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桜6〝*

 暖かい……。

 小鳥がさえずる声。そうか……もう、朝か……。

 でも、今はこの温もりで微睡んでいたい……。


 「……想真、そろそろ起きなさいよ……」


 遠くに聞こえる俺を起こす声。

 もう、起きないと遅刻する時間か……。

 ぼんやりとした意識の中、寝不足で重くなった瞼を上げた。


 「…………?」


 違和感に気づき、妙に暖かい懐を見る。俺の胸に昨日の少女が抱きつき、スヤスヤと心地良さそうに眠っている。


 「…………」


 その場の状況を把握するのにどれほど時間が経っただろう。本当に覚醒したのは、部屋の扉が開いた時だった。


 チン! とトースターがパンを焼けたことを知らせた。

 黄色く、こんがりと焼けた食パンをトースターから取り出しテーブルのイスに座り、その向かいに目を向ける。

 美少女が小さな丸いパンをパクパクと可愛く食べている。

 薄い桃色の髪、大きな瞳、そして、その幼い仕草。

 朝になってわかったことだが、この子は美少女だ。間違いない。


 「一つ聞いてもいい?」

 「なんだ?」

 「なんで、そんなに私を見るの?」


 夢中で食べていたパンをとめて、不思議そうに首を傾げた。


 「いや、明るいところで見ると意外とかわいいなぁ……って思ったから……」


 途中から、言ってて恥ずかしくなって目線を逸らした。


 「そうなんだ……。じゃあ、想真にぃは、私にイタズラしたいんだね?」


 楽しそうな笑顔を浮かばせて、からかうように言う。

 いつから俺はそんな親しげな名前をつけられるようになったんだろうか。いや、それにしてもこうやって俺をからかってくる奴、最近やけに増えてないか? 

