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桜18〝***

 スマホのマップを見ながら早足で駆けること数分、俺と舞はセリアさんのお屋敷の門の前にたどり着いた、のだが……。


 「これは……どこから入ればいいんだ?」


 人を超えるような大きな門に入り口なんて無かった。いや、この門が入り口なんだろうけど、どこをどうして入ればいいのかなんて思いつかない。

 まずこれ、本当に開くのか?

 やがて、本当にここが入り口なのかを疑うようになって、大きな門を見上げていると、屋敷の中から声が聞こえてきた。


 「……もしかして……想真様と舞様ですか……?」

 「あ、はい。そうですけど……?」


 話しかけて来てくれたのは屋敷の庭の清掃をしていた女性の家政婦さんだった。


 「事情は伺っております。今、門を開けますので少々お待ちください……」


 家政婦さんがそう言い、門の端へと消えていくと門は音を立てて開き始めた。

 おお〜本当に開いた……。

 俺と舞はその光景に口を開けて、完全に開き終わった門の前で立ち尽くしていた。

 ここからどうすればいいのか、少し躊躇っていると先程の家政婦さんが戻ってきてくれた。


 「セリアお嬢様のお部屋までお連れしますので、どうぞこちらへ」


 どうやら、この家政婦さんが部屋まで案内してくれるようだ。

 俺は舞の手をとって顔を見合わせる。


 「……行こうか、舞」

 「うん」


 家政婦さんが部屋に案内してくれる間、俺達は珍しそうにあたりを眺めながら歩いていた。 

 入った時はあまり感じなかったが奥に行くに連れてあたり一面が花や木に包まれて、なんとも幻想的な風景を作り出していた。


 「すごいな……」


 これが庭だというのだからそう呟かずにはいられなかった。


 「うん……そうだね」


 舞もただ呆然と眺めながら呟く。

 それから少し歩いてセリアさんの屋敷の前にたどり着く。

 切り開かれた森の中、館のような雰囲気を醸し出すセリアさんの屋敷が姿を表す。

 俺はその大きさに思わず胸を掴んでいた。初めて入った時の瀬良家の屋敷を思い出して重ねてしまっていた。

 胸を掴まれたように苦しさに襲われ、全身から嫌な汗をかきはじめる。

 ここで心配をかけるわけにはいない。

 出来るだけ平然を装って家政婦さんの後を歩く。しかし──。


 「……舞?」


 グイッと舞に腕を引っ張られ、俺は舞を見た。

 舞は俺が心配そうな目で俺を見上げると腕に抱きついた。


 「想真にぃ……大丈夫だよ……」


 どうやら舞には全部お見通しのようだ。抱きつかれた腕から感じる、柔らかさや暖かさが胸を縛る苦しみを徐々に溶けていく。 こういう時、俺の過去を知っている人がそばにいてくれることで、安らぐことが初めて気づく。

 俺はありがとうと言うつもりで、俺は舞の頭を撫でると、舞は笑顔を見せて満足そうにしていた。


 「ここがセリアお嬢様のお部屋でございます」


 家政婦さんがひとつの扉の前で止まりそう言った。


 「ありがとうございます」


 そうお礼を言うと腕に抱きついた舞を気にする様子もなく家政婦さんは立ち去っていった。

 さて……と。家にはいると調子も戻り気分が回復した。

 俺は扉と向き合い、戸を叩いて開く。


 「失礼しま、す!?」


 部屋の戸を開いて驚いた。部屋が大きかった。いや、確かにそれもあるけど、それ以上に勉強が行われているはずのテーブルがカオスになっていることに驚いた。


 「あ、想真くん、舞ちゃん。いらっしゃい」


 みんなが座る大きなテーブルから、セリアさんが近寄ってくる。


 「……セリアさん。遅れてすいません」

 「別にいいのよ。誰だって寝坊ぐらいあるもの」


 セリアさんは至って冷静な笑顔を浮かべてくれた。本当に優しい人だな〜と思いつつ、今この部屋でまともな人はこの人しかいないのだろうと思っているのが今の俺の心境である。


