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桜12〝**

 さて、舞を背中に乗せてこんな話を続けているうちに目的地が見えてきた。


 「そろそろだな」


 十字になった桜坂を左に曲がる。


 「ねー……想真にぃ、もしかしてあそこに行くの?」


 背中に乗っている舞が指ゆびを指さしながらそう言った。



 「ああ……そうだ……っ」


 俺も少し見えているのだが、背中に乗っている舞の方がよく見えているようだ。


 「よし、着いた」


 到着したのは学校の寮。そう、俺がさっき連絡したのはここに住んでいるリュアナだ。事情を話すと全然大丈夫だよと了承してくれて、こうして寮の前まで来ている。


 「ねぇ想真にぃ、ここは誰の家なの?」

 「ここは学校の寮で、リュアナの家だ」

 「リュアナねぇの家?」

 「まあな……。えーと……どこだっけな……ああ、あったあった」 


 寮の入り口にあるダイアル式の鍵にリュアナの部屋の番号を打ち込んでいく。この寮は寮に住む人の許可なしには入れないようになっているらしい。


 「これでよしっと……」


 番号を打ち終わると、リュアナの部屋に繋がったのか声が聞こえてくる。


 「あっ、想真くん?」

 「ああ、連絡した通り来たけど……これはどうすればいい?」

 「ちょっと待ってね。今、扉の鍵を開けるから入って待っててくれる? 迎えに行くから」

 「……わかった」


 そう言うとリュアナとの通信が切れて、寮の扉の鍵が開いた音がした。

 木製の美術品のような彫刻画が彫られた扉を引いて中に入る。

 本当にここどんな所だよ。中に入って改めて思う。

 この扉にしても、床に敷かれた赤いマットにしても、左右に別れる二つの大きな階段にしても、どれもこれも日本とは思えない作りになっている。


 「ここ本当に学校の寮なの?」


 舞が物珍しそうに見回しながら聞いてきた。


 「そのはずだけど、どう考えても海外の高級ホテルだよな……」

 「うんうん……」


 舞も俺も同意見のようだ。


 「おーい、想真くーん」


 そんな声が上から聞こえてきて俺は顔を向けると、部屋着のような軽装をしたリュアナが階段から降りてきていた。


 「ごめん、待たせちゃったかな?」

 「いや、大丈夫だよ」

 「うんうん」


 少し背中が揺れて、上で舞が頭を振って頷いているのがわかる。


 「あっ、舞ちゃんもごめんね~」

 「大丈夫だよ。リュアナねぇ」

 「ありがとう、想真くん、舞ちゃん。それじゃあ、部屋に案内しようかな」

 「ああ……」

 「どうしたの想真くん?」

 「いや、な…………」


 リュアナにもわかるように周りを見た。

 一応、ここは学校の寮なわけで人がいないわけではない。それも、同じ学校の人しかいない。 

 では、そんな場所でこの学園のアイドルであるリュアナと話をするだけでどうなるか。

 答えは簡単だ。

 男子寮がある二階から殺気めいた視線を向けられ、ちょうど奥の食堂で食べている人はこちらを凝視である。

 こうなっているのは、リュアナが問題じゃなくて背中に乗っている美少女、舞の責任もあると思うが。


 「人気者だね〜想真にぃ」

 「俺じゃなくてお前らがな。はぁ〜……」


 見られるのになれてない俺にとってはこの視線は耐え難い物だった。 


 「なるほど、そういうことか。それじゃあ早く行こっか」


 リュアナは案内するように手を引っ張り、階段を上がっていく。

 階段を登り終え、今にもつっかかって来そうな男子達と並び、さらに視線が強くなる。

 俺はリュアナに引かれながら女子寮に入っていくが、こんなにも人が見ているのに女子寮に入って怒られることはないのだろうか? とふと疑問に思う。


 「あのさ、リュアナ。こんなこと聞くのは愚問だとは思うんだけど、俺って女子寮に入っても大丈夫なのか?」


 リュアナは振り返ることなく、進みながら答えた。


 「大丈夫、今回は寮監さんにも許可を貰っているから。女子寮に入っても問題ないよ」

 「はぁ〜、よかった……」

 「ねぇ、想真にぃ。今回ってどういうこと? それも、なんか前に来た時は許可を貰ってないって聞こえたんだけど……どういうことかな?」


 舞が面白がるように俺とリュアナに聞こえる大きさで聞いてきた。

 それを聞いた一瞬、俺もリュアナも反射的にビクっと体を震わせたが、何事もなかったように平然と進んでいる。

 痛いところをつくようになったな、この義妹が……。


 「その話は後だ。わかったか?」

 「いいけど、正直に言わないとさっきの人達に言っちゃうんだよ。わかった?」


 それはつまり、話さないと命は無いよ、と言っているのとほぼ同然で、そんなことを言われてしまっては、俺は素直に返事を返さざるえなかった。


 「はい……」


 後回しにして忘れさせようと考えていたはずなのに、俺は自分の背中に上にいる小さな少女に脅されて、すべてを話さないといけないことを約束させられていた。


 「舞ちゃんもなかなかやるね〜。あっ、ここだよ、私の部屋」


 そう言ってゴソゴソとポケットを漁あさって鍵を開けるリュアナ。俺と舞の会話を楽しそうに聞いていたが、もし舞に言い回られたら、リュアナにも被害が出ることがわかっているのだろうか……?