 よしそれなら、今のうちに減らしにかかるか。

 俺は仕返しをする計画を即興で作り実行に移す。


 「ああ……そうだよ……。こうやってな……」

 「……ん? ふぇっ!?」


 俺はテーブルに身を乗り出し、向かい側に座る少女に顔を近づけた。


 「はうっ! ちょっ、ちょっと想真にぃ〜。今のは、今のは……」


 少女は焦っているみたいで顔が赤くなっている。小さな声で止めようとはしているものの、拒絶はしなかった。

 間近で見るそのかわいさにこのまましてしまいそうだ。


 「想真にぃ、冗談なんだよ、冗談なのにぃ……」


 とろけるような甘い声を出し、身をゆだねるように目を閉じる。柔らかなほっぺたに触れて──思いっきりつねった。


 「──っ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!? 痛いよぉ〜想真にぃ〜ひどいよ〜」

 「俺をからかった罰だよ」


 つまむのをやめると、少女の目の端には少し涙が溜まっていた。


 「う〜、痛かった~」


 さっきつまんで出来た、赤いほっぺたを擦りながら、こわくない睨みを俺に向けてきた。

 こうやって、会話してると、なんか本当の兄弟みたいだ。

 朝食を食べ終わると、玄関で元気な声が聞こえてきた。


 「想真くーん、迎えに来たよー」


 その声で、一体、誰が来たのかがすぐにわかった。リュアナだ。

 玄関に出ると、リュアナが扉から顔を覗かせて様子を伺っていた。


 「おはようリュアナ」

 「うん、おはよう」

 「ちょっと待ってて、今、カバン持ってくるから」

 「うん」


 カバンを取りに行き、一階に戻っててくると、玄関を覗いている桃色の髪をした少女がリュアナの様子を伺うようにリビングの戸から顔を見え隠れさせていた。


 「お前、何してるんだ?」

 「そのー……ちょっと気になっちゃってね……」


 リュアナのことだろうか? まあ、いいけど。


 「そうか、俺は行ってくるけど……そういえばお前、昼ごはんちゃんとできるのか?」

 「ん?」


 昼にはこの家には誰もいないので、この少女は自分でしなくてはならない。と言っても、母が昼ごはんは作っておいてくれてるので、後は温めるだけなのだが……。


 「ちゃんと温めることはできるのか?」

 「ん?」


 少女は頭を傾け、頭から見えないはてなマーク浮かばせていた。


 「リュアナごめん、もう少しだけ待ってくれる?」


 玄関に顔を出し、リュアナに一言かける。


 「うん? いいけど。なにか手伝えることがあるのなら手伝うけど?」

 「ありがとう、でも大丈夫すぐに行くから待ってて」


 やっぱり、リュアナは優しい。この子が言った通り……ってそんな暇はなかった。

 少女を引っ張り、台所へ移動、電子レンジの前に止めた。少女は全くわからないようで、不思議そうに眺めている。


 「これは、入れるだけで温まる電子レンジだ」

 「おおー」


 少女は目を輝かせながら、電子レンジを見つめた。この感じは本当に何も知らないんだな。


 「いいか、まずこの中に今日の昼ごはんを入れる」

 「うんうん」


 少女は頭をぶんぶんと上下に振り、わかったと体で表す。


 「そして、扉を閉めて、このタイマーを回す大体2分か、3分ぐらいだ」

 「うん」

 「これで、出来上がりだけど、お皿は熱いから気をつけろよ」

 「うん、わかったよ」


 そうは言うものの、少女は真剣な表情して、何かぶつぶつと呟いている。

 この様子だとちょっと心配だな〜。しかし、これ以上はリュアナを待たせるわけにはいかない。


 「それじゃあ、行ってくるからな」


 まだぶつぶつと呟いている少女に一声かけると、


 「うん、行ってらっしゃい想真にぃ」


 笑顔でそう言われ、送り出された。こんなのは俺にとってなかなか味わえない新鮮なことだった。


〜*****〜 


 「想真くん、今日は出てくるのが遅かったね。それにあの子は一体、誰なの?」


 桜坂を登りながら、リュアナは不思議そうな眼差しを俺に向けていた。

 あの子のことは、別に隠すようなことでもない。むしろ今は、なんでもいいからあの子に関する手掛かりが必要だろう。


 「ああ、昨日、リュアナの家からの帰りに出会って、記憶がないようで彷徨っていたから連れて帰って、引き取ってるんだ」

 「あの子、記憶喪失だったんだ。なるほど、それで……」


 何かに納得するようにうなずく。


 「何か知ってるのか?」

 「ごめん、なにも知らない……。ただ、心を見た時に不思議な感じがしたんだけど…………うんん、きっと記憶喪失のせいだね」

 「そうなんだ……」


 不思議な感じがあるみたいだけど、確証のありそうな手がかりも無しか〜、これはいろいろと周りに聞いてみたほうがいいかもな。


 「それでー想真くんはあの子にエッチなことしてるんだー」


 明らかにからかってる顔だ。確かに朝、柔らかい小さな胸が押し付けられていたけど、しているわけではない、されているだけだ。


 「そんなわけ無いだろ。それ以上、からかうと懲らしめるぞ」

 「えー、想真くんはあの子だけでは飽き足らず、私まで手にかけようとするんだー。やっぱり君は──」

 「リューアーナー」

 「エッチだね」


 牽制むなしく最後まで言われて、俺の中で何かが切れた気がした。

 ふつふつと沸き上がる怒りが爆発した。

 やってしまおう。絶対、からかえないようにしてやる!