 「えーと、それでセリアさん。これは一体……」


 さすがに触れないでこのまま進めるわけにもいかず訊ねる。


 「あれは……ね〜……」


 完全無欠のセリアさんもフォローの仕様もなくそこは苦笑いでごまかす。

 セリアさんと共にテーブルに近づいていくと、手足を包帯でぐるぐる巻にされたミイラ状態の歩に声をかけられた。


 「おっ、想真。やっと来たかー」


 笑顔で出迎えてくれた歩だが、予想通りと言うべきなのか、歩の体はボロボロだった。


 「ごめん、忘れてた……。それより歩、体は大丈夫なのか……?」

 「うーん……、まあ、なんとかといった感じだ。ってそれもこれもお前と詩織とこいつのせいだけどな」

 「あ、ああ、そうだな……。悪かったな……」


 歩のこの様子を見てリュアナの部屋でどういった最後になったのかはわかる。


 「だから、その……今回はやり過ぎたって思っているから、こうして教えてあげているんでしょ」


 歩のそばにくっつくようにいる小宵が少し頬を赤らめながらそう言った。


 「嬉しそうだね。小宵ねぇ」

 「そうだな」


 そんな俺と舞の会話が聞こえたのか、小宵が慌てて否定してくる。


 「うっ、嬉しくなんて無いわよっ!! 誰がこんなやつの勉強を教えて喜ぶやつがいるのよ!」


 さすがツンデレツインテールの小宵だ。否定するほど墓穴をどんどん掘っていく。


 「小宵だろ」

 「小宵ねぇだね」


 義妹とほぼ同時に揃えて答える。うん、タイミングバッチリ。


 「ちがーう!!!」


 顔を真っ赤にして言うツンデレツインテール娘は大きく否定して立ち上がる。性質上これはもう、そうですと言っているようなものだろう。


 「なぁ小宵、俺ここ分かんないだけど……あれ、お前、なんでそんなに顔が赤いんだ?」

 「べっ、別に赤くないわよっ!」


 歩に指摘されてさらに顔が赤くする小宵。


 「本当に大丈夫か、セリアさんに頼んでベッドで寝かしてもらったほうが……」

 「べ、ベッド!? はぅ〜……」


 ぷしゅ〜と湯気が出るぐらい顔を限界まで真っ赤にした小宵は椅子に体を放り出すように座ると目を瞑った。

 それを見ていた歩は少し笑みを浮かべて心配そうに小宵の体を揺らし始めた。


 「おい、小宵。大丈夫か? 生きてるか?」


 揺らされてさらに赤くなる小宵に俺は少し憐れみを覚えて歩を止めに入る。


 「歩、それ以上はやめてやれ」

 「想真がそう言うなら仕方ないかな〜。もう少し小宵をからかえると思ったんだけどな〜」

 「全くあんまり、人の気持ちを遊ぶなよ……わかっているんだろ?」


 そう耳元で囁くと、歩はまあなと話し出す。


 「小宵の気持ちにはいつか必ず応える。でも、それは今じゃないんだ……。だからさ、今は思う存分に小宵をからかうことにしたんだ」

 「いやいや、その理屈は違うだろ」


 そう、歩は気づいている。小宵が向けてくれている好意のことを。しかし、わかっていても応えないのは踏み切れない理由が歩にあるからだろう。


 「え? じゃあ歩にぃは知っていたの?」

 「そりゃな、あんなにも露骨に出しているんだ。わからないほど俺は鈍感じゃないよ。あっ、だけど、舞ちゃん。これは小宵には秘密にしておいてくれよ。からかえなくなっちゃうから」

 「うん、わかった」


 素直に頷く舞。こういう時は素直に頷かなくてもいいんだぞ……。


 「それで、伸びて寝ているあっちの二人は?」


 俺が尋ねた二人とはリュアナと詩織のことだ。どういうわけか二人ともテキスト前半部分を見開きに開けたまま、上から覆いかぶさるさるように寝ていた。


 「どうやら昨日の夜、はしゃぎ過ぎて夜更かししたらしいぞ……」

 「ああ、なるほどそれでか」 


 歩の説明で納得だ。つまりは、初めてのお泊り会で二人とも時間を忘れて遊びまくったということのようだ。

 舞がリュアナの背中を突くが反応がない。これは完全に熟睡しているようだ。


 「どうする想真、王子様のキスで二人を起こすか?」

 「そんなことをすれば、俺はセクハラ容疑で警察行きになるだろが」

 「そうか……? 俺は意外とそうはならないと思うけどな〜」

 「どこから来るんだその自信は……」


 歩の話はひとまず置いといて、リュアナも詩織も疲れているのなら無理に起こす必要もないだろうし、この二人ならテストの方も問題ないだろう。 


 「それで、奥にいるあの三人は?」

 「あっ……それは私が説明するわ」


 お茶を持ってきてくれたセリアさんが少し笑ってそう言った。


 「……すいません。ありがとうございます」 


 お茶を受け取るとセリアさんはいいのいいのと言って向かいの席に座った。


 「実は今日最初に来たのが騒次くんだったのよ。それで、追い返せずまま話を聞いていたら、そこにちょうど静華と耕太くんが居合わせてしまって、それでああなっちゃったのよ……」


