桜8〝***
リュアナが先導するその手は少女につながり、少女の手は俺と繋がっていた。誘導されるがまま、アットホームの奥にあるテーブル席に着くと、見慣れた面子が座っていた。
「ちょっと遅いじゃないの想真!」
小宵の声に少女は驚き、びくびくと体を震わせてリュアナの手を離すと俺にペタッと引っ付いた。
身長は同じぐらいだけど、まあ精神面では小宵が上かな。などと思いながら、怯える少女の頭を撫でて安心させる。
「うっ……」
小宵も怯える少女の姿を見たのか、バツが悪いそうにしている。
「もう〜小宵ちゃん怯えさせちゃダメだよ〜」
詩織も、少女が震えているのに気づいたのか小宵を注意する。
ここまでは普段と変わりない光景だが、立ち上がった小宵の隣、少女と同じく震えて小宵にすがりついている歩の姿が見えた。
俺は考えを巡らせて、歩の不自然さの原因になっているであろう二人に話しかけた。
「あれ? 静華さん、セリアさんどうしてここに?」
歩の隣の席に座っているのは、もちろん静華さんだ。歩がこうもで小宵にすがりついているのは、小宵か静華さんという二択に迫られた時に、静香さんの方が危険で小宵がまだ安全、と判断したためだろう。
「おっ、やっと来たようだな。待ちくたびれたぞ」
静華が暇だったんだぞと言わんばかりに肩を回していた。そのたびに揺れる胸には危うく凝視しそうになってしまいそうな大きさだった。静華さんて意外と着痩せするタイプだったのか……。
「えーと、それでどういうことですかね……?」
生々しく動く静華さんの胸に気を取られて、正直、聞き取れないかったのだ。
「帰り道の途中、歩くんたちに偶然あったのよ。それで静華が──」
セリアさんが目で何かを訴えるように静香さんを見つめた。
「ああ、こいつに話をいろいろと聞かしてもらったんだ。それで多い方がいいと思ったもので、こうして想真くんを待っていたということだ」
首根っこを静華さんに掴まれ、涙目になっている歩を見ると、大体の予想はつく。きっと歩は自白させられたんだろう、暴力か脅しなのかはわからないが……。
歩は静華さんから開放されると隣の席の小宵に逃げるように飛びついた。小宵は驚いて歩に不審な顔を向けたが、渋々といった様子で歩を突き放しはしなかった。
ただ、一言。
「おっぱいちっちゃい」
これさえ、言わなければ……。
歩はハエのごとく、一瞬にしてはたき落とされる。
地面に落とされた歩はビクビクと痙攣しているように小刻みに体を震わせて倒れた。
突然、ぎゅっと腰に手を巻きつけられ背中あたりになにかが押し当てられる。見れば、少女が隙間ないほどに俺の体にへばりついている。
まあ、小宵の一撃を見れば誰でもビビるよな……。
「それで、話していた女の子とはその子のことか?」
「ええ、まぁ……」
静華さんが少女を真剣そうに見たため、睨まれたと勘違いしたのだろう、震えているのがわかる。
「そうか。しかし、話をする前に座ったらどうだ?」
「そうですね。お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」
近くにあった椅子を引っ張ってきて座ろうとしたのだが、少女がへばりついたまま離れてくれず座ることができなかった。
「……あのな、これだと話ができないだろ? 離してくれないか?」
少女はいやいやと駄々をこねるように首を振った。その姿は愛らしく無理矢理に引っ張り離せなくなる。
困ったな……。
「じゃあ、引っ付くのは許す。でも、背中はやめてくれ」
少女は迷ったように俯いて考えていたが、無言で背中から離れると隣の席から椅子を拾ってきて、椅子をぴったりとくっつける。そして、少女は座り体をもたれさせると俺の腕を自分のところに引っ張ってきて満足そうに抱き締めた。
どうやら腕一本で代用してくれたようだ。
「その子、想真くんにとても懐いるのね」
セリアさんが温かい眼差しで俺たちを見つめていた。
「まぁ、俺が見つけたわけですし……」
「想真くんはその子、どこで見つけたの?」
「ちょうどこの辺りです。桜の下で……」
