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20**年 9月(後)


 彼が私を案内した先は、保健室だった。


 なんで保健室なんだろうか。というか、怪我もしていないのに使ってもいいところなんだろうか。


 ぐるぐる考えていたからかポカンとする私をよそに、彼は扉を開けて中に入っていった。慌ててそれを追いかけるように私も中に入った。



 保健室の中に生徒の姿はなく、二つあるベッドも全てカーテンが空いていた。そこにはただ先生だけがいて、机に向かって何かをしていた。


 先生は私たちをちらりと見ただけで、何も言わなかった。


 色々言われるんじゃないかとビクビクしていた私は、それに驚いた。でも彼は、当然だというようにそれを気にせず、二つあるソファーのうち一つに腰掛けた。


「座って」


 まるで、よく家にきたね、まあ座ってよ、と言われたような感覚になって、慌てて首を振ることでそれを消す。


 待て待て、ここは学校のはずだ。彼の家なわけないから。しっかりしろ自分。


 そう心の内で言い聞かせたあとで、とりあえず、彼とは別のソファーに座った。


 彼は私が座ってから、口を開いた。



「続きを話そうか。常識に囚われることは別に悪いことじゃないさ。現に君は常識に囚われているけれど、特に何か不都合が起きたことはないだろう?」


「・・・・・・まあ、そうだね」

 少し振り返ってみてから、そう結論を出した。


 彼は頷いた。


「そう、不都合はないんだよ、何もね。でもそれがかえってよくない」


「独創性とか?」


 前にテレビで言っていた単語を投げかける。


 そこでは、大体天才や記載と言われている人たちは独創性があって、それというのは常識に縛られていないから生み出され育つものなんだとか色々言っていた記憶があるのだ。

 最も、私はあまりこれを理解していなかったのだけれども。



 彼は私の言葉にそうだよと言って頷いた。その顔は、授業中に生徒が正解を答えた時の先生の顔に似ていた。


 彼の表情は少し不愉快だった。


 生徒側はあまり意味を理解していないで、ただ教科書の注釈にあったことを聞かれたからそのまま答えただけなのだ。だから、よくやったぞみたいな顔をされても困る。こっちはわからないのだから。

 今日の英語の授業のことが自然と思い出されて、それが今と重なって余計不愉快だった。


 それが顔に出ていたのか、彼はちょっと困ったように笑った。



「わたしに関しては、これは知ったかぶりではないよ。わたしは、自分が感じていることをそのまま言っているだけなんだ」


「そういうつもりじゃなかったんだけど」


「一応、ね。それに、これに関してはわからなくてもいい。わかっていたらすごいね。わからないのが普通なんだから。だからわからないままでもいいよ」


「そう」


「話を戻そうか。だから、わたしが先ほど言ったこともわたしの感じたものそのままなんだよ」


「じゃあ、よくないって思ってるんだ」


「思ってなきゃこうやって言わないよ」



 彼はそこで言葉を区切って、一度宙を見た。彼の目に私は映っていないようだった。

 少しして、彼はまたその瞳に私を映した。



「常識というものはね、そうだなあ、万人受けする紙コップみたいなものかなあ」


 紙コップが万人受けしているようには思えない。でもそこで話は終わっていないようだ。


「でもね、例えばそこに持ち手が四つもあるコップが混ざったとする。どう思う?」


「どう思う、って」


 ちょっと想像してみた。


 紙コップがずらっと並んでいる中に、持ち手が四つもついている奇妙なコップが混じっている。

 そのコップ自体が変なんだけど・・・・・・うん、なんていうか。


「違和感、があるかな」



 彼は頷いてから、静かに続けた。


「そうだろうね。ほとんどの人が遠からず近からずそう答えるだろう。十人中九人くらいはそうだ。でも、残りの一人はそう思わないんだよ。彼らは、逆にその違和感を面白いと思うんだ。これが常識から逸脱しているということ」


「・・・・・・私にはそう思えないけど」


 というか、彼の話が理解できていなかった。難しすぎてわからなかった。


 彼はそれを見越しているように、私に対して苦笑して言った。


「だろうねえ。まあ、他人と違っていて当然だから気にすることはないけれどね。十人十色とはよく言ったものだと思うよ」


 からから笑う彼に、私は脱力した。なんか、色々なことがどうでもよくなったのだ。


 是非他人と違っていて当然であってほしい。この、彼の訳のわからない奇妙な感覚を私も持っているというのなら、それは勘弁してほしい。むしろこっちから願い下げだ。



「というより、そもそも何の話をしてたんだっけ」


 私のこぼした言葉に、彼は可笑しそうに笑いながら首をかしげた。


「さあ?何を話したかったんだろうね。わたしもわからないよ。ううん、これは忘れたという感じかな」



「・・・・・・あなたと喋ると疲れるんだけど、色々」

「わたしは楽しいよ」

「はいはい」


 クスリ、とどこからか控えめな笑い声が聞こえてきた。あたりを見渡すと、先生がこちらを向いて静かに微笑んでいた。

 その微笑みになんだか気恥ずかしくなって、早口に帰ると言って私は立ち上がった。彼は私を見ながら、先生と同じように微笑んだ。


「また話そうね」

 初めてそう言われた気がして、そしてまたと言われたことが嬉しかった。


 自然と、私は彼に微笑み返していた。

「うん、またね」


 彼ときちんと友達になれたような気がした。それに舞い上がりながら、私は教室へと戻った。



 その途中で窓の外に目を向けてみたけれど、外の天気は、彼の言う『いい天気』になっていた。




 彼と出会って約半年。

 ようやく、少しだけなんだけど、彼に近づけた気がした。


『いい天気』ってなんでしょうね。

ご想像にお任せします。



(書いて日が経ってるから忘れてしまっただけ)

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