 「待てっ、リュアナー!!!」


 少し前を歩いていたリュアナを捕まえようと走り出す。

 リュアナまた、笑いながらそんな俺から逃げるために走り始めた。


 「待たないよー想真くん。私は逃げちゃうからねー」


 リュアナは制服のスカートを翻し、楽しげに笑うと、桜坂を駆け上がる。

 俺は、リュアナの笑顔を見た瞬間、追いかけるのを止めていた。

 リュアナの姿があまりにも綺麗だったから。

 桜、咲き散る坂に白銀の髪をした少女が笑顔で舞う、その光景を俺はきっと忘れないだろう。


〜*****〜


 昼休み、俺はいつもの四人を誘い、ゆっくりと話の出来る学食のテラスで昼食をとった。

 昼食が一通り終わるのを計って、例の話題を切り出す。


 「あのさ、この周辺で桃色の髪をした女の子についてなんか知らないか」

 「ん? 想真、お前、ロリコンと二次元に目覚めたのか?」

 「違う。ちょっと、事情があってその子のことを調べてるんだ」


 ふーんと、今日の歩は珍しく落ちついていた。


 「ねーねー、想真くん。それってストーカーじゃないのー?」

 「違います。今、その子は俺の家で預かっているんだから」


 楽しそうな笑みを浮かべ、少し怪しさを見せる詩織は、まあ、いつも通りだ。


 「えっ、うそ……想真ってその子を監禁してるの……!」


 詩織から聞き出した情報から変な方向へ想像する小宵も普段と変わりない。


 「そんなことするわけ無いだろ!? というか、どう考えれば預かるが監禁に聞こえるんだよ」

 「なによ、それなら、なんで私達にその子のことを聞くのよ。その子から聞けばいいんじゃないの?」


 ツンとした顔をして小さな腕で腕を組みをする小宵から、ここに来て初めてまともな質問が出た。


 「それが、その子が記憶喪失みたいで……」

 「想真くん、その子ってほんとにいるの? なんか、記憶喪失とか桃色の髪とかフィクションみたいであんまり信じられないのだけど……」


 まあ、言葉だけなら出来すぎているとは思うけど実際に見ている訳だし。


 「ちゃんといる。証言としてリュアナも見てる」

 「うん、私も見たよ」


 ここでのリュアナの証言はとても助かる。

 登校時にさんざんからかわれたが、それがチャラにしてもいいと思うほどだ。


 「リュアナちゃんが言うなら、ほんとにいるんだね〜」


 なんだろう、リュアナよりも長く詩織といるのに信じてもらえないのは心に痛みを感じる。


 「それなら、ちょうどここに適したやつがいるじゃないの」 

 「誰だ?」


 ちょうど、ぼんやりしていた歩が話しに入ってくる。


 「あんたよ」

 「俺か!?」


 突然、小宵に指を指され椅子から転げ落ちる歩。

 こいつらは漫才師か。


 「それで、歩。お前なら何かわからないか?」


 歩は椅子へ座ると、椅子から落ちたおかげで目が覚めたのか、はきはきと話し始めた。


 「長いことやっているが、想真が言ったような子は聞いたことがない。それにたぶんこの辺の子でも無いと思う」

 「その根拠はなんだ?」

 「たまに、この辺り全体の防犯カメラを見ることがあるんだけど、桃色の髪をした女の子を見たことがないからだ」

 「そうか……」


 一番期待のあった歩からも情報は無しか……。


 「ちょっと歩。あんた、防犯カメラを使って何を見ようとしているのかしら?」


 小宵が立ち上がり歩の前で拳を握り締め、メキメキとならしている。歩は小宵がそばで不機嫌な様子を見せているにもかかわらず、歩は気づいていないのか自慢するように自白していく。


 「なにをって、決まってるだろう。女の子達の恥ずかしい一瞬をゴファッ!?」


 小宵の歩はテラスの木の手すりを越えてコンクリートの地面に落ちる。小宵は制服のスカートを気にする様子も見せずに手すりからぴょんと軽く乗り越えて、歩を追撃するために落ちていった。