セリアさんは何かを考えるように目線を落とした。
「それじゃあ、この子の名前はさくらちゃんだね」
そう言ったのは、少女の隣。椅子に座ったリュアナが切り出した。
「それってリュアナ、どういうことなの?」
パンツを見ようと顔をあげる歩を足で踏みつけて遊んでいた小宵が真剣な面持ちでリュアナを見た。
「え? 名前がわからないままだとあの子とかこの子とか言われて可哀想じゃない? だから、仮りにも名前をつけてあげようと思ったんだけど……あれ? みんなどうしたの?」
リュアナが不思議に思うはずだ。ここにいる全員が初耳といったような顔をしていたからだ。
「おい歩、セリアさんと静華さんにも記憶喪失のことを言ったんだよな」
そんな歩も珍しく本当に驚いたような真面目な表情を浮かべている。
「あ、ああ、伝えはしたさ……記憶喪失ってな。でも想真、名前まで思い出せないって言うのは俺も含めてほとんどが初耳だぞ」
「まじか……」
そういえば、そうだったかもしれない。ただ、記憶喪失とだけ言った記憶もある。
「そうか……」
「困ったわね……」
先輩二人組もこれには頭を悩ませている。そして、ここにいる全員がなんらかの案を生み出そうと黙り始める。しかし、数分して耐えきれないと言うように小宵はこの沈黙を破った。
「このままじゃ埒が明かないわ。二手に分かれましょ。私とリュアナと詩織とその子で名前を考えるわ。そして、静華さんとセリアさん、想真と歩で今後の案を考えて頂戴」
小宵は役割をさっと振り当てると俺たちに動くように促した。その結果、左側に俺たち今後組と、右に名前組に席を別れた。
「それで、どうしましょうか?」
右の席はわいわいと話し合っているが、こちらは黙り込んだままだった。
ちなみに少女はリュアナがいることですんなりということを聞いてくれて今は楽しそうに話している。
「あ、あの想真くん、ちょっといい?」
セリアさんが恐る恐る手を挙げた。
「どうぞ、セリアさん」
「ありがとう想真くん。あのね、多分、この話は今日この場で結論は出ないと思うの」
多分そうだろな。それは歩も静華さんも同じ見解のようで、首を振って頷いていた。
「それで、この問題を少しあとに引き延ばそうと思うの……」
いつもと比べられないほどの真剣さを放っている歩が手を挙げていた。
「はい、歩くん」
「あの……具体的にそれはいつにするつもりですか?」
「そうね……。以前、ここへお邪魔したときに話した勉強会があったでしょ? その日にでもどうかなと思うのだけど……静華、どうぞ」
挙手していた静華さんに発言権が移る。
「セリア、それは引き延ばして意味があることなのか? それに、もしその日、成果が得られなければその間のテストに当てる時間が無駄となってしまうがそれはどうするつもりなんだ?」
確かに、なにも結果も得ることが出来なければ勉強会の時間が減り本末転倒になってしまう。
「まず、引き延ばしの方ね。引き延ばすとは言ったけど、本当は想真くんが都合の良い日を待っているだけ。想真くんには勉強会の日にあの子を連れて私の母に会ってもらいます」
「そうか、なるほど……」
「そういうことか……」
なぜか歩と静華さんは納得しているが、俺はすかさず手を挙げる。
「あのーなんで、俺とセリアのおか、母に会わないといけないんですか?」
「それは母がとても物知りだからです」
「えっ?」
あまりに簡潔な答えに思わず疑問の声が漏れてしまう。
……物知り?
驚いて固まっている俺に補助をいれるかのように歩が説明を加える。
「想真、それはそのままの意味だ。セリアさんの母親は物知りなんだ。特にこの場所の事についてならわからないことはほぼ無い」
信じられず、静華さんを見るが「本当だ」と歩を肯定した。
「わかりました……」
そうは言ったものの納得はあまり出来てはいないが、そういうことでまとめておこう。
「それじゃあ、この話はまた今度ということで」
セリアさんがそう区切ると、いつの間にか頼んで置かれてあったチョコレートケーキを頬張り始めた。
こちらのことは、まあ、大方まとまったとして右側に座っている名前組はどうだろうか?
