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桜4〝****

 「大丈夫じゃない。だから、想真くん……。部屋まで来て……」


 そんなことを言われて、誰が家に帰れるだろうか?

 不安そうに手を握るリュアナに戸惑いながらもそう思った。

 こうして今も寂しそうにするリュアナを放って帰ることはできないわけだし、それにこのまま帰ったところで特に家ですることもない。それなら、少しリュアナの部屋にお邪魔するくらいは問題はないはずだ。

 そういった趣旨のことを伝えるとリュアナは喜び、そして、恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にして伏せていた。

 そんなリュアナが可愛くて、また愛らしいかった。

 リュアナに手を引っ張られたまま、療とは思えない木彫りの豪華な門をくぐり、再び驚きに襲われた。


 「これは、ヤバイだろ……」


 フロントらしいこの場所は、赤い絨毯が敷いてあり。左右に階段、真ん中の奥の部屋には食道らしい長机が並べられているのが見られた。

 ここは日本のはずだ。そして、ここは学校の療のはずだ。そう、けしてホテルではないのだ。なのにこの豪華さ……。

 

 「やっぱり、想真くんもそう思う?」


 リュアナもその事に関しては同感のようだ。


 「ああ……」

 「そうだよね。私もここが療だと思えないんだよね……」


 それはさておきとリュアナは少し療の中について説明を始めた。


 「え~と、右の階段は女子寮、左が男子寮、そして、真ん中が食道になってるの。だいたいそんな感じかな? それじゃあ、私の部屋にレッツゴー!」


 リュアナは俺の手を握っていない手を元気よく上に上げた。


 「って、ちょっと待ってリュアナ。リュアナの部屋、女子寮だから俺が入ったらいけないところだよね!?」

 「そうだね。ここには男の子は入ってきちゃだめだね」


 普通はそうだよな……。

 そう思っているうちにリュアナに引っ張られ、女子寮の館に入っていく。普通に手を引かれながら入ってきたが……。


 「今、見つかったらやばいよな……」


 小声で呟くと、リュアナは額に少し汗を垂らしながら、静かに答え始めた。


 「うん、やばいね。見つかったら寮官に明日問い詰められるだろうし、それに今は夜だから……ね?」


 元気よく俺をつれて女子寮に入ったリュアナだが、俺よりも気を使っていたようだ。

 理由はよくわかる。普段の日常でも、ここで見つかれば悪い印象を植え付けられるだろう。しかし、今は夜だ。見つかればさらに悪い印象で見られてしまうのは目に見えた結果だった。


 「もう、嫌だー……」


 そう呟かずには居られなかった。


 「声をださない……! もうちょっとで着くからもう少しの我慢だからね」


 リュアナはこれ以上、声を出させないように俺の口に手を当てた。

 急にリュアナの足が止まりキョロキョロと辺りを見回し始めた。もしかしたら、と身構えるがリュアナはさっと鞄の中から鍵を出すと、鍵を開けてドアを開いた。

 なんだ、ここがリュアナの部屋だったのか……。


 「さあ、入って入って……」

 「お……お邪魔します」


 詩織以外の女の子の部屋に緊張しながら入ると優しい香りがした。靴を脱いで奥へ進むとリュアナのリビングに着いた。

 部屋は白で統一されて、質素に置かれた家具にはホコリひとつない綺麗な部屋だ。


 「……着替えて来るから、どこでもいいから座っておいてね」

 「わかった……」


 そう答えたもののどこに座ればいいのか、少し迷って白いマットの上に座ることにした。

 座ってから数分経過して、俺は疲れが出始めたのかウトウトとして睡魔に襲われ始めた。

 リュアナの部屋は始めて入ったはずなのにとても心が安らぐ。部屋の香りがいいのかも知れないし、さっきまで緊張感が限界まで張り詰めていたからなのかも知れない。どっちにしろ今の俺はとても落ち着いて気持ちがいいのだ。

 ああ、眠い……。

 だんだんウトウトとしてきて眠くなってついにまぶたが上がらなくなった。


 なんだろうこの匂いは……。

 おいしそうな匂いが漂って来る。


 「起きて想真、想真のためにおいしいもの作ったんだよ~」


 リュアナの声が聞こえる。

 リュアナの声?

