四季の始まり2
「よし、今日の授業はこのぐらいでいいか」
5時間目の授業の終了の声と同時にチャイムが学校中に鳴り響く。
「さあさあ、楽しみの時間だよ!」
1時間の暗い雰囲気はどこにも感じられない万遍の笑みで、歩は体育館へ行くように手を引っ張った。
「ちょっ……なんで、そんなに生徒会の話を聞くのが楽しみなんだよ!?」
「なんでって、そりゃ生徒会長のセリアさんが生で見えるからに決まってるだろ!」
「……セリアさん? それって、誰だ……?」
「お前……あのセリアさんを知らないのか!?」
残念ながら、そんな人の名前は全く聞き覚えがなかった。
「はあ〜……お前人生の半分は無駄にしているよ」
大きな溜め息をつくと肩に手を置き、可哀想な目で見つめてくる。
「そんなにかよ……」
呆れる俺の姿にどこをどう勘違いしたのかわからないが歩は早口で熱く語り始めた。
「紹介しよう! セリアさんって人はだな〜スタイルが良て、顔も超かわいくて、金髪で、頭がよくて、きれいで、日高高校の一位二位を争っている俺達のアイドルなんだっ!!」
つまりは学園のアイドルか。
歩は抑えきれなくなったのか、未だアイドルに対する熱い思いを爆発して叫んでいる。お陰で体育館に行く生徒に白い目でみられた。
「……もうそろそろいんじゃないのか?」
歩の熱さを感じ、もう流石に我慢できないと止めにはいるが、
「まだまだ、足りないぐらいだ。まぁ想真も、あの人を見たらきっと虜になって俺みたいになるさ」
そう言って親指をたてるサムズアップをした。もしも本当に俺が歩みたいになるのなら、即刻この場からの逃走を図ることだろう。まあ、そんなことは無いとは思うけど。
「……ちなみに、本当に歩みたいになるなら俺は逃走を図るぞ」
先に忠告だけはさせてもらおう。
「まあまあ、一度見ればわかるって。あの美しくて可愛い白木さんに目を奪われない男なんてこの世界にはきっといないさ……。だからさ、きっと想真も俺みたいに──」
「ならねぇよ!」
そこだけはしっかりと否定して、俺達は体育館へと向かった。
〜*****〜
「1年3組の人はここへ二列で並んでくださーい!」
小宵が必死にかわいらしい声を張り上げてクラスメイトを集めようとしているが、体育館にいる人が多すぎて当の本人は埋もれて見えない。
「あそこだ、あそこ。行くぞ! 想真!」
「えっ? どこだよ……?」
人の波をかき分け歩の背中を追いかけると、そこには詩織がすでに並んでいた。
「あ……二人とも遅かったね~」
「さすが、詩織ちゃん。やっぱり早いなー」
「そこまで早くないよ~。それより……ほら、そろそろ始まるみたいだよ」
体育館の壇上にひときわ目立つ一人の女子生徒が登った。その姿に全生徒が注目し、自然と話声も無くなった。
女子生徒は中央にたどり着くと、生徒たちを見回した。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私はこの学校の生徒会長を務めさせてもらっている白木 セリアと申します。以後、よろしくお願いします」
前に立った女の子は手慣れたようにはっきりと言いい、頭を下げると拍手と歓声がどっ巻き起こった。一部のやつは白木ちゃーんなどと叫んで気を引こうとしていた。もちろんその一部には歩も含まれている。
ここまで盛り上がっているのは容姿のせいだろう。目立つ金色に輝く長い髪に、やさしく微笑みを浮かべているおしとやかな顔立ち、服の上からでもわかる大きい膨らんだ胸、すらっとしたスタイル、透き通るように白い肌、どれをとっても見とれてしまうほど綺麗な人だった。
「……確かに惚れてしまいそうだ……」
そう呟いてしまうほどに。
「──だろ? やっぱり想真もこっちの仲間だ!」
騒いでいたはずの歩が俺の小言に気づき、素早く振り返って肩を組んできた。
確かに言ったが歩の仲間にされるのだけはなんとしても回避したい。その一心で否定する。
「それは違う!! 絶対に違う!!! 断じて違う!!!!」
俺は全力で否定し、歩の回してきた腕を強引に引き剥がした。
「またまた、惚れたくせに~」
「そ……それは……」
俺は返す言葉もなく言い澱んでしまったがそんな俺に気にする様子もなく歩は騒いでいた。
「……でも、私もその気持ちわかるな~」