ちょうど目のあった詩織が立ち上がり、近づいて来た。
「想真くん達の方はまとまった?」
「まあな」
「それじゃあ、お互いの結論を交換しましょうか?」
よっぽど、ピッタリあてはまった名前があったのか、詩織は自身ありげに胸を張った。
「ちょっと詩織! なに先に言おうとしているのよ!」
まあまあ、と詩織は小宵を落ち着かせると、仕切り直した。
「えーと、それでは発表します。この子の名前は──舞ちゃんに決まりました」
パチパチと小さな拍手が巻き起こる。しかし、念の為、確認しなければならないことがあった。
「お〜それで本人にはちゃんと許可を得ているよな~? 詩織?」
「えっ?」
俺の問にキョトンとした顔を見せると、少女の方へと顔を向けた。
「あのね、あなたの名前、舞ちゃんでいいかな?」
「ん? ……うん」
おいおい。まさかと思って鎌をかけたら、本当にしてないなんて……。そこは確認してから発表しろよ。
「ほんとにいいのか?」
目線を合わせ軽めに舞(仮)に尋ねる。
「想真にぃはどう思うの?」
「素直にいいと思うよ。ただ、その名前を名乗るのはお前だから、最終の決定は──」
「それじゃあ、決定」
「早いな!? せめて最後まで言わせてくれてもよかったのに…………。ほんとにいいんだな……?」
真剣な声で舞(仮)に最終確認をとる。
「うん!」
少女こと舞は迷いなき透き通る声で返事をした。
〜*****〜
舞と名前を変えた少女に最終確認を取った後、今後についての結果を発表した。質問などはセリアさんが生徒会長ぶりを発揮し、簡単に片付いた。
「それじゃあ、俺はバイトの方へ」
一度、立ち去ろうとカウンターへ行こうとした時だった。小宵が俺を止めた。
「あっ、ちょっと待ちなさい想真。注文よ、ハンバーガひとつ」
「あっ私もハンバーガーで……」
「それじゃあ、私はコーヒーにしようかな〜。代金はもちろん想真くんもちで」
「では、私も貰おうかコーヒーだ」
「私も頼んでいいかしら? チョコレートケーキを一つほしいのだけど……」
「ねぇねぇ想真にぃ、のどが乾いたからジュースほしい、あとおなかがすいたから食べ物をちょうだい」
「じゃあ、俺は──」
「わかった行ってくる」
まだ、バイト始まったわけじゃないんだけど……、どうしてこうもパシられるのか意味がわからない……。
「ちょっと待て、俺、なにも言ってねぇぞ」
グイッと歩が腕を掴んで引き止める。
「お前は伝票だろ。わかってるって」
「いや、なんもわかってねぇよ!? つか、伝票ってなんだよ。食べ物でも飲み物でもないじゃないか。そんなもの頼むやついないだろっておい、想真ー!!!」
俺は歩を無視してカウンターから厨房へと入った。
厨房ではいろいろな機材が揃っていて、まだ作られて間もないこの店ではどれもがピカピカに光る新品だった。
「話は大体終わった?」
「はい……」
白髪の女性が中央に置かれた大きな作業台にもたれるように立っていた。
「どうかしたの? 元気がない顔をしているが……」
「いえ、大丈夫です。それより、注文です。ハンバーガー4つに、コーヒーが2つ、あと、チョコレートケーキとメロンフロートです」
「なるほど、いいように使われたからそんな元気のない顔になってるんだね。わかったよ、注文は承った。あ、そうそう、今からそれが君の仕事だからそのつもりで……」
「わかりました」
「はい、それじゃあ、今から作るからちょっと待っててくれるかな」
「はい」
俺はキッチンの側で見ていたがマスターの手際は恐ろしく早いかった。まさにファーストフードとも言える早さだ。
「そういえば、自己紹介をしていなかったわね。私は白崎柚葉よ。よろしくね想真くん。私のことはなんて読んでも構わないから」
「わかりました。白崎さん」
「私は白崎よ、しっかりしてね」
白崎しらさきさんは振り返って苦笑い。
「あっ、すいません」
俺も苦笑いをすると白崎さんも笑い、なごやかな雰囲気になった。
「まずは制服に着替えてきて。更衣室はあそこの扉の向こうにあるから。あ、そうそう制服は中にあるはずだからサイズのあった物をとって着替えてね」
「はい、わかりました」
俺は白崎さんが指を刺した扉を開けて、更衣室に入り着替えた。
白いシャツにリュアナと同じ緑色の長いエプロンをつける。
シンプルに見えてよく見ると、アットホームと書かれたロゴがエプロンの胸元に刺繍されていた。
人が少なくても、こういうところはこだわっている。
残りの制服の多さから考えても白崎さんはここを有名にすることを考えているはずだ。そう思うと無性にやる気が出てくる。
俺もがんばらないとな……。
更衣室から出ると白崎さんが待っていたように近寄って来て、俺を見回した。
「うんうん、似合ってる似合ってる。それじゃあ次は、これを持っていってくれるかな?」
「わかりました。ってもう出来上がったんですか!?」
「まぁ、これが私の特技だからね〜」
アイランドキッチンには注文していた物がカンペキに出来上がって置かれていた。
「さあさあ、持っていった持っていった。私のモットーはお客様を待たせないだよ」
「そうなんですか……」
これは、ファーストフード喫茶もあながち間違いじゃないよな?
俺はお盆に注文の品物を乗せて厨房から出た。
店内に出ると、俺はカウンターから店内をぐるりと見回した。人は奥で騒ぐあいつらしかいなかった。
味は美味しく、こんなにも早く出てくるんだから人気が出てもおかしくはないはずなんだけどな〜。
そんなことを思いながら、わいわいと賑わっている奥のテーブルを目指した。
「お待たせしました。ハンバーガー4つ、コーヒーが3つ、チョコレートケーキとメロンフロートです」
「あっ、ハンバーガーはこっちよ想真」
「私の分も取って小宵ちゃん」
「ええ、もちろんよ」
「コーヒーは私と静華さんだね」
「ああ、ありがとう」
「チョコレートケーキは私ね」
「そのメロンフロート? っていうのは私の? 想真にぃ私のかな?」
「ああ、そうだよ。それと、このハンバーガーな」
「ありがとう」
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
全員に配り終えて戻ろうとした時、肩に手を置き引っ張られた。振り返るとそこには歩の姿があった。
「どうかしましたか?」
「どうかしましたか? じゃない! 想真、俺の注文は?」
「ああ、忘れてた。はい」
肩に置かれた手に伝票を持たした。
「これはなんだ? 想真」
「ご注文通り、伝票だ」
「んなことわかってるよ! 想真、俺はチーズバーガーが食べたいんだ〜」
泣き崩れるように歩が足にへばりついて、俺は戻ろうにも歩くことが出来ない。このままだと白崎さんに叱られる可能性も出てくる。
もう、仕方ないな〜。
「わかったよ」
「マジか!」
「マジだよ……」
「ありがとうよ、私の親愛なる友よ」
すすり泣くように歩は俺の足に顔を擦り付ける。
「気持ち悪いわ! 早く離せ!」
「わかった」
歩がそう言うとさっと手を離し、俺の目の前で正座した。
「妙に聞き訳がいいな……」
「そりゃな、チーズバーガーを食べたいからな。よろしく頼むぜ」
「わかったわかった。行ってくるよ」
俺は手を適当に後に振りながら返事を返して厨房へと戻った。
その後はいろいろと大変だった。
幸い歩のせいで戻るのを遅くなったことには怒られることはなかったが、舞が盛大にメロンソーダを吹き出してしまったり、セリアさんのコーヒーカップが割れてしまったりと、休む暇もなかった。
やっと入ったと思った休憩時間には白崎さんがお客様の対応の仕方を教えてもらい休憩した気にはならなかった。
そんなこんなで忙しかった初日のバイトが終わり、帰宅しようとしていた。
「お、お疲れ様でした……」
「ああ、お疲れ様……。それじゃあ、またよろしく頼むよ」
「はい、わかりました。それじゃ、行くよ……舞」
「……うん……」
目を擦る舞は今にも寝てしまいそうだ。俺はそんな舞の手を握り誘導するように引っ張る。
「それじゃありがとうございました」
「こちらこそ、気をつけてね」
「はい」
俺はそう答えて扉を出た。
歩たちは俺のバイトが終わる前に帰っていた。最後まで残るとみんなが言ってくれていたが、待たせるのも嫌なので先に帰らせたのだ。ただ、舞は一応、俺の家で保護していることになっているので最後まで残った。しかし、話すこともないので今のような舞はウトウトして眠りそうな状態だった。
そういえば、今は9時半なのでそろそろ舞が眠る頃だ。
そう思い出した時、舞の足がふと止まった。
「どうかしたのか?」
「すぅ〜すぅ〜」
聞こえてくるのは寝息だけ、返事は帰ってこなかった。
「……寝たか……」
仕方なく、舞の両手を俺の首に後ろから回し、お尻持って持ち上げる。少女は落ちることなく持ち上げられると小さな腕でしっかりと抱きついてくる。
「ほんと、今日は疲れた~」
ぼんやりと明るさを放っている電灯が舞い散る桜を照らしていた。それはまるで、少女の髪ような薄い桃色。
突然、風が吹く。
舞い散る桜は俺の背中を押すように張り付き、あと少しと、訴えかけてきている気がした。