 そうだ、リュアナの部屋に来て、俺は……寝てたのか?

 カバッと体を起こすと、テーブルの向かい側でリュアナが呆れた顔して俺を見ていた。


 「想真くんって凄いんだね~。初めて来た女の子の部屋で入って、五分もかからずに寝ちゃうなんて……」


 俺はまだ、ぼーっとしている頭を必死に起こして言葉を紬だした。


 「うーんと、この部屋がとても落ち着いて気持ち良かったから……」

 「そうなんだ。まあ、いいや寝顔も見れたことだし……」


 と嬉しそうに笑うリュアナ。俺の寝顔を見ることがそんなにも嬉しいのだろうか?


 「今、何時ぐらい?」

 「今はね、7時だよ」


 ここに来たのが6時ぐらいだったから、1時間ぐらい寝てしまったのか……。


 「こんな時間だし、晩ご飯作ったから食べて行きなよ」


 さっきの匂いは、リュアナの作った晩ご飯だったようだ。


 「でも、いいのか?」

 「もちろん」


 リュアナは頷くと、部屋の入り口に作られていたキッチンへ歩いて行った。戻って来ると料理を持ってきてくれる。


 「腕によりをかけて作ったんだから、ちゃーんと食べて行ってよね」


 ニコッと笑って、テーブルに置かれたのはグラタンだった。

 料理を出されては遠慮して帰えるわけにも行かない。それにこのグラタン、チーズの焦げ目いい感じについていて、まるでプロが作ったような感じでとても美味しそうだ。こんなものを見ては帰ろうにも帰れない。

 これは俺の負けだな。


 「リュアナ、今日は頂くことにするよ」

 「うん」


 リュアナは嬉しそうに頷き、自分のグラタンも持ってくる。 


 「これ本当にリュアナが作ったのか?」

 「うん、そうだよ。もしかしてグラタン苦手だった?」

 「いや違うんだ、プロが作ったみたいだったから」

 「そっか、それなら嬉しいな~。それじゃあ食べてみて、味にも自信があるんだから」

 「うん、それじゃいただきます」


 一口食べたとたん、食欲をそそるチーズ匂いが口に広がり、食べ終わるまでスプーンが止まることはなかった。


 「……ごちそうさまでした」

 「どう? おいしいかった?」


 この食欲を見ればわかると思うんだけど、きっと、言って欲しいんだろう。


 「それはもう、ものすごくおいしかったよっ!?」


 それを聞いたリュアナは、座った状態の俺を外国人がハグするように抱き締めた。


 「やった! そう言って、いますっごくうれしいよ! 想真くん!」

 「いや、俺もこうされて嬉しいけどって……ちょっ、リュアナ!?」

 

 リュアナが暴れるせいで体重が後ろに傾き、俺は押し倒された。さらにトドメというようにぎゅっと体を抱きしめられた。

 リュアナが喜んで、腕を組まされたことはあったが、抱きしめられて、なおかつ押し倒されるなんてことはなかった。それだけ喜んでいることはわかるけど、この体勢でいるのはさすがに問題だろう。

