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桜19〝****

 「あははっ、本当に面白い。やっぱりこういう時のためにもう一つの肩書を持っててよかったと思うわ、あはははっ」


 部屋の高級感を陽気な笑い声でぶち壊している校長先生は向かいの席へと座っていた。ちなみに未だ状況を飲み込めない俺は舞を乗せた状態のままである。


 「それで、想真くん。今は君はお取り込み中かな?」


 名前を呼ばれ不思議に思いながら、お取り込み中の意味を確かに受け止めて否定する。


 「いえ、違いますよ」


 俺は舞に立つように指示して俺からおろし、礼儀として自分も席を立つ。


 「あらら、それは残念。ちょうど終わった後だったみたいで……」


 本当に残念という感じで、顔を表情を暗く落としている。


 「いや、やってませんので落ち込まないでくれますか?」

 「やって見せてくれるの!?」

 「やりませんし、見せません!」


 校長先生は少しつまらなそな顔をしていたが、すぐに笑顔に変わりその場で立つ。

 なんだろうこの人、セリアさんの母親なのに全然性格が似てない。


 「それじゃ改めて、初めまして想真くん、そして、舞ちゃん。私は白木 アウラ。みんな、アウラさんとか呼んでいるわね。まあ、呼び方は好きずきで呼んでくれて構わないわ。どうぞ、席に座って」


 俺と舞は勧められるままに席へと座ったのだが……。


 「舞、そこはお前の席じゃないだろう」


 舞が座ったのは俺の膝の上、舞はアウラさんと向き合うように乗っかっていた。


 「だって……」


 見上げてくる舞はいかにも寂しそうで、小さく呟いた声には心細さのようなものが混じっている。

 はぁ〜仕方ないな〜。

 自分でも舞に甘いというのはわかってはいるが、こういう時どうしても俺は甘くなってしまう癖があるようだ。


 「すいませんアウラさん、あの〜……」

 「もちろんいいわよ。舞ちゃんがそこでいいのなら」


 そう言って笑ってくれる。


 「ありがとうございます」


 寛大なアウラさんにお礼を言うと、舞もペコリと頭を少し下げる。

 アウラさんも座り、だいたいは落ち着いた。そろそろ本題を出しても問題はないだろう。


 「あの、アウラさん。それで……」

 「舞ちゃんのことでしょう?」

 「はい……」


 わかっていたようにすぐに対応してくれたということは、セリアさんが少し話しを通してくれていたのだろう。


 「残念ながら、今日初めて舞ちゃんとお会いしたわ。セリアやリュアナから結構聞いてはいると思うけど、私は役職上のこともあっていろいろ物事や人についてよく知っている。でも、舞ちゃんのような桜髪の少女に出会ったのは今日が初めて、だから申し訳ないけど、教えてあげれることはないわ。あっ、でも……」


 でも……、その先に続けられる言葉に俺は嫌な予感がした。というよりも身の危険を感じたのだ。アウラさんの目がネズミを狩る時の猫の目のように細めて、明らかに怪しく口角をあげていたから。


 「舞ちゃんの体を隅々まで調べさせてくれたら、なにかわかるかもしれないわね」


 舞も身の危険を感じたように自分の身を抱き、背中を俺の胸に擦り寄せた。


 「あの……」

 「だって桜髪をした少女なんて不思議じゃない? 気になってしょうがないのよね〜。なんか、普通の人じゃないって感じがして。だから、いろいろと調べてみたいのよ~。その遺伝子とか、その体とかね……」