 「あっ見えそっ──がはっ……ど、どいてくれ小宵、頼む。ギブだ、ギブ。だから、もうやめてくれ! ギャーァァァァ!!!」


 歩の懇願虚しく、殴るような鈍い音は鳴り続け、数分が経ってやっと止まった。 

 小宵が一生懸命、歩を引きずりながら帰ってきた。


 「お、お帰り……」

 「だだいば……」


 帰ってきた歩は殴られたせいでシャツはくしゃくしゃになって、顔には綺麗に二発、殴られてできた腫れが頬に出来ている。


 「あー久しぶりに動いたわー」

 「小宵ちゃんお疲れさま。はいこれ……」


 詩織がどこからともなくタオルを取りだし小宵に渡す。それを受け取った小宵はどこか清々しい様子で汗を拭き取った。

 小宵からすれば、これはスポーツの感覚で行われていることなのか……。

 呆れながらその様子を見ていると、ぼこぼこにされた歩が何か言ってきた。


 「ぞれでぞうま。いじどぞのごどあわじでぐれないが?」


 必死に何かを伝えようと口を動かしているが、残念ながらまったく聞き取れない。


 「なに言ってんだこいつ?」

 「たぶん、あの桃色の子に会わして欲しいって言ってると思うよ」


 リュアナが略すと、歩が頷いているので合っているのだろう。


 「うーん、確かに情報は欲しいが、お前みたいなやつを会わせたくはないよなー」

 「ぞれなら、ごいづをづれでいぐ。ぞれでどうだ?」


 歩は汗を拭いていた小宵の襟を掴んで、自分の方へと引っ張った。小宵は歩の急な引っ張りに体がよろけ歩の腰に抱きつき顔を赤くしている。

 なるほど、確かに小宵がいれば歩の抑止力になる。


 「わかった、それで……?」


 歩がいない。


 「リュアナ、詩織、歩はどこに行ったんだ?」

 「飛んでいったよ」

 「今は下だねー」


 手すりの下を見ると、赤い顔をした小宵が歩を馬乗りにして殴っていた。


 「あゆむー、それだったらいいぞー」


 一言、了承を言っておけば後はいいだろ。


 「あのー、想真くん」

 「なに、リュアナ?」

 「今日、バイトの話があるんじゃなかった?」

 「あ……そうだった……」


〜*****〜


 6時間目のチャイムが鳴り、ホームルームが挨拶だけで終わる。


 「それじゃあ、行ってくるわ」


 聞こえてるのかはわからなかったが、俺はそう言って早足で教室を出た。

 昼休み、リュアナから言われてバイトの説明のことを思い出し、どうするかを思案した結果。ファーストフード喫茶店『アットホーム』に全員が集合し、少女を連れてくるという形になったのだ。

 そして、今はその帰り道。

 リュアナには、あらかじめ、先にアットホームの方に行って遅れて来ることを伝えてもらうようになっている。

 なので、別に走らなくてもいいのだが……。

 朝の様子を思い出し、なにか起こっていると胸騒ぎしているのだ。

 家に辿り着き、急いでドアを開けると中には黒い煙が立ち込めて視界を遮っていた。

 やっぱりか……。

 急いで中に入り、一目散にキッチンへ向かう。

 キッチンは黒い煙が充満して、発生源である電子レンジの前に少女が座り込んでいた。

 話しかける前に急いで窓を開け、換気。座り込んでいる少女を担ぎ上げ、二階のおれの部屋へと逃げ込んだ。

 自分の部屋に逃げ込んでみると、焦げた匂いは多少するけれど思いのほか煙はほとんど入ってきてはいなかった。

 よし、一応は落ち着いて話せる場所は確保できたな。

 少女をベットに座らし、俺は部屋の窓を開けてから、少女の隣に座った。


 「なにをやったのか、ちゃんと説明できるよな?」


 少女はしゅんとした表情を浮かべながら、頷いた。


 「うん。私、お腹がへったからお昼ごはんを食べようと思って、想真にぃに言われたとおりに、なんでも温まる電子レンジにお昼ごはんをいれて、丸い部分を勇気を出していっぱいひねったらこんなことになっちゃった……」

 「ちょっと待て、俺いっぱいひねれって言ったか?」

 「だから、そこは勇気を出したんだよ」

 「ださんでいいわ……」


 泣きかけの少女の頭にちょこんと握りこぶしを乗っける。


 「痛い……」

 「心配したんだからな……」


 そう言って、頭を優しく撫でる。


 「う〜……」


 少女は顔を少し俯かせて、口をほころばせた。少し嬉しそうなのは気のせいだろうか? まあ、大丈夫だったから、よかったが……そろそろ、アットホームに行かなきゃならないな。

 改めて少女を見る少女の姿は真っ白なワンピースが黒い煙のせいで黒くなっていて、特徴的な桜のような髪も汚れていた。

 仕方がない、あまり時間がないけど……。


 「シャワーしてこい。その後ちょっと連れて行きたい場所があるから早めにな」

 「え? うん……」


 どこか煮えたぎらない返事、というかどこか噛み合わない感じ、なにかが変だ。


 「どうした? 早く行ってこいよ」


 少女は少し迷ったように顔を伏せてると、真剣な表情を俺に向けた。


 「想真にぃ、シャワーって何?」

 「…………」


 これには絶句してしまう。簡単に言えばわかってくれるだろうか?