 当の本人はそんなことに様子もなく、さあさあと部屋に上がるように急かす。

 ありがたくリュアナの部屋に上がらせて貰うと、背中に乗っていた舞が飛び降りた。


 「わぁーリュアナねぇの部屋、いい匂いがする〜。ねぇ、リュアナねぇ、部屋を教えて!」

 「うん、いいよ。と言ってもトイレとお風呂ぐらいしか無いんだけどね」

 「ううん、全然いいよ。教えてリュアナねぇっ!」


 妙に舞のテンションが高い。まあ、それにはいろいろと理由があるとは思うけど心配することではないだろう。

 二人が別の部屋に消えていき、俺は一人、奥のリビングに入っていく。

 ここにお邪魔するのは二回目だ。相変わらず白で統一された部屋はホコリ一つない綺麗な部屋で、舞が言った通りいい匂いが漂っている。

 ああ、この匂い、つい眠たくなるんだよな〜。

 などと思いつつ、以前のようにマットの上に座り、テーブルにうつ伏せる。


 「あー! 想真くんまた寝てる……。はい、起きる起きる」

 半ば強引に、他の部屋を案内し終わったリュアナに起こされる。

 「えっ……俺、また寝てたか?」

 「寝そーになってました」


 リュアナは本当に呆れてしまったような目で見てくる。


 「そうか……。それは、悪かった」

 「まあ、そんなにゆったりしてくれるなら別に謝ることは無いんだけどね」


 テーブルを挟んで俺の向かいにリュアナが座る。それと同時に一段とテンションが上がっていた舞が俺の隣に座る。


 「ねえねえ、聞いてよ聞いてよ想真にぃ!」

 「なんだ、どうした?」

 「リュアナねぇのお風呂、すっごく大きかったよ。トイレもすごく綺麗だった。それからそれから……」

 「うんうん、そうかそうか……」


 適当に相槌を打ちながら、話を聞き流す。そして、一段落ついたところで舞が思い出してしまった。


 「それで想真にぃ、さっき言ってたリュアナねぇの家に不法ふほう侵入しんにゅうした話について、なにからなにまでちゃんと話してくれるんだよね」


 キリリと睨むその表情には初めて舞にあった時の冷たさがあった。


 「あっ、ああ、もちろんだ。でも、立ち話もなんだから、ちょっと舞、ここにちょっと座ってくれないか?」


 手でこっちこっちと呼びながら、あぐらをかいた俺の上に座るようにお願いする。


 「え? いいけど……?」


 そう言って、舞はちょこんと俺のあぐらの上にひったりとはまるように座った。

 俺は舞の頭を撫でながら、もたれさせるように俺の方に舞を倒す。素直にもたれかかってくる舞はそれから話を続けようと話し始めるがさっきのような冷たさはどこにもなく、ポツリ、ポツリと話し始めた。


 「それで、想真にぃ、ふぁあ〜。どうして……リュアナねぇの家にぃ………………すぅ〜、すぅ〜」


 静かになった部屋には舞の寝息がよく聞こえる。


 「えっ……!?」


 いま起きた現象にリュアナが小さく驚きの声を上げて、目を丸くしながら舞をいろいろの角度から見まわした。


 「なんで、舞ちゃんは寝ちゃったの?」

 「いや……それが……」


 これは俺がたまたま見つけてしまった舞の弱点というか変な特性だった。

 ある日、俺がテレビを見ていた時、舞がこうして俺の上に乗って来て、数分も立たずにスヤスヤと可愛い寝息を立てて眠ってしまったことがあった。その時は単に、気持ち良くて眠ってしまったのだと思っていたのだが、何度乗って来ても舞は数分で眠ってしまい、さらには幼さのせいなのか、眠る前後の記憶を忘れてしまっていた。


 「──という感じで……」

 「そんなことが、あるんだね……。でも、想真くん。舞ちゃんをいつでも眠らすことができるからと言って、エッチないたずらしてないよね?」

 「あっ!」


 なるほど、そうか、確かに自由に眠らせることが出来るのなら、そういったことも簡単にすることができるのか。しかも、記憶が残らないとか、いままで布団まで運ぶ苦労しか考えてこなかったから思いつかなかったよ。


 「想真くん──今、その考えに至ったからといってやっちゃダメだってくらいわかるよね?」 

 「はっ、はいっ!」


 見上げたリュアナからはつららのように鋭い視線が向けられ、反射的に返事を返してしまう。

 いつの間にリュアナは心を見たんだろうか? 全くわからなかった。そう思うとやっぱり、リュアナの力は怖い。人の心を見る力恐るべしだ。


 「わかってくれたなら、いいんだけど──いや、でも心配だな〜」

 「俺ってそんなに信用ないのか……?」


 真剣に心配しているように見えているからこそ、内心では結構傷ついる。


 「だって想真くんは男の子でしょ。そんな可愛くて魅力的な子が近くにいて、しかもこんなにも無防備なんだから、男の子としては、その……我慢出来ないんじゃないの?」

 「うーん、中にはそんな人もいるかもしれないけど、俺は違うな〜。でもまあ、いま以上に積極的になられたら──いや、だとしても大丈夫か……」

 「それはどうして?」


 不思議そうにリュアナが眺めてくる。


 「身近に舞よりもずっと無防備で、感情的で、可愛くて、そんな魅力的な人がいるのに、俺はその人に手を出すこともなく、うまく自制することができているからだよ」


 俺の答えを聞いたリュアナは一体、誰のことを言っているのか分からないといった様子で首をかしげていた。

 このままじゃ、また心を見られかねないと思った俺はすぐさま舞のほうに意識をやる。


 「想真くんのイジワル、誰のことかぐらい教えてくれてもいいのに……」


 そうリュアナがむっとして呟いたが、誰のこと言ったのかわかってしまうと恥ずかしくなるので俺は聞かなかったことにしよう。

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