 アウラさんは自分の髪を指に絡めるようにクルクルと弄り、遠目で俺達を見ていたが視線は確かに舞の体を見据えて捉えていた。

 舞の背中は縮こまり、ブルブルと震えているのがよくわかる。

 普通じゃない、本当に危険だと思った瞬間だった。


 「それで、どうかしら? 一日だけでも、私に舞ちゃんを預けて見ない? なにかわかるかもしれないわよ?」


 不気味に微笑むアウラさん。

 ここにきて、この部屋の意味が出てきたようだ。

 舞は本当に不安そうな顔してちらちらと振り返って見てきていたが後ろから手を回すとそれは収まった。


 「すいません。それはできません。舞に少しでも危険があるのなら、俺はそれを認めるわけにはいきません」

 「誰も危険なこととは一言も言ってないのだけど、それに調べるといっても、君が思っているような体を開いたり薬を投与したり、なーんてことはもちろんしないわよ」


 柔らかな笑顔を浮かべるアウラさんに安心して、え、そうなんですか、なんて言ったら最後、舞を受け渡す羽目になる。ここは慎重に言葉を選ばなければいけない場面だ。


 「じゃあ、どういったことで調べるのか詳しく教えてください」

 「ふふ、慎重ね~……。そうね、まずは舞ちゃんの穴という穴に色んな物を入れてみましょうか」


 アウラさんはにこやかな笑顔を浮かべながら、何処からともなく透明なチューブや機械の線、うねうね動く紐が絡まりついた物体を取り出して、選ぶように一本づつ手で解いていく。

 最初は冗談だろうと問いただそうと考えたが、ニヤつくその姿を見ると冗談には思えず、押し留めた。

 ここで引き渡した場合、帰ってくる舞は廃人だよな……。

 これ以上アウラさんと話していると危険な方向へとしか進まない。そう判断して俺は撤退を考える。


 「……あの、すいませんがこの話は無かったことでいいですよね。俺達、勉強しないといけないんで、そろそろ戻らないといけないんですが……」

 「ねぇ、想真くん。たかがこの程度のことをするだけで記憶や故郷のことがわかるのだから、お買い得とは思わない?」


 引き込むような笑顔に惹きつけられる勧誘。しかし、俺は少し気に入らない部分があった。

 たかがこの程度……アウラさんにはそれが一体どれほどのことなのかわかってはいないのだろうか。


 「アウラさん。アウラさんにとってそれはこの程度のぐらいかもしれませんが、舞が失う物は大きいと俺は思っています。だから、それがお買い得とは思いませんし、受け入れることもありません。行くぞ、舞」


 舞を立たせて、出るために扉へ向かう。


 「あらそう? 残念ね。それじゃあ、交渉は決裂ってことで話の続き、戻ってもいいかしら?」

 「え?」


 交渉は決裂し、話は終わりだと考えていた俺は思わず振り返ってしまっていた。


〜*****〜


 「あははっ、本当に面白い。やっぱりこういう時のために研究者なんて肩書があってよかったと思うわ。あはははっ」


 二度目になるこのセリフ。俺と舞は呆れながら椅子に座って聞いていた。


 「ごめんごめん。別に騙したつもりはないのよ。ただ、試しただけよ」

 「試した? それはなんのためですか?」

 「分からないの? 私の大切な娘を持っていこうとするんだから、その男を試すのは当たり前でしょう?」

 「えーと……俺は今日、あなたの娘さんを貰いにきた訳じゃないですよね?」

 「ええ、そうね。でも、将来のことを考えればチャンスがあるうちにやっておかなくちゃ、どこの馬の骨ともわからない人間に私の娘達を抜き取られているなんて納得できないでしょ?」

 「なるほど、そうですか……」


 つまり、俺はさっきから試されていたのか……。ちょっと待て、なにをだ?


