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桜14〝****

 一通り、マットの水気を取ることに成功した俺は、残ったカレーと戦いを繰り広げていた。辛さはお茶でカバーして、なんとか食べていく。うん、美味しい。

 ここまで強い辛さでなければ、ものすごく美味しいのだが……。


 「辛い……痛い……」


 舞は単に料理ベタというわけでは無くて、ただやり方や使い方がわからないといったところでこうなっている気がする。それなら、料理器具の使い方や調節でなんとかできるかもしれない。

 帰ったら、一通りこと教えてみるか……。

 そんなこと思いつつ、お茶を啜すすっていると、バタンと急に廊下に続く扉が開いた。


 「なっ……!?」


 俺が驚いたのは急に扉が開いたからではない。そこにバスタオルを巻いただけの舞がいたからだ。

 久しぶりに見る舞のバスタオル姿に俺は懐かしく、前回のことを思い出しながら、嫌な予感を感じていた。

 舞は黙ったまま、小走りで俺の方に駆けてくる。そして、俺と舞の距離があと数歩ぐらいになった時だ。舞は俺に向かって飛び込んできた。

 はらりとバスタオルは舞の行動についていけなくなったのか、舞の体から離れていく。肌色の部分が多くなっていく。

 しかし、そう思った時にはドスンと、重くないはずの小さな体に俺は押し倒されていた。 

 俺はわけもわからず押し倒した舞を見て、思わず息を呑み、無意識に回そうとした手を引き止めた。

 全裸だ……。布も何も着ていない、本当の全裸だ。抱きついているおかげで胸は見えていないが全裸だ。

 俺は変な妄想に走ってしまう前に首の力を抜いて天井を見上げた。

 一体、何があったんだ? どうしてもこんなことになっているんだ。

 そうやって理由のことを考えて無理矢理にでも意識を逸らそうとした。それなのに、


 「人の温かさって本当にいろいろなものを教えてくれるし、思い出させてもくれるよね」


 ふいに俺の体からの舞が離れる気配がすると、視界に舞の顔が現れて見下ろしてきた。

 垂れてくるまだ乾ききっていない薄い桜色の髪。そこから匂う甘い匂いは、俺の意識を舞へと集中させ、頭は舞のことでいっぱいになっていた。


 「ど、どうして……」


 こぼれ出たような言葉は意識して出たものではなく、無意識のものだ。その証拠に俺は何を舞に言ったのか、よくわからなくなっている。


 「さっき、リュアナねぇに抱きしめられて想真にぃの温かさが恋しくなちゃったんだよ」

 「い……いや、だからって……!?」


 掠れ気味の声を俺が漏らすと、舞はしょうがないよとでも言うようになぜか甘ったるい顔を見せた。


 「想真にぃの温かさを体全身で感じたかったんだよ。でもね、私はそれ以上にもっと感じたいと思ってしまった。だから──」


 舞の顔が大きくなり近づいてきていることがわかる。

 ダメだ。この場の雰囲気に流されては絶対ダメだ。どうすれば、どうすればいい!


 「ごめんね、想真にぃ……」


 そんな声が聞こえて、俺ははっとする。

 目の前、少し動けば当たってしまいそうな近さに舞が今にも泣きそうな顔で俺を見て止まっていることに気づいた。


 「さっき私が言ったこと、あれは嘘だったんだ……。本当は、私の温かさで想真にぃを安心して欲しかった……一人じゃないよってちゃんとわかって欲しかった……」

 「…………」

 「でも、私は気づいてしまったんだ。わかちゃったんだ……。私は、私が言ったことは、嘘じゃないんだって、むしろこれが本当の気持ちなんだってことを……。本当はこうしてしまったらもう、元の関係には戻れないことぐらいわかっているのに、ずっとこのままの関係がいいと思っているのに、それなのに、私の気持ちは、止まってくれない……止まってくれないんだよっ! 私、苦しいよ……。本当、私どうしたらいいの……? 教えてよ想真にぃ、あの時みたいに……」