話しに入ってきたのは意外にも詩織だった。
「えっ? 詩織もわかるのか?」
「うん。だって、白木さんすっごく綺麗なんだもん。憧れちゃうよ~。もし私が男の子なら絶対惚れてるよ」
「へぇー、そう言うものなのか……」
「そういう想真だって、白木さんのこと惚れそうだって言ってたじゃない」
「そういわれたら、言い返せないけど……」
詩織が言っていることは、ほとんど合っていて反論する余地がない。
「それだけ、セリアさんが綺麗だってことだよ」
詩織はニコッと微笑んで前を向いた。
「はい、静粛にしてください」
白木さんははにかんだ笑顔を浮かべながら優しく呼び掛けた。
その声に促され生徒達が少しずつ静まっていく。このようすを見ていると、どれだけ生徒会長が人気なのかがわかる。
「今日は皆さんに生徒会について知ってもらおうと集めさせて頂きました。まず、始めに現在の役員を紹介したいと思います。初めは副会長の吉野くんです」
白木さんはそういうと横にそれた。そして、壇上に現れた男子生徒にマイクを渡す。
「私は副会長を務めている吉野 耕太だ。以後、宜しく頼む」
簡潔に素早く挨拶をすると、男子生徒からブーイングが巻き起こった。もちろん、その中には歩も含まれている。その他にも引っ込めだとか引退しろだとか、もう言いたい放題だった。ごく稀に、カッコいいと叫んでいる女子生徒もいたが男子生徒の声でかき消されほとんど聞こえない。
白木さんは静かにするように促していたが静まる気配はない。
そして、ついに我慢できなくなったのか吉田先輩はキレた。
「うっさいわオマエら! オマエらにここまで罵倒される筋合いないわボケッ!!!」
そう言ってマイクを下に叩きつけ、台上から飛び降りようと、したのだが……吉野先輩の背後。黒髪をした女子生徒が吉野先輩の襟を後ろから軽くつまみ上げた。
「え? ……あの……天井さん?」
「うる……さいっ!」
マイクが通らないほどの小さな声が聞こえたような、気がしたと思ったら、いつの間にか吉野先輩は蹴り飛ばされていた。
その威力は絶大で、蹴り飛ばされた吉野先輩は舞台の端へと飛んでいき、袖にまとめられていたカーテンを越えてその姿が見えなくなる。
それを見て周りはみんな笑っていた。 歩に聞くと、どうやら上級生達はこれが恒例行事のようで、いつも二人はあんな感じだそうだ。
白木さんはあらあらといった感じで見ている。
吉野先輩を蹴り飛ばした長い黒髪の女子生徒は、壇上に落ちたマイクを拾う。
「先ほどは見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ない。私は会計と書記と風紀を担当している天井 静華だ。どうぞ宜しく頼む」
言い終わるや否やまたもや男子達が騒いだ。
天井さんの姿や雰囲気はとてもお嬢様のように穏やかそうに見えるが、さっきの行動といい、言動から性格はボーイッシュな人のようだ。
周りからは男女関係なくカッコイイだとか、綺麗なんて言葉が飛び交っている。
それより誰も、天井さんだけ役が三つもあることにおかしいとは思わないのだろうか。
「はいはい、静粛に静粛に、これでは話が出来ませんよ〜」
白木さんがちょっと怒ったような言い方で言うとすぐさまざわめきが無くなり、話を聞く態勢に戻る。
たった一言でこの状態に持っていけるのか……。
改めて、会長の偉大さに気付かされる。
「はい、それでは次は生徒会の募集についてです。一年生がなれる役員は副会長、会計、書記になります。二年生は全ての役に立候補することができます。希望される方は担任を通して応募して下さい。それでは以上で生徒会のお話は終わらせて頂きます」
生徒会全員が一礼して、壇上から降りていった。
~*****~
生徒会の話の後、先生に誘導されて各教室に戻り、ホームルームを挟んで下校という形だった。
その日の放課後。
俺はどうしても歩に聞いておきたい事があったので残ってもらうように頼み、引き止めることに成功した。
「……それで聞きたいことって、なんだ~?」
歩は机に頬杖を着いてめんどくさそうに聞いてきた。
その態度に少し苛立ちを感じたが、今は俺が質問をする側なので我慢しておこう。
