう出て行ったよって言われて慌てて探して来たんだけど、想真くん何か言うことはないの?」
そう言われて慌てて俺は頭を下げて謝った。
「はっ、すいませんでした!」
まだムスッとしたリュアナは顔をプイッとわざとらしくそらしたが、クスッと笑って。
「今回だけだからね」
そう呟いたのだった。
あれ? なんか足りないような……あっ舞だ。舞がいない。
「なあ、リュアナ舞はどうしたんだ?」
食堂で待ってもらっているのだろうか。それなら早く戻らないといけないが。
「ああ、舞ちゃんなら、ちょっと一人で行きたいところがあるって……」
一人で? どこに行くにしても俺にべったりな舞には珍しいことだ。
「それで舞はどこに?」
それを聞くとリュアナは困った顔をして謝った。
「あう〜ごめんなさい……。聞くの忘れてた〜」
「そっか……」
行き先がわからないと少し不安になるな。あ、そうだ。あれを使えば。
「まあ、それは仕方がないことだし、責めるつもりもないんだけど、リュアナさ、舞をちょっと探すの手伝ってくれるか?」
「それはもちろんだよ。でも、想真くん、舞ちゃんを探すのは結局、大変じゃないかな? この敷地にいるって保証はないし、想真くんは何か考えでもあるの?」
「ああ、多分いけると思えるやつを思いついた」
「それってどんなこと?」
「それはな──」
どうやって探し出すかリュアナに伝えて、思った。
「あ〜それがわかっていたら、もうちょっと楽に想真くんを見つけられたよ〜」
「ああ、俺も今同じことを思った。これ、もっと早くにわかっていたら俺も早く見つけられたかもしれないってな」
「想真くんの場合はわからないけど、私は絶対いけると思うからさっそくやってみるよ」
リュアナがさっそく力を使い心を見る。
さて、一体、あいつはどこにいったのやら……。
〜*****〜
心地良い風が私の髪を撫でる。
「本当にここは心地いい場所だね……」
私は白いお花畑に囲まれたお墓に向かって呟いた。
綺麗に清掃されたお墓には『瀬良 美羽』の文字が刻まれている。
想真にぃ、心配していないかな? 一人でここに来たことに少し不安に感じた。でも、ここには一人で来たかった。聞こえているかわからないけど伝えたいことがあったから。
「初めまして美羽ちゃん。私は舞って言うんだよ。今は訳あって想真にぃの妹ポジションにいるんだけど……それももう少しで終わりなんだよね……」
私はしゅんと寂しくなって顔を少し落とした。
風はそんな私を励ますように吹き付けて花の香りを運んでくる。
「うん! そうだよね。今はそんな話をしに来たんじゃなかったね。あのね、美羽ちゃん。聞こえているかはわからないけど私は伝えるよ」
風がまた吹いて、今度は春の雰囲気を変えた。いつかの冷たい春に……。
「君の願いは叶ったよ。今は途中かもしれないけど、確かに夢花ちゃんは君の願いを叶えた。だけどね……」
強い意思を持って私はその感情を今は見えないその人へと訴える。
「わたしはね、ちょっとこの願いに少し怒ってるんだよ。本当はこんな形で願いを叶えた夢花ちゃんも悪いけど、でも、ちょっと怒ってる。そう願ってしまう気持ちはわかるけど、想真にぃはそんなことは絶対に願ってないし、私はそれができるとも思ってない。だって想真にぃだもん」
私はお墓に向かって万編の笑みを向ける。
だって、想真にぃと幸せな時間を過ごした美羽ちゃんなら一番それを知っていると思ったから。
「だからね。この願いはきっと叶わない。想真にぃが想真にぃである限り、ね♪」
私はお墓に背を向けて歩き出す。
もうそろそろ迎えが来る時間だから。
「バイバイ、美羽ちゃん♪」
風がさっと吹いて暖かな春が吹いてくる。ちょっと暑いくらいだ。そっか、春もう終わりだもんね……。
〜*****〜
俺は力を使って舞をたどっているリュアナの後に続いて歩いていた。ちなみにどうやって辿っているかと言うと、俺の力で繋がった舞との心のパスをリュアナの力で見て辿っているといった感じだ。
これが思いついた時点で今日の俺は冴えている。明日のテストももしかしてこの感じでうまくいくかも。なんて、生ぬるいことを考えていると白いワンピースを着た見慣れた髪の少女が立っていた。
「おーい、舞!」
見つけた途端、つい大声で呼んで手を降った。リュアナは力に集中してたのでびくっと驚いたが俺だとわかると呆れたように笑みを浮かべた。
「想真にぃ!」
舞は俺に気づくと猛ダッシュで駆けてきて──ボフッ。舞が俺の胸に飛び込んだ。
「お前どこに行ってたんだよ」
そう言って頭をポンポンと撫でながら聞くと意外な答えが返ってきた。
「ん〜……美羽ちゃんのお墓だよ。ちょっと、話したいことがあって」
舞が視線を元いた場所に戻すと、白い花が一面に咲き誇る場所があった。
あそこなのか……?
「ってなんで、会ったこともないお前が美羽ちゃんに話すことがあるんだよ」
「えーと、世間話? みたいな?」
「舞が話せる世間なんてそこが知れているぞ……」
「そうかな……?」
テレビの付け方やニュースと言った情報番組の存在をやっと知りだしたぐらいだ。舞の世間は小さい。
「まあ、それはいいとして、帰る前にちょっと挨拶だけはしてもいいか?」
「うん、もちろんいいよ」
「あ、それじゃあ私いいかな?」
「もちろん」
舞の元いた場所へ歩いていくと、そこには白い花に囲まれた綺麗な墓石が夕日を浴びて懐かしく立っていた。
思い出す美羽ちゃんの笑顔。あの時、美羽ちゃんは笑っていた。だから恐れる必要はない。進むんだ前に。
ゆっくり前に進み、お墓の前で止まる。
はっきりとわかる墓石に刻まれた美羽ちゃんの名前。
その名前を見ると本当に美羽ちゃんはいなくなってしまったんだと改めてその悲しみを感じる。しかし、その悲しみを包み込むように俺の手をやさしい温かさが包んだ。
「リュアナ……?」
「一人じゃなければ大丈夫なんでしょ? 想真くんは」
「ああ……ありがとうリュアナ」
「いいよ、想真くん」
名残惜しいがリュアナと手を離し、手を合わせた。
挨拶が遅れてごめんね。美羽ちゃん。俺はこうして一人じゃないからもう大丈夫だよ。ちゃんと過去と向き合って立ち直って見せるから見ててね。
一通り挨拶を終えて顔を上げるとちょうどリュアナも終わったようで目があった。
「帰ろうか……」
「うん、そうだね……」
俺達は振り返って舞が待っている場所へ歩き出す。すると、風が吹いた。それはまるで応援してくれているような風。俺はその風に押されながら更に一歩踏み出した。