 いろいろ当たってるし、もし人が来て見られたら確実に誤解される。


 「リュアナ……そろそろ離してくれないか……?」


 俺の胸にうずくまって、スリスリしていたリュアナがはっ、と顔を上げて、


 「あっ……ご、ごめんね……。つい嬉しすぎて……」


 リュアナの感情が行動になってしまう癖は、変な誤解を招くから注意しておくべきだな。


 「なぁ……リュアナ、誤解されるからその癖直した方がいいぞ」


 リュアナは、俺から離れ、机の向かい側に座り直す。


 「それって、たとえばどんな誤解されるの?」


 その目は真剣で、さっきとは何かと違う雰囲気を醸し出していた。


 「そっ、それは……こ、恋人とか……」


 自分でも顔が赤くなっているな~と知りながら必死に出した答えを、リュアナは予測していたかのように返答した。


 「そうかもだね……」


 ちょっと反省した様子のリュアナ。これで大丈夫かな、っと思ったのもつかの間。リュアナは言葉を繋げた。


 「……でもね、私は気にしないよ。だって、私は私の気持ち隠したくないから、嘘だってつきたくないから。でも、さっきのは限度を少し超えてしまったみたい。だから、反省しています」


 リュアナが反省してくれたのはよかったが、さっきの言葉でリュアナが誰にも嘘をつかない子だとはっきりと見えた気がした。

 それはそれで、こんなにも純粋な子を放って置くわけにはいけない。この世界は全てがいい人とは限らないのだから。


 「今、私のことを放って置くことが出来ないと思ったでしょ」

 「えっ、なんで今わかったんだ? もしかしてまた、顔に出てたか?」


 ペタペタと自分の顔に触れて、自分の顔を確認する。しかし、リュアナは首を振った。


 「うんん、違うよ。私には心を見ることができるんだから、それを使ったの。忘れてたの?」

 「でも、それって見るだけなんだから思ったことまでわからないんじゃ」


 チッチッチィーっと、リュアナは口で鳴らしながら、人差し指を左右に振る。そして、こう言った。


 「甘いよー想真くん。それじゃ私のキスよりも甘い」


 そう言って、体を乗り出しそっと人差し指を唇にあてた。

 急にリュアナは何言ってんだ!? てか、甘いの意味が違うだろ!


 「うん、うん、なかなかいいツッコミだね」

 「やっぱり、わかるのか?」

 「うーんとね、正直、うっすらなんだよね。私は聞くことじゃなくて見ることだから、だいたいこんなことを思っているのかなっていうのが見えるんだよ」


 そして、びしっとリュアナ言い切る。


 「だからね、私は大丈夫。悪い人だとわかったら、私、絶対こんなことしないから信じて」


 こんなに、真剣に言われたら信じるしかないな。


 「わかったよ、リュアナを信じる」

 「ありがとう。でも、もし悪い人に捕まったらその時は想真くん、君が私を助てね」


 リュアナはニコッと軽く微笑んだ。しかし、軽く微笑んだだけの笑顔でもそこに本当に助けてくれるという信頼を感じられた気がした。


  「…………」


 俺は返す言葉に詰まった。

 俺はその約束を一度、破ってしまっているのだ。リュアナが軽く言っても、出来なかった俺には、どうしても重く感じてしまう。

 結局、俺は最後までその約束をすることはできなかった。


〜*****〜


 帰り際、『日曜日忘れちゃダメだからね』と念押しされ、見送られてから数分が過ぎ、今は桜並木の坂をくだっていた。

 桜の花が月に照らされ、桃色に光り輝く幻想的な道の中、俺はただリュアナに言われたことを思い、考え続けていた。

 『私を助けてね』その言葉が頭に響いた。

 もし、俺が美羽ちゃんことがなければ迷わず頭を縦に振っていただろう。でも、美羽ちゃんのことがあって、もし、またあれに似たことが起きたら……、また助けられなかったら……、そういう悪い方向にしか、今の俺では考えれなくなっている。あー、俺はなんでこんなにも臆病になってしまったのだろうか。本当に……もう、なに対しても。


 「そんなことないよ」


 不意に声をかけられ足を止めた。

 妖艶に舞い散る桜の花びらのなか、髪の長い少女が桜の木の影から姿を現した。

 幻想的な雰囲気に紛れ込んだような不思議な少女。

 俺を見つめる目はうすい桃色。

 この子は一体……?