 「お風呂のことだよ」

 「ん?」


 駄目だ。頭の上から、また、はてなマークが飛び出してる……。


 「あー、わかった、もういい、ちょっとついて来い」

 「うん」


 俺は少女を浴室に連れて実際に見せるが、


 「これはどうやって使うの?」


 わからないようだ。


 「ここにお湯を張って、入るんだ」

 「お湯の中に……入る?」 

 「今日は時間が無いからシャワーだけだけどな」

 「……シャワー?」


 よし、わかった。もう、時間もないし覚悟を決めるか。


 「今日だけ、今日だけ俺も一緒に入るから、それでいいか?」

 「ん? うん、わかった……想真にぃと一緒なら安全……」


 今回に限っては、そういうわけではないけどな……。


 「さあ、決まったことだし、とりあえず早く服脱いでこれを巻いて」


 脱水所にある透明な収納ボックスから大きなバスタオルを取り出し渡す。


 「えっ、服脱いじゃうの? ……それじゃあ、私、裸に……」


 服を脱ぐことを聞かされて、もじもじしてるけど、そうしている間にも時間は過ぎてるんだよな〜。


 「脱いだら、そのタオルで体を巻けば大丈夫だろ」

 「でも……想真にぃも入るんだよね……」


 不安そうに俺を見た。


 「俺が居たら不安なのか?」

 「うんん、こういう時こそ勇気だよね。うん!」


 首を振ると、決心したように黒く汚れたワンピースを脱ぎ始めた。

 俺は後ろを向き、見ないようにする。


 「終わったよ」


 後ろを振り向いて、数秒も経たないうちに返事が帰ってくる。


 「早いな……」


 少女に向き直ると、少女は羽織る形でバスタオルをかぶっていた。少し動くだけで、前開きになっているバスタオルは翻り、中が見えそうになる。

 はぁーと嘆息をつき、少女を後ろを向かせ、少女が持つバスタオルの端を掴む。


 「巻き直すからバスタオルから一度、手を離して」

 「え……でも……」


 顔だけ振り返り、戸惑った様子を見せる。


 「大丈夫、見ないから」

 「うん」


 少女は掴んでいた手を離し、見られたくないところを手で覆って隠す。


 「ごめん、それじゃ、バスタオル巻けないから手を上に上げてくれるか?」

 「う、うん……」


 恥ずかしそうにゆっくりと手を上に上げる、俺は少女の胸の前にさっとバスタオルを回し、巻いて外側に織り込んだ。ちなみに、最後、外側に織り込んだのは落ちないようにするテクニックで、母親から教えてもらった一つの秘伝なのだ。


 「これでよし……とっ」

 「もう……いいの?」

 「ああ、これで落ちないよ。俺もすぐ行くから先に入って待ってくれ」

 「はーい!」


 少女はさっきとは別人のように楽しそうに浴室へ入っていった。


 「さてと……」


 俺はさっと、急いで衣服を脱ぎ、タオルを腰に巻いて、少女が待つ浴室へ入る。もちろん、女の子とお風呂に入るなんて、初めてだ。どこかで興奮を感じてはいる気がするが、それで入るのをためらっている時間もなかった。


 「どうすればいいの?」


 浴室へ入ると、少女が困ったように俺の顔を見てきた。


 「そこに座って、髪洗うから」

 「うん!」


 少女は笑顔を見せてから、座った。どことなく不安そうな気がしたのはたぶん、間違いじゃないだろう。ああ、やって笑ってもどことなくわかるんだよな〜。

 椅子に座ってシャワーを出し、温度を手で確かめていると、少女は俺の様子にそわそわしていた。

 ちょうどいい温度になってきたことを手で確認して、ちょっとしたいたずらに、シャワーを少女に向けてお湯をかけた。


 「きゃっ──」


 高い声を出して驚いてくれたところまではうまくいってよかったのだが……。


 「ひゃっ──」


 少女は急な出来事に椅子から立ち上がり、滑る濡れた地面に足をすくわれて転んだのだ。幸いにも、俺はその華奢な体を抱きとめ、少女がどこかを打つといったことはなかった。しかし、


