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20**年 10月


 10月に入って初めて、彼と電話番号やメールアドレスを交換した。

 ただそれは赤外線なんて大層なものじゃなくて、古典的な方法で交換したからお互いの名前は分からずじまいだ。古典的な方法、つまり紙に書いてそれを交換し合った。その場でさらさらとお互い書いたものだから、その紙は名なしで電話番号とメールアドレスだけという随分と簡素なものだった。


 紙を交換したその夜、自分の携帯に入れようとしてその紙を見てびっくりした。彼の名前が乗っていなかったからだ。

 そして、私も名前を書き忘れたことに気づいた。ダブルパンチ。


 ま、いっか。


 そんな軽い気持ちで流して、彼の電話番号とメールアドレスを携帯に入れた。電話帳の名前をどうしようか迷ったけれど、結局『彼』と設定した。

 何故か、これでもわかるという自信があった。自分の携帯だからあたり前かもしれないけれど、それでも何故かその自信があった。変な話だけれど。



 それから二週間以上経った。


 基本的に、彼が気まぐれで電話をかけてくることがほとんどで、メールのやりとりは一切ない。

 というか、私から電話したこともない。


 一度かけようかとも思った。

 実際にかけてみたこともある。けれど、留守電につながったのだ。結局留守電にメッセージを残すこともしなかったからノーカウント。


 それ以降、どうも彼に連絡をする気にならないのだ。



 なんだかなあ。


 ベッドに沈んで、一人そう呟いた。





「わたしの名前が知りたいの?」

「うん、知らないままっていうのもどうかと思うし」

「わたしも君の名前を知らないけれどね」

「だからだよ」

「ふうん」



 彼から電話がかかってきたのは、10月も終わる間近の夜だった。ハロウィンはまだだけれど、10月なんてもう片手で数えるくらいの日しかない。


 いつもどおり彼と何気ない話をしたあと、前々から思っていたことを彼に言った。


 名前を知りたい、と。


 すると、さっきのような会話になった。


 本当は名前だけじゃなくてもっと色々なことを知りたいと思うんだけれど、どうも彼はそれを避けているような気がする。だからまず、名前についての話題を出して様子見することにしたのだ。



 彼はしばらく無言だった。


 電波でも悪いのかな。そう思って、私は口を開いた。


「もしもし?大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。少し考えていたんだ」

「何を?」

「うん、なんで君がわたしのことを知りたがるのか」


 その言葉に、違和感を覚えた。


「知りたがるっていうかさ、これって普通じゃない?」

「そうかな」

「だって、仲良くなったら相手のことを知りたいとか思うでしょ。というか、友達なのに名前も知らないっておかしいと思うんだけど」

「わたしはそう思っていなかったよ」

「あなただからね」

「かもしれない」


 いつもより、彼の声は静かで落ち着いていた。のんびりとしていてふわふわ明るいいつもの口調ではなかった。それに首をひねりつつも、彼の言葉を待つ。


 彼はさっきよりは短い間で、言葉を続けた。



「それっていうのは、条件反射だとわたしは思うんだよ。特に相手のことを知りたいとは思っていなくて、ただ条件反射で言っているだけだって」

「・・・・・・なにそれ。私は知りたいと思っているんだけど」

「本心はそうじゃないだろうね。だって君は、わたしと会ったあの日から、わたしの名前やクラスを知らなくてもここまで付き合ってくれたのだから」


 彼のその言葉に、ハッとした。


 そうだ。よく考えれば、私は今日まで彼に名前を教えて欲しいと言わなかった。彼の名前やクラスを知ろうとしなかった。

 それでいいと思っていたから。そして、それで特に困ることはなかったから。



 彼の静かな、少し低い声が向こうから流れる。



「条件反射で相手のことを知りたいと思う。言う。それはなんとなく、知らないと気持ち悪いから。自分が知らない世界は怖いから。少しでも自分が知っているものを増やしたいんだよ。そんなものさ。物理の法則や化学の周期表だってそう。数学の公式も、国語に至っては読み書きでさえも原点はそこだろう」


「ごめん」


 何故だかわからないけれど、こんな言葉がするりと出てきた。


 彼が電話の向こうで息を吐いたのがわかった。


「謝ることはないよ。わたしこそごめんね。そろそろ寝ようか」

「・・・・・・うん、おやすみ」

「おやすみ」



 呆気なく切られた電話に、酷く寂しさを覚えたのは何故だろうか。

 最近、自分がわからない。



 どうして、学校で彼の姿を探してしまうんだろうか。

 どうして、彼からの電話を楽しみに待ってしまうんだろうか。

 

 どうして、こんなにも彼と喋ることが楽しいんだろうか。




 ここまで思うのに、私はまだ、彼を友達だとは思えていなかった。

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