 その疑問には一切触れることなく、少女は語り始める。


 「君には力がある」


 一言で、少女は俺の問題となる根本的な原因をつき、さらに俺の考えを否定した。


 「なんでわかるんだ? そもそも君は一体……」


 何を考えようにも疑問しか巻き起こらない。

 しかし、少女はなにも答えることもせず、わからないとでも言うように首をかしげた。


 「ごめんね、今はなにも分からないんだ。私が誰なのかも、なぜここにいるのかも」


 それは、記憶喪失のようなものなのだろうか……。じゃあなぜ俺に声をかけたのだろう。それに、なぜ俺のことを知っているんだ。それも深くまで……。


 「あっ、で、でもね! でもね!」


 これだけは、と子供っぽさが残る焦った表情を浮かべる。

 やっと、歳相応の姿を見せてくれたなと少し安心。このまま話が進んでいってたら、俺はこの子を不思議な娘として怖いイメージのままだった。


 「君が何に迷って、なんで迷っているか、それはわかるんだ。そして、どうすればいいのかも」


 落ち着き戻した声で少女は言う。

 やっぱり、不思議な娘だ! 怖いイメージが確実に染み付いたよ。まず、なんで、自分のことはわからないのに俺のことはわかるんだよ。


 「だから伝えるよ。君がどうすればいいのか。君は──」

 「ちょっと、待ってくれ!」


 少女は不思議そうに俺を見て首をかしげた。


 「どうして、君は俺のことをそんなにわかるんだ?」

 「さっき言った通りだよ。君が何に迷っているのか、なんで迷っているのか、そして、君はどうしたらいいのか、私はこの3つのことしか、知らない。ううん、そのことをどこでどうやって知ったのかも、私にはわからないんだよ……」


 物寂しげに顔を俯かせる少女。

 これじゃあ、なにを聞いても帰ってくる答えはないようだ。なら、素直に助言を聞いておくべきか。


 「それじゃあ、教えてくれ。俺はどうしたらいいのかを……」


 少女はコクリと頭を縦に振って話し始める。


 「さっき言った通り、君には力がある」

 「いや、ない。もし、俺に力があったなら美羽ちゃんを助けられていたはずだ」


 それだけは違うと俺の思っていることをぶつける。しかし、少女は素直に受け止め、返した。


 「うん、そう思ってしまうのも仕方がないと思うよ。でも、あの時、本当はね、君の力はちゃんと出ていたんだよ……」

 「それならどうして、助けることが出来なかったんだ」

 「力の使い方が違うんだよ……。あの時、君は一人で頑張ろうとしたけど、それじゃダメなの。君はあの時、自分の力を使って君の友達に助けを求めればよかった。君の力は人と人とを繋げる力なんだから。今もそう、君が辛い時は一人で頑張ろうとする必要はないんだよ。誰かに手を貸してもらってもいいんだよ」

 「だとしても、俺は……」


 ふぅ~と少女は小さくため息をついた。その表情は俺がそう言うとわかっていたような呆れ顔だった。


 「うん、わかってる。わかっているよ。君はそうやって一人で抱え込んで頑張ろうとしてしまう人だもんね。でもね、君も手を伸ばしてきてくれる人を知っているはずだよ」

 「ああ……」


 リュアナだ。

 彼女と最初にあった日。あの時、彼女は俺を助けたいと言っていた。


 「その人の手を借りてもいいんじゃないかな? うんん、その人だけじゃなくても君が助けを求めたら、必ず、みんな……」

 「でも、それは……俺が彼らを利用しているようで……」


 少女が疲れたように、木に体重を預けた。


 「君はそう考えているんだね。まあ、いいや。そろそろ、伝えることもなくなっちゃったよ……。もうこれで……私は……」


 少女は寂しそうに顔を俯かして、桜の木を背中にすり合わせながら地面に座り込んだ。


 「これで私は何もないんだ……存在意義を失ったんだね……ははっ……」


 なにもないと言ったその言葉に嘘はないように、絶望に満ち溢れた暗い声で呟き笑った。しかし、暗い闇に輝く光の粒を何滴も落としていることに俺は気づいていた。

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