20**年 9月(前)
8月(夏休み)の話は元々ありませんので、9月に飛んだのはバグじゃないですよ。
9月は原稿の都合により、前・後の二本立てにしてみました。
後半は次の奇数日23時に投稿します。
二学期が始まった。
宿題テストも終わって、いつもどおりの毎日が過ぎる。
そういえば、新学期が始まってもう二週間ほど経つけれど、例の男の子と会ったことは、二学期が始まってからこの時点まで一度もない。
職員室に遅れた提出物を出した後で、ふとそんなことを思い出した。
すごく些細なことだけれど、私は彼という人物をあまり知らないような気がする。
振り返ってみればいつもそうだった。
彼は突然私の前に現れて、少し話して、自然と別れる。そこにはじゃあね、もまたね、もバイバイ、もなかったような気がする。ただ会ったら喋る。それくらいの関係だ。
そんな中で彼のことを知れるか。
答えはNOだ。
だって私は彼のことを何も知らない。
4月に彼に言われたことを思い出した。
友達になろう、かあ。
今のところ、仲が悪くはないと思う。ただ、仲が良いのかときかれるとそれも少し違うような気がした。
確かに、会えば喋る程度には仲が良いだろうけれど、一緒に帰ったり教科書を貸し借りする程度には発展していない。そんな感じだった。
これって、友達っていうより知り合いレベルじゃないのだろうか。いや、顔見知り?どうなんだろう。
うーん、と少し唸りながら考えていると肩を叩かれた。
振り向くと、そこにはさっきまで考えていた彼本人が微笑んでいた。
「やあ、おはよう。今日もいい天気だよね。暑いくらいだ」
「・・・・・・おはよう」
彼の言葉に突っ込むとすれば、今は放課後だし、いい天気と言えるほど晴れていたのも少し前までで、もう曇ってしまっている。
正直、彼の言葉はちぐはぐで現実とアンバランスなものだった。
でも、それについて彼に言及してものらりくらりとかわされて、逆に丸め込まれてしまうだろうから私はそれをしない。
代わりに、同じように挨拶を返すことでやり過ごした。
私の対応に満足したのか、彼はどことなく嬉しそうだった。
「話したいことがあるんだ。まあ、立ち話もなんだし、移動しようか」
彼は、こっちこっち、と言いながら私に手招きをした。
私はそんな彼のあとについていった。
でも、階段に行きそこを下りていく彼に首をひねる。
てっきり、行き先は教室だろうと思っていたから、彼が階段を下りていくことがすごく不自然なことに感じた。
私たちはもう一年生じゃない。進級して約半年経っているのだ、今更間違えるなんてまさかそんな。
「もしかして、わたしが一年生の教室に行くとでも考えているの?ならそれは違うよ。わたしの目的地はそこじゃない。まず、教室という前提から間違っているね」
彼は、階段をゆっくり一段一段下りながらこっちを見ずにそう言った。
「えっ、教室に行くんじゃないの!?」
彼の言葉が予想外で、思わず大きな声を出してしまった。
たまたま通りかかったらしい一年生っぽい女生徒が、こっちを見上げて嫌そうな顔をしたのが見えた。あっ、と思って口元を手で押さえる。同時に、私の足が止まった。
彼も階段を下りていた足をとめて、こっちを見上げた。その顔にはでかでかと呆れたという言葉が書いてあるようだった。
「わたしは前にも言ったね?思い込みっていうものは怖いって。いや、この場合は思い込みというよりも常識という言葉を使った方がいいかな」
「常識は、怖い?」
「多少そう思うよ。でも、そうだなあ。常識自体が怖いというよりも、常識に囚われているということが怖いかな」
「どこかで聞いたことあるような気がするよ、そういうの」
常識に囚われる、というあたりだけね。
私の呟きに、彼は微笑んで頷いた。
そしてまた、私に背を向けて階段を下り始めた。それに気付いて私もまた彼についていく。今度はどちらも無言になった。
彼はどうか知らないけれど、私は元々、あまり喋るのが得意ではない。それだから、あまり喋りたくないというのが本音だ。
だから、この沈黙は私にとってはありがたかった。