 「わっ、わわわわわわわっ!」


 抱きとめた結果、俺は少女の下敷きになり、お互いの体は布越しとはいえほぼ密着状態に……肌の感触やその暖かさが生々しく感じてしまう。

 その上、追い打ちをかけるように抱きとめた腕が巻き付いていたのはちょうど胸の辺り。だから、少しでも動かそうとすると、


 「んん、あっ、だめ……」


 まだ、発育の初期段階なのに妙に色っぽい声をだす少女。

 そんな甘い声を聞いてしまった俺は、まだ少女が上に乗っているにも関わらず、股にあるものが膨らみ始めていた。

 やばいと直感した俺は、摩擦を起こさないように腕を放すと、少女を滑らせるように地面におろした。と、同時に可愛い睨みを向けてきた。


 「想真にぃ、なにするの!」

 「えっ、悪い悪い、ついイタズラしたくなって……」


 立ち上がり、落ち着きを取り戻そうとしている俺に、む~と不機嫌そうな鳴き声を出して頬っぺたを膨らましていた。


 「次はちゃんと言うから──行くぞ」


 俺はさっとお湯が出ているシャワーを取りだし、少女に浴びせた。


 「ちょっ、早っ、んんっ~~」 


 急とはいえ、先に言ったこともあり、さっきのように驚いて滑ることはなかったが、少女はお湯の暑さに耐えるように悶えていた。


 「はぁ~」


 少女が耐えるために必死に止めていた息を吐き出す。お湯の温度に馴れたのかようで幸せそうな顔をしている。


 「あったか~い、しあわせ~」


 まったりととろけた少女の表情は本当に幸せそうだ。見てるこっちも癒される。

 数分、お湯を当て続け、少女の体が暖かくなったことを肩に触れて確認した。

 そろそろ、髪を洗うか。


 「髪を洗うけど、大丈夫か?」

 「うん……」


 心配そうな声を少女から聞こえ、すぐにその理由の答えに気づく。


 「目にこれが入るのが怖いのか?」

 「怖くないよ……うん。怖くないんだよ……」


 そうは強がっていても、体はかすかに震えていた。

 もちろんこれというのはシャンプーだ。たぶん、目に入って染みることを怖がっているのだろう。

 記憶に無いはずなんだけど、わかるものなのかな?

 俺は前髪を洗うのをあとに残し、先に長い後ろ髪をシャンプーで洗うことにした。その際、少女は何も言わないかったが、シャンプーの方をずっと見て、睨み続けていた。

 後ろ髪が洗い終わり、ついに前髪に突入する。


 「前髪も洗うから目をつむって下を向け」

 「うっ……うん……」


 少女は目をぎゅっと力一杯に目をつむって下を向く。

 そんなに目を閉じなくても入らないのに……と内心、思いながらも前髪を洗っていく。


 「う〜う〜う〜」


 洗っていると下を向いている少女から唸り声が聞こえてくる。


 「口を閉じる。ほら、シャンプー落とすぞ」


 シャワーを手に取り、ジャンプーを洗い落としていく。


 「ん〜ん〜ん〜〜〜!!!」


 少女は高らかに唸り声を上げ、俺を急かす。

 仕方なくジャンプーを手早く落とし、頭をポンポンと軽く叩いた。


 「はい、終わったぞ」

 少女はすみやかに顔を上げると、顔にかかった水を必死に手でかき分けていた。


 「目に入ったか?」


 そう訊くと、少女は目をこすり、綺麗になった桃色の髪を左右に揺らした。


 「よし、それじゃあ綺麗になったことだし、そろそろ行くか」

 「うん!」


 立ち上がり、元気よく風呂場からあがったのだが……。


 「そういえばさ。お前って着替えの服持ってたっけ?」

 「ん?」


 少女は小首をかしげ、一体なんのことと表情が語っていた。

 この時、自分のやらかしたことの重大性に気づいた。

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