「あのさ、お前さっき白木さんが学園のアイドル1位、2位を争ってるって言ってたけど、あんなに綺麗な白木さんと張り合ってる人ってどんな人なんだ?」
歩は、俺が学園のアイドル事情に興味を示したことに、少し驚いた顔をしていたが、すぐに頬杖を止めてニヤニヤした顔に変えて迫ってきた。
「お、ちょっと気になって来ましたな旦那、やっぱり想真は──」
と歩が言いかけた所で、
「違うから!!!」
全力で否定。ここで歩の仲間にされてたまるか。
「でも、少し気になったって所は間違っちゃいないだろう?」
「まあ、それはそうだけど……」
実際のところは、あんなにも綺麗なセリアさんに対抗している人を見たいという気持ちがある。でも、それだけじゃなくて……言葉に出来ないような物に、聞かなきゃ駄目だと言われている気がするのだ。一体、誰がなんのためにと思ったが、それ以前にこのもやもやとした気持ちを払うためにはこうして聞くしか他なかった。
「んじゃ、その情報に何円払う?」
「金をとるのかよ!? お前は!」
バンッ、とつい勢いで机を叩いてしまう。
「冗談、冗談、親友のお前からは金をとらねぇよ」
歩は肩を叩き、俺の反応を楽しむかのように笑った。
「それじゃあ、そろそろ本題に入ってくれ」
「はいよー、それで白木さんと争ってる相手だったな、その答えはいたって簡単だ! なんだってお前の後ろにいた人なんだからな!」
「…………は?」
歩の言っていることがわからなかった。なんとなくだが歩が言っていたこと思い返し振り返る。同然、誰もいない机が並んでいるだけで誰なのかわからない。
顔を戻し、あらためて歩の顔を見る。
「いったい 誰なんだ?」
「なんだ? まだ、わからないのか? 後ろにいた人だよ~」
もう一度、振り返り。俺の後ろの席を見下ろす。
あっ、もしかしたら──。
「後ろの席の、えーと……確か、朝霧さんだったかな?」
「ピーンポーン! 大正解!」
歩が大げさに正解を協調すると冗談としか思えなかった。
「……いや、嘘だろ……」
「……いや、本当だって……」
笑顔を浮かべながらも真面目に答える歩。こういうときの歩は嘘をついてはいない。
「……マジかよ……」
あの綺麗な白木さんのライバルが俺達のクラスの朝霧さんで、俺の後ろの席。朝霧さんは確かに綺麗だったような気がしてきた。たしか、自己紹介のときに、男子が騒いでいたようにも思える。
「……あれ? なんでそんな綺麗な人がいるのに何で俺は気づかなかったんだろう?」
「それだけ、お前の視野が狭かったってことじゃないの~。まさに灯台下暗しってやつだな」
確かにあの時、夢見ただるさで真面目に聞いていなかった。
「まったく、その通りだな。これは……」
「質問はそんなもんか?」
「ああ……」
「それじゃあ、帰るか?」
「そうだな……」
教室のドアを開けて出ようとした歩は何かを見つけたらしく、立ち止まった。
「おっと──うわさをすれば何とやらだ想真」
「どういうことだ……?」
俺も教室のドアを出ると、女の子が壁にもたれ掛かって誰かを待っているようだった。
女の子の髪は銀色のように輝く白い髪──。
そこで俺はやっと彼女のことを思い出した。銀に輝く白い髪、白木さんに負けず劣らずのスタイルと胸。彼女こそが先ほどまで話していた、朝霧 リュアナその人だった。
気づけば俺は夕日に映える朝霧さんに見とれてしまっていた。
「ちょっと、いいかな?」
夕日に当てられ顔が赤くなっている朝霧さんに声をかけられ、はっ、と現実に帰る。
「えっ? ああ……いいけど、どうしたの?」
すると、朝霧さんは少し体をもじもじさせると小さな声で呟くように言った。
「えーと……ね。ちょっと二人だけで話しがしたいんだけど……」
……へ? 今、二人っきりって……?
「歩くんはいいかな?」
「どうぞどうぞ、そのかわり話しが終わったらちゃんと返して下さいよ」
歩は淡々と答えていく。
「うん、もちろんだよ。それじゃ行きましょうか想真くん」
ちょっと待て、俺への確認は無用なのか? いや確かにそんな言い方されればついていきますけど!?
朝霧さんは俺の手をとって歩きは始める。手をとられてやっと現実だと気づき、つい声をあげた。
「──えっ!? ええぇぇーっ!?」
後ろを振り向くと、歩がニヤニヤした顔で手を振っていた。