 ポツポツと、俺の顔には涙の雨が落ちて来ていた。

 舞は積もりに積もった思いや感情を子供のように吐き出して泣いているんだ。

 そう思うと、俺に考える余裕がうまれる。

 相変わらず、引き込むようなあの甘い匂いは、まだ漂い続いているが、舞がこぼす涙が俺を冷静にしてくれていた。

 あの時みたいに──。

 舞はそう言ったけど、舞の話を冷静に受け止めて、今回は俺が答えてはいけないのだと思った。

 あの時の舞と今の舞は全くの別人なのだ。

 あの時の舞は何も無い自分をどうすればいいのかを俺に訊ねてきた。

 今の舞は感情や理性からの苦しみをどうすればいいのか聞いてきた。

 舞と触れ合った時間はまだ少ししか経っていないはずなのに、あの時の舞とは全く逆の質問をする舞にここまで変ったんだと思うと、ついクスッと笑ってしまう。

 大雨だった舞の涙は少し小雨になって、舞の瞳は不思議そうに俺をうっすらと見ていた。


 「ごめん、舞。苦しんでいるのに笑ったりなんかして。今の舞を見てたら、初めてあった日に比べて随分変わった気がして、つい笑ってしまったんだ。本当にごめん。でも、舞がこうやって、自分の気持ちや理性に迷って、苦しんでいるところを見ていたら思ったよ。あの時とはもう違うんだって。人らしい自分を持った舞になったんだって。だからさ、俺はその質問に答えられない。その答えは俺じゃなく、舞が自分で決めて進まなければならないことだから」


 俺が一通りのことを言い終えると、舞がまだ嗚咽おえつが残る声で口を開いた。


 「想真にぃは、ひどいよね……」

 「それは……ごめんな……」


 自分でも本当に酷いと思う。助けを求めているのに、こんなに近くで苦しんでいるのに、手を伸ばさず助けようとしないのだから。


 「前は……前は無理矢理にでも、私を生かそうと必死に……必死にいろんな答え、言ってくれたのに……今度は私から教えてって言っても、なに一つ教えてくれないんだから…………ほんと、ひどいよ……」


 ポタポタと落ちる雨はあがらない。でも、曇っていた雲色は少し明るくなった気がする。


 「本当に悪い……。でも、これは、これだけは舞が自分自身で決めていかないといけないことなんだ……。だから……わかって欲しい……」


 正面に見える少女は涙をこぼしながら、ぎこちない微笑みを浮かべていた。


 「うん、わかってる……。想真にぃの気持ちはわかってるよ……。でもね、私にはまだ答えが出なくて、息が出来ないぐらい苦しいから、想真にぃには少し責任を取ってもらうよ──」


 責任? っと思った時には俺の唇には舞の唇が重なり合っていた。

 甘い匂い。

 柔らかい唇の感触。 

 でも、どれも寂しそうな孤独の儚さを感じて。


 「今は、これで許してあげる……」


 そっと顔を離して、そのまま離れていこうとする舞に、俺は手を伸ばしその小さな体を包んでいた。


 「想真……にぃ……?」


 俺はいま舞の体を抱いているはずなのに、舞の体は消えしまいそうなくらい儚くて、そして、冷たくて。そこにいることが嘘に感じてしまうほど舞という存在が薄く、小さく感じてしまっていた。


 「大丈夫、大丈夫だ舞。俺はずっとお前のそばにいる。だから、安心して進めばいい。もし、間違えたとしても必ず俺が助けるから」


 舞の背中をさすりながらそう言うと、舞はクスと笑った。 


 「その言葉は、本当は私が言わないと、って思ってたことなんだけどね……ありがとう想真にぃ、私はもう大丈夫だよ」


 その言葉の通り、涙の雨もやみ、精神的にも落ち着いたのだろう。


 「そうか……。それじゃあ、気分転換にもう一回、お風呂入ってこい」

 「えっ?」


 驚いた舞の表情は近くで見ると面白い。目を丸くしたという表現があるが、今の舞は本当にそのとおりだ。


 「このままだと風引くだろ。ほら、体冷たくなってるし。早くお風呂で温まってこいって」

 「でも、お湯は?」

 「大丈夫だよ。まだ、お湯は残してあるから。それに温めておいたよ」


 そう言って入ってきたのはリュアナだ。

 舞はその声に驚き、俺の腹に座ってリュアナがいる扉の方を見た。俺も舞と同じように見ようとしたのだが舞の姿を見て目を手で覆おおった。


 「リュアナねぇ……あっ、こ、これはね。えっーとえっーと、ほら、ちょっとした事故っていうか……」


 ここまで焦った舞は聞いたことがないな〜。あわあわしている舞を見れないのがすごい残念だ。


 「大丈夫だよ。事情は聞いてたし、舞ちゃんの気持ちもわかっているから。だから、早く入っておいでよ、ね?」

 「ありがとうリュアナねぇ」


 舞がそう言うと俺のお腹に乗っていた軽い重みが無くなって、走っていく音が聞こえて、バタンという音が聞こえた。

 舞がお風呂場に行ったのだろう。

 俺は目にかぶせていた手をどけると、そこにはカジュアルな服を着たリュアナが立っていた。


 「……大変でしたね。想真くん」


 仁王立ちでニコニコと笑っているリュアナ。だけど、目は笑っていなかった。


 「あはは……そうですね」

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