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桜10“*****”

 詩織の目は正しかった。

 俺達は流れるような人通りをかき分け、豪華な門のようなデザインが施されたデパートの入り口にたどり着くと、透明な自動ドアの先に歩と小宵の姿があった。でも、だからと言ってここで安心することはできない。さっきのように、また人に遮られて見失うかもしれないからだ、その前に近づいて距離を縮めないと……。


 「詩織、急ぐぞ……」

 「うん……」


 急いでデパートに入り、歩達と一定の距離を取り様子を伺う。

 桜坂と同じことだが、人通りも桜坂と比べたら多く視界が狭い、その上、身を隠しながらというのはなかなか難しい。特に、小宵が起こす予想外の急停止に対応しての行動なんかは至難の技だった。

 一通りデパートを周り、衣類コーナーで二人は足を止めた。

 どうやら、小宵の夏服を選んでいるらしい。

 二人仲良く選び合っている姿を見ると、あの二人付き合ってっ……!?

 俺は咄嗟に服の影に身を隠した。小宵が急に振り向き、俺の方を睨んだからだ。


 「どうしたんだ?」

 「今、こっちを見て、変な勘違いをした人間を感じたんだけど……」

 「どうせ、気のせいだろ。ほら選ぶぞ」

 「うん……」


 小宵な不思議そうに首を傾げながら、俺がいる方向から視線を外した。

 ……あ、危なかった〜。バレたかと思った〜。あいつ俺の心でも読めるのかよ。

 俺は小宵達から少し距離をとって動機する心臓をゆっくりと落ち着かせた。

 そして、落ち着いてみて俺はやっと気づいた。

 詩織がいない……。 

 キョロキョロと店内を見渡していると、小宵達とは反対側から詩織が何かを持って走ってきた。


 「どこいってたんだ?」

 「これを見つけたから、舞ちゃんにどうかな〜って思って!」


 近くに小宵達がいるにもかかわらず、詩織はテンション高めに話してくる。


 「お、おい詩織、近くに小宵達がいるんだぞ」


 目立つ詩織に小声で注意を促したが、


 「大丈夫大丈夫、それでこれどうかな?」


 俺の注意もさらりとかわされ、今まで通り、普通に聞いてくる。

 あのな〜、とは思ったものの、よくよく考えれば、こそこそしている俺の方が変に思われて目立ってしまっているのではないかと考えを改め直した。


 「ごめん詩織、どれのことだ?」

 「もう、これだよ〜」


 詩織が差し出した手の上には桜の花弁が二枚ついたヘアピンが一つ優しく置かれていた。


 「どうかな〜?」


 詩織が持ってきた桜のヘアピンは桜髪の舞には、うん、似合うはずだ。値札を見ても、そこまで高い値段でもない。


 「うん、お土産に買って帰ることにするよ。ありがとう、詩織」

 「うんうん、きっと舞ちゃん似合うはずだよ」


 詩織はそう自信げに頷く。


 「それならちょっと買って来るから、少しの間、歩達を見ていてくれるか?」

 「あっ、それなら心配いらないよ?」


 詩織の言葉に疑問を浮かべるしか無かった俺だが、レジに並んですぐにわかった。

 (なんで、俺の後ろにいるんだよっ!!!!)

 そう、俺の後ろでは現在進行形で小宵と歩が楽しそうに話をしている。

 バレるバレると心は騒ぐが、必死に平常運転を心がけて、


 「レシートは入りますか?」  

 「はひっ、お願いします」


 普通にレジのお姉さんに返事を返してしまった……。

 声まで聞かれてバレないわけが……。


 「はい、お疲れさま〜。ねっ、ばれなかったでしょ」

 「バレませんでした……」


 俺の自信過剰でした。はい、すいません。


 「あの二人、何かに夢中になると周りが見えなくなるからね〜。今は楽しそうにしているし大丈夫だと思ったのだけど……想真くんは大丈夫じゃなかったね」

 「あははは……はぁ〜」


 力が抜けた乾いた笑い声が出ていく。

 あそこまで近くに接近すると、なんかドッと精神が疲れる。


 「さてさて、私達もそろそろ行きましょうか」

 「ああ……」

 「もう少しで終わりだから頑張って」

 「ああ……」

 「もう、仕方ないな〜」


 チュッと、頬に柔らかいものがそっと押し当てられたが、その感覚はすぐに飛び退いていく。 


 「え?」


 飛び退いていった感覚の先には、帽子を腰の所で持ち、前かがみになっている詩織の姿が近くにあった。

 詩織は俺が振り向いたことに気づくと、さっと一歩下がりクルリと回る。


 「どうだった想真くん。久しぶりのほっぺにチューは? これで元気は出たかな〜? 出ないって言うのなら……本当に仕方ないな~、もう少し刺激の強いことをして……」


 そんな風に誘惑するように前かがみになっているが、当の本人も恥ずかしそうに真っ赤に染まっている。


 「もう、いいからいいから! 大丈夫、詩織、俺はもう元気でたから、うん、出ましたから!!!」


 ちらつく詩織の胸元を視界に入れないようにしながら、これ以上の強い刺激は毒だと思いながら、顔を赤く染めて必死に詩織を止めた。


 「うううん、そうだよね! 出たよね! 出たに決まっているよね!? なに言ってんだろう私」


 あたふたする詩織。

 俺達はなぜこんなに慌てふためいているんだ?

 元を正せば詩織が俺にキスをしたからだ。やばい、また思い出して顔が赤く──。

 咄嗟に詩織から顔を逸らす。ダメだ、詩織を直視できない。

 こんなこと、一度もなかったのに……。

 昔は、こうやって詩織は俺を元気づけようとキスやハグをすることは珍しくはなかった。だけど、今の俺は赤くなったり、動機が激しくなったり、ものすごく動揺している。

 いつもと違う詩織の姿だったから?

 久しぶりに、こうして二人っきりで歩いているから?

 両方のことを冷静に考え、俺は一つのことに気づいた。

 俺はいま、詩織のことを幼馴染としてではなくて一人の女の子として見ていたんだ。


 「想真くん」

 「ひゃい!」 


 いきなり詩織に呼ばれて、返事と呼べない声を上げてしまう。


 「そろそろ、エレベーターに乗らないと……」


 俺より一足先に落ち着いた様子の詩織が、次に俺達がとらなければならない行動を思い出させる。


 「あ、ああ、そうだな……」


~*****~


 エレベーターの中。

 俺と詩織は少し離れて立っていた。

 目指しているのは歩と小宵が降りた最上階だ。エレベーターに載っている案内図には、展望台と書かれていた場所だった。


 「……………」

 「……………」


 エレベーターに入ってから俺達は一度も会話をしていない。

 なんというか、気まずい……。

 自分が詩織のことを一人の女の子として見ていたことはわかったが、俺の中ではやっぱり詩織のことを幼馴染としてしか思えないかった。

 でも、迷ってもいた。

 それにしても、気まずい……。ここは、なにか話すべきだな。


 「あのさ、詩織」

 「想真くん」


 いつもとは違った詩織の静かな呼びかけに、俺の言葉は止まっていた。


 「な、なに詩織……」

 「さっきの反応、あれってちゃんと私のことを女の子として見てくれてるってことだよね……?」 

 「…………」


 その質問に俺は完全に言葉を失った……。

 現在進行形でそのことで迷っているのだから答えようがない。

 黙りきっていた俺を助けるようにエレベーターが到着した音がなった。

 開く扉の先。俺達は今の状況を忘れてしまったように感嘆の声を上げた。


 「わぁー……きれー……」

 「すごいな……これは……」


 俺達はエレベーターを出て、近くの窓に近寄る。

 窓の外には眩しいほどに色とりどりに光るビルや街の景色が広がっていた。

 景色に目を奪われながらも、エレベーターでの件を思い返していた。

 こうやって外を見ながらだと心が落ち着き、冷静に考えることができる……。

 詩織を一人の女の子として見ている俺。

 詩織を幼馴染として見ている俺。

 どちらも俺だが、詩織が求めてきた以上はどちらが今の自分なのかをはっきりさせなければならなかった。

 理屈や理由を考えると答えは出ない。素直に思う自分が答え。

 俺は─────。


 「想真くん、さっきの話。想真くんが言わないなら、私、伝えるよ」


 詩織が俺を見ながら言った。その目には覚悟をもって真に俺の目を見つめている。

 この詩織の覚悟に俺はここで応えなければならない。俺の出した答えを詩織に伝えなければいけない。


 「いや、ちゃんと言うよ……。俺は……詩織を幼馴染としか見ていない。だから、ごめん、そういう関係にはなれない……」


 しっかりと、俺は詩織を見て答える。それが俺の出した答え。

 詩織はちゃんと受け止めてくれたように一度、瞳をとじた。そして、詩織が次に瞳を開けた時にはその顔に笑顔が浮かんでいた。


 「うん、わかった……わかったけど、一つ言わせてね。私は想真くんのこと大好きだよ。それはこれからもそう、だから、必ずこっちに振り向かして見せるから、覚悟しておいてよ」 

 「……わかったよ」


 詩織は楽しそうに笑い、俺はこれから先のことに苦笑いを浮かべた。


~*****~


 さて、忘れかけている歩&小宵はどこへ行ったのか?

 その答えは簡単だった。

 詩織と俺がお互い違った意味で笑い合った後だった。

 肩を突然叩かれ、定員かと俺と詩織は慌てて後ろを振り返って見ると、そこには歩と小宵が立っていた。


 「えっ、歩と小宵!?」

 「歩くん、小宵ちゃん!?」

 「なに二人して驚いているの?」

 「そうそう、後をつけて来たのに本当に驚いた顔をしてるってここでなにかあったってことかな〜?」


 なっ、バレてたか。そのうえ、なにかあったってことまで分かるなんて、なんか逆にやられた感じだ。


 「えっ、詩織達つけてたの!?」


 小宵だけわからなかったのか……。


 「えへへ、バレちゃったか〜」

 「バレちゃったか〜ってなんでつけて来たのよ!」

 「それは、今日に限って小宵と歩が二人でどこかに出かけるからちょっと気になって」

 「小宵ちゃんと歩くんが二人で歩いている時、小宵ちゃんとっても幸せそうだったね〜、もしかして……」

 「ちがーう!!!」


 小宵が顔を真っ赤にして詩織の声をかき消すように叫ぶ。


 「じゃあなんで二人でここまで来たんだ?」

 「そ、それは〜」


 俺の問になぜか恥ずかしそうにもじもじする小宵。こういう小宵はなかなかお目にかかれない姿だ。


 「それは小宵が今日、誕生日だから誕生日プレゼントを買いに来ただけだよ。ついでになにが欲しいかわからないから連れてきたけど、ただ、それだけのことだぞ」

 「そうなのか?」


 小宵に尋ねるとコクリと頭を前に振って頷いた。


 「も〜、なんで小宵ちゃんはそれを言ってくれなかったの!」

 「だって……自分から誕生日を言うなんて、おこがましいと思われるじゃない……」


 なんとも、小宵らしい理由だ。じゃあなぜ、歩は知っていたのか?


 「おい歩、なんで小宵の誕生日を知ってたんだ?」

 「俺は女の子の事なら知らないことはないんだ、もちろんスリーサイズも、な──」


 歩の不審な言動に小宵は歩にグーを頬に押し突きつけていたが、歩は怯えることなく、言い切った。


 「小宵ちゃん、それはおこがましいとか思っちゃ駄目だよ〜。私達友達なんだから〜」

 「そうそう」

 「う〜、わかったわよ〜」


 渋々といった感じに言ってはいるが、その顔は溢れ出す嬉しさがこぼれ出ていた。


 「それじゃあ、想真くん、ちょっと小宵ちゃんのプレゼント買いたいから、お金貸してくれる?」

 「わかってるよ」


 俺は詩織に千円を渡す。


 「これのお返しは体でいいかな?」

 「──っ!?」


 詩織の囁きに一瞬、想像してしまう。


 「赤くなってどうしたのよ、想真?」

 「な、何もない」

 「おやおや、詩織ちゃんになにか言われたのかな〜」

 「だから、何もないって!!!」


 そう答えて、俺はこうなった原因の詩織を見た。詩織は俺を面白そうに見ている。

 これが詩織なりのアタックか……。

 これからの先、詩織の猛攻に耐えられるかと俺は苦笑いを浮かべながら、内心、消して吐ききれぬため息をついていた。 


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