 「あのっ!」

 「想真くん、あなたは見事合格よ。おめでとう」


 アウラさんはパチパチパチと手を叩いて祝福してくれる。


 「あまり、嬉しそうじゃないわね。娘を貰える許可を得たというのに」

 「それは、さっきのことについて腑に落ちない点があるからですよ。俺のいったいなにを試したんですか?」

 「あなたが結果だけを求めず、その人のことについてちゃんと考えていたかよ。もちろん、あの時、舞ちゃんを渡してくれていたら。ちゃんと調べて、出身地やどこの家の子なのかを特定するわ。あ、だからといって今から渡したら、必ずこれをやるから、それでもって言うなら……」

 「いや、渡しませんから」

 「ええ、それでいいわ……。でも、後で舞ちゃんは貸してもらうわよ。この子が本当に人なのかこれで実験してみようと思っているから」


 手に持った紐やらチューブを見せながらそう言う。

 それだと、さっきの事が本当にお買い得だったのかもしれない。いやいや、だからといって簡単に渡すわけにはいかない。

 舞はいやいやと言うように頭を振りながら俺の椅子の後ろに隠れた。


 「嫌がってもダメよ〜……。これは絶対だ・か・ら。あ、そうだ想真くん。想真くんも一緒に見ておいてくれる? それだと、早くイッてくれて助かるのだけど?」


 ほんと何をするつもりだこの人!?


 「その後のことは、目をつむってあげるから。それで手を打たない?」

 「打ちませんよ。舞は貸しません。絶対です」

 「想真くんは欲張りね〜。私のリュアナを貰っておいて、舞ちゃんまで自分のものにしょうなんて」

 「誰も自分のものにしょうなんて思ってませんよ。そろそろ、本当にいいですか? 勉強が待っているんで……」


 立ち上がって戻る素振りを見せる。


 「あっ、ちょっと待って想真くん。ひとつ提案があるのよ……」

 「なんですか?」

 「私の知人が知っているかもしれないから、その人に聞いてみたらどうかと思ったのよ。それに、君も知っている人だし、私より、よっぽど……でもないか……だってあなたは………」


 ぼそっと呟いたその言葉で誰のことを指しているのかなんとなくわかる。


 「アウラさん、念のために聞いておきますけど、それは誰のことを言っているんですか? それに、あなたは何を知っているんですか?」


 アウラさんはまったくと呆れたような顔を落としてはぁ〜と溜息をつく。


 「わかっているくせに言わせるんだから、本当に想真くんは意地悪よね〜。……瀬良くん、瀬良 星真さんよ。それに、数年前の事件のこともちゃんと知ってる」

 「なぜ、知っているんですか?」

 「なぜって、想真くんは知らなかったの? 襲われたのは瀬良家と白木家よ。私達もれっきとした被害者なんだから。でもまあ、あの時は私も娘達もイギリスにいたから被害はあんまりなかったわけだけど、瀬良くんの方は……大事な娘さんを失ってしまったようね……」


 そういえば、病院で母にそういう話を聞いた。狙われたのは瀬良家と白木家だということを。しかし、あの時の犠牲者は舞ちゃんだけだという話だった。もしあの時、俺がなんとかしていれば死者も出ずにハッピーエンドだったかもしれない。

 全ては俺のせい……。

 パンパンとアウラさんが2回手を叩いた。その音に今は責める時じゃないと思い知らされる。


 「はいはい、そんな暗い話はお終い。それで想真くんは行くの行かないの?」


 少しでも、舞の記憶が戻る可能性があるのなら、俺は行くべきなんだろう。


 「……行きます」

 「オッケー。それじゃあもうアポは取っているからいってらしゃい」


 アウラさんはにこやかな笑顔を作って手を振った。

 まったくこの人どこまで先を読んでいるんだ。


 「行ってきます」


 部屋を出て扉を閉めると俺はその場で立ち止まっていた。


 「……想真にぃ?」


 急に立ち止まった俺を心配そうに見上げてくる舞。俺は必死に笑顔を見繕う。

 本当はそんな顔させたくなかった。心配にさせたくはなかった。でも、自分でも驚くぐらい、どうしょうもないくらい震えていて、怯えていて。


 「ごめん、舞。少し手を握ってくれるか?」


 俺は頼ることしかできなかった。


 「うん」


 微笑む舞がそっと俺の手を握ってくれる。

 情けないなと思いながらもこうしてくれる人がいることに素直に感謝した。

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