 ああなったというのは、騒次が笑い、静華さんと吉野先輩が睨みつけて今にも飛びかかろうとしている緊張状態のことだ。

 騒次は楽しそうに笑っているだけなのに静華さんと吉野先輩からは殺気が溢れ出ている。


 「なんか異妙な光景ですね……」

 「うーん、私が見ればいつものことなんだけどね」

 「そうなんですか?」

 「ええ、学園の行事ごとがあるとああやって静華と耕田くんが睨みながら追いかけて、騷次くんが笑いながらにげるのよ」


 そう微笑みながら答えてくれたセリアさんはとても楽しそうだった。 


 「それにしても、勉強会のはずなのにやっているのはたった三人って……それも一人減ったし……」

 どうなんだろうか……。

 「確かにそうだけど……でも、想真くん。あなたも出来ないと思うわよ」

 「それはどうしてですか?」


 トントンと扉が叩かれ、家政婦さんが現れる。


 「セリアお嬢様、奥様が戻って来られました」

 「わかりました。では、お母様にすぐそちらに赴くとお伝えください」

 「かしこまりました」


 そう言うと、家政婦さんは下がっていった。

 セリアさんが俺達に振り返るとこう言った。


 「さて……想真くん、舞ちゃん。行きましょうか……」


〜*****〜


 重々しい扉の閉まる音が聞こえ俺は舞と二人っきりになった。


 「……ねぇ……想真にぃ。私、不安だよ……。すごく不安だよ~!」


 肘掛の高い椅子から顔を覗かせて騒ぐ舞。そうなってしまうのも、まあ無理はない。豪華な雰囲気に纏われた部屋に二人だけで取り残されてしまったのだから。


 「大丈夫だから、そう慌ただしくするな」

 「うん……」


 セリアさんからここは応接間だと聞かされて納得はしているものの、テーブルや椅子、敷物はどれも高級感漂う物ばかり、さらに追い打ちをかけるように棚に飾られた賞状やメダルがこの部屋を一層と豪華に見せていた。

 これじゃあ確かに落ち着かないな……。

 落ち着かない部屋。しかし、実際には落ち着かせない部屋なんじゃないだろか。ある程度の緊張を持って冷静な判断、回答をしろという意図が潜んでいる気がしてならい。

 何をどう判断すればいいなんてわからないが、そろそろ気を貼ろう……。そう思って背筋を伸ばしたが、舞がそうさせてくれなかった。


 「おい、舞……」


 舞はスカートを気にする素振りも見せず俺の太ももを跨ぎながら首に腕を回してぶら下がるように抱きついた。


 「ごめんなさい。こんなことしちゃいけないって本当はわかってるんだよ。でも今の私は、不安で不安でしょうがない。この部屋の雰囲気もあるけど、きっと記憶が戻ることに不安を抱いているんだよ。だから、お願い、今はこうしていてほしい……」


 そう言う舞はさらに腕を回してお互いが触れ合うようにしがみついてくる。

 ああ、そうか……。

 舞が本当に不安に思っていることは記憶が戻ることだった。

 それが不安。

 わからない不安じゃない、わかる不安。過去の自分を思い出す時、自分が今まで何をして何をやってきたかを受け入れる、それができるのか不安なんだ。


 「想真にぃなら、わかってくれるよね?」


 舞は顔を擦りつけながらそんなことを言った。


 「ああ……」


 俺はそっと華奢な舞の背に手を回し抱きしめ、頭を撫でる。不安な時、俺が舞にしてあげれることはこれぐらいのことだった。

 誰かの温かさが不安を安心に変えてくれる。俺はそのことを舞やリュアナから身を持って教えてもらった。いや、思い出させてくれたのかもしれない。だってこれはあの日の母が実演で教えてくれていたことだ。あの日の暖かさが今の自分の支えになっている。それは間違いない事実だ。


 「ありがとう想真にぃ……」

 「いや、お礼を言うならこっちかな。ありがとう、思い出させてくれて」

 「本当に想真にぃが思い出してくれたなら、もう少しかな」

 「それはどういう……」


 タイミング悪く、扉が開く。

 現れたのは金髪の女性。その女性を見て最初に思ったのはとても綺麗だということ。そして、次に思ったのは──。


 「えっ、校長……先生……?」


 俺の驚いた様子に笑って微笑むその女性は日高高校の校